永田亮一の発言 (外務委員会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○永田委員 先般、私どもは、北方領土及び北方海域における安全操業に関する問題等の実情調査のため、当委員会より派遣されまして、八月十八日より六日間の日程で札幌、根室、羅臼等を視察してまいりましたので、ここに御報告いたします。
 派遣されました委員は、自民党永田及び村田の両委員、社会党戸叶及び堂森の両委員、それに公明党の樋上委員の五名であります。
 今回、私ども外務委員が現地を視察いたしましたのは、十数年ぶりのことでありまして、そのころは、やっと北方領土返還運動も緒についたばかりでありました。その後、千島歯舞諸島居住者連盟が発足、貝殻島周辺のコンブ漁の民間協定ができるなど領土問題は大きな移り変わりを見せ、また、日ソ関係も人的交流や経済交流等の分野で善隣友好の伸展を見せております。こうした両国関係の接触の変化に伴いまして、根室等各地において、北方領土問題等に関する取り組み方もきわめて積極性を示し、私どもに対して活発な意見や強い要望がなされたわけであります。
 まず、札幌市におきまして、町村北海道知事はじめ道当局及び関係諸団体より、北方領土問題、北方海域における安全操業問題等について概括的な説明と要望を受けた後、根室市、羅臼町及び標津町を訪問し、関係当局及び地元関係者から、つぶさに現地の実情と要望を聴取いたし、あわせて海上保安庁巡視船「ゆうばり」にて北方海域を視察してまいりました。
 以下、事項別にその概要を申し上げます。
 まず、北方領土問題に触れたいと思います。
 戦後二十五年「島よ返れ」の悲願を叫び続けてきた地元民は、当然のことながら北方領土の復帰のために、粘り強い外交交渉を通じて一日も早く実現してもらいたいということが各地の懇談会において異口同音に述べられたのであります。さらに北方領土の返還については、地元関係者及び関係諸団体から出された意見は、北海道の付属島嶼である歯舞群島、色丹島はもちろん、歴史的にも法律的にも北海道とともに一体となって開発され、発展してきた国後島、択捉島の返還を求めるという点で一致いたしております。
 このように地元としては、日本固有の領土である国後島、択捉島及び色丹島、歯舞群島の一括返還を熱望して、復帰促進運動を展開しており、沖繩返還の次は北方領土だという声も各地で聞かれたのであります。
 その反面、沖繩返還運動に比較して、全国的盛り上がりが不十分で、国民世論の統一と高揚を期待する声はきわめて切実なものがあり、各政党間あるいは各人によって北方領土についての意見や主張がまちまちであって、必ずしも国内世論は一本化されておらない実情にあるが、このことは国民総意の結集をはかる上においても支障を来たすので、すみやかに国内世論の統一をはかってもらいたいといった意見や、政府、国会は、北方領土問題で強力な啓発活動を展開すべきだとの意見が随所で述べられました。
 北海道においての国民世論啓蒙運動は、道庁に領土復帰北方漁業対策本部が設置されており、年間約八千万円の予算を計上して、領土復帰促進のための啓発活動等の諸対策を行ない、道内世論はもちろん、国内、国際世論の喚起をはかることにつとめております。
 また、根室市においては、町かどに「呼び返せ北方領土」といったテーマ塔を建て、さらに「一億が待っている呼んでいる北方領土」等のスローガンを印刷したポスターを張るなど、世論の結集のため町ぐるみの運動を行なっており、地元民がこの問題に真剣に取り組んでいる姿をまのあたりに見て、私どもも認識を新たにした次第であります。
 しかし、一方、北方領土復帰期成同盟西村専務理事は、広く国内全般に見た場合、国民世論が一般に低調で、特に二十代の若い世代や女性の関心が低く、とのためにも青少年に対する領土問題に関する教育を充実せよとの発言がありました。
