本会議
⚠️ 発言のコピー・転載時は出典元URL(kokkai.ndl.go.jpおよびkokkai-data.com)を必ず残してください。改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。
会
会議録情報#0
昭和四十八年九月二十一日(金曜日)
—————————————
昭和四十八年九月二十一日
午後二時 本会議
—————————————
○本日の会議に付した案件
防衛庁長官山中貞則君不信任決議案(楯兼次郎
君外四名提出)
文部大臣奧野誠亮君不信任決議案(楯兼次郎君
外四名提出)
一般職の職員の給与に関する法律の一部を改正
する法律案(内閣提出)
特別職の職員の給与に関する法律及び沖繩国際
海洋博覧会政府代表の設置に関する臨時措置
法の一部を改正する法律案(内閣提出)
防衛庁職員給与法の一部を改正する法律案(内
閣提出)
裁判官の報酬等に関する法律の一部を改正する
法律案(内閣提出)
検察官の俸給等に関する法律の一部を改正する
法律案(内閣提出)
国会議員の秘書の給料等に関する法律の一部を
改正する法律案(議院運営委員長提出)
午後二時四分開議
この発言だけを見る →—————————————
昭和四十八年九月二十一日
午後二時 本会議
—————————————
○本日の会議に付した案件
防衛庁長官山中貞則君不信任決議案(楯兼次郎
君外四名提出)
文部大臣奧野誠亮君不信任決議案(楯兼次郎君
外四名提出)
一般職の職員の給与に関する法律の一部を改正
する法律案(内閣提出)
特別職の職員の給与に関する法律及び沖繩国際
海洋博覧会政府代表の設置に関する臨時措置
法の一部を改正する法律案(内閣提出)
防衛庁職員給与法の一部を改正する法律案(内
閣提出)
裁判官の報酬等に関する法律の一部を改正する
法律案(内閣提出)
検察官の俸給等に関する法律の一部を改正する
法律案(内閣提出)
国会議員の秘書の給料等に関する法律の一部を
改正する法律案(議院運営委員長提出)
午後二時四分開議
前
中
中山正暉#2
○中山正暉君 議案上程に関する緊急動議を提出いたします。
すなわち、楯兼次郎君外四名提出、防衛庁長官山中貞則君不信任決議案は、提出者の要求のとおり委員会の審査を省略してこの際これを上程し、その審議を進められんことを望みます。
この発言だけを見る →すなわち、楯兼次郎君外四名提出、防衛庁長官山中貞則君不信任決議案は、提出者の要求のとおり委員会の審査を省略してこの際これを上程し、その審議を進められんことを望みます。
前
前
前
大
大出俊#6
○大出俊君 私は、日本社会党を代表いたしまして、ただいま議題となりました山中防衛庁長官不信任決議案について、提案の趣旨説明を行ないます。拍手
以下、具体的に若干の理由を申し上げます。
まず、山中防衛庁長官の長沼違憲判決に対する政治姿勢についてであります。
九月七日、札幌地裁で行なわれた長沼ナイキ基地訴訟の判決は、徹底した平和主義を宣言した憲法前文を受けて「憲法第九条は、第一項で侵略戦争を放棄し、さらに第二項で戦争の危険を全く根絶するために自衛戦力をも含めた一切の軍備、戦力を放棄し、かつ交戦権も否認したものである。一陸、海、空の各自衛隊は、現在の規模、装備、能力から見て、いずれも憲法第九条二項に言う陸、海、空軍に当たり、違憲である。単に自国の防衛のために必要であるという理由では、それが軍隊ないし戦力であることを否定する根拠にはならない。」というものであります。現行憲法のもとで自衛のための実力を持つことは、徹底した平和主義を宣言した前文と、それを受けて戦争の放棄、戦力の不保持を明記した第九条に照らして、はたして許されるものであるかどうか、これは警察予備隊創設以来二十余年にわたって、政界をはじめ広く国民各層の間で論ぜられてきた問題であり、学説も分かれ、九条は、自衛のための戦力の保持をも禁じたものであるという自衛隊違憲論と、侵略戦争のための戦力は持てないが自衛のための実力なら持てるという合憲論か、これまた、激しく対立してきたところであります。
