根本龍太郎の発言 (内閣委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○国務大臣(根本龍太郎君) 足鹿さんも御存じのように、実は北海道開発庁は、確か昭和二十五年か六年だったと思います、当時私は、当時の自由党の政調会長をしていて、北海道の戦後の食糧増産という面から、あるいはまたいまの戦災を受けた人々を受け入れる態勢からして、単に北海道庁にまかせられないというほうはいたるあれができまして、それであれは御承知のようにつくったものでございます。その後、今度は首都圏が、東京を中心として非常に水の問題、あるいは住宅の問題、道路の問題、これは総合的にやらなければならぬというので首都圏ができた。それから今度は、首都圏ができたならば、近畿圏をつくれ、中部圏をつくれということで、ああいうふうにできてしまいました。そのときから私自身は、こういうふうにブロック別につくるということについてはかなり批判的でございましたが、まあ現実にできてしまった。そうして私が今度は建設大臣になりますと、建設大臣、そうしてその身分のまま首都圏の委員長である、中部圏、それから近畿圏の本部長である、こういう状況であります。しかも、いま足鹿さんから御指摘になりましたように、こういうようなものはやはり総合的にこれはやったほうがいいということは私も同感です。その意味でこの総合開発庁、これをつくることについて、私は前向きで考えるべきだという見解を持っております。ただし、いま閣議でこれをそうするという方向づけもしていないし、いまそこを明確にこれはそうすべきだということをはっきり言うところまで実は熟しておりません。けれども、私はそういう方向で考えるべきだということ、実はなくなりました川島正次郎さんが、どうだということを個人的に私に意見を聞かれたときには、私は賛意を表しておるという状況でございます。いずれ、これは政府全体として協議の上、そうした立法措置にいくかどうか、十分これは検討して、具体的な政治日程にのぼす時期にまいっておる、さように考えておる次第でございます。