上原康助の発言 (本会議)

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○上原康助君 私は、日本社会党を代表し、かつ、沖繩県民にかわって、ただいま議題となりました沖繩の復帰に伴う特別措置法案、沖繩の復帰に伴う法令の改廃に関する法律案、沖繩振興開発特別措置法案、及び沖繩における公用地等の暫定使用法案、並びに人事院の地方事務所設置に関し承認を求める件に絶対反対である立場から討論を行なうものであります。(拍手)
 顧みますと、沖繩は、その長い歴史の上でさまざまの運命をたどってきました。一口でいうと、差別と屈辱の連続であったし、この国民的十字架の歴史はなおも続こうとしているのであります。
 戦前の沖繩は、日本軍隊に踏み荒らされるまでは、貧しいながらも、実に平和の島でありました。しかし、昭和十八年以降、野蛮きわまる日本軍隊は、沖繩全土を軍靴で踏み荒らし、祖国防衛の美名のもとに、国家権力によって老いも若きも戦場にかり立て、日米決戦の地と化し、島の平和はすべて破壊されてしまったのであります。およそ二十万余にのぼるとうとい人命の損失、貴重な文化遺産の壊滅、一木一草に至るまで灰じんと化したあの戦争の残虐さと悲惨さを、どうしても忘れることができません。(拍手)そればかりか、戦争のあと始末と犠牲は全く償われぬまま、二十六年余にわたる米国の不法不当な軍事権力支配のもとで、筆舌に尽くしがたい犠牲と苦渋をしいられてきました。
 いわば沖繩県民は、戦前、戦時中はもとより、戦後もまた、県民の意思に反して、本土国民には想像もできない国民的十字架を一身に背負わされながら苦難な道を歩むことを、時の政治・軍事権力によって絶えず押しつけられてきたのであります。この苦い屈辱の歴史を持つ沖繩県民なればこそ、不当な異民族支配にからだを張って対決し、一切の戦争政策を断固として否定し、平和を求め、真の人間回復をかちとる戦いを発展させ、その到達点を祖国復帰に求めてきたのであります。
 しかし、きわめて残念なことには、沖繩県民のかけがえのない反戦平和を基調とする祖国復帰の願いは、一九六九年十一月の佐藤・ニクソン共同声明によって完全に踏みにじられてしまったのであります。それでも沖繩県民は、その意思と要求を何とか復帰諸施策に反映させるため必死の努力を重ね、この沖繩国会に重大な関心を寄せてきたのであります。ところが、百万県民が一るの望みを託して見守ってきたこの沖繩国会においても、沖繩の心と国民の要求は、政府・自民党の暴挙によって、ついに顧みられなかったのであります。(拍手)
 佐藤総理は、「沖繩の祖国復帰なくして日本の戦後は終わらない」とか、「沖繩をあたたかく迎えたい」と、幾度か強調してこられましたが、もはや、だれ一人としてこのことばを信用する県民はおりません。一体、返還協定を抜き打ち的に強行採決して、どうして沖繩をあたたかく迎えることができましょうか。(拍手)まして、いわんや協定審議にあたって、沖繩選出の安里、瀬長両氏の発言を全く封殺したことは、許すことのできない沖繩県民に対する侮辱であります。(拍手)
 私は、ここであらためて、去る十一月十七日の協定特別委員会において、沖繩協定を強行採決し、議会制民主主義のルールを踏みにじった政府・自民党の暴挙に、怒りを込めて抗議するものであります。(拍手)政府・自民党のこのような暴挙によって、協定はわずかに二十三時間しか審議されておらず、核撤去、毒ガス問題、基地の実態、復帰後の事前協議制、対米請求権、資産買い取り、裁判権問題など、その他多くの面で十分な審議がなされないまま批准されようとしているのであります。
 したがって、沖繩協定は、その内容からいっても、審議経緯から見ても、断じて承服できるものではなく、あのような採決のしかたは、あくまで無効であることを主張するものであります。ここに、わが党が去る十一月二十四日の本会議出席を拒否した理由があるのであります。政府・自民党がとった暴挙は、わが国憲政史上消しがたい汚点として深く刻み込まれることを銘記すべきであります。(拍手)
 沖繩百万県民は、この日を第三の琉球処分につながる屈辱の日として絶対に忘れることなく、反戦・平和への戦いを一段と強化、発展さしていく新たな出発点としていることを、ここに宣言するものであります。(拍手)