つまり、この問題はすでにあらゆる角度から論議が行なわれ、あとは法令審査権を持つ裁判所がどう出るかが、国民的な立場から注目されていたわけであります。東京大学の憲法学者小林直樹教授は、長沼判決について次のように述べております。総体的にいえば、この判決は、憲法前文の永久平和主義と平和的生存権を確認した上で九条の正確な解釈をしています、九条の個々の条項とは別に、全体としていえば、自衛隊は違憲というのが圧倒的といっていいほどの学説になっています。今回の判決が政治的な偏向だとか、福島裁判長が青法協の一員であるとかいう個人的批判や中傷は全く当たらない。九条の解釈は、学説を踏まえた客観的立場を貫いている。そしてまた、統治行為論なる政府の主張は、明らかに問題のすりかえであるとも言っております。
つまり、政府・自民党の皆さんが、いかに感情的な反発を示してみても、学者の多くが、ほとんどの新聞の論調が、そしてまた、きわめて幅広い層の国民が、歴史的な意義の上に、平和憲法の原点に立つ福島判決の明快な判断に大きな共感を持っているというこの現実を否定することは、断じてできません。拍手山中防衛庁長官、あなたの就任は五月二十九日でありましたが、防衛二法案をめぐる私の質問に対する初答弁の中で、「私は防衛にはしろうとでありますが、大いに勉強をしたい。国論が大きく分かれていることはまことに不幸なことであり、野党の諸君の意見も十分聞かせていただいて、国民的コンセンサスを求める努力をしたい。」と述べられたわけであります。
沖繩復帰に伴う数々の難問の解決にともに当たり、給与、恩給に至るまで、ともに解決の糸口をさがし合った私は、あなたをよく知る者の一人として、この答弁を心中ひそかに歓迎をし、将来あなたのこの信条がやがて形になってあらわれることを期待しておりました。
この答弁が、単なる儀礼でないものとすれば、司法の分野における初めての判断と共感を寄せる多くの国民の声にこたえる道は一体何か。この国の防衛の責任ある立場にある人として、この判決を踏まえて、国民的コンセンサスを求める道は何か。冷静にしてかつ大胆に、みずから信ずる方策を打ち出されるのではないかと期待をしておった一人でありました。
具体的には、自衛官の定数を約七千人ふやして、沖繩に南西航空混成団を新設することなどを内容とする防衛二法案の強行成立をはかるなどの戦術を避けられてこれを撤回し、四次防のたな上げと、一兆一千五百七十億円にのぼるばく大な四十九年度概算要求を取りくずして、この国の防衛問題に対する与野党の論議の場を広げ、国民的コンセンサスを求める糸口を見出す努力こそ、あなたに課せられた最大の任務であると考えていたからであります。
すなわち、長沼判決は、いたずらに政府が強気の姿勢を示すとか、いたけだかに控訴の手続を強調するなどという次元の問題では、断じてないはずであります。政府みずからが自衛隊の増強は取りやめるという政治道義の問題であり、政府みずからが権力の自制の道を進んでとることこそ、国民の声にこたえる道であると信ずるからであります。
しかるに、山中長官の、今回の長沼違憲判決に対する政治姿勢こそ、まことに奇怪千万であるといわなければなりません。
長沼違憲判決を先取りして、事前に一万六千部のパンフレットを作成してこれを隊員に配り、「一審判決は何の効果も生じない」、「判決に一喜一憂するのは笑止のさた」と言うのであります。
国務大臣である行政府の長官が、しかも国の防衛の責任者が、まだ出されてもいない司法の分野の判決を予想して、笑止千万と言うとすれば、まことにもってこれは言語道断、まさに不信任の最たるものであるといわなければならぬと存じます。拍手
