外務委員会
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会
会議録情報#0
昭和四十五年十一月十七日(火曜日)
午後一時三十四分開議
出席委員
委員長 田中 榮一君
理事 青木 正久君 理事 坂本三十次君
理事 田中 六助君 理事 永田 亮一君
理事 山田 久就君 理事 戸叶 里子君
理事 大久保直彦君 理事 曽祢 益君
池田正之輔君 木村武千代君
小坂徳三郎君 中山 正暉君
野田 武夫君 村田敬次郎君
豊 永光君 加藤 清二君
堂森 芳夫君 松本 七郎君
樋上 新一君 松本 善明君
出席国務大臣
外 務 大 臣 愛知 揆一君
委員外の出席者
外務政務次官 竹内 黎一君
外務省アジア局
長 須之部量三君
外務省欧亜局長 有田 圭輔君
外務省条約局長 井川 克一君
外務省国際連合
局長 西堀 正弘君
文部省初等中等
教育局教科書検
定課長 宮野 禮一君
水産庁長官 大和田啓気君
通商産業省繊維
雑貨局長 楠岡 豪君
外務委員会調査
室長 吉岡 俊夫君
—————————————
委員の異動
九月十一日
辞任 補欠選任
樋上 新一君 鈴切 康雄君
同日
辞任 補欠選任
鈴切 康雄君 樋上 新一君
十月十三日
辞任 補欠選任
加藤 清二君 中井徳次郎君
同日
辞任 補欠選任
中井徳次郎君 加藤 清二君
—————————————
本日の会議に付した案件
国際情勢に関する件
派遣委員からの報告聴取
————◇—————
この発言だけを見る →午後一時三十四分開議
出席委員
委員長 田中 榮一君
理事 青木 正久君 理事 坂本三十次君
理事 田中 六助君 理事 永田 亮一君
理事 山田 久就君 理事 戸叶 里子君
理事 大久保直彦君 理事 曽祢 益君
池田正之輔君 木村武千代君
小坂徳三郎君 中山 正暉君
野田 武夫君 村田敬次郎君
豊 永光君 加藤 清二君
堂森 芳夫君 松本 七郎君
樋上 新一君 松本 善明君
出席国務大臣
外 務 大 臣 愛知 揆一君
委員外の出席者
外務政務次官 竹内 黎一君
外務省アジア局
長 須之部量三君
外務省欧亜局長 有田 圭輔君
外務省条約局長 井川 克一君
外務省国際連合
局長 西堀 正弘君
文部省初等中等
教育局教科書検
定課長 宮野 禮一君
水産庁長官 大和田啓気君
通商産業省繊維
雑貨局長 楠岡 豪君
外務委員会調査
室長 吉岡 俊夫君
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委員の異動
九月十一日
辞任 補欠選任
樋上 新一君 鈴切 康雄君
同日
辞任 補欠選任
鈴切 康雄君 樋上 新一君
十月十三日
辞任 補欠選任
加藤 清二君 中井徳次郎君
同日
辞任 補欠選任
中井徳次郎君 加藤 清二君
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本日の会議に付した案件
国際情勢に関する件
派遣委員からの報告聴取
————◇—————
田
田中六助#1
○田中委員長 これより会議を開きます。
国際情勢に関する件について調査を進めます。
この際、愛知外務大臣から発言を求められております。これを許します。外務大臣愛知揆一君。
この発言だけを見る →国際情勢に関する件について調査を進めます。
この際、愛知外務大臣から発言を求められております。これを許します。外務大臣愛知揆一君。
愛
愛知揆一#2
○愛知国務大臣 去る十一月十一日オコニシニコフ在京ソ連臨時代理大使より森外務事務次官に対しまして、口頭で行なわれました北方領土等に関するソ連政府の声明に関しまして、本日、森外務事務次官から同臨時大使に対しまして、口頭で日本国政府の立場を次のとおり申し述べました。
日本国政府はかねて国際平和の維持と強化とを外交の基本方針とし、すべての国家との間に友好親善の関係を保持し発展させることに努めて来た。特に隣国たるソ連との間では、両国の政治、社会制度の相異にも拘らず、能う限り善隣友好の関係を発展せしめることがアジア全体の平和にも資する所以であると確信し、相互の関係を増進させるよう常に努力してきた。特に最近数年来、日ソ関係が各種の分野で順調に発展して来たことは、ソ連邦政府も指摘するとおりであり、このことは日本国政府及び国民がともに喜びとするところである。
しかしながら、日本国政府は戦後二十五年を経た今日に至るもなお両国間に平和条約が締結されていないことを遺憾とするものであり、両国の関係を真に安定的な基礎の上に発展させるために、出来るだけ速やかに平和条約が締結されることを希望している。
そもそも一九五六年の日ソ共同宣言は「両国間に正常な外交関係が回復された後、平和条約の締結に関する交渉を継続する」旨を規定しているが、当時日ソ間の国交の回復が平和条約によつて行なわれなかったのは、歯舞群島及び色丹島を除いては領土問題について日ソ間で合意が得られず、これを後日の交渉に委ねることとされたからである。
爾来、今日まで日本国政府は、あらゆる機会にソ連邦政府に対し、速やかに北方領土問題を解決するための交渉を行ない、もって平和条約を締結することの必要性を強調してきた。しかるに日本国政府のかかる積極的な態度にも拘らず、ソ連邦政府は、日ソ共同宣言によって合意したこのような交渉を拒否し続けているのみならず、北方領土の返還を求めるわが国民全体の熾烈な願望をわが国内の一部人士の作為的な運動であるとみなし、しかも日本国政府、国会等によつて執られた一連の国内的諸措置に対してまで非難を行なっいたことは、他国の国内事項に対する干渉の試みと考えざるを得ない。しかもソ連邦政府がその声明において、わが国における北方領土復帰促進運動の展開は、ソ連に対して非友好的な行為であり、日ソ両国関係の実際的諸問題の解決を困難にすると述べていることは、本末を全く顛倒した議論であり、むしろこのような態度こそ日ソ関係の安定的発展に対する否定的要因となることを惧れるものである。
サン・フランシスコ平和条約にもとづき、戦後米国の施政権下にあった沖繩が日本国政府と米国政府との間の平和的な話し合いによって、わが国の施政権下に復帰することになった現在、日本国民のより多くの関心が戦後未解決のまま残された最後の重要な問題である北方領土に向けられるに至ったのは極めて当然であり、また不可避のことである。わが国内に高まっている北方領土返還要求の動きはかかる日本国民の自然発生的な動きであり、国会の内外においてもこれが支持されていることは周知のことである。しかも、北方領土返還による平和条約の締結は、前述のとおり日本国政府が過去十余年にわたって正式にソ連邦政府に提起してきたところであれば、かかる運動は、文字どおり日本国政府及び国民の一致した要望のあらわれであり、かかる真摯な運動に、わが国内諸方面の人士が支持を表明することになんらの不思議はないのである。民主主義国においては、如何なる勢力も、国民の総意に反する運動を有効に組織し、また指導し得るものではないことはあえてここに述べるまでもない。従って、これをもって一部の人士の策動による「報復主義的性格」のものであると非難するソ連邦政府の態度は、全く事実の真相を歪めるものと言わざるを得ない。
ソ連邦政府は、日本国内におけるこのような動きは、国際情勢発展の全般的傾行に逆行するものであると述べ、最近ソ連邦政府がドイツ連邦共和国政府との間に締結した条約を範例のごとくに掲げているが、北方領土問題は、歴史上いまだかつて如何なる他国の領土ともなったことのない日本国固有の領土を、ソ連邦政府が不法に占拠したまま日本国への返還を拒んでいる不自然な状態のみに由来する問題であつて、歴史的、政治的背景を異にする世界の如何なる他の部分の事態とも比較し、ないし同一視され得べき問題ではない。日本国政府は、ソ連邦政府が第二次大戦によって形成された国境という名目のもとになんら法的根拠のないまま、いたずらに自国の一方的措置を他国に強制し、古来如何なる他国にも属したことのない固有の領土を奪うことは国際正義にも副う所以ではないと信ずる。したがって日本国政府は、ソ連邦政府が速やかに歯舞群島及び色丹島とともに国後島及び択捉島をわが国に返還することによって、日ソ間に平和条約を締結し、両国の間に真に安定的な善隣友好関係を確立することこそ、ひとり両国の関係のみならず、アジアにおける平和と
安全の増進に資するゆえんであることをここに重ねて強調したい。
日本国政府は、ソ連邦政府が日本国の上述の立場を理解し、速やかにこの問題の積積的解決への方途を講ずる強い期待を表明するものである。
以上のとおりでございます。
—————————————
この発言だけを見る →日本国政府はかねて国際平和の維持と強化とを外交の基本方針とし、すべての国家との間に友好親善の関係を保持し発展させることに努めて来た。特に隣国たるソ連との間では、両国の政治、社会制度の相異にも拘らず、能う限り善隣友好の関係を発展せしめることがアジア全体の平和にも資する所以であると確信し、相互の関係を増進させるよう常に努力してきた。特に最近数年来、日ソ関係が各種の分野で順調に発展して来たことは、ソ連邦政府も指摘するとおりであり、このことは日本国政府及び国民がともに喜びとするところである。
しかしながら、日本国政府は戦後二十五年を経た今日に至るもなお両国間に平和条約が締結されていないことを遺憾とするものであり、両国の関係を真に安定的な基礎の上に発展させるために、出来るだけ速やかに平和条約が締結されることを希望している。
そもそも一九五六年の日ソ共同宣言は「両国間に正常な外交関係が回復された後、平和条約の締結に関する交渉を継続する」旨を規定しているが、当時日ソ間の国交の回復が平和条約によつて行なわれなかったのは、歯舞群島及び色丹島を除いては領土問題について日ソ間で合意が得られず、これを後日の交渉に委ねることとされたからである。
爾来、今日まで日本国政府は、あらゆる機会にソ連邦政府に対し、速やかに北方領土問題を解決するための交渉を行ない、もって平和条約を締結することの必要性を強調してきた。しかるに日本国政府のかかる積極的な態度にも拘らず、ソ連邦政府は、日ソ共同宣言によって合意したこのような交渉を拒否し続けているのみならず、北方領土の返還を求めるわが国民全体の熾烈な願望をわが国内の一部人士の作為的な運動であるとみなし、しかも日本国政府、国会等によつて執られた一連の国内的諸措置に対してまで非難を行なっいたことは、他国の国内事項に対する干渉の試みと考えざるを得ない。しかもソ連邦政府がその声明において、わが国における北方領土復帰促進運動の展開は、ソ連に対して非友好的な行為であり、日ソ両国関係の実際的諸問題の解決を困難にすると述べていることは、本末を全く顛倒した議論であり、むしろこのような態度こそ日ソ関係の安定的発展に対する否定的要因となることを惧れるものである。
