相川理一郎の発言 (外務委員会)
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○相川参考人 今回の旅券法改正案について、私どもは少なからざる問題点を見出しております。しかし、ここでは私が参考人として本委員会に招請されました趣旨をそんたくいたしまして、朝鮮民主主義人民共和国への渡航に即し、改正案、特に第十三条一項五号の存続の問題と、いわゆる横すべり渡航の禁止の問題について、主として意見を申し述べます。
まず、今回の改正案を見ますと、立案者が改良点としてあげている数次往復用旅券の適用の拡大、渡航先の包括記載、代理人申請の承認、旅券の記載事項の訂正、旅券の合冊、査証欄の増補、旅券発給事務の自治体委任などがあります。しかし、これと表裏一体の関係におきまして、未承認国への渡航の差別・抑制、渡航先の追加あるいは横すべり渡航の禁止、旅券発給制限の強化、渡航者の海外活動の規制強化、行政官庁の裁量権の拡大など、無視できない改悪点も含まれていることを申し上げたいと思います。
つまり、一言で今回の改正案の特徴を申せば、手続面では緩和しているけれども、国民の海外渡航の権利という質的に重要な面では、かえって制限を強めているものであるといえます。
続いて、改正案の問題点を具体的に申し述べるならば、その第一点は、現行法の第十三条一項五号、つまり、「著しく且つ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行う虞があると認めるに足りる相当の理由がある者」には、旅券発給及び渡航先追加を制限するという規定が、何ら改められもせず、そのままの姿で改正案に存続されていることでございます。
御承知のとおりに、現行の旅券法が制定された当時の本委員会の審議において、二十六年十一月十六日ですが、この条項につき黒田委員は、このようなばくたる規定で渡航の権利が制限できるとすれば、必ずこの第五号が乱用されるおそれがあり、後日人権じゅうりんの問題を起こすと予言しておくと指摘をされておりますし、また大橋法務総裁も、この規定の運用に際しては乱用を戒めるというふうに確言されましたが、不幸にしてその後、この条項をめぐって幾つかの訴訟問題まで継起し、今日なおその乱用があとを断たないという、これは問題の条項でございます。
その実例を次に、現に私どもが体験をしている朝鮮への渡航に即して示し、乱用の実態を明らかにしたいと思います。
現在、私どもは商用で朝鮮へ行く場合、ソ連行き旅券にてナホトカ・イルクーツク経由もしくはモスクワ経由で行っております。東京からパリまたはアムステルダムを経由してモスクワに飛んで、それから朝鮮へ行ったというような実例もございます。外務省の資料によれば、昨年の朝鮮行き旅券の発給件数は十二とされております。しかし、これはすべて国会議員とその同行者だけで、実際には上述のような第三国行き旅券で朝鮮へ渡航している者が、そのほかに主として貿易商社を中心に年間約百名ほどあります。これらの人々は、政府が旅券を発給した国会議員とその同行者が、船で片道二日、船賃三万円程度で渡航している道のりを、お手元に資料を差し上げてございますが、その資料1のとおりに、地球を半周するほどの費用と時間をかけて渡航しなければならないのが実情です。なぜこんなばかなことをしなければならないかといいますと、朝鮮行きの旅券発給は差しとめられているからです。つまり、現行旅券法が制定されてから今日まで十八年近くになりますが、この間、外務省は、朝鮮への渡航については、ごく近年になりまして、国会議員とその同行者に限り平壌行き旅券を発給しているだけで、他の者には一切発給していないのです。この発給制限の法的根拠は、十三条一項五号に相当するからだといわれており、また、この条項以外に発給制限の根拠を見出すことはできません。
では、十三条の、著しくかつ直接に国家の利益または公安を害する行為とは一体何かといえば、大橋法務総裁は、同じ本委員会の審議において、これはたとえば刑法の国家の公益に関する罪、すなわち内乱罪、外患罪、国交に関する罪、また外国為替及び外国貿易管理法、麻薬取締法、銃砲刀剣類等所持取締令などに違反するおそれある行為であり、また、著しくかつ直接に害するというからには、これは原則として犯罪になるものに限るだろうと述べられております。しかし、はたして朝鮮に対する機械、設備を中心とした輸出の振興並びに重要な工業原料の輸入を行なうわが国の業者が、その貿易のために朝鮮へ渡航しようとする場合、その行為がいわれるような十三条一項五号に相当するといえるでしょうか。