さらに、七日の午前中のテレビ発言で山中長官は、「全く残念であり、冥府魔道の心境である、」どこかで聞いたことのある発言が飛び出しました。さらに午後の記者会見で、「一、予想された判決の一語に尽きる。判断にはもちろん承服しかねるし、上訴する。憲法は無抵抗、無防備を定めたものではないという確定判決があるので、この判決をもとに上訴する。一、一審といえども違憲とされたことは初めてでもあるので、隊員が動揺しないよう、今後の自衛隊のあり方について全員に訓辞する。一、今後さらに上訴して争うので、当面の四次防計画など、防衛政策に何らの変更はない、」というのでありました。
ここには、政治家山中貞則君は存在をしない、権力の自制どころではなく、権力まる出し三あり、官僚的発想と官僚的言辞の羅列であり、国民に共感を求める、国民的コンセンサスを求める意欲などは、一かけらも見出すことはできません。期待を裏切られたという以上に、日本の将来の安全と平和のために、断じて山中貞則君を信任できないのであります。拍手
第二に、防衛二法案に基づく自衛隊の沖繩派遣についてであります。
山中長官、あなたは人も知る沖繩問題解決の立て役者でありました。私も前後十数回にわたり沖繩県に行っておりますが、その意味では、保守、革新を問わず、あなたの評価はいまなお高いのであります。
わが党の上原康助君が、防衛二法案の審議にあたりまして、「沖繩百万県民が旧日本軍に対して、したがって、また今日の自衛隊について反対する感情は、ほかならぬ山中長官、あなたが一番よく知っているはずである。にもかかわらず、あなたが防衛庁長官として沖繩に自衛隊を配置しようとする。あなたはせめて経済閣僚であってほしかった」と述べておりましたが、人一倍人情家であるあなたの胸にこたえたはずであります。
しかも、昨年の国会で防衛二法案は廃案となり、国会が沖繩自衛隊配置を認めていないのであります。さらに本年度防衛二法案はいまなお審議中であるにもかかわらず、なぜ臨時の名のもとに南西航空混成団をはじめ、六千五百人にものぼる自衛隊を沖繩に先取り配置をするのかという質問に対して、あなたは、「沖繩県も復帰に伴い日本の領土である限り配置は当然」ときわめて紋切り型の答弁をいたしましたが、沖繩県民の切実な反自衛隊感情を百も承知の上で、しかも自衛隊のやみ配置を公然と認めてはばからぬ態度に対して、田中内閣の一閣僚であるという制約は承知しながらも、沖繩百万県民の心情に立って、あえてあなたの不信を責めなければならぬと存じます。拍手
いまや四次防は着々と進められ、アメリカのいう総合戦力構想に組み込まれて、次々と肩がわりを続け、自衛隊の自己増殖という自転現象をも含めまして、いつか来た道をひた走る感がございます。
陸上定員十七万九千人、十三個師団は、その機動力、兵器、装備において旧陸軍の五十二個師団に匹敵をし、北海道千歳の七師団の例をあげれば、九十ミリから百五ミリの砲を備えた戦車七十両、百五十五ミリ等の重砲二百三十門、装甲車二百両、無限軌道によって九千人の師団全員が時速三十キロ、一日の行程二百キロ、つまり五十里であります。この力を持ち、四次防においては主力たり得る六一式改型なる戦車が出てまいりますが、完全密閉式といって、細菌、毒ガス、放射能の中をも走り、赤外線照準装置によりまして暗夜の照準も可能であり、かつシュノーケルによって水中走行さえ行ない得るものでありまして、まさに第一級の陸軍といわなければならぬのであります。
海上定数三万八千三百二十三人、護衛艦四十隻、潜水艦十隻、これは四次防によって二十五万トンに近づくものでありまして、四次防型潜水艦は、燃料電池の開発などを含めまして、原潜に大きく近づくものといわなければなりません。世界最強、最大のアメリカの第七艦隊が通常百二十五隻、五十万トンと見て、この半分に近い、まさにこれまたりっぱな海軍であります。
