川村継義の発言 (本会議)
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○川村継義君 私は、ただいま議題となりました佐藤内閣不信任決議案に対し、日本社会党を代表いたしまして、賛成の意思を表明いたします。(拍手)
沖繩返還協定は、一昨二十二日、参議院において承認されました。返還協定が自然承認される前日、討論、採決が行なわれたことは、参議院の自主性と権威を守るための唯一の抗議の意思表示であり、決して衆議院における沖繩協定審議の不法、不当性を免罪したものではないことを、佐藤総理は銘記すべきであります。(拍手)
それにしても、十一月十七日の衆議院返還協定特別委員会における政府・自民党の無法な暴挙、冒涜行為に対する憤りは、沖繩県民、全国民すべてが永久に忘れ去ることのできないものであります。多数決の原理は、少数意見が生かされるところにのみ成り立つと、哲学者の定言がありますが、十七日の暴挙は、多数決の原理などと口にすることさえ許されない無法そのものでありました。
佐藤・ニクソン共同声明路線を基調とする沖繩返還協定は、すでに論及されたごとく、政府が豊かな沖繩県づくりとか、本土並み返還とか、いかに声を大にしても、沖繩県民が願ってやまない平和な沖繩の返還協定でないことは明らかであります。
アメリカの軍事戦略に組み込まれた協定の本質は、わが党がたびたび指摘してきたように、日米安保条約をアジア安保、核安保へと拡大強化するものであります。政府がいかに核抜き本土並みだと弁明これつとめようと、核撤去の確たる保障はないのであります。すでに提案者の成田委員長が、るる説明いたしたとおりであります。安保条約のワクを破る特殊部隊、SR71戦略偵察機隊、第七心理作戦部隊などの存続を許す政府の釈明も欺瞞に満ちております。社会主義国に向けた謀略放送の本拠VOA放送も、撤去の保障はありません。基地の密度は依然として存在し、あまつさえ自衛隊を配備して、沖繩の基地機能を一そう強化拡充しようとしております。そのためには、憲法違反の疑いある公用地等の暫定使用法案という土地強奪法案までおくめんもなく押し通そうとしているのであります。米系企業の権益は確実に存続が保障され、わが沖繩県民の対米請求権は放棄してしまったのであります。これでも本土並みと言えるでありましょうか。沖繩の人々をあたたかく本土に迎えましょうと言えるのでありましょうか。
ニクソン訪中発表による米中国交の打開、中国の国連復帰、大きく転換するであろうアジア情勢を踏まえて、返還交渉をやり直すべきだとする野党の追及にも、その意思なしと耳をかさず、理不尽な、多数横暴な挙に出たことは、欺瞞に満ちたおそるべき協定の本質と実体を隠蔽するためでありました。沖繩県民の心を心とせず、沖繩の返還を安保の変質強化に利用しようとする佐藤内閣の陰謀は明白であります。
佐藤内閣は、日韓国会をはじめ、幾たびか不法な強行採決をあえてして、命長らえてきました。そのたびに、議会政治に対する国民の不信をかき立ててまいりました。民主主義政治を危殆におとしいれてまいりました。佐藤内閣の官僚政治、議会民主主義に挑戦した権力政治は、もはや政権の座にあるべき資格を失っていると断ぜざるを得ません。(拍手)
佐藤内閣は、本年秋の国連総会に逆重要事項決議の提案国となり、口では中国の国連復帰を歓迎すると、そらぞらしい言辞を弄し、ねらいは、蒋介石政権を擁護することによって中国の国連復帰を妨害しようといたしました。世界の動向も察知できず、むざんにも一敗地にまみれ、国連外交にその恥をさらしたのであります。しかも、総理は一片の政治責任も感ぜず、「多数決に従うまでだ」などと責任を転嫁して恥といたしませんでした。政治節操いずこにありやといわざるを得ません。
日中国交回復の実現は、いまや産業界、商社、海運、経済界はもちろん、あげて国民各界の願いであります。全国民の願いをいまなお妨害し続けておるのは佐藤政権であります。
超党派三百九十四名にのぼる有志議員によって構成された日中国交回復議員連盟の決定要請による、日中国交回復のためには当然である三原則を踏まえた日中国交回復決議の提案を、今日まで阻止しておるのも佐藤政府であります。
中国は、すでに七十カ国にのぼる国々と国交を樹立し、国連のひのき舞台では世界外交にその発言を高めております。隣国日本の佐藤内閣は、これをいかに受けとめているのか。いつまで中国の地位を無視し続けていこうというのか。日中国交回復というわが国最高の外交課題も、来春一月、ニクソンの御意向を承ったあとでなければその方針がきめられないというのか。まことに愚かな自主性なき外交といわねばなりません。(拍手)