サン・フランシスコ平和条約にもとづき、戦後米国の施政権下にあった沖繩が日本国政府と米国政府との間の平和的な話し合いによって、わが国の施政権下に復帰することになった現在、日本国民のより多くの関心が戦後未解決のまま残された最後の重要な問題である北方領土に向けられるに至ったのは極めて当然であり、また不可避のことである。わが国内に高まっている北方領土返還要求の動きはかかる日本国民の自然発生的な動きであり、国会の内外においてもこれが支持されていることは周知のことである。しかも、北方領土返還による平和条約の締結は、前述のとおり日本国政府が過去十余年にわたって正式にソ連邦政府に提起してきたところであれば、かかる運動は、文字どおり日本国政府及び国民の一致した要望のあらわれであり、かかる真摯な運動に、わが国内諸方面の人士が支持を表明することになんらの不思議はないのである。民主主義国においては、如何なる勢力も、国民の総意に反する運動を有効に組織し、また指導し得るものではないことはあえてここに述べるまでもない。従って、これをもって一部の人士の策動による「報復主義的性格」のものであると非難するソ連邦政府の態度は、全く事実の真相を歪めるものと言わざるを得ない。
ソ連邦政府は、日本国内におけるこのような動きは、国際情勢発展の全般的傾行に逆行するものであると述べ、最近ソ連邦政府がドイツ連邦共和国政府との間に締結した条約を範例のごとくに掲げているが、北方領土問題は、歴史上いまだかつて如何なる他国の領土ともなったことのない日本国固有の領土を、ソ連邦政府が不法に占拠したまま日本国への返還を拒んでいる不自然な状態のみに由来する問題であつて、歴史的、政治的背景を異にする世界の如何なる他の部分の事態とも比較し、ないし同一視され得べき問題ではない。日本国政府は、ソ連邦政府が第二次大戦によって形成された国境という名目のもとになんら法的根拠のないまま、いたずらに自国の一方的措置を他国に強制し、古来如何なる他国にも属したことのない固有の領土を奪うことは国際正義にも副う所以ではないと信ずる。したがって日本国政府は、ソ連邦政府が速やかに歯舞群島及び色丹島とともに国後島及び択捉島をわが国に返還することによって、日ソ間に平和条約を締結し、両国の間に真に安定的な善隣友好関係を確立することこそ、ひとり両国の関係のみならず、アジアにおける平和と
安全の増進に資するゆえんであることをここに重ねて強調したい。
日本国政府は、ソ連邦政府が日本国の上述の立場を理解し、速やかにこの問題の積積的解決への方途を講ずる強い期待を表明するものである。
以上のとおりでございます。
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田
永
永田亮一#4
○永田委員 先般、私どもは、北方領土及び北方海域における安全操業に関する問題等の実情調査のため、当委員会より派遣されまして、八月十八日より六日間の日程で札幌、根室、羅臼等を視察してまいりましたので、ここに御報告いたします。
派遣されました委員は、自民党永田及び村田の両委員、社会党戸叶及び堂森の両委員、それに公明党の樋上委員の五名であります。
今回、私ども外務委員が現地を視察いたしましたのは、十数年ぶりのことでありまして、そのころは、やっと北方領土返還運動も緒についたばかりでありました。その後、千島歯舞諸島居住者連盟が発足、貝殻島周辺のコンブ漁の民間協定ができるなど領土問題は大きな移り変わりを見せ、また、日ソ関係も人的交流や経済交流等の分野で善隣友好の伸展を見せております。こうした両国関係の接触の変化に伴いまして、根室等各地において、北方領土問題等に関する取り組み方もきわめて積極性を示し、私どもに対して活発な意見や強い要望がなされたわけであります。
まず、札幌市におきまして、町村北海道知事はじめ道当局及び関係諸団体より、北方領土問題、北方海域における安全操業問題等について概括的な説明と要望を受けた後、根室市、羅臼町及び標津町を訪問し、関係当局及び地元関係者から、つぶさに現地の実情と要望を聴取いたし、あわせて海上保安庁巡視船「ゆうばり」にて北方海域を視察してまいりました。
以下、事項別にその概要を申し上げます。
まず、北方領土問題に触れたいと思います。
戦後二十五年「島よ返れ」の悲願を叫び続けてきた地元民は、当然のことながら北方領土の復帰のために、粘り強い外交交渉を通じて一日も早く実現してもらいたいということが各地の懇談会において異口同音に述べられたのであります。さらに北方領土の返還については、地元関係者及び関係諸団体から出された意見は、北海道の付属島嶼である歯舞群島、色丹島はもちろん、歴史的にも法律的にも北海道とともに一体となって開発され、発展してきた国後島、択捉島の返還を求めるという点で一致いたしております。
このように地元としては、日本固有の領土である国後島、択捉島及び色丹島、歯舞群島の一括返還を熱望して、復帰促進運動を展開しており、沖繩返還の次は北方領土だという声も各地で聞かれたのであります。
その反面、沖繩返還運動に比較して、全国的盛り上がりが不十分で、国民世論の統一と高揚を期待する声はきわめて切実なものがあり、各政党間あるいは各人によって北方領土についての意見や主張がまちまちであって、必ずしも国内世論は一本化されておらない実情にあるが、このことは国民総意の結集をはかる上においても支障を来たすので、すみやかに国内世論の統一をはかってもらいたいといった意見や、政府、国会は、北方領土問題で強力な啓発活動を展開すべきだとの意見が随所で述べられました。
北海道においての国民世論啓蒙運動は、道庁に領土復帰北方漁業対策本部が設置されており、年間約八千万円の予算を計上して、領土復帰促進のための啓発活動等の諸対策を行ない、道内世論はもちろん、国内、国際世論の喚起をはかることにつとめております。
また、根室市においては、町かどに「呼び返せ北方領土」といったテーマ塔を建て、さらに「一億が待っている呼んでいる北方領土」等のスローガンを印刷したポスターを張るなど、世論の結集のため町ぐるみの運動を行なっており、地元民がこの問題に真剣に取り組んでいる姿をまのあたりに見て、私どもも認識を新たにした次第であります。
しかし、一方、北方領土復帰期成同盟西村専務理事は、広く国内全般に見た場合、国民世論が一般に低調で、特に二十代の若い世代や女性の関心が低く、とのためにも青少年に対する領土問題に関する教育を充実せよとの発言がありました。
このことは、根室市において北方領土問題に関し取材に参っておりました米国バルティモア・サン新聞社特派員との会見で同特派員が、沖繩となると国民世論が一体となって返還運動を展開するが、北方領土となると関心を抱くほとんどが老人層で、ノサップ岬に来ている若者はバカンスのみで何の関心をも示していないという発言と、千島連盟梅原常務のソ連人はかの地で生まれ、住みつく者が年々増加する傾向にあるが、わがほうは約一万七千名の引き揚げ者も、戦後二十五年たった現在、四分の一が死亡、半世紀たつと千島の実態を表現する者がいなくなる。このままでは、北方領土復帰運動が、孫、子供に対する遺言運動になり、故郷を知らない若い層のみになるということばとを考え合わせると、きわめて示唆深いものを感じるのであって、今後の返還運動は、国民世論の高揚こそ今日の北方領土問題に関する最も緊急かつ不可欠の命題であり、今後、政府、国会、国民一体となってこの問題に取り組まなければならないことを痛感した次第であります。
しかし、領土問題は一連の国際協定によって解決済みであると主張するソ連の壁を、国民世論の統一と高揚のみで突破することは決して容易でないことも地元では認識しております。
このようなソ連の壁に反発するものとして、反ソキャンペーン的な動きが一部に見られるのでありますが、これに対して、川端北海道漁連会長は、私たちの運動はあくまで固有の領土を回復するための純粋な国民運動であって、国民世論を背景として、ソ連と友好親善の中で粘り強い外交交渉を通じ解決されることを望むのであるという発言がありました。
なお、根室地方総合開発期成会から、北方領土復帰への世論を喚起する一環として、ノサップ岬を訪問し北方の島々を眺望する年間約二十万人の観光客のために、「望郷の家」を建設する計画があり、このため特段の配慮を望むという要請があったのであります。
次に、北方海域における安全操業問題についてであります。
根室地方近海を含む北方海域は、魚類の宝庫として有名なところでありまして、この地方の産業構造も古くから水産業を中心に地域の開発がなされてきたところであります。
しかるに、昭和二十年八月、ソ連軍は千島全島を占領し、一方的に十二海里の領海宣言を行なったことによって、かつてこれらの島々に居住していた漁業者を主体とする元島民及びこれら北方海域を父祖伝承の漁場として利用してきた北海道をはじめとする全国関係県の沿岸、中小漁業者は、生活の場を一挙に失ってしまったのであります。
しかし、生活のすべてがこの付近での漁業にかかっている零細漁民としては、十二海里付近に近づけば拿捕される危険があるにもかかわらず、生活を維持するためにあえて出漁せねばならぬ状況下に置かれております。このため昭和二十一年四月「第二暁丸」が多楽島沖合で拿捕されたのを最初に、今日までの拿捕漁船の数は千三百二十四隻、拿捕乗組員は一万一千百八十二名の多きに及んでおります。
拿捕されますと船長及び漁労長は、領海侵犯及び密漁罪で最低三カ月、最高四年の実刑を科せられ、その他の者も一カ月から二カ月の抑留生活を余儀なくされております。また船体、漁具等もそのほとんどが没収されている実情であります。
これら拿捕された漁船員の留守家族の生活は、一家の支柱ともいうべき働き手を失い、収入も断たれ、その生活は悲惨をきわめております。また、船主は、船体及び漁具を没収されることによって、その再建はなみなみならぬものがあり、これは単なる漁業問題というより、大きな人道上の問題と化しております。
そこで、さしあたって北方領土問題が解決されるまでの間、暫定措置として、拿捕のない安全操業を早急に実現してもらいたいと各地関係者より強い要望がなされました。また、安全操業の範囲については、わが国固有の領土である歯舞、色丹、国後、択捉の四島の周辺海域を対象として一括実現されたという意見が強く表明され、赤城試案で示された、歯舞、色丹の周辺海域だけであるならば、地元としては、承服できないとの横田根室市長の見解のように、大多数はこれに反対しており、地元で示された意見は、おおよそ愛知提案の範囲に固まっていると見受けられました。
ただし、愛知提案の中の距岸三海里ということについては、相手のあることだから、こちらの都合ばかり言って交渉が御破算になっては元も子もない。この際一海里でも安全ラインが広がればよいといった現実論もあったが、資源の面でも、安全のためにも距岸ゼロ海里、つまり接岸して操業するのでなければ、現在と同様拿捕の危険があるためにほんとうの安全操業でないという地元漁民の意見もあり、特に佐藤羅臼町長からは、国後島北西海域についてはソ連の主張する領海十二海里を突破、距岸三海里近くで操業しても拿捕されず、事実上黙認されているのであるから、三海里以内まで入るのでなければ意味がないという意見の表現もなされたのであります。
