横路孝弘の発言 (本会議)

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○横路孝弘君 私は、日本社会党を代表して、ただいま提案のありました防衛庁長官山中貞則君の不信任決議案について賛成の討論を行なうものであります。(拍手)
 この山中貞則君に対する不信任は、同時に、昭和二十五年警察予備隊として出発し、その後保安隊、自衛隊と変遷し、いまや総計約二十六万の質量ともに世界有数の軍隊に拡大をさせてきた歴代自民党政府に対する不信任の表明でもあります。(拍手)
 それはまた、現在、平和を求める日本国民の不信任の声であるとともに、あの第二次世界大戦に一枚の赤紙で召集され、自衛の名のもとに、天皇制軍隊の侵略戦争に中国大陸や南の国々へかり出され、二度と祖国日本の土を踏むことのなかった、二度と両親や妻子の顔を見ることのなかった二百五十万をこえる戦死者の悲痛な不信任の叫びでもあるのであります。(拍手)
 敗戦以来二十八年たちました。のど元過ぎれば熱さ忘れる。あの悲惨な戦争に至る経過と戦争の実態を、政府は故意に国民に忘れさせようとしています。
 しかし、いまこそ、憲法の平和主義の原点に返らなければなりません。
 ジャングルをさまよって飢え死んだ友を思い、冷たい大陸に倒れて立ち上がらなかった同僚を考え、帰るべき家も失って、戦後の荒廃とした日本の国土をながめたすべての人の胸に、なくなった人はもはやものを言わない以上、生き残ったわれわれは何をすべきか、こう問いかけられたはずであります。この問いに答えたのが、憲法の永久平和主義であり、憲法九条の戦争放棄の規定であったのであります。(拍手)
 自衛隊長沼違憲判決は次のように述べております。
 憲法の基本原理の一つである平和主義は、単にさきの第二次世界大戦に敗れ、ポツダム宣言を受諾させられたという事情から受動的にやむを得ず戦争を放棄したという消極的なものではなく、むしろ憲法前文にあるように、われらとわれらの子孫のために、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、再び戦争の惨禍の起こることのないようにすることを決意した積極的なものである。この決意は、戦争嫌悪の感情からくる平和への決意にとどまらず、それは、日清、日露戦争以来今次大戦までのすべてについて、その原因並びにわが国の責任を冷静かつ謙虚に反省し、さらに、その結果を後世の子孫たちに残すことにより、将来再び戦争を繰り返さないという戦争防止への情熱と、幸福な国民生活確立のための熱望にささえられた理性的な平和への決意である、こう指摘をしているのであります。(拍手)
 これこそ、まさに日本国憲法の原点といわなければなりません。
 このようにしてわが国は、軍備を廃止し、日本の安全と存立を、最終的に軍備と戦争によるというのではなくて、戦争の発生を未然に除去して、国際平和の維持と強化によってわが国の平和を維持するという積極的な行動の中で安全と生存を保持していこうとしたのであります。
 山中防衛庁長官は、この憲法の平和主義、国際協調主義、戦争放棄の理念を尊重し、それを忠実に実行する義務と責任があるのであります。ところが、長官は、それを果たさないばかりか、この長沼自衛隊違憲判決を全く無視しているのであります。判決が下される前から、地裁の判決は一人の裁判官または一つの部の判断で、とるに足りないものだと言ってうそぶき、判決が出るや、札幌高裁に控訴したばかりでなく、むしろ、いま全国各地で大規模な自衛隊演習を行なうなど、平和憲法に対する挑戦をあえて行なっているのであります。(拍手)
 言うまでもなく、わが国の民主主義は、司法、立法、行政の三権分立の上に成立をしております。国民の参加と監視の上に、一二権の相互抑制機能によって民主政治を発展させようとしているのであります。
 地方裁判所だからといって、これを軽視し、偏向裁判などときめつけるのは、司法権全体を無視し、三権分立による民主憲法体制を否定する反動的態度にほかなりません。(拍手)
 憲法の原点を忘れ、法の支配を否認する者を、行政の責任者として認めるわけにはいかないのであります。