佐藤総理のもとでは、日中国交回復は不可能であります。沖繩に強大なる米軍基地を温存するのみか、自衛隊を配備し、米軍との共同作戦を強化しようという返還協定、沖繩を米韓、米台、日米安保のかなめ石として相手国のわき腹に銃を突きつけるがごときえせ平和論では、真のアジアの平和は望めません。総理の感情的反共思想は政治ではありません。外交は成り立ちません。「平和に徹する」という総理のことばはむなしい響きで消えていくのであります。私は、国民の名において、日中外交の失敗は断じて許すことができないのであります。
佐藤内閣の対米追従の破綻は、沖繩、日中の外交問題だけではありません。ドル依存の経済政策がもたらした繊維協定、農産物の貿易自由化、通貨調整の経済外交にも明らかであります。
八月、米大統領のドル防衛政策実施以来、ゆれにゆれた通貨問題は、ワシントンにおける十カ国蔵相会議で去る十九日一応の妥結は見ました。この間、輸入課徴金にゆさぶられ、輸出規制と貿易自由化を強要され、強引な繊維協定を押しつけられ、繊維業者は破滅的打撃をこうむり、数十万の労働者は失業に追い込まれました。そればかりでなく、対米輸出に依存する中小企業をはじめ、わが国産業経済の痛手ははかり知れないものがあったのであります。
妥結を見た一ドル・三百八円、一六・八八%の大幅切り上げは、九月の十カ国蔵相会議、日米貿易経済合同委員会以来、強引なアメリカのかけ引きに振り回され、EC諸国の結束の前になすすべなかった佐藤内閣の経済外交の姿をさらけ出したものといわざるを得ません。引き続き、円・ドル調整の見返りに農産物の輸入ワクの拡大、自由化に拍車を加え、農業の危機を一段と深刻化させることは必至であります。
わが国があまりにも高価な代償を払った通貨問題は、要するに、ドルの世界支配を夢見た米国の経済政策、米国国際収支の不均衡要因が通貨混迷の元凶であったことは言うまでもありませんが、加えて、わが国経済の高度成長、輸出第一主義、アメリカ一辺倒、主体性のない佐藤内閣の経済外交が引き起こした事態といわねばなりません。
今後、わが国の経済、貿易は深刻な影響を受けるでありましょうが、総理は、レートの上げ幅が世界で一番高いのを自慢していいとか、国民の適応能力に期待するとか、記者会見で語っておりますが、この事態に対する何らの反省もなく、政策転換の具体策を語ることができなかったということは、あまりにも無責任、国民の不安と苦しみを一顧だにしない冷血そのものの態度であったといわねばなりません。
もはや佐藤内閣にその政権担当能力なしと断ぜざるを得ません。国民に背を向け佐藤内閣が推し進めてきた経済外交、アジア外交、数々の失政は、全く日本の威信を傷つけてしまいました。佐藤総理に政治責任を知る一片の良心がおありであるならば、いさぎよく退陣をして国民にその責任を明らかにすべきであります。(拍手)
佐藤内閣は、昭和三十九年十一月の組閣以来満七年を経過いたしました。しかるに、佐藤長期政権は、はたして国家、国民にとって敬服すべき内閣であったでありましょうか。「山高きがゆえにたっとからず、木あるをもってたっとしとなす。人肥するがゆえにたっとからず、知あるをもってたっとしとなす。」形は長期政権を誇るといっても、国民を忘れた実なき政治は、まさに「長きがゆえにたっとからず」であります。今日、佐藤内閣に対し国民が史上最低の二三%の支持しか与えていないのも、それを証明いたしております。命長ければ恥多し、佐藤総理に荘子のことばを進呈し、自決を求めねばなりません。
佐藤内閣は、成立以来、人間尊重、社会開発、政界浄化、物価安定、食管堅持、公害追放など、数々の公約を繰り返し繰り返し国民に約束してまいりました。しかし、はたしてそれらの公約が実行されたでありましょうか。総理はいま静かに手を胸に当てて、公約の一つ一つを反省してみる必要があると思うのであります。あなたの公約は、口先だけの思いつき公約か、佐藤内閣の延命をはかる巧みな世論操作としてその場限りの公約でしがなかったのではありませんか。
総理、高度に発達した国家独占資本主義の支配する管理社会の中で、人間疎外と人間性破壊が広がっております。独占資本による技術革新と合理化によって、労働が単純化し、その密度も高められ、働く者は生産の場で働く意欲を失いつつあります。資本主義文明の悲劇であります。
教育の場でも、資本の要請にこたえんとする産学一体の教育が推し進められ、管理体制を強化することによって、人間形成の教育が無視されつつあります。
資本主義にさいなまれる国家社会は、金力万能、利己主義、享楽主義の横行となり、汚職、投機、詐欺、殺人、性の紊乱、資本主義特有の社会病理現象を拡大し、人間不信と社会不安を引き起こしております。このまま放置すれば、「病めるアメリカ」の著者が指摘するアメリカと同様、わが国は、荒廃と不安と断絶の様相を呈するでありましょう。これ、すべて政治の責任であります。総理、あなたの責任であります。人間尊重を唱える佐藤内閣は、一体これにこたえているのでありましょうか。いな、何一つこたえていないのであります。人間性の喪失は、公害がもたらす国民の健康、生命の破壊とともに、あなたの政治によって増大しているのであります。
