川田侃の発言 (予算委員会公聴会)
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○川田公述人 ごく簡単に私の考えておりますことを申し上げます。
やはり私は、計画というものは一つの目標でありますから、つくるべきであろうと思います。ソ連などでは、現在——去年来ましたネクラソフ教授に聞きましたところが、二〇〇〇年のソ連の経済像というのを目標にして、人員三百人で計算機をはじいておる。そういうことをはじいてそのまま二〇〇〇年のソ連がそうなるかどうかということは別としても、やはり一つの目標を立てて、国民経済をこういう姿にするということを描くことは非常に重要なことだろうと私は思います。正直言いまして、アメリカが産業連関分析では一番進んでおるんでしょうが、ソ連でもかなりこのごろ進んできておる。日本では大来さんの専門ですけれども、私は、まだまだその数理統計とか、産業連関分析というものには弱いというそういう一つの面があって、これをもう少し強化しなければならないと思います。
それからもう一つは、たとえば三百人とか二百人とかいうことで二十年先、三十年先の長期計画を立てるということになりますと、問題になるのは、やはりどうやって研究するか、これは個人、個人の研究者の、つまり目的で、何のために自分はこの研究をしておるのかということもありますが、その目的をやはりはっきりさせておいて、そこで、どうしても二百人、三百人になれば一種のアドミニストレーションをしなければならない。これはこの問題だけに限りませんけれども、私が日ごろ痛感しておりますのは、必ずこういう大型の研究になってくるとビューロークラシーが出てくる。悪い意味のビューロークラシーが出てくる。そうなると非常に研究が妨げられてきて、さっき大来さんがおっしゃった客観性がなくなってくるということなので、どういうことを研究目的にするかをはっきりさせて、そこでいい意味でのビューロークラシーを発達させて、そこで研究をうまく組織化し、外部からの圧力によってどうする、こうするということはないようにする。それからもう一つは、研究の成果をある一部分の人に取られてしまうということのないような措置が絶対に必要でありて、これは統計、計画の問題というよりは、むしろ大型プロジェクトの問題になるかと思いますけれども、研究の成果をだれが利用するかという点が非常に重要な問題になるように思います。
もう一つ、計画を立てるということはある種の歯どめになるかと思います。日本の戦前の場合を見ましても、必ずしも軍事費は戦争の始まるまであんなに大きくなかったわけですが、長期計画である程度の大筋をきめておけば何らかの暴走を防げるという歯どめにもなるのではないかという気がいたします。
お答えになったかどうかわかりませんが……。