大蔵省の通関統計によれば、資料2のとおりに、昨年朝鮮へは約七百二十品目、二千万ドルの輸出を行ない、また約九十品目、三千四百万ドルの輸入を実行いたしましたが、これらはいずれも当然ながら政府許可を得て取引されております。御承知のとおりに、政府は、相手国との取引が国益に反するというふうに認められた場合には、資料3のとおりに、輸出においては輸出貿易管理令第一条六項で、また輸入については輸入貿易管理令第十一条によって、その取引を承認しないか、または条件をつけることができるというふうにされておりますが、朝鮮との通常取引で許可にならなかった取引はほとんどないといってよいと思います。つまり、このことを法的にいえば、これらの取引はいずれも国益に反するものでないということが、通産省当局によって認定されているといってよいと思います。また、この認定は、通産省当局によってだけではなく、外務省当局によっても認められているのです。資料4のとおりに、同省は三十六年四月二十六日、韓国に対して亜北第一三二六号の口上書を送っておりますが、その中には、朝鮮との取引行為は経済的にばかりでなく、政治的にも、政府のいう政経分離の方針に合致し、自由諸国によっても支持されている旨が述べられております。これら二つの事実を考え合わせるならば、政府の許可を得、正規の手続を経て正々堂々と行なっている朝鮮との貿易のための渡航が、大橋法務総裁の言われる国益、公安を害する犯罪行為などに相当するものではなく、また、そのおそれがあると認めるに足りる相当な理由などにも決して該当しないことは明白であります。にもかかわらず、朝鮮への渡航には商用ですら十三条が一方的に適用され、十八年もの長期間、しかも全面的に旅券発給が停止されているのが実情であります。こうした裁量権の乱用の事例は、朝鮮だけではなく、かつて中国及び承認以前のソビエトへの渡航にも同様の問題がありましたことは御承知のとおりであります。
さらに申し上げれば、旅券発給制限は、いつの間にか国益、公安を害する者から特定地域への発給制限に拡大をされているという問題もあります。たとえば旅券法十四条では、外務大臣は、一三条によって旅券発給をしないと決定したときは、すみやかに理由を付した書面をもって申請者にその旨を通知しなければならないというふうに規定していますが、これまで朝鮮への旅券発給拒否について、そのような文書による理由の通知を受けた例はほとんどないと思います。この点について、外務省は、これまで朝鮮行きの渡航申請があったのは、国会議員とその同行者だけであって、それ以外ないと言われるでありましょうけれども、事実は、旅券課の窓口で、朝鮮への渡航については上部の承認がない限り旅券申請は受け付けられないということで拒否されている状況にあるのです。この経験は私自身も持っておりますし、他にも多くの事例があり、現在もあります。
このような事態は、一体どこからきているかと申しますれば、資料5のとおりに、現行旅券法が施行されておよそ四年を経た三十年十月二十四日、各省次官会議では、古屋貞雄議員らの朝鮮行き旅券の発給申請を機会に、朝鮮との貿易その他の交流を禁止する決定を行なったと伝えられています。この決定は、その後五年半もの間朝鮮との貿易を認めぬ根拠とされましたが、朝鮮との人の往来については、今日なおこの決定が法律に優先をしているところにあると思われます。このことは何を意味するかといえば、特定の地域、つまりこの場合は朝鮮ですが、特定の地域に対する旅券発給を制限することにほかならないと思うのであります。
ところで、旅券法には、国益、公安を害する者――つまりその個人です。その個人には旅券発給を制限できる十三条の規定があることは上述のとおりでありますけれども、特定の地域に対する渡航制限や旅券発給を制限する規定はございません。また、三条による旅券申請、五条による旅券発給の規定以外に、申請そのものを受け付けないという規定もございません。このように十三条の規定はいつの間にかかってに拡大され、すりかえられて、法律にないことが現実にはあたかも当然のごとく行なわれているのです。
そして、海外渡航は国民の基本的な権利だといわれながらも、朝鮮への渡航については、全く不法にもこの旅券法全体の適用が除外されるということが行なわれているのです。これは事の性質上、まことに重大なことだといわなければならないと思います。