 さて、私は、国内関連四法案と一承認案件に反対する基本的理由を述べることにいたします。
 反対する第一の理由は、この四法案と一承認案件は、戦後二十六年間、米軍が一貫してとってきた軍事優先政策を継承し、復帰後も軍事基地の維持を絶対条件にしている沖繩協定と不離一体をなすものであるからであります。
 第二点は、琉球政府が県民の総意において作成した復帰措置に対する建議書の五原則、すなわち、一、地方自治の確立、二、反戦・平和の理念、三、基本的人権の確立、四、県民本位の経済開発、五、県民福祉の向上という基本要求をまっこうから否定しているからであります。
 この基本的立場から、政府提出の国内法案と一承認案件に一括して反対するものでありますが、中でも絶対に認めることのできない悪法は、沖繩における公用地等の暫定使用に関する法律案であります。
 この法案は、米軍がブルドーザーと銃剣をもって容赦なく強奪してきた沖繩県民の土地、財産を復帰後も強制使用していこうとするものであり、米軍の犯罪行為を合法化しようとする以外の何ものでもありません。
 政府・自民党は、沖繩の軍用地問題の歴史的背景を全く黙殺し、数の暴力で憲法違反の悪法を押し切り、米軍が積み重ねてきた武力による土地取り上げの幾多の犯罪行為を、米軍権力にかわって犯し続けていこうとしております。その上、本土にはないこの種の法律を沖繩県民にのみ押しつけることは、沖繩県民に新たな差別と犠牲をしいるものであります。
 しかも、この法律案は、米軍基地の維持、存続に加えて、新たに自衛隊を配備することが目的となっております。沖繩県民は、米軍基地だけでなく、自衛隊の沖繩配備にも強く反対しており、沖繩現地と本土において開かれた公聴会において最も鋭い批判が加えられ、反対の意見が強かったのも、この点に対してだったのであります。
 さらに、この法案によって私有に属する土地等を、正当な手続を経ずして五年の長期にわたり、一方的かつ強制的に使用することは、いかなる理由を付したにせよ、私権に対する重大な侵害であり、憲法違反の自衛隊配備とともに、憲法第九条、第十四条、第二十九条、第三十一条、第三十二条及び第九十五条に違反しているものといわなければなりません。
 これらのことについては、委員会審議を通して、わが党をはじめ野党があらゆる角度から指摘して、法案の撤回を強く要求してきたにもかかわらず、政府・自民党は一顧だにしなかったことは、断じて承服できるものではありません。
 さらにいま一点、この法案との関係において指摘しておかねばならないことは、その背景に、ニクソン・ドクトリンのアジア戦略に基づく自衛隊の肩がわりを法的かつ軍事的に裏づけ、日米軍事同盟を日本の防衛力強化と相まって一そう緊密化していこうとしていることであります。
 それを裏づけるかのように、十一月十日の米上院外交委員会で返還協定が採決された際、わざわざニクソン米大統領は、沖繩基地の継続使用を保障する日本の国内法が成立しなければ、協定批准書の交換に応じないと言明し、軍用地強制継続使用と自衛隊の沖繩配備が施政権返還の前提条件とされているのであります。
 佐藤総理は、沖繩の施政権返還を核抜き本土並みだとごまかし、返還後、日米安保体制下に入る沖繩は、事前協議制で在沖米軍の作戦展開行動を事前にチェックできると弁明してきました。ところが、協定審議にあたって、米上院外交委員会の軍事小委員会に参考人として出席したウエスト・モーランド米陸軍参謀総長は、十一月八日、日本と結ばれている事前協議制度は部隊の作戦行動に差しつかえないと証言し、日本本土及び沖繩からの兵力の移動も協議の対象にならない、そして、日本、沖繩からの米戦闘部隊への兵たん補給作戦も協議を必要としないと、そのものずばり米国の立場を明らかにしているのであります。
 これらの事実は、政府の国会答弁と明らかに食い違っており、ここに佐藤内閣のいう核抜き本土並みの偽りとごまかしがあり、日米両政府の沖繩返還の基本姿勢が、基地の現状維持と自由使用に置かれていることは明白であります。だからこそ、政府・自民党は、憲法に明らかに違反している強制土地使用法案を執拗に押しつけてきているのであります。
 パンと平和を求めた県民に石と核兵器、毒ガスを与えるたぐいの法案を断じて認めることはできず、あらためてその撤回を強く要求するものであります。(拍手)