そのほか安全操業の見返りについては、何らかの見返り供与はやむを得ないが、安全操業についての協定は、政府間の協定であるから政府の責任で行なってもらいたいという声も聞かれ、また、西谷根室海上保安部長からは、今後、安全操業協定が成立した場合、十二海里以内にはいれるのは漁船のみで、公船である巡視船が入れぬような取りきめが結ばれれば、巡視船の保護のないまま、拿捕の危険にさらされる可能性がある。したがって巡視船が区域内に入れないような協定を締結するようなことがあっては困るとの意見の開陳が行なわれました。
さらに、抑留者の早期釈放と未帰還の拿捕漁船の返還についても、すみやかに実現されるようにとの要望を受けたのであります。
以上のように、安全操業問題の解決をだれよりも待ち望んでいるのは、戦後二十五年間ソ連監視船による拿捕の脅威のもとに操業している漁民たちであります。しかし現状においては、いつ拿捕されるかわからない不安にさらされており、これは人道上の問題でもありますので、政府において、一日も早く安全操業問題の解決につとめるよう強く要望いたすものであります。
次に、北方領土にかかわる国内行政措置に関する要望や意見が述べられたが、そのおもなものは、第一に、旧漁業権の補償問題であります。
昭和二十四年漁業制度の改革により、旧漁業権を所有していた者に対しては、漁業権の補償が行なわれましたが、北方領土における旧漁業権については、昭和二十一年一月二十九日の行政分離の日に法律上消滅したという理由で、全くこの補償が行なわれておりません。これに対して北方領土はわが国固有の領土であると主張する以上、現在行政権が及ばないにしても補償を行なうのが筋であり旧島民の窮状を救済する上からも本土で行なわれたと同様の漁業権補償を早急に措置してもらいたいという要望が各地で繰り返されました。
第二点として、戸籍事務取り扱いに関する問題であります。
北方地域に本籍を有していた二千世帯の者は、終戦後本土に引き揚げを余儀なくされ、その後、対日平和条約発効とともに本土に就籍、転籍させるように行政指導が行なわれたために、その手続を完了しております。しかし、たとえ形式上であっても、島とのきずなを残しておきたいとする元居住者の心情からして、固有の領土であると主張する以上、その裏づけとして、島に本籍を持つ者の存在を認めろとの強い要望がなされました。松崎領土復帰北方漁業対策本部長からも北方地域に本籍を置くことは、戸籍事務管掌者が置かれていないため、不可能な状況にあるので、戸籍事務所を設けてこれを可能にするようにとの要望がありました。
第三点として、根室、羅臼、標津等の乏しい市町村財政の中から、拿捕見舞い金の支給、北方領土の啓蒙宣伝等に、年々多額の金額が支出されているが、本来これらは一地方自治体の問題でなく、国家的な重要問題で当然国が行なうべきであり、これらの経費について国からの特段の考慮が払われるべきであるとの要望が各関係自治体よりなされました。
その他きわめて多岐にわたる要望がありましたが、要するにわが国固有の領土に対する外交上の主張に見合う内政上の統一的な措置の実施が強く望まれたのであります。
終わりにあたり一言申し添えますと、地元では外務大臣の現地視察をぜひ実現してもらいたいとの切実な要望がございました。横田根室市長の復帰運動は、納沙布岬に立って島を仰ぐことから始まるのことばどおり、わが国固有の領土をながめ、現地の声を直接聞くためにも、外務大臣が現地の視察をされるよう、私どもも強く要望いたします。
以上が、北方領土問題等の派遣視察の概要でありますが、私どもの視察のために御多忙中のところいろいろ御協力をくださいました方々に対して深甚なる謝意を表するとともに、なお、一そうの御努力をお願いいたす次第であります。
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この発言だけを見る →派遣されました委員は、自民党永田及び村田の両委員、社会党戸叶及び堂森の両委員、それに公明党の樋上委員の五名であります。
今回、私ども外務委員が現地を視察いたしましたのは、十数年ぶりのことでありまして、そのころは、やっと北方領土返還運動も緒についたばかりでありました。その後、千島歯舞諸島居住者連盟が発足、貝殻島周辺のコンブ漁の民間協定ができるなど領土問題は大きな移り変わりを見せ、また、日ソ関係も人的交流や経済交流等の分野で善隣友好の伸展を見せております。こうした両国関係の接触の変化に伴いまして、根室等各地において、北方領土問題等に関する取り組み方もきわめて積極性を示し、私どもに対して活発な意見や強い要望がなされたわけであります。
まず、札幌市におきまして、町村北海道知事はじめ道当局及び関係諸団体より、北方領土問題、北方海域における安全操業問題等について概括的な説明と要望を受けた後、根室市、羅臼町及び標津町を訪問し、関係当局及び地元関係者から、つぶさに現地の実情と要望を聴取いたし、あわせて海上保安庁巡視船「ゆうばり」にて北方海域を視察してまいりました。
以下、事項別にその概要を申し上げます。
まず、北方領土問題に触れたいと思います。
戦後二十五年「島よ返れ」の悲願を叫び続けてきた地元民は、当然のことながら北方領土の復帰のために、粘り強い外交交渉を通じて一日も早く実現してもらいたいということが各地の懇談会において異口同音に述べられたのであります。さらに北方領土の返還については、地元関係者及び関係諸団体から出された意見は、北海道の付属島嶼である歯舞群島、色丹島はもちろん、歴史的にも法律的にも北海道とともに一体となって開発され、発展してきた国後島、択捉島の返還を求めるという点で一致いたしております。
このように地元としては、日本固有の領土である国後島、択捉島及び色丹島、歯舞群島の一括返還を熱望して、復帰促進運動を展開しており、沖繩返還の次は北方領土だという声も各地で聞かれたのであります。
その反面、沖繩返還運動に比較して、全国的盛り上がりが不十分で、国民世論の統一と高揚を期待する声はきわめて切実なものがあり、各政党間あるいは各人によって北方領土についての意見や主張がまちまちであって、必ずしも国内世論は一本化されておらない実情にあるが、このことは国民総意の結集をはかる上においても支障を来たすので、すみやかに国内世論の統一をはかってもらいたいといった意見や、政府、国会は、北方領土問題で強力な啓発活動を展開すべきだとの意見が随所で述べられました。
北海道においての国民世論啓蒙運動は、道庁に領土復帰北方漁業対策本部が設置されており、年間約八千万円の予算を計上して、領土復帰促進のための啓発活動等の諸対策を行ない、道内世論はもちろん、国内、国際世論の喚起をはかることにつとめております。
また、根室市においては、町かどに「呼び返せ北方領土」といったテーマ塔を建て、さらに「一億が待っている呼んでいる北方領土」等のスローガンを印刷したポスターを張るなど、世論の結集のため町ぐるみの運動を行なっており、地元民がこの問題に真剣に取り組んでいる姿をまのあたりに見て、私どもも認識を新たにした次第であります。
しかし、一方、北方領土復帰期成同盟西村専務理事は、広く国内全般に見た場合、国民世論が一般に低調で、特に二十代の若い世代や女性の関心が低く、とのためにも青少年に対する領土問題に関する教育を充実せよとの発言がありました。
このことは、根室市において北方領土問題に関し取材に参っておりました米国バルティモア・サン新聞社特派員との会見で同特派員が、沖繩となると国民世論が一体となって返還運動を展開するが、北方領土となると関心を抱くほとんどが老人層で、ノサップ岬に来ている若者はバカンスのみで何の関心をも示していないという発言と、千島連盟梅原常務のソ連人はかの地で生まれ、住みつく者が年々増加する傾向にあるが、わがほうは約一万七千名の引き揚げ者も、戦後二十五年たった現在、四分の一が死亡、半世紀たつと千島の実態を表現する者がいなくなる。このままでは、北方領土復帰運動が、孫、子供に対する遺言運動になり、故郷を知らない若い層のみになるということばとを考え合わせると、きわめて示唆深いものを感じるのであって、今後の返還運動は、国民世論の高揚こそ今日の北方領土問題に関する最も緊急かつ不可欠の命題であり、今後、政府、国会、国民一体となってこの問題に取り組まなければならないことを痛感した次第であります。
しかし、領土問題は一連の国際協定によって解決済みであると主張するソ連の壁を、国民世論の統一と高揚のみで突破することは決して容易でないことも地元では認識しております。
このようなソ連の壁に反発するものとして、反ソキャンペーン的な動きが一部に見られるのでありますが、これに対して、川端北海道漁連会長は、私たちの運動はあくまで固有の領土を回復するための純粋な国民運動であって、国民世論を背景として、ソ連と友好親善の中で粘り強い外交交渉を通じ解決されることを望むのであるという発言がありました。
なお、根室地方総合開発期成会から、北方領土復帰への世論を喚起する一環として、ノサップ岬を訪問し北方の島々を眺望する年間約二十万人の観光客のために、「望郷の家」を建設する計画があり、このため特段の配慮を望むという要請があったのであります。
次に、北方海域における安全操業問題についてであります。
根室地方近海を含む北方海域は、魚類の宝庫として有名なところでありまして、この地方の産業構造も古くから水産業を中心に地域の開発がなされてきたところであります。
しかるに、昭和二十年八月、ソ連軍は千島全島を占領し、一方的に十二海里の領海宣言を行なったことによって、かつてこれらの島々に居住していた漁業者を主体とする元島民及びこれら北方海域を父祖伝承の漁場として利用してきた北海道をはじめとする全国関係県の沿岸、中小漁業者は、生活の場を一挙に失ってしまったのであります。
しかし、生活のすべてがこの付近での漁業にかかっている零細漁民としては、十二海里付近に近づけば拿捕される危険があるにもかかわらず、生活を維持するためにあえて出漁せねばならぬ状況下に置かれております。このため昭和二十一年四月「第二暁丸」が多楽島沖合で拿捕されたのを最初に、今日までの拿捕漁船の数は千三百二十四隻、拿捕乗組員は一万一千百八十二名の多きに及んでおります。
拿捕されますと船長及び漁労長は、領海侵犯及び密漁罪で最低三カ月、最高四年の実刑を科せられ、その他の者も一カ月から二カ月の抑留生活を余儀なくされております。また船体、漁具等もそのほとんどが没収されている実情であります。
これら拿捕された漁船員の留守家族の生活は、一家の支柱ともいうべき働き手を失い、収入も断たれ、その生活は悲惨をきわめております。また、船主は、船体及び漁具を没収されることによって、その再建はなみなみならぬものがあり、これは単なる漁業問題というより、大きな人道上の問題と化しております。