佐藤内閣は、その初め、池田前内閣の高度経済政策を批判し、そのひずみの是正を約束して組閣いたしました。それは物価の高騰を押え、社会開発を進めて、国民生活を安定させることでありました。しかし、公害と交通事故におののく国民生活、年々異常に上昇する物価高、公害、物価、税金にあえぐ国民の実情は、これまた総理の公約が何一つ実現されていないことを端的に物語っております。(拍手)
先ほど自民党の田中さんは、物価上昇は賃金とのイタチごっこなどというお話がありましたが、物価に与える賃金、賃金がその原因でないことは、すでに労働省が明らかにしておる。政府の言明にも明らかであります。そのようなことを申されるということは、つまり、みずから佐藤内閣が物価対策が何もなかったということを告白されるのとひとしいのであります。(拍手)
佐藤内閣の政治責任は、内政においてもきびしく追及をされなければなりません。いま通算四回目の不名誉きわまる不信任案が投ぜられたということを謙虚に受けとめ、政治の最高責任者として、省みてみずからを決するものがあってしかるべきであります。決断していただきたいのであります。
佐藤内閣がさらに糾弾されなければならない失政は、十指に余ります。端的に要約して指摘いたします。
その一つは、裁判官の再任拒否に見られる司法権への介入、地裁、最高裁の判決に示された公務員の人権侵害、自衛隊の増強など、憲法べつ視の罪であります。
その二つは、政治資金規正の改正を妨害し、数百億円にのぼる財界献金をもってする悪質きわまる腐敗選挙の累増など、政治腐敗の罪であります。
その三つは、さきにも述べたとおり、日中国交回復を妨害し、アメリカのベトナム侵略戦争に協力し、ニクソン・ドクトリン体制に奉仕する対米追随の罪であります。
その四つは、大資本、大企業奉仕の経済政策、物価値上げ、国民生活圧迫の罪であります。
その五つは、金持ち優遇、大衆重税の罪であります。
その六つは、中小企業対策の貧困、日米繊維協定の締結、輸出規制など、ドル防衛追随、中小企業倒産の罪であります。
その七つは、農業犠牲の罪であります。すなわち、食管制度の破壊、農産物輸入の自由化、総合農政の停滞、過疎出かせぎ農民の激増、資本優先、農業を犠牲にする農村生活の荒廃であります。
その八は、公害、労働災害、事故対策等の立ちおくれ、売薬医療の放置など、生命軽視の罪であります。
その九つは、貧困な年金制度、医療保障の後退など、社会保障政策怠慢の罪であります。
その十は、産業資本に奉仕する教育体系、選別教育の拡大、教科書検定の強化など、民主教育破壊の罪であります。(拍手)
以上、われわれ社会党は、今日まで、佐藤内閣の十大悪政の罪と呼び、糾弾してまいりましたが、佐藤内閣の失政は、なお以上の十悪にとどまらないのであります。
私は、佐藤内閣の退陣を目前にして、「罪を憎んで人を憎まず」の格言を守り、「天を仰いでつばす」愚かさをおかしてはならないと私自身に言い聞かせまして、佐藤内閣のはなむけとなる政治功績をさがし求めてまいりましたが、残念ながら不可能でした。まことに遺憾なことであります。
総理、激動する内外の諸情勢の中に迎えんとする昭和四十七年は、まさしく易姓革命の年であります。あなたも、天命に従い、国民の声にこれ従って、政権の座をおりねばなりません。
世界は変わりつつあります。アジアも変わります。日本も政治の流れを変えねばなりません。(拍手)対米追随をやめ、平和自立の道を打ち立てねばなりません。金権政治を断ち切らねばなりません。労働者を犠牲にした大企業擁護の成長政策を転換し、生活優先の経済に切りかえねばなりません。真に人間を大事にする政治を樹立しなければなりません。佐藤内閣をこれ以上温存することは、議会政治の崩壊につながり、民主主義が圧殺されるばかりでなく、平和にとって危険きわまりない道を進むことになる。
来春一月、サンクレメンテにおけるニクソン・佐藤会談は、また大きな荷物をしょい込まされることになるのではないかという国民は不安を抱いております。国民の声をお聞き願いたいのであります。
佐藤総理の退陣は、あなたがたびたび口にする国家、国益に沿うものであります。(拍手)政治を知るものであれば、この不信任の可決を待たず、せめて政治家らしく、これ以上悪政の上塗りを重ねることなく、進退を決意されんことを忠告をいたします。(拍手)
ここに、私は、国民の名において強く佐藤内閣の即時退陣を要求し、本不信任決議案に賛意を表し、討論を終わります。(拍手)