 次に、特別措置法案及び改廃法案についてでありますが、この二法案の制定もまた協定批准の前提条件となっており、反対せざるを得ません。
 VOA放送の存続、極東放送及び外資企業の権益保護を優先しているばかりか、沖繩県民の生活と民主的諸権利を復帰の名において剥奪しようとしております。
 沖繩県民は、戦後全くの無から立ち上がってきました。占領意識まる出しの米軍によって諸権利を侵害され、あるときには、ひかれても殺されても泣き寝入りをせざるを得なかったのであります。このような無権利状態の中で、一つ一つ戦い取ってきたのが教育委員の公選制であり、市町村職員のストライキ権などであります。したがって、これらの諸権利や既得権を剥奪することは断じて許されないのであります。
 また、たばこ産業、製塩業、通関業務並びに基地関係業者など、復帰によって転廃業を余儀なくされる労働者及び業者に対する保護対策もきわめて不十分となっており、その他県民の復帰不安を具体的に解消していくための法案とは認めがたく、多くの重要事項を政令で定めようとしていることも納得できるものではありません。
 次に、振興開発特別措置法案についてでありますが、計画の原案作成権は県知事にあるものの、最終決定権は総理大臣にゆだねていて、県民本位の開発計画となっていないばかりか、米軍基地の撤去、整理縮小計画が何ら示されておらず、広大な軍事基地を無条件で容認した形で、沖繩の振興開発は決してできるものではありません。
 開発可能な沖繩本島中部の嘉手納村、読谷村、北谷村、コザ市、宜野湾市、浦添市等の総面積百三十平方キロ中、約七十平方キロが軍用地となっており、これら関係市村の総面積の五四%に軍用地は達しているのであります。また、那覇市の場合も三分の一以上は軍用地になっているのであります。
 このように密度の高い基地の存在は、市町村の都市計画、地域開発に大きな障害となっており、基地の存在が続く限り、沖繩の経済開発の平和的発展は不可能であり、振興開発特別措置法案は、基地の平和利用を展望する具体策を全く不問に付しているのであります。
 以上、私は、強制土地使用法案を中心に、国内関連四法案及び一承認案件について、幾つかの問題点を指摘しながら反対討論を行なってまいりました。
 最後に付言しておきたいことは、政府・自民党がたとえ数の暴力で返還協定を強行採決し、国内関連法案を可決することができたとしても、沖繩県民の怒りと強い不満を押えることは決してできるものではありません。(拍手)
 いまや、沖繩県民を含む国民の声は、あげて佐藤内閣のすみやかなる退陣を強く求めております。戦後政治の総決算ともいうべき沖繩の祖国復帰を、アメリカに屈服し、県民不在、国民無視の軍事協定を結ぼうとしている佐藤内閣の責任は、きわめて重大であります。
 不法で無効のサンフランシスコ条約第三条を容認し、アメリカの沖繩支配に協力、加担して、祖国復帰の戦いを米軍権力と一体となってはばんできた政府・自民党が喜ぶような復帰内容となっているところに、沖繩の新たな悲劇の歴史が始まろうとしているのであります。(拍手)
 平和憲法下への真の完全復帰を求めて戦い続けてきた県民にとって、このことは耐えがたい屈辱でしかありません。ここに、わが党が返還交渉のやり直しを強く要求し、全野党が沖繩協定に強く反対し、それと一体をなす国内関連法案にもこぞって反対する理由があるのであります。
 沖繩を軍事目的のためにのみ日米両国で利用し、施政権返還とすりかえに自衛隊を配備して、再び沖繩を日本の最前線基地にしようとする沖繩協定及び国内関連法案にあらためて強く反対の意を表明するものであります。(拍手)
 わが党の主張と沖繩県民の要求の正しさは、歴史の過程において必ず証明されることを確信し、佐藤内閣は、当然のさばきとして、近い将来、国民の名においてその犯罪的政治責任をきびしく弾劾されるであろうことを強く警告して、私の反対討論を終わります。(拍手)

発言情報

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発言者: 上原康助

speaker_id: 26762

日付: 1971-12-14

院: 衆議院

会議名: 本会議