さらに、航空定数四万一千六百五十七人は、常時戦闘可能の第一線機五百機を持ち、西欧の一流空軍と肩を並べており、さらに四次防によって福岡県の築城、石川県の小松、島根県の美保、将来秋田県の八郎潟の干拓地までF1〇4を並べた基地となるはずであります。小松飛行場から金日成氏のいる北朝鮮平壌へ、わずかに八百キロしかないのであります。F4Eファントムによれば、わずか二十分以内の航程であります。しかも長野県松本の第十二師団は、北朝鮮の山形にならって山岳訓練に余念がないわけであります。まさに日本海作戦の完成をねらっていると見なければなりません。
この意味において、アジアの緊張緩和にまさに逆行する危険な田中内閣の防衛政策に警鐘を鳴らし、山中長官不信任決議案を提案して、大方の注意を喚起する次第であります。
以上をもって提案理由にかえます。拍手
—————————————
この発言だけを見る →以下、具体的に若干の理由を申し上げます。
まず、山中防衛庁長官の長沼違憲判決に対する政治姿勢についてであります。
九月七日、札幌地裁で行なわれた長沼ナイキ基地訴訟の判決は、徹底した平和主義を宣言した憲法前文を受けて「憲法第九条は、第一項で侵略戦争を放棄し、さらに第二項で戦争の危険を全く根絶するために自衛戦力をも含めた一切の軍備、戦力を放棄し、かつ交戦権も否認したものである。一陸、海、空の各自衛隊は、現在の規模、装備、能力から見て、いずれも憲法第九条二項に言う陸、海、空軍に当たり、違憲である。単に自国の防衛のために必要であるという理由では、それが軍隊ないし戦力であることを否定する根拠にはならない。」というものであります。現行憲法のもとで自衛のための実力を持つことは、徹底した平和主義を宣言した前文と、それを受けて戦争の放棄、戦力の不保持を明記した第九条に照らして、はたして許されるものであるかどうか、これは警察予備隊創設以来二十余年にわたって、政界をはじめ広く国民各層の間で論ぜられてきた問題であり、学説も分かれ、九条は、自衛のための戦力の保持をも禁じたものであるという自衛隊違憲論と、侵略戦争のための戦力は持てないが自衛のための実力なら持てるという合憲論か、これまた、激しく対立してきたところであります。
つまり、この問題はすでにあらゆる角度から論議が行なわれ、あとは法令審査権を持つ裁判所がどう出るかが、国民的な立場から注目されていたわけであります。東京大学の憲法学者小林直樹教授は、長沼判決について次のように述べております。総体的にいえば、この判決は、憲法前文の永久平和主義と平和的生存権を確認した上で九条の正確な解釈をしています、九条の個々の条項とは別に、全体としていえば、自衛隊は違憲というのが圧倒的といっていいほどの学説になっています。今回の判決が政治的な偏向だとか、福島裁判長が青法協の一員であるとかいう個人的批判や中傷は全く当たらない。九条の解釈は、学説を踏まえた客観的立場を貫いている。そしてまた、統治行為論なる政府の主張は、明らかに問題のすりかえであるとも言っております。
つまり、政府・自民党の皆さんが、いかに感情的な反発を示してみても、学者の多くが、ほとんどの新聞の論調が、そしてまた、きわめて幅広い層の国民が、歴史的な意義の上に、平和憲法の原点に立つ福島判決の明快な判断に大きな共感を持っているというこの現実を否定することは、断じてできません。拍手山中防衛庁長官、あなたの就任は五月二十九日でありましたが、防衛二法案をめぐる私の質問に対する初答弁の中で、「私は防衛にはしろうとでありますが、大いに勉強をしたい。国論が大きく分かれていることはまことに不幸なことであり、野党の諸君の意見も十分聞かせていただいて、国民的コンセンサスを求める努力をしたい。」と述べられたわけであります。
沖繩復帰に伴う数々の難問の解決にともに当たり、給与、恩給に至るまで、ともに解決の糸口をさがし合った私は、あなたをよく知る者の一人として、この答弁を心中ひそかに歓迎をし、将来あなたのこの信条がやがて形になってあらわれることを期待しておりました。
