愛知揆一の発言 (外務委員会)
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○愛知国務大臣 十二月二十日、沖繩のコザ市において発生いたしました事件につきまして、ただいままで各方面から入手いたしました情報あるいは報告等を総合いたしまして、ただいまの時点におきまして御報告を申し上げます。
まず事件の発端でございますが、十二月二十日午前一時十五分ごろ、コザ市中之町で、米軍関係者の運転する車が沖繩県民の翁長清一という人に接触いたしまして、全治一週間の傷を負わせる事故が発生したことから始まりました。この事故に際し、米軍憲兵及び琉球警察官が出動、加害者及び被害者はコザ警察署に連行され、事情を聴取されましたが、被害者の負傷が軽微であったので、両人とも帰宅を認められました。
その間事故現場において琉球警察及び米軍憲兵が群衆を説得して事故の調査、処理にあたっておりましたが、たまたま付近で第二の事故が起こりました。それは沖繩住民の車に米人運転の車が追突いたしまして約二千円程度の損害を与えるという事故が発生いたしたのであります。これも刺激となりまして、当初五十ないし六十名であった群衆は次第に数を増しまして、最高時には二千人程度に達したよしであります。群衆の中から、また糸満事件のようなことをするのかとの声が上がり、投石が始まりましたので、米軍憲兵は空に向けて二十発程度の威嚇射撃を行ないました。群衆はこの威嚇射撃を契機に激化いたしまして、付近に駐車中の車のうち米人の車数十台に火を放ち、約千名は嘉手納空軍基地に向かい、第二ゲート入口を約二百人が突破、同ゲートわきの通行証発行所、基地内の米人小学校用建物、米軍用車等に放火をいたしました。
その結果、本日までに判明いたしておるところでは、焼かれた車両は約八十台で、その内訳は軍車両六台、軍消防車一台、米人の個人所有車七十一台、同じく米人のモーターサイクル一台、計七十九台及び沖繩県民所有のモーターサイクル一台、合計八十台が焼かれたのであります。コザ警察署は隣接の警察署及び琉球警察本部等の応援を得まして四百人の警察官を動員、その他米軍関係者も出動し、群衆が琉球警察機動隊の隊列を突破しようとした際には、催涙ガス弾八発を用いて制止に当たり、その結果、当日午前七時過ぎ事態はほぼ鎮静化いたしました。
との事件による逮捕者はコザ市現場付近で二十名、第二ゲート内で一名、合計二十一名に達しましたが、現在は全員釈放されたと承知いたしております。この事件による負傷者は米側六十一名、沖繩民間人十四名、琉球警察官六名、合計八十一名でありますが、いずれも入院治療を要する者はいないよしであります。
以上がただいままでに政府として入手いたしました情報、調査等の概要でございますが、これは今後さらに調査をいたしますと若干の変更があろうかと思います。
今回の事件の経緯はこうした概要でございますが、政府としては事件発生の報に接しまして、直ちに関係諸方面と連絡をとり、まず事実関係の掌握につとめ、そして対策の検討、実施に当たった次第でございます。今回このような事件が発生いたしましたことは、七二年の復帰を目前に控えましてまことに残念なことであるといわざるを得ません。事態は一応平静になり、死亡者はなく、負傷者もおおむね軽傷と聞いておりますが、これは不幸中の幸いであったと存じます。
事件発生の根底には、戦後二十五年にわたる沖繩住民の経験してきました非常な苦難特に最近の米軍人による自動車事故に関する裁判の結果等の影響が作用しておりますことは十分に察せられるところであります。
私は事件の発生いたしました当日から対策に鋭意当たっておる次第でございますが、翌二十一日にはたまたま予定されて開催されました日米第十二回安保協議委員会がございましたので、まずその席上において、また引き続き米大使を特に招致いたしまして二回目、さらに翌二十二日の沖繩返還についての定時の会談を利用いたしまして、その機会にさらにマイヤー駐日大使との間に本件の善後処理その他につきまして協議をいたし、あるいは申し入れをいたした次第でございます。
私といたしましては、先ほども申しましたように、七二年復帰を控えましてこのような事件が起こりましたことは、まことに残念であるということを前提にいたしまして、沖繩県民の気持ちを十分くみ取って今後措置に当たってもらいたいということを基本にいたしまして、米側に対して話し合い、折衝を行なっておる次第でございます。類似の事件が再び起こらないよう今回の事件の原因について虚心にそのよって来たるところを究明すべきこと、そして沖繩の円滑な本土への復帰という日米双方の共通の目的達成のために相互にあらためて建設的な方向で協力していきたいことを基本に申し入れたわけでございますが、米側におきましても日米双方がより一そう緊密な協力をしてまいりたい旨申し述べておる次第でございます。
なお、特に申し添えたいと思いますのは、今日までの米側との折衝、申し入れ等におきまして、沖繩の返還、七二年核抜き本土並みのワク組みの中で行なわれる返還の協定の作成、あるいはこれに関連する諸問題の取り運びについては、今回の事件によってこれが支障を与えるものでないということが一つ。それから一つは当面の最大の問題でございますところの毒ガスの移送ということにつきまして、これまた今回の事件が影響しない、既定方針どおり米政府として実行をするということの確約を取りつけております。毒ガスの問題につきましては、その確約のもとに、前々から御報告申し上げておりますように、この移送が一日もすみやかに行なわれること、全部が撤去されること、そして安全移送ということについて県民の納得のもとにいけるような方法でこれが確保されるということ、これらにつきましては、したがって今後とも鋭意折衝を続けてまいりたいと存じます。
いま一つは、とりあえずの措置といたしまして、現地におけるランパート高等弁務官から、あらためて在沖繩米軍の厳粛な軍紀の粛正について、厳重に全軍に指令をいたしましたということを昨日駐米大使からも通報を受けておる次第でございます。
以上、御報告申し上げます。
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