そこで、さしあたって北方領土問題が解決されるまでの間、暫定措置として、拿捕のない安全操業を早急に実現してもらいたいと各地関係者より強い要望がなされました。また、安全操業の範囲については、わが国固有の領土である歯舞、色丹、国後、択捉の四島の周辺海域を対象として一括実現されたという意見が強く表明され、赤城試案で示された、歯舞、色丹の周辺海域だけであるならば、地元としては、承服できないとの横田根室市長の見解のように、大多数はこれに反対しており、地元で示された意見は、おおよそ愛知提案の範囲に固まっていると見受けられました。
ただし、愛知提案の中の距岸三海里ということについては、相手のあることだから、こちらの都合ばかり言って交渉が御破算になっては元も子もない。この際一海里でも安全ラインが広がればよいといった現実論もあったが、資源の面でも、安全のためにも距岸ゼロ海里、つまり接岸して操業するのでなければ、現在と同様拿捕の危険があるためにほんとうの安全操業でないという地元漁民の意見もあり、特に佐藤羅臼町長からは、国後島北西海域についてはソ連の主張する領海十二海里を突破、距岸三海里近くで操業しても拿捕されず、事実上黙認されているのであるから、三海里以内まで入るのでなければ意味がないという意見の表現もなされたのであります。
そのほか安全操業の見返りについては、何らかの見返り供与はやむを得ないが、安全操業についての協定は、政府間の協定であるから政府の責任で行なってもらいたいという声も聞かれ、また、西谷根室海上保安部長からは、今後、安全操業協定が成立した場合、十二海里以内にはいれるのは漁船のみで、公船である巡視船が入れぬような取りきめが結ばれれば、巡視船の保護のないまま、拿捕の危険にさらされる可能性がある。したがって巡視船が区域内に入れないような協定を締結するようなことがあっては困るとの意見の開陳が行なわれました。
さらに、抑留者の早期釈放と未帰還の拿捕漁船の返還についても、すみやかに実現されるようにとの要望を受けたのであります。
以上のように、安全操業問題の解決をだれよりも待ち望んでいるのは、戦後二十五年間ソ連監視船による拿捕の脅威のもとに操業している漁民たちであります。しかし現状においては、いつ拿捕されるかわからない不安にさらされており、これは人道上の問題でもありますので、政府において、一日も早く安全操業問題の解決につとめるよう強く要望いたすものであります。
次に、北方領土にかかわる国内行政措置に関する要望や意見が述べられたが、そのおもなものは、第一に、旧漁業権の補償問題であります。
昭和二十四年漁業制度の改革により、旧漁業権を所有していた者に対しては、漁業権の補償が行なわれましたが、北方領土における旧漁業権については、昭和二十一年一月二十九日の行政分離の日に法律上消滅したという理由で、全くこの補償が行なわれておりません。これに対して北方領土はわが国固有の領土であると主張する以上、現在行政権が及ばないにしても補償を行なうのが筋であり旧島民の窮状を救済する上からも本土で行なわれたと同様の漁業権補償を早急に措置してもらいたいという要望が各地で繰り返されました。
第二点として、戸籍事務取り扱いに関する問題であります。
北方地域に本籍を有していた二千世帯の者は、終戦後本土に引き揚げを余儀なくされ、その後、対日平和条約発効とともに本土に就籍、転籍させるように行政指導が行なわれたために、その手続を完了しております。しかし、たとえ形式上であっても、島とのきずなを残しておきたいとする元居住者の心情からして、固有の領土であると主張する以上、その裏づけとして、島に本籍を持つ者の存在を認めろとの強い要望がなされました。松崎領土復帰北方漁業対策本部長からも北方地域に本籍を置くことは、戸籍事務管掌者が置かれていないため、不可能な状況にあるので、戸籍事務所を設けてこれを可能にするようにとの要望がありました。
第三点として、根室、羅臼、標津等の乏しい市町村財政の中から、拿捕見舞い金の支給、北方領土の啓蒙宣伝等に、年々多額の金額が支出されているが、本来これらは一地方自治体の問題でなく、国家的な重要問題で当然国が行なうべきであり、これらの経費について国からの特段の考慮が払われるべきであるとの要望が各関係自治体よりなされました。
その他きわめて多岐にわたる要望がありましたが、要するにわが国固有の領土に対する外交上の主張に見合う内政上の統一的な措置の実施が強く望まれたのであります。
終わりにあたり一言申し添えますと、地元では外務大臣の現地視察をぜひ実現してもらいたいとの切実な要望がございました。横田根室市長の復帰運動は、納沙布岬に立って島を仰ぐことから始まるのことばどおり、わが国固有の領土をながめ、現地の声を直接聞くためにも、外務大臣が現地の視察をされるよう、私どもも強く要望いたします。
以上が、北方領土問題等の派遣視察の概要でありますが、私どもの視察のために御多忙中のところいろいろ御協力をくださいました方々に対して深甚なる謝意を表するとともに、なお、一そうの御努力をお願いいたす次第であります。
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田
田中六助#5
○田中委員長 これにて派遣委員の報告は終わりました。
派遣委員各位にはまことに御苦労さまでございました。
次に、まず北方領土及び安全操業に関する国際問題について質疑を行ないます。
質疑の通告がありますので、順次これを許します。村田敬次郎君。
この発言だけを見る →派遣委員各位にはまことに御苦労さまでございました。
次に、まず北方領土及び安全操業に関する国際問題について質疑を行ないます。
質疑の通告がありますので、順次これを許します。村田敬次郎君。
村
村田敬次郎#6
○村田委員 お許しをいただきまして北方領土問題について御質問を申し上げたいと存じます。
私は、過般十月二十一日に国連二十五周年記念総会が行なわれ、佐藤首相が国連の総会において演説をされたのでありますが、その際北方領土問題に言及をした、それ以降の時点における問題について御質問をいたしたいと思います。
第一点は、佐藤首相が国連総会で説明をされたのに伴って、それに続いて一連の事態が起こったわけであります。北方領土返還の問題を国際連合の場において訴えるということがはたして妥当であったかなかったかという問題についての意見でありますが、まず十月二十四日にソ連の共産党機関紙のプラウダは、佐藤首相の国連演説について、佐藤総理はせっかくの玉、つまりこれは日ソの友好関係の発展ということでありますけれども、せっかくの玉に傷をつけてしまったという表現を用い、さらに十月二十九日付のソ連政府機関紙イズベスチヤはやはりこのことについての評論を掲げ、総理大臣または日本政府の閣僚の他のだれかが場所柄もわきまえずに北方領土問題について話すからといって、この問題が現実に生ずる筋合いのものではないという激しい主張をしておるのであります。
さらに十一月十一日にはソ連のオコニシニコフ駐日ソ連臨時代理大使が外務省に森外務次官を訪ね、北方領土問題に関する日本側の最近の一連の動きは両国の友好関係にそぐわぬ非友好的な行為であるということを口頭で申し入れをしてまいったのであります。
この佐藤首相の国連演説に対する動きというものは、国際世論におきましてもその評価がまちまちでございますけれども、これをあえて国連の場で発表したということに対する愛知外務大臣の御見解を承りたいと思うのでございます。
聞くところによれば、外務省の内部にも国連の総会において演説することは望ましくないという意見が一部にあったやに承りますが、その辺についての所見を承りたいというのが第一点でございます。
それから第二点といたしましては、国連で演説をされました際に、佐藤首相は記者会見を行なっております。そのときの記者会見において北方領土の問題に触れまして「私は前に「沖繩が終らなければ戦後は終らない」といったが、これは舌足らず。北方領土も返らねばならない。」さらに訪ソ問題に関連をいたしまして、四選後訪ソをする考えがあるかという記者団の問いに答えて「ある。当然ですよ。「私の任期がどうなるかわからないが、訪ソを積極的に考える。」という表現をしておられるのであります。それに関連をいたしまして、首相訪ソの時期ということが当然に問題になると思うのでございますが、佐藤首相は就任以来まだソ連を訪問されていないわけでございまして、この北方領土の問題に関連して、両国の首脳が会談をするために訪ソをする、これはたいへん意義のあることだと思いますが、その訪ソの時期をいっと考えておられるか、このことについて外務大臣のお考えを伺いたい、これが第二点でございます。
第三点は、先ほど愛知外務大臣が御発表になりましたオコニシニコフ駐日ソ連臨時代理大使の申し入れに対する外務省の回答についてでありますが、この回答についてはすでに同臨時代理大使の申し入れがありましてから、当然に正式の日本政府としての意見の表明があるということを私どもも期待をしておったわけでございますが、先ほど発表されましたものによりますれば、これは森次官からの発表であるというふうに承ったのでありますが、ソ連のこうしたわが国の願望に対する見解というものが「国内の一部人士の作為的な運動であるとみなし、しかも日本国政府、国会等によって執られた一連の国内的諸措置」これはたとえば沖繩・北方対策庁の設置とか国会議員団の視察とか、そういうことだと思いますが、「一連の国内的諸措置に対してまで非難を行なったことは、他国の国内事項に対する干渉の試みと考えざるを得ない。」といたしまして、そして最後に「日本国政府は、ソ連邦政府が第二次大戦によって形成された国境という名目のもとになんら法的根拠のないまま、いたずらに自国の一方的措置を他国に強制し、古来如何なる他国にも属したことのない固有の領土を奪うことは国際正義にも副う所以ではないと信ずる。」という所信を発表されたのであります。私はこのソ連政府の発表と、そして日本国政府の本日行なった発表との間に非常に大きな隔たりがあり、しかもそれは平行線的な隔たりであって、なかなかこれを詰めていくことは困難なことであると思うのでありますが、今後その距離を詰めて、何とか北方領土を返還させたいというわが国民の悲願をかなえていくために、愛知外務大臣が具体的な日程としてどういうふうなお考えを持っておいでになるか、以上三点。
第一点は、首相の国連演説についての外務大臣の所見、第二は首相訪ソの時期、第三はオコニシニコフ駐日ソ連臨時代理大使の申し入れに対する外務省の回答をめぐっての愛知外務大臣の意見、この三点をお伺いいたします。
この発言だけを見る →私は、過般十月二十一日に国連二十五周年記念総会が行なわれ、佐藤首相が国連の総会において演説をされたのでありますが、その際北方領土問題に言及をした、それ以降の時点における問題について御質問をいたしたいと思います。