「ジュリスト」という法律雑誌の四十一年十一月十五日号で、当時の外務省移住局旅券課の田中祥策氏は、いみじくもこの点につきまして次のように指摘しています。つまり「海外渡航は、居住、移転の自由に属する基本的人権の一つであるから、旅券の発給拒否はもとより行政官庁の自由裁量の事項ではなく、法律で規定されるべきものであり、これは戦後、旅券制度に関する基本法規が戦前のような外務省令ではなく、法律として制定されるに至った最も大きな理由の一つである」と書いていますが、上述の実例は、いずれも旅券法制定の正当な趣旨に反するものだと申さなければなりません。
こうした問題が発生いたしますのは、何といっても、十三条の規定により、外務大臣の認定に国民の基本的人権たる海外渡航の自由の禁止制限が一切ゆだねられているところによるのであって、およそ憲法上の自由を制限する場合に、十三条のようなばく然とし、かつ広義の標準に基づき、包括的な判断を行政庁に委任するようなことは許さるべきでないと考えます。
よって、私は、このゆえに、現行法の十三条一項五号をそのままの姿で残している改正案に賛成できぬものです。
また、かりに旅券発給を拒否できるかどうかの判断を外務大臣にゆだねるという考え方をとってみても、海外渡航の自由は憲法上の権利でありますから、行政処分によるその制限に対しては、権利救済のための行政手続の完備が必要です。
改正案は、現行法のこのような欠陥について何ら考慮が払われず、現行法同様、申請者の釈明などについて何らの規定も設けておらず、相変わらず行政庁による切り捨てごめんの余地を残しているので、この面からも、改正案には大きな欠陥があることを指摘せざるを得ません。
次に、改正案の問題点の第二点として、新しく設けられた第二十三条二項の罰則について申し上げます。
以上のように、朝鮮行き旅券が発給されぬため、私どもは、第三国行き旅券で一たん第三国へ行き、そこから渡航先の追加を受けずに朝鮮へ渡航しております。
現行法第八条では、渡航先の追加を受けようとする者は、外務大臣またはもよりの領事館にその申請をしなければならないとしています。しかし、朝鮮へは、もよりの領事館も追加渡航を認めぬし、また、旅券にその記載がなくても相手国は入国を認め、渡航目的が十分果たされているので、渡航先の追加を受けようとせずに朝鮮に渡航してきました。この行為自体は現行の第八条では違法とはならず、したがって、それに対する罰則もありません。
今回の改正案第八条では、これが「当該一般旅券に記載された渡航先以外の地域に渡航しようとする場合には、」渡航先の追加申請をしなければならないというように、つまり、現行法の「渡航先の追加を受けようとする者」という手続規定が、「渡航しようとする場合には、」というように、より明確に、実態的かつ網羅的に改められています。
この改正は重要です。なぜならば、今度は八条の手続を踏まずに追加渡航すれば、改正案に新しく加えられた二十二条二項一号によって罰金刑に処され、十三条一項四号によって自後の旅券発給を拒否される仕組みになっているからです。特に十三条の発給拒否条項には、渡航先、期限について何らの規定もないことに留意されなければなりません。また、八条の手続規定に違反したというだけで刑事罰に処するということは、著しく当を欠くものだといわなければならないと思うのです。
したがって、こうしたきびしい条項を持った改正案がそのまま制定されるとすれば、第一に、朝鮮の場合のように、ある地域に対し旅券が発給されなければ、その地域へはもうだれも行けなくなる。第二に、発給されても、それが渡航希望者すべてに無差別に発給されるのでなければ、発給を受けられぬ者は渡航できないという事態が生ずる。第三に、中国、ベトナムのように、現在は旅券が出ていても、他日情勢の変化とかというような問題で発給がとめられるようなことがあれば、その場合はだれも行けなくなってしまう等々の問題が発生することは必定で、二十三条二項一号の罰則がある限り、その危険性はまた十分にあるといわなければなりません。よって、私は、特定の国への渡航の道を完全にふさぐような危険性を持つこの罰則には全く同意できず、本改正案にはこの面からも賛成できません。
いずれにせよ、渡航の権利が権利として確立されないでいて、罰則を強化することは本末転倒で、立法上も大いなる問題を残すことになるものです。
以上により、私どもは、改正案に引き継がれた第十三条一項五号の適用が、現にとほうもなく拡大され、乱用されている事実と、これに加えて改正案に盛られた罰則、発給制限の拡大あるいは行政庁の裁量権の拡大が、将来国民の海外渡航の権利の一そうの制限につながる懸念を表明いたしまして、本改正案の本院における慎重審議を要望して、終わりたいと思います。