 このことは、根室市において北方領土問題に関し取材に参っておりました米国バルティモア・サン新聞社特派員との会見で同特派員が、沖繩となると国民世論が一体となって返還運動を展開するが、北方領土となると関心を抱くほとんどが老人層で、ノサップ岬に来ている若者はバカンスのみで何の関心をも示していないという発言と、千島連盟梅原常務のソ連人はかの地で生まれ、住みつく者が年々増加する傾向にあるが、わがほうは約一万七千名の引き揚げ者も、戦後二十五年たった現在、四分の一が死亡、半世紀たつと千島の実態を表現する者がいなくなる。このままでは、北方領土復帰運動が、孫、子供に対する遺言運動になり、故郷を知らない若い層のみになるということばとを考え合わせると、きわめて示唆深いものを感じるのであって、今後の返還運動は、国民世論の高揚こそ今日の北方領土問題に関する最も緊急かつ不可欠の命題であり、今後、政府、国会、国民一体となってこの問題に取り組まなければならないことを痛感した次第であります。
 しかし、領土問題は一連の国際協定によって解決済みであると主張するソ連の壁を、国民世論の統一と高揚のみで突破することは決して容易でないことも地元では認識しております。
 このようなソ連の壁に反発するものとして、反ソキャンペーン的な動きが一部に見られるのでありますが、これに対して、川端北海道漁連会長は、私たちの運動はあくまで固有の領土を回復するための純粋な国民運動であって、国民世論を背景として、ソ連と友好親善の中で粘り強い外交交渉を通じ解決されることを望むのであるという発言がありました。
 なお、根室地方総合開発期成会から、北方領土復帰への世論を喚起する一環として、ノサップ岬を訪問し北方の島々を眺望する年間約二十万人の観光客のために、「望郷の家」を建設する計画があり、このため特段の配慮を望むという要請があったのであります。
 次に、北方海域における安全操業問題についてであります。
 根室地方近海を含む北方海域は、魚類の宝庫として有名なところでありまして、この地方の産業構造も古くから水産業を中心に地域の開発がなされてきたところであります。
 しかるに、昭和二十年八月、ソ連軍は千島全島を占領し、一方的に十二海里の領海宣言を行なったことによって、かつてこれらの島々に居住していた漁業者を主体とする元島民及びこれら北方海域を父祖伝承の漁場として利用してきた北海道をはじめとする全国関係県の沿岸、中小漁業者は、生活の場を一挙に失ってしまったのであります。
 しかし、生活のすべてがこの付近での漁業にかかっている零細漁民としては、十二海里付近に近づけば拿捕される危険があるにもかかわらず、生活を維持するためにあえて出漁せねばならぬ状況下に置かれております。このため昭和二十一年四月「第二暁丸」が多楽島沖合で拿捕されたのを最初に、今日までの拿捕漁船の数は千三百二十四隻、拿捕乗組員は一万一千百八十二名の多きに及んでおります。
 拿捕されますと船長及び漁労長は、領海侵犯及び密漁罪で最低三カ月、最高四年の実刑を科せられ、その他の者も一カ月から二カ月の抑留生活を余儀なくされております。また船体、漁具等もそのほとんどが没収されている実情であります。
 これら拿捕された漁船員の留守家族の生活は、一家の支柱ともいうべき働き手を失い、収入も断たれ、その生活は悲惨をきわめております。また、船主は、船体及び漁具を没収されることによって、その再建はなみなみならぬものがあり、これは単なる漁業問題というより、大きな人道上の問題と化しております。
 そこで、さしあたって北方領土問題が解決されるまでの間、暫定措置として、拿捕のない安全操業を早急に実現してもらいたいと各地関係者より強い要望がなされました。また、安全操業の範囲については、わが国固有の領土である歯舞、色丹、国後、択捉の四島の周辺海域を対象として一括実現されたという意見が強く表明され、赤城試案で示された、歯舞、色丹の周辺海域だけであるならば、地元としては、承服できないとの横田根室市長の見解のように、大多数はこれに反対しており、地元で示された意見は、おおよそ愛知提案の範囲に固まっていると見受けられました。
 ただし、愛知提案の中の距岸三海里ということについては、相手のあることだから、こちらの都合ばかり言って交渉が御破算になっては元も子もない。この際一海里でも安全ラインが広がればよいといった現実論もあったが、資源の面でも、安全のためにも距岸ゼロ海里、つまり接岸して操業するのでなければ、現在と同様拿捕の危険があるためにほんとうの安全操業でないという地元漁民の意見もあり、特に佐藤羅臼町長からは、国後島北西海域についてはソ連の主張する領海十二海里を突破、距岸三海里近くで操業しても拿捕されず、事実上黙認されているのであるから、三海里以内まで入るのでなければ意味がないという意見の表現もなされたのであります。