第一点は、佐藤首相が国連総会で説明をされたのに伴って、それに続いて一連の事態が起こったわけであります。北方領土返還の問題を国際連合の場において訴えるということがはたして妥当であったかなかったかという問題についての意見でありますが、まず十月二十四日にソ連の共産党機関紙のプラウダは、佐藤首相の国連演説について、佐藤総理はせっかくの玉、つまりこれは日ソの友好関係の発展ということでありますけれども、せっかくの玉に傷をつけてしまったという表現を用い、さらに十月二十九日付のソ連政府機関紙イズベスチヤはやはりこのことについての評論を掲げ、総理大臣または日本政府の閣僚の他のだれかが場所柄もわきまえずに北方領土問題について話すからといって、この問題が現実に生ずる筋合いのものではないという激しい主張をしておるのであります。
さらに十一月十一日にはソ連のオコニシニコフ駐日ソ連臨時代理大使が外務省に森外務次官を訪ね、北方領土問題に関する日本側の最近の一連の動きは両国の友好関係にそぐわぬ非友好的な行為であるということを口頭で申し入れをしてまいったのであります。
この佐藤首相の国連演説に対する動きというものは、国際世論におきましてもその評価がまちまちでございますけれども、これをあえて国連の場で発表したということに対する愛知外務大臣の御見解を承りたいと思うのでございます。
聞くところによれば、外務省の内部にも国連の総会において演説することは望ましくないという意見が一部にあったやに承りますが、その辺についての所見を承りたいというのが第一点でございます。
それから第二点といたしましては、国連で演説をされました際に、佐藤首相は記者会見を行なっております。そのときの記者会見において北方領土の問題に触れまして「私は前に「沖繩が終らなければ戦後は終らない」といったが、これは舌足らず。北方領土も返らねばならない。」さらに訪ソ問題に関連をいたしまして、四選後訪ソをする考えがあるかという記者団の問いに答えて「ある。当然ですよ。「私の任期がどうなるかわからないが、訪ソを積極的に考える。」という表現をしておられるのであります。それに関連をいたしまして、首相訪ソの時期ということが当然に問題になると思うのでございますが、佐藤首相は就任以来まだソ連を訪問されていないわけでございまして、この北方領土の問題に関連して、両国の首脳が会談をするために訪ソをする、これはたいへん意義のあることだと思いますが、その訪ソの時期をいっと考えておられるか、このことについて外務大臣のお考えを伺いたい、これが第二点でございます。
第三点は、先ほど愛知外務大臣が御発表になりましたオコニシニコフ駐日ソ連臨時代理大使の申し入れに対する外務省の回答についてでありますが、この回答についてはすでに同臨時代理大使の申し入れがありましてから、当然に正式の日本政府としての意見の表明があるということを私どもも期待をしておったわけでございますが、先ほど発表されましたものによりますれば、これは森次官からの発表であるというふうに承ったのでありますが、ソ連のこうしたわが国の願望に対する見解というものが「国内の一部人士の作為的な運動であるとみなし、しかも日本国政府、国会等によって執られた一連の国内的諸措置」これはたとえば沖繩・北方対策庁の設置とか国会議員団の視察とか、そういうことだと思いますが、「一連の国内的諸措置に対してまで非難を行なったことは、他国の国内事項に対する干渉の試みと考えざるを得ない。」といたしまして、そして最後に「日本国政府は、ソ連邦政府が第二次大戦によって形成された国境という名目のもとになんら法的根拠のないまま、いたずらに自国の一方的措置を他国に強制し、古来如何なる他国にも属したことのない固有の領土を奪うことは国際正義にも副う所以ではないと信ずる。」という所信を発表されたのであります。私はこのソ連政府の発表と、そして日本国政府の本日行なった発表との間に非常に大きな隔たりがあり、しかもそれは平行線的な隔たりであって、なかなかこれを詰めていくことは困難なことであると思うのでありますが、今後その距離を詰めて、何とか北方領土を返還させたいというわが国民の悲願をかなえていくために、愛知外務大臣が具体的な日程としてどういうふうなお考えを持っておいでになるか、以上三点。
第一点は、首相の国連演説についての外務大臣の所見、第二は首相訪ソの時期、第三はオコニシニコフ駐日ソ連臨時代理大使の申し入れに対する外務省の回答をめぐっての愛知外務大臣の意見、この三点をお伺いいたします。
愛
愛知揆一#7
○愛知国務大臣 北方領土問題は戦後わが国のかかえております最大な外交問題の一つであることにつきましては、申し上げるまでもないことであると思います。同時に最近になりまして、この問題は国際的な関心も相当に呼び起こしている問題であると私は認識いたしておるわけでございます。こういうおりからでございますから、佐藤総理が国連総会に出席いたしまして演説をする機会に、この日ソ間の領土問題という懸案を平和的な話し合いによってぜひ解決したいという意図を各国代表の前に披瀝いたしましたことは、私は国連憲章の精神にもかなうものであると考えまして、妥当であったと思われるわけでございます。この点について先ほど、これを取り上げることについては反対があったのではないかという御質疑もございましたけれども、私といたしましては、積極的にこの点に賛意を表し、かつそのプレゼンテーションと申しますか、そういう点につきましては、十分周到な注意をいたしたつもりでございまして、私は本件に総理演説が触れましたことは妥当であったと考えておる次第でございます。
それから第二点は、総理大臣の記者会見の場における総理の御発言に関連して、訪ソの問題をお尋ねになりましたが、これは顧みて他を言うようになっても恐縮なんでありますけれども、私が最近ある機会にコスイギン総理と会いましたときにも、コスイギン総理もいつかどこかで佐藤総理に会いたいなという感懐を漏らしたくらいでございますから、しかるべき時期に会う、あるいは訪問する、あるいは訪問し合うということは、私は大局から考えて、日ソの親善友好関係ということから考えて適当なこととも考えておりますけれども、たとえば訪ソするといたしましても、実りの多き訪ソであってほしい、そういう角度から考えまして、ただいまいつ、その時期が妥当であるかということについては、まだきめてもおりませんし、また具体的に話を詰めておるわけでもございません。
それから第三番目のお尋ねは、十一日にソ連の臨時代理大使が森次官に申し入れをいたしましたのに対しては、ただいま御意見のありますとおり、日本側からといえば、かねがねソ連として言っておりましたことを、腹一ぱい何かつづってきたような感じがするわけでございますが、それに対しまして、わがほうの北方領土問題に対するかねがねからの、また国民的の願望であるところのいろいろの根拠を十分主張し、かつ、ただいまのも、お尋ねがございましたが、内政干渉みたいな言動に対しましては厳重に注意を喚起いたしたわけでございます。先ほど読み上げましたものの中に、それらの点は私としては十分に織り込んだつもりでございますが、お話のように、双方の態度といいますか、ソ連の態度はずいぶんほど遠いところにある、これは現実に私も当事者の一人として認めざるを得ないわけでございますが、基本的には友好関係の雰囲気の中、平和的な話し合いで、忍耐強くこの結実を求めるということで今後ともやっていきたい。当面のところは、さらに先ほどお話も伺いましたが、安全操業の問題というような非常に緊切した、早急に手がけなければならない問題もございます。また経済問題その他ではむしろ先方が非常に要請をしておる問題もございますが、安全操業の問題について申しましても、領土問題というものを留保しながらといいますか、当方の主張を堅持しながら、その上に立って当面の安全操業問題を解決をしたい、それから他の各種のソ連側の希望する問題等につきましても、一つ一つ友好信頼関係の上に立って解決をしていきたい、そして領土問題が片づきさえすれば、平和条約の締結が直ちにされる用意があるということで、この態度というものをただいま申しましたが、忍耐強く強力に積極的に押してまいりたいと考えております。
この発言だけを見る →それから第二点は、総理大臣の記者会見の場における総理の御発言に関連して、訪ソの問題をお尋ねになりましたが、これは顧みて他を言うようになっても恐縮なんでありますけれども、私が最近ある機会にコスイギン総理と会いましたときにも、コスイギン総理もいつかどこかで佐藤総理に会いたいなという感懐を漏らしたくらいでございますから、しかるべき時期に会う、あるいは訪問する、あるいは訪問し合うということは、私は大局から考えて、日ソの親善友好関係ということから考えて適当なこととも考えておりますけれども、たとえば訪ソするといたしましても、実りの多き訪ソであってほしい、そういう角度から考えまして、ただいまいつ、その時期が妥当であるかということについては、まだきめてもおりませんし、また具体的に話を詰めておるわけでもございません。
それから第三番目のお尋ねは、十一日にソ連の臨時代理大使が森次官に申し入れをいたしましたのに対しては、ただいま御意見のありますとおり、日本側からといえば、かねがねソ連として言っておりましたことを、腹一ぱい何かつづってきたような感じがするわけでございますが、それに対しまして、わがほうの北方領土問題に対するかねがねからの、また国民的の願望であるところのいろいろの根拠を十分主張し、かつ、ただいまのも、お尋ねがございましたが、内政干渉みたいな言動に対しましては厳重に注意を喚起いたしたわけでございます。先ほど読み上げましたものの中に、それらの点は私としては十分に織り込んだつもりでございますが、お話のように、双方の態度といいますか、ソ連の態度はずいぶんほど遠いところにある、これは現実に私も当事者の一人として認めざるを得ないわけでございますが、基本的には友好関係の雰囲気の中、平和的な話し合いで、忍耐強くこの結実を求めるということで今後ともやっていきたい。当面のところは、さらに先ほどお話も伺いましたが、安全操業の問題というような非常に緊切した、早急に手がけなければならない問題もございます。また経済問題その他ではむしろ先方が非常に要請をしておる問題もございますが、安全操業の問題について申しましても、領土問題というものを留保しながらといいますか、当方の主張を堅持しながら、その上に立って当面の安全操業問題を解決をしたい、それから他の各種のソ連側の希望する問題等につきましても、一つ一つ友好信頼関係の上に立って解決をしていきたい、そして領土問題が片づきさえすれば、平和条約の締結が直ちにされる用意があるということで、この態度というものをただいま申しましたが、忍耐強く強力に積極的に押してまいりたいと考えております。
村
村田敬次郎#8
○村田委員 ただいま愛知外務大臣の御説明に出たことに関連をしてお尋ねをしたいのでございますが、今後日ソ両国間に横たわる距離というものを詰めていくために、愛知大臣は、安全操業問題とか経済問題とか、そういった日ソの共同利害の存する問題についてアプローチをしていくことがたいへん必要だということを言われたのでございます。