 次に指摘をしなければならないのは、判決直後の山中長官の訓辞であります。「現在の日本の状況の中にあって、人のため、世のため、民族のため、国家のために身をもって職務を完遂する使命を帯びて精進している集団は、ただ自衛隊諸君のみである」こういう訓辞をしたのであります。この考えほど、思い上がった軍国主義思想はないのであります。(拍手)
 軍部の独断と偏狭が、政党政治をくつがえして、政治、経済、文化のすべてにわたって軍事が支配する戦前の天皇制ファシズム体制へと導き、中国大陸を侵略し、それがいかに日本の多くの国民とアジアの人々を苦しめたか、皆さんも御存じのはずであります。
 軍隊の持っている危険性、それは外へは侵略を志向し、内へは民主主義を破壊するクーデターを志向するということは、これは世界の歴史が示している教訓ではないでしょうか。(拍手)
 長沼判決はこういっています。
 自衛権を保持し、これを行使することは、直ちに軍事力による自衛に直結しなければならないものではない。国の安全保障は、その国の国内の政治、経済、社会の諸問題や、外交、国際情勢と無関係であるはずがなく、これらの総合的な視野に立って初めてその目的を達成できる。そして何より重要な基礎は、国民一人一人が確固とした平和への決意とともに、絶えず独善と偏狭を排し、近隣諸国の公正と信義を信頼しつつ、社会体制の異同を越えて、これらと友好を保ち、国民全体が相協力していくこと以外にあり得ない。そしてこのような立場に立ったとき、初めて国の安全を守る手段として、あたかも軍事力だけが唯一不可欠なものであるかのような一面的な考え方をぬぐい去ることができるのである。
 これこそ、平和憲法の道筋であります。わが国を取り巻く状況は、この非武装中立の道筋こそ、きわめて理性的かつ現実的なものにしているといわなければなりません。(拍手)
 それは、第一に戦争の局面の変化であります。核の開発で軍事力が一変し、アメリカのICBMだけで五千カ所の核攻撃が可能とあっては、戦争手段による国民の生命財産の防衛は、少なくとも大多数の国では不可能になったということです。同時に、非核戦争の場面でも同じであります。ベトナム戦争に見られるように、非戦闘員の大量殺戮と生活の破壊は、そのことを明確に物語っているではありませんか。
 第二に、武力によって国を守ろうとする考えは、相互に際限のない軍備拡張を招き、軍事産業の発展とともに、産軍複合体をつくり出し、その結果、財政と国民の負担を重くし、国内の不安定を増大し、国際紛争の原因をつくりやすくするのであります。
 軍備の拡大は、軍人の発言権の拡大を生み、やがて軍事国家の道を歩み始めることもまた、歴史の教えるところであります。
 侵略されたらどうするかではなくて、侵略されないために何をするかということこそ、平和憲法の政治の原則であるといわなければなりません。(拍手)
 しかるに、山中長官は、長沼判決後も依然として、制空権、制海権を確保し、洋上撃破体制を戦略とする四次防を推進し、沖繩県への自衛隊配備を核とする防衛二法を強行せんとしているのであります。
 沖繩県の屋良知事は、あなたの恩師であります。軍隊では守れなかった沖繩、この沖繩を平和の島にしようと努力しているこの恩師を、あなたは、いま、自衛隊の軍靴で踏みつけようとしているのであります。(拍手)直ちに防衛二法を廃案にし、四次防をやめて、屋良知事のもとに許しを請うことこそ、政治家山中貞則君のとるべき態度といわなければなりません。(拍手)
 現在、来年の参議院選挙で与野党の議席が逆転することを、多くの国民は望んでおります。
 政治は、激動期に入りました。こうしたとき、自民党の中に、小選挙区制を推進し、血に飢えたファシストのごとく改憲を主張する若手グループが存在し、また、自民党倉石政調会長も改憲をほのめかすなど、自民党あげての改憲の動きは、まことに憂慮にたえないのであります。(拍手)

発言情報

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発言者: 横路孝弘

speaker_id: 11665

日付: 1973-09-21

院: 衆議院

会議名: 本会議