 そのほか安全操業の見返りについては、何らかの見返り供与はやむを得ないが、安全操業についての協定は、政府間の協定であるから政府の責任で行なってもらいたいという声も聞かれ、また、西谷根室海上保安部長からは、今後、安全操業協定が成立した場合、十二海里以内にはいれるのは漁船のみで、公船である巡視船が入れぬような取りきめが結ばれれば、巡視船の保護のないまま、拿捕の危険にさらされる可能性がある。したがって巡視船が区域内に入れないような協定を締結するようなことがあっては困るとの意見の開陳が行なわれました。
 さらに、抑留者の早期釈放と未帰還の拿捕漁船の返還についても、すみやかに実現されるようにとの要望を受けたのであります。
 以上のように、安全操業問題の解決をだれよりも待ち望んでいるのは、戦後二十五年間ソ連監視船による拿捕の脅威のもとに操業している漁民たちであります。しかし現状においては、いつ拿捕されるかわからない不安にさらされており、これは人道上の問題でもありますので、政府において、一日も早く安全操業問題の解決につとめるよう強く要望いたすものであります。
 次に、北方領土にかかわる国内行政措置に関する要望や意見が述べられたが、そのおもなものは、第一に、旧漁業権の補償問題であります。
 昭和二十四年漁業制度の改革により、旧漁業権を所有していた者に対しては、漁業権の補償が行なわれましたが、北方領土における旧漁業権については、昭和二十一年一月二十九日の行政分離の日に法律上消滅したという理由で、全くこの補償が行なわれておりません。これに対して北方領土はわが国固有の領土であると主張する以上、現在行政権が及ばないにしても補償を行なうのが筋であり旧島民の窮状を救済する上からも本土で行なわれたと同様の漁業権補償を早急に措置してもらいたいという要望が各地で繰り返されました。
 第二点として、戸籍事務取り扱いに関する問題であります。
 北方地域に本籍を有していた二千世帯の者は、終戦後本土に引き揚げを余儀なくされ、その後、対日平和条約発効とともに本土に就籍、転籍させるように行政指導が行なわれたために、その手続を完了しております。しかし、たとえ形式上であっても、島とのきずなを残しておきたいとする元居住者の心情からして、固有の領土であると主張する以上、その裏づけとして、島に本籍を持つ者の存在を認めろとの強い要望がなされました。松崎領土復帰北方漁業対策本部長からも北方地域に本籍を置くことは、戸籍事務管掌者が置かれていないため、不可能な状況にあるので、戸籍事務所を設けてこれを可能にするようにとの要望がありました。
 第三点として、根室、羅臼、標津等の乏しい市町村財政の中から、拿捕見舞い金の支給、北方領土の啓蒙宣伝等に、年々多額の金額が支出されているが、本来これらは一地方自治体の問題でなく、国家的な重要問題で当然国が行なうべきであり、これらの経費について国からの特段の考慮が払われるべきであるとの要望が各関係自治体よりなされました。
 その他きわめて多岐にわたる要望がありましたが、要するにわが国固有の領土に対する外交上の主張に見合う内政上の統一的な措置の実施が強く望まれたのであります。
 終わりにあたり一言申し添えますと、地元では外務大臣の現地視察をぜひ実現してもらいたいとの切実な要望がございました。横田根室市長の復帰運動は、納沙布岬に立って島を仰ぐことから始まるのことばどおり、わが国固有の領土をながめ、現地の声を直接聞くためにも、外務大臣が現地の視察をされるよう、私どもも強く要望いたします。
 以上が、北方領土問題等の派遣視察の概要でありますが、私どもの視察のために御多忙中のところいろいろ御協力をくださいました方々に対して深甚なる謝意を表するとともに、なお、一そうの御努力をお願いいたす次第であります。
    —————————————

発言情報

speech_id: 106303968X02019701117_004

発言者: 永田亮一

speaker_id: 30677

日付: 1970-11-17

院: 衆議院

会議名: 外務委員会