これに関連してでございますが、たとえば永野重雄さんは、一九七〇年代はシベリア開発を軸とする日ソ経済協力の時代であるということを言っておられまして、先般も日ソ経済委員会において、たとえば北サハリンの天然ガスの開発、それから輸入をする問題であるとか、あるいはナホトカに隣接するウランゲル湾に新しい港を建設することはどうであるかとか、そういったような問題が、たとえば経済団体連合会でございますとかあるいは日本商工会議所といったような経済ベースの機関が中心になって進められておるということがございます。私は、こうしたシベリア共同開発等の問題は、まさに両国の親善を深めていくためにかっこうの問題であると思うのでございまして、こういったシベリア開発の推進等を契機として、北方領土問題についてもできるだけアプローチをしていくというようなことはたいへん有効なことではなかろうかと思うのでございますが、それについての大臣の御見解をお伺いしたいということと、最後に、先ほど永田理事の現地視察報告にありましたとおり、北海道の現地におきましては、愛知外務大臣に現地を視察していただくことを望む声がきわめて高いわけであります。沖繩返還のめどがつきました現在、今度は北方領土の返還というものに国民的な世論を盛り上げなければならないという見地からいたしますれば、愛知外務大臣におかれては、一日も早く北方領土をあなたの目で見ていただきまして、そしてその見聞によって確められたところを、先ほど申し上げましたような経済問題、安全操業の問題と関連をして、ソ連に行かれ、そして具体的な話し合いを進められて、首相の訪ソというものをさらに次の日程として考えていくべきではないか。それもしかも一日も早くそういったことを実現していただきたいと思うわけでございますが、これらシベリア開発の推進と北方領土問題の解決についての御意見、それから愛知外相の現地視察と訪ソについての御見解を続けて承りたいと思います。
この発言だけを見る →これに関連してでございますが、たとえば永野重雄さんは、一九七〇年代はシベリア開発を軸とする日ソ経済協力の時代であるということを言っておられまして、先般も日ソ経済委員会において、たとえば北サハリンの天然ガスの開発、それから輸入をする問題であるとか、あるいはナホトカに隣接するウランゲル湾に新しい港を建設することはどうであるかとか、そういったような問題が、たとえば経済団体連合会でございますとかあるいは日本商工会議所といったような経済ベースの機関が中心になって進められておるということがございます。私は、こうしたシベリア共同開発等の問題は、まさに両国の親善を深めていくためにかっこうの問題であると思うのでございまして、こういったシベリア開発の推進等を契機として、北方領土問題についてもできるだけアプローチをしていくというようなことはたいへん有効なことではなかろうかと思うのでございますが、それについての大臣の御見解をお伺いしたいということと、最後に、先ほど永田理事の現地視察報告にありましたとおり、北海道の現地におきましては、愛知外務大臣に現地を視察していただくことを望む声がきわめて高いわけであります。沖繩返還のめどがつきました現在、今度は北方領土の返還というものに国民的な世論を盛り上げなければならないという見地からいたしますれば、愛知外務大臣におかれては、一日も早く北方領土をあなたの目で見ていただきまして、そしてその見聞によって確められたところを、先ほど申し上げましたような経済問題、安全操業の問題と関連をして、ソ連に行かれ、そして具体的な話し合いを進められて、首相の訪ソというものをさらに次の日程として考えていくべきではないか。それもしかも一日も早くそういったことを実現していただきたいと思うわけでございますが、これらシベリア開発の推進と北方領土問題の解決についての御意見、それから愛知外相の現地視察と訪ソについての御見解を続けて承りたいと思います。
愛
愛知揆一#9
○愛知国務大臣 ソ連側がシベリア開発を中心としていろいろの点で日本側に期待を持っているということは、各種の筋からよく理解ができるわけでございます。その中に、ただいまも御指摘がございましたが、ウランゲル港の建設ということについては大体話がまとまっておりまして、日本側としても協力をいたしまして、ウランゲル港が日本との間にも非常に重要なルートになってまいりましたので、この建設については協力をし、かつ期待を持っていきたいと思っております。
それから、たとえばこれもただいま御指摘がございましたが、埋蔵資源等につきましても、現地の調査等については日本側が希望するならば相当の条件と申しましょうか、自由に調査をするというようなことも向こうとしては考えておるということも示しておりますけれども、日本の国益という立場から申しまして、かりに取り上げるにしてもどういう形でやったらいいかということをプロジェクトごとにあるいは資源調査も含めまして十分慎重に取り上げてまいりたい、こういうふうに思っております。
それから北海道視察につきましては、外務委員会の御調査がありましたその直後に与野党の委員の方々からも非公式にすでに御要請があり、不肖私に対してそういう御期待をいただきますことは、まことに感銘いたしておるわけでございます。御要請に沿いたいと考えております。
この発言だけを見る →それから、たとえばこれもただいま御指摘がございましたが、埋蔵資源等につきましても、現地の調査等については日本側が希望するならば相当の条件と申しましょうか、自由に調査をするというようなことも向こうとしては考えておるということも示しておりますけれども、日本の国益という立場から申しまして、かりに取り上げるにしてもどういう形でやったらいいかということをプロジェクトごとにあるいは資源調査も含めまして十分慎重に取り上げてまいりたい、こういうふうに思っております。
それから北海道視察につきましては、外務委員会の御調査がありましたその直後に与野党の委員の方々からも非公式にすでに御要請があり、不肖私に対してそういう御期待をいただきますことは、まことに感銘いたしておるわけでございます。御要請に沿いたいと考えております。
村
村田敬次郎#10
○村田委員 時間の関係で、以上で質問を終わるわけでございますが、最後に御要望だけを申し上げておきたいと思います。
先ほどの、本日発表されたオコニシニコフ在京ソ連臨時代理大使に対する外務省の見解を拝見いたしまして、私どもが感じますことは、プラウダやイズベスチヤに見られるソ連の論調というものは、日本の国内世論というものをまだ十分に知っておられない点があまりにも多過ぎるのではないか。たとえば総理府の世論調査を見てみますれば、歯舞、色丹、国後、択捉の四島が、現在なおソ連に占領されておるということを知っておる者が八四%にものぼっておる。また日本が北方領土についてソ連と交渉しているということを知っておる者が七〇%で、もっと積極的に交渉を進めるべきだとする者が七一%にも達しておるのでございます。そしてまさにこれは与野党一致の北方領土復帰の要望の問題でございまして、これはソ連の新聞等が指摘しますような、いわゆる上すべりの世論でないことは明らかなのでございますから、外務大臣におかれましては、私が申し上げましたようにぜひ北方領土の視察をされ、さらに経済問題等を通じてソ連との接触をはかられ、そして首相訪ソを一日も早く実現して、国内世論、国際世論を喚起していただくようにお願いを申し上げまして、質問を終わらせていただきます。
この発言だけを見る →先ほどの、本日発表されたオコニシニコフ在京ソ連臨時代理大使に対する外務省の見解を拝見いたしまして、私どもが感じますことは、プラウダやイズベスチヤに見られるソ連の論調というものは、日本の国内世論というものをまだ十分に知っておられない点があまりにも多過ぎるのではないか。たとえば総理府の世論調査を見てみますれば、歯舞、色丹、国後、択捉の四島が、現在なおソ連に占領されておるということを知っておる者が八四%にものぼっておる。また日本が北方領土についてソ連と交渉しているということを知っておる者が七〇%で、もっと積極的に交渉を進めるべきだとする者が七一%にも達しておるのでございます。そしてまさにこれは与野党一致の北方領土復帰の要望の問題でございまして、これはソ連の新聞等が指摘しますような、いわゆる上すべりの世論でないことは明らかなのでございますから、外務大臣におかれましては、私が申し上げましたようにぜひ北方領土の視察をされ、さらに経済問題等を通じてソ連との接触をはかられ、そして首相訪ソを一日も早く実現して、国内世論、国際世論を喚起していただくようにお願いを申し上げまして、質問を終わらせていただきます。
田
永
永田亮一#12
○永田委員 私は大臣に対して領土問題それから領海問題、この二点についてお尋ねをいたしたいと思います。
時間がございませんので、端的に私の意見を申し上げてみたいと思います。
領土問題につきましては、先ほど駐日ソ連代理大使に対する森次官の通告、私もそのとおりだ、たいへんけっこうだと思うのです。ところがソ連はあくまで領土問題は解決済みだということを主張してやまない、おそらくこれからもそうだろうと思うのです。こっちは日本の固有の領土だということを主張して、あくまで平行線に行く可能性が十分ある。
そこで私は一つ提案をして大臣の所信を伺いたいのですが、この際国際司法裁判所に提訴してみてはどうかということであります。これはおそらく外務省の当局としては国際司法裁判所に提訴をしても相手が受けて立たなくては何にもならぬというお答えが出るのではないかと思いますけれども、しかし私は政治的な意味において、提訴するということで十分意味がある、世界に向かって日本は北方領土をあくまでがんばるのだという意思表示をするだけでも意義がある、こういうふうに考えますがいかがですか。
この発言だけを見る →時間がございませんので、端的に私の意見を申し上げてみたいと思います。
領土問題につきましては、先ほど駐日ソ連代理大使に対する森次官の通告、私もそのとおりだ、たいへんけっこうだと思うのです。ところがソ連はあくまで領土問題は解決済みだということを主張してやまない、おそらくこれからもそうだろうと思うのです。こっちは日本の固有の領土だということを主張して、あくまで平行線に行く可能性が十分ある。
そこで私は一つ提案をして大臣の所信を伺いたいのですが、この際国際司法裁判所に提訴してみてはどうかということであります。これはおそらく外務省の当局としては国際司法裁判所に提訴をしても相手が受けて立たなくては何にもならぬというお答えが出るのではないかと思いますけれども、しかし私は政治的な意味において、提訴するということで十分意味がある、世界に向かって日本は北方領土をあくまでがんばるのだという意思表示をするだけでも意義がある、こういうふうに考えますがいかがですか。
愛
愛知揆一#13
○愛知国務大臣 北方領土問題を何としても解決したいということについては、いろいろの方法論が考えられると思います。いまの御提案もその一つであり、敬意を表するわけですが、ただいまのお尋ねにもありましたように、事務的にといいますか、法規的に見ますと、御承知のようにソ連としては国際司法裁判所の管轄権の受諾宣言に参加していないわけでございまして、そういう点から申しまして、国際司法裁判所に提訴するのにははたして条約的、法律的に効果というものがほとんど期待されないのじゃないかという点がございますので、なおその辺のところについては慎重な検討をさせていただきたいと思っております。
この発言だけを見る →永
永田亮一#14
○永田委員 いまの大臣のお答えは、これはたぶん外務省のお役人さんが書いたものをお読みになったんだろうと思うのですが、これは事務的にいえばそのとおりなんです。しかしわれわれは政治的な判断をしなければいけない。先ほど話題に出ておりましたが、佐藤総理は国連総会で北方領土の発言をされた。これだって私は佐藤総理のやられることにみんな賛成じゃないけれども、これは政治的な意味で非常によかった。国連総会の場において北方領土を日本が主張するということは、世界に向かって日本は北方領土に強い関心を示しておる、このことだけ、新聞に出ただけでも、これは非常に効果があったわけです。ですからいまの、手続上においてソ連が受けて立たない、それはもうわかり切っておることですけれども、しかし国際司法裁判所に日本が提訴したということは、これはもう非常に前進に役立つことだし、これをやることが政治的な解決の一歩前進だと私は強く信じておるのです。ですから、ぜひ国際司法裁判所に提訴しなさい、したらどうですかということを重ねて申し上げたい。
御参考までに申し上げますが、たしか一九五〇年ごろだと思いますが、英国の軍鑑がアルバニアの何とかいった、コルフ海峡ですか、あそこを通っておって、機雷に触れて八十何人か死傷を受けた。このときに英国は国連の安全保障理事会に提訴した。国連の安全保障理事会では、それは国際司法裁判所の問題だろうというので、国際司法裁判所に回されて、国際司法裁判所では、たしか九十四万ポンド英国に与えるべきだという判決が出ておるわけです。これはもちろんアルバニアのほうが手紙か何かで受けたということであります。実際には九十四万ポンドは払っていないようでありますが、しかしこれだけでも世界じゅうの人が、こういう事件を知るわけです。北方領土なんといっても、日本国内でもまだPRが足りないとわれわれがわあわあ言っているくらいですから、外国の人は北方領土なんといっても何だかわからないのですよ。固有の領土だ、インヒアレント・テリトリーだといったって何をいっているんだろうか、北方領土とは何だろうという調子で、世界じゅうの人、だれもがわからぬですよ、北方領土といっても。ソ連がこういう不自然な不合理なことをやっているのだということを世界の人に知らせる意味でも、司法裁判所に提訴すべきだ。あらためてもう一ぺん御所信を伺いたい。
この発言だけを見る →御参考までに申し上げますが、たしか一九五〇年ごろだと思いますが、英国の軍鑑がアルバニアの何とかいった、コルフ海峡ですか、あそこを通っておって、機雷に触れて八十何人か死傷を受けた。このときに英国は国連の安全保障理事会に提訴した。国連の安全保障理事会では、それは国際司法裁判所の問題だろうというので、国際司法裁判所に回されて、国際司法裁判所では、たしか九十四万ポンド英国に与えるべきだという判決が出ておるわけです。これはもちろんアルバニアのほうが手紙か何かで受けたということであります。実際には九十四万ポンドは払っていないようでありますが、しかしこれだけでも世界じゅうの人が、こういう事件を知るわけです。北方領土なんといっても、日本国内でもまだPRが足りないとわれわれがわあわあ言っているくらいですから、外国の人は北方領土なんといっても何だかわからないのですよ。固有の領土だ、インヒアレント・テリトリーだといったって何をいっているんだろうか、北方領土とは何だろうという調子で、世界じゅうの人、だれもがわからぬですよ、北方領土といっても。ソ連がこういう不自然な不合理なことをやっているのだということを世界の人に知らせる意味でも、司法裁判所に提訴すべきだ。あらためてもう一ぺん御所信を伺いたい。
愛
愛知揆一#15
○愛知国務大臣 ただいまお話がございましたように、外務省の事務当局の書きましたものは、先ほど申しましたとおりでございますが、同時に私は、政治家としての永田さんに敬意を表したわけでございまして、私としても十分ひとつ方法論は検討さしていただきたいと思います。
この発言だけを見る →永
永田亮一#16
○永田委員 もう一つ申しますと、この英国がやったと同じように、安全保障理事会に一ぺん出したらどうかと思うのです。これはもちろんソ連がいるからビートーを使うにきまっている。ビートーを使っても、安全保障理事会に提訴したということで非常な世論を喚起するのです。それで安全保障理事会はだめだから、今度は国際司法裁判所に持っていく、こういうことを考えてみてはどうかと思いますので、御参考までにちょっと申し上げます。
それから時間がないから次に領海の問題。この間北方領土へ参りましたときに、根室あたりの漁業組合なんかが盛んに言っておることは、たとえばソ連のサンマ漁船あるいはサバの漁船、これが日本の領海が三海里だから、そのちょっと先の四海里周辺に来て、根室の沖の辺でサバをみんなとる。それから北陸沖でサンマをとる。これは日本の漁業家にとって非常な打撃であるという訴えを聞いたわけであります。ソ連は十二海里というものを主張しておる。日本はなぜいつまでも後生大事に三海里でなければいけないのか。三海里を守っているメリットというものはどこにあるのか、それをまず伺いたいと思います。
この発言だけを見る →それから時間がないから次に領海の問題。この間北方領土へ参りましたときに、根室あたりの漁業組合なんかが盛んに言っておることは、たとえばソ連のサンマ漁船あるいはサバの漁船、これが日本の領海が三海里だから、そのちょっと先の四海里周辺に来て、根室の沖の辺でサバをみんなとる。それから北陸沖でサンマをとる。これは日本の漁業家にとって非常な打撃であるという訴えを聞いたわけであります。ソ連は十二海里というものを主張しておる。日本はなぜいつまでも後生大事に三海里でなければいけないのか。三海里を守っているメリットというものはどこにあるのか、それをまず伺いたいと思います。
愛
愛知揆一#17
○愛知国務大臣 これは俗に言えば、受ける立場と出ていく立場と両方ございますから、それらの点も十分勘考しなければならない。こちらが出漁する場合に三海里説をとっているということは、先方の国の三海里までは自由、公正に出漁ができるわけでございますから、そういう点のメリットは、国際的に大多数の国が順守し合っている領海といえばただいまのところは三海里でございますから、それと合わせてメリットがあるということが言えると思います。しかしこの点は先般来、前の通常国会のときにも申し上げておりますように、たとえば国際的に十二海里説が大多数の国によって支持され、そしてこれをお互いに順守し合うということの見据えが十分つきますならば、日本としてはそれを支持するにやぶさかではないわけでございまして、私はただいまのところ、私の個人的な意見になるかもしれませんけれども、十二海里——領海が六海里で、六海里が専管水域、そしてその十二海里以外に対しては沿岸国といえども風鈴つきに何ら特殊の権益を設定しないということが大多数の国、特に日本の国益からいえば日本の関係の深い国々の領海についてさようなことが合意されて順守されるということならば、これが一番適切な解決策ではないかと思います。したがって、そういう意図をもって領海関係の国際会議その他にこれからもいろいろと努力をしてまいろうと思っております。三海里にあくまでも固執するという考えは持っておりません。
この発言だけを見る →永
永田亮一#18
○永田委員 いまの大臣のお答えで、日本が受ける場合と出ていく場合がある、そのとおりだと思うのです。こっちは三海里を守っておれば相手も三海里を守ってくれるであろうということを期待して、こっちは三海里だからおまえのほうだって当然三海里であるべきだ、これは憲法みたいだけれども、相手国の公正と信義に信頼をしてやっておるというおつもりなんでしょうけれども、しかし現実にいま日本の漁業の問題を見てみますと、たとえば日本とソビエトとか、あるいは日米加漁業条約、こういうものがあるでしょう。もうそういう何海里何海里なんというのじゃなくて、個々の条約ができちゃっているわけですよ。その条約でいえば、東経何度から何度とかいう区域をきめちゃって、そこでとらなければいかぬ。日本と韓国でもそうですね。そういうふうに二国間にそういう条約がどんどんできてくるのだから、三海里を相手に期待したって、それは二国間の条約のほうで規制されるわけです。南米に行けば十二海里どころか、二十海里、二百海里なんという国があるわけでしょう。そうすると日本の漁船は全くメリットがなくて、こっちばかりひどい目にあう。こっちへ来るというのはソ連か韓国の漁船でしょうけれども、ソ連か韓国の漁船が日本は三海里だからといって三海里の近くまで来てごっそりとることができる。こっちは向こうが十二海里、あるいはもう二百海里という国があるのだから、とんでもない沖でなければ漁業ができない。こんな不公平なことはない。私は、いまおっしゃったような意見もわかりますが、アメリカだって三海里をとったあと九海里専管水域をつくっているでしょう。日本はアメリカのまねをするのが得意だから、九海里専管水域をつくったらどうですか。三海里だけでなしに十二海里まで領海にするか、あるいは三海里領海で九海里専管水域にするか、こういうことをどうして早くやらないのか。漁民はずいぶんしんぼう強いと私は思うのですけれども、日本はなぜ三海里を早く放棄してやらないのか。そのことと、それから日本がこれをかりに十二海里にしようと思ったらどういう手続でやったらいいのですか。もうきょうから十二海里だとみんなに言えばそれでいいわけですか。もしそれでいいのだったら、きょうこの場で日本は十二海里だと世界に向かって言ってくれれば、もうそれで向こうは入ってこられないということになるのでしょうか、ちょっと伺います。
この発言だけを見る →愛
愛知揆一#19
○愛知国務大臣 私が申しましたのは、日本として今後考えるべきところの一番妥当な線は十二海里説ではなかろうか、先ほど率直に私申し上げたとおりです。しかしこれはやはり相互に順守し合う、それからことに、それに風鈴的な沿岸国の権利とかなんとか留保をお互いにつけないということが非常に大事だと思います。それは条約的にやはり確約ができなければいけないのであって、日本だけが一方的に十二海里だと旗をあげてみましても、ちょうど——差しさわりがあるかもしれませんが、ある国が二百海里といって旗をあげておりますけれども、これが実効があがっているかといえば、そんなことではございません。ということと同じことでございますから、やはり誠実に国益を守る意味からいって、国際条約として、たとえば海洋関係の国際法学会というところが権威をもって検討をしておるわけですから、そういうところから出てきたコンセンサスが条約化されるということが一番望ましい。正確な日付は忘れましたけれども、十二海里説がすでにほぼコンセンサスを得ようとして、そしてある国々がこれに沿岸国としての留保をつけるということでコンセンサスができなかったという事例もございますから、その点をほぐしていくことが最大の焦点であると思います。そこのところへ日本としても焦点を合わせてまいりたい、かように考えております。
この発言だけを見る →永
永田亮一#20
○永田委員 もう時間がきたというのでこれで終わりますが、その十二海里ということで全世界の国々がみんな同意すればこれは私は一番いいと思うのです。そういう動きがあるというお話ですから、国連などでどの国も例外なく全部十二海里ということに早くきめていただきたい。ただそれがいつのことやら、いつまでたっても同じ調子でいくようでしたら、私はやはり日本がばか正直にいつまでも三海里を守っておるということは、日本の漁民にとってはちっともプラスにならない、マイナスばかりだということを申し上げ、十二海里ということを単独にでも宣言をしていただきたい。希望を申し上げます。
終わります。
この発言だけを見る →終わります。
田
戸
戸叶里子#22
○戸叶委員 私ども先ごろ北方領土を視察しまして、いろいろな面で多くの人たちの陳情を受けたわけでございますが、その詳しい報告につきましては先ほど永田理事がお読みになりましたので、それをお聞きになったと思いますが、具体的に誠意をもって解決をしていただきたい面がたくさんあるんじゃないかと思います。
そこで、私がきょうお伺いしたいのは主として安全操業の問題でございますが、それに先立ちまして、先ごろ佐藤総理が国連で北方領土の問題を訴えられた。このことについて村田議員からもソ連との国境等を取り上げていろいろ質問がございましたし、永田理事もたいへんいいことだったといって双手をあげてほめられたわけです。私は領土の問題というのは非常に国民の願いであり、重要な問題ですし、これはねばり強く着実に双方で話し合っていかなければならない問題だと思いますので、今後におきましてもいろいろ苦労があっても、やはりそれをねばり強く交渉していかなければいけない問題だと思います。ただ、私が気になりますのは、国連での二十五周年の会議で演説の中に取り上げられたということを聞きましたときに、国連でのそういうときに取り上げるものは大体において国際紛争になっているような問題が取り上げられているんじゃないか、こういうふうに考えられるわけでございまして、一体日本とソ連との領土問題というのはまだ国際紛争の場にはなっていない、二国間の問題であるというふうに考えていたものですから、これをお取り上げになったというのは、国際紛争として国連で取り上げてもらいたいという御意思があったのかどうかということがまず一点。
それからこういうところでお取り上げになったからには、国連で持ち出したことによって何らかの効果を私は期待されたのではないかと思う。どういうふうな効果を予期されてここで持ち出されたのか。この二点をまずお伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →そこで、私がきょうお伺いしたいのは主として安全操業の問題でございますが、それに先立ちまして、先ごろ佐藤総理が国連で北方領土の問題を訴えられた。このことについて村田議員からもソ連との国境等を取り上げていろいろ質問がございましたし、永田理事もたいへんいいことだったといって双手をあげてほめられたわけです。私は領土の問題というのは非常に国民の願いであり、重要な問題ですし、これはねばり強く着実に双方で話し合っていかなければならない問題だと思いますので、今後におきましてもいろいろ苦労があっても、やはりそれをねばり強く交渉していかなければいけない問題だと思います。ただ、私が気になりますのは、国連での二十五周年の会議で演説の中に取り上げられたということを聞きましたときに、国連でのそういうときに取り上げるものは大体において国際紛争になっているような問題が取り上げられているんじゃないか、こういうふうに考えられるわけでございまして、一体日本とソ連との領土問題というのはまだ国際紛争の場にはなっていない、二国間の問題であるというふうに考えていたものですから、これをお取り上げになったというのは、国際紛争として国連で取り上げてもらいたいという御意思があったのかどうかということがまず一点。
それからこういうところでお取り上げになったからには、国連で持ち出したことによって何らかの効果を私は期待されたのではないかと思う。どういうふうな効果を予期されてここで持ち出されたのか。この二点をまずお伺いしたいと思います。
愛
愛知揆一#23
○愛知国務大臣 先ほど私申しましたように、この問題は日本の最大の問題の一つであるのみならず、最近におきましては国際的にも相当の関心を呼んでいるように私どもとしては観察しているわけでございます。そういう機会に本件についての日本の総理大臣としての考え方を内外に披瀝いたしますことは、いろいろの意味で今後の解決に当たる道について有効である、かように考えたからでございます。これによって、直ちに具対策についてこういうことをやるというところまでは考えておりません。
この発言だけを見る →戸
戸叶里子#24
○戸叶委員 国連で取り上げることによって、別にたいして期待をしたということではない、世界的ないろいろな世論を呼んでいることだから持ち出したというふうなお話でございましたが、この問題はまだ国際紛争という中にはもちろん入っていない、こういうふうに理解をしてもよろしゅうございますね。
この発言だけを見る →愛
愛知揆一#25
○愛知国務大臣 国際的紛争という意味にもいろいろございましょうけれども、とにかくなかなか日ソ間におきましても相当に対立的な見解が固定しております。同時に、ソ連側としての本件に対しての言い分は、先ほど来もお話に出ておるように、わがほうの考え方とは非常に対立をしておる。しかも、これはソ連側からいえば、一部復讐主義者云々というふうな見方を公言しておるわけでございますから、それが間違った見方であり、考え方である、あるいは誤解に基づくものであるということは、内外にあらゆる機会に宣明しておきたい、これは必ず役に立つことである、かような考え方に立っているわけでございます。
この発言だけを見る →戸
戸叶里子#26
○戸叶委員 私この問題でいろいろやっていますと時間がなくなりますから、これ以上申し上げませんが、ただ政府としてこれを国連の場へ出したからには、そしてまたいまのような目的でお出しになったからには、当然ソ連からの何らかの反応というものがあるのじゃないかということを期待してされたのじゃないかと思います。そういうものが何にもなくて、しかもあれだけのことをしたのだから友好裏に解決するだろうというような甘い考え方で記者会見に臨まれたようですけれども、あとにはそうではない、かえってソ連から非常にきびしい何か申し入れというようなものになってあらわれてきたということになりますと、あまり効果ということはなかったのじゃないかというように私ども思います。もちろん領土の問題ですから、これは国民的な願いとしていろいろな角度からいろいろな形で解決していかなければならないことは私どもも十分知っておりますけれども、今回のそういう措置に対してはたしてほんとうにすばらしかったということがいえるかどうかということには少し問題があるのじゃないかというふうに考えますが、この点を伺いまして次の問題に入りたいと思います。
この発言だけを見る →愛
愛知揆一#27
○愛知国務大臣 この点は先ほど永田理事から御意見がございましたけれども、これだけの大きな問題ですから、今後ともあらゆる方法を考えて目的を達成したいわけでございます。先ほど国際司法裁判所あるいは安保理事会等の問題も永田さんから御提案があったようなわけでございます。そういうこともいろいろ考えてみまして、この際内外にこの点についての日本国民の願望、そして事実関係というようなことを明らかにしておくことは、確かにプラスであったのではないか、私はかように考えております。
この発言だけを見る →戸
戸叶里子#28
○戸叶委員 次に、それでは安全操業の問題に入りますが、新聞報道によりますと、北洋の安全操業に対して二十三日からモスクワで交渉が始められるということがいわれておりますが、この内容はどういうふうな線でいこうとされているか、お差しつかえなかったら発表していただきたい。と申しますのは、いままでの日本の政府は、ソ連との交渉のつど、交渉態度がたいへんに違っていたように思います。いままでの歴史を見ますと、たとえば吉田総理の時代には、平和条約にある千島列島の範囲は北千島、南千島の両方を含むというような発言をして、次に鳩山首相の時代には、国後、択捉の全面返還を要求して、そして四十年の五月には赤城農相が赤城試案で安全操業の対象海域を歯舞、色丹というふうに出して、四十一年にはコスイギン首相あてに佐藤総理が歯舞、色丹の安全操業を要求する、こういうふうな形でいろいろ変わってきております。いろいろ変わることはしかたがないとおっしゃるかもしれませんけれども、やはり私どもとしては一体どういう線で今後交渉されるのかということが知りたいわけでございまして、それに加えて、愛知外相の愛知提案というのは、いわゆる歯舞、色丹、国後、択捉の四島の沿岸三海里——十二海里、三から十二マイルの間というふうになった。そしてこれに対しての交渉ではないかと私ども思いますけれども、この点を念のためにお伺いしておきたいと思います。
この発言だけを見る →愛
愛知揆一#29
○愛知国務大臣 結論から申しますと、いわゆる愛知提案というものを基礎にして今回の交渉を開始する、かようなわがほうの態度でございます。私になりましてからあらためて始めましたのは、昨年九月私が訪ソしたときでございますが、そのときにおおむねこの提案をいたしておりますが、本年の七月ノビコフ副総理が来日いたしましたときに、まあ、しかとそれを具体的に内容的に了承した上ではもちろんございませんけれども、安全操業の日本側申し入れに対して交渉をする用意を明らかにしたわけです。そうして先方はイシコフ漁業大臣をもって政府の責任者にする、そういうわけでございました。そして一日もすみやかに交渉の開始を心がけておりましたが、ソ連側の都合で延び延びになっておりまして、ようやく今月二十三日から交渉をモスクワで開始することに合意ができまして、先方はイシコフ漁業大臣、わがほうは中川駐ソ大使を代表にいたしまして、有田欧亜局長平松水産庁漁政部長等をモスクワに派遣することにいたしました。わがほうとしてはただいま申しましたような態度でこの交渉に臨むつもりでございます。
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