この答弁が、単なる儀礼でないものとすれば、司法の分野における初めての判断と共感を寄せる多くの国民の声にこたえる道は一体何か。この国の防衛の責任ある立場にある人として、この判決を踏まえて、国民的コンセンサスを求める道は何か。冷静にしてかつ大胆に、みずから信ずる方策を打ち出されるのではないかと期待をしておった一人でありました。
具体的には、自衛官の定数を約七千人ふやして、沖繩に南西航空混成団を新設することなどを内容とする防衛二法案の強行成立をはかるなどの戦術を避けられてこれを撤回し、四次防のたな上げと、一兆一千五百七十億円にのぼるばく大な四十九年度概算要求を取りくずして、この国の防衛問題に対する与野党の論議の場を広げ、国民的コンセンサスを求める糸口を見出す努力こそ、あなたに課せられた最大の任務であると考えていたからであります。
すなわち、長沼判決は、いたずらに政府が強気の姿勢を示すとか、いたけだかに控訴の手続を強調するなどという次元の問題では、断じてないはずであります。政府みずからが自衛隊の増強は取りやめるという政治道義の問題であり、政府みずからが権力の自制の道を進んでとることこそ、国民の声にこたえる道であると信ずるからであります。
しかるに、山中長官の、今回の長沼違憲判決に対する政治姿勢こそ、まことに奇怪千万であるといわなければなりません。
長沼違憲判決を先取りして、事前に一万六千部のパンフレットを作成してこれを隊員に配り、「一審判決は何の効果も生じない」、「判決に一喜一憂するのは笑止のさた」と言うのであります。
国務大臣である行政府の長官が、しかも国の防衛の責任者が、まだ出されてもいない司法の分野の判決を予想して、笑止千万と言うとすれば、まことにもってこれは言語道断、まさに不信任の最たるものであるといわなければならぬと存じます。拍手
さらに、七日の午前中のテレビ発言で山中長官は、「全く残念であり、冥府魔道の心境である、」どこかで聞いたことのある発言が飛び出しました。さらに午後の記者会見で、「一、予想された判決の一語に尽きる。判断にはもちろん承服しかねるし、上訴する。憲法は無抵抗、無防備を定めたものではないという確定判決があるので、この判決をもとに上訴する。一、一審といえども違憲とされたことは初めてでもあるので、隊員が動揺しないよう、今後の自衛隊のあり方について全員に訓辞する。一、今後さらに上訴して争うので、当面の四次防計画など、防衛政策に何らの変更はない、」というのでありました。
ここには、政治家山中貞則君は存在をしない、権力の自制どころではなく、権力まる出し三あり、官僚的発想と官僚的言辞の羅列であり、国民に共感を求める、国民的コンセンサスを求める意欲などは、一かけらも見出すことはできません。期待を裏切られたという以上に、日本の将来の安全と平和のために、断じて山中貞則君を信任できないのであります。拍手
第二に、防衛二法案に基づく自衛隊の沖繩派遣についてであります。
山中長官、あなたは人も知る沖繩問題解決の立て役者でありました。私も前後十数回にわたり沖繩県に行っておりますが、その意味では、保守、革新を問わず、あなたの評価はいまなお高いのであります。
わが党の上原康助君が、防衛二法案の審議にあたりまして、「沖繩百万県民が旧日本軍に対して、したがって、また今日の自衛隊について反対する感情は、ほかならぬ山中長官、あなたが一番よく知っているはずである。にもかかわらず、あなたが防衛庁長官として沖繩に自衛隊を配置しようとする。あなたはせめて経済閣僚であってほしかった」と述べておりましたが、人一倍人情家であるあなたの胸にこたえたはずであります。
しかも、昨年の国会で防衛二法案は廃案となり、国会が沖繩自衛隊配置を認めていないのであります。さらに本年度防衛二法案はいまなお審議中であるにもかかわらず、なぜ臨時の名のもとに南西航空混成団をはじめ、六千五百人にものぼる自衛隊を沖繩に先取り配置をするのかという質問に対して、あなたは、「沖繩県も復帰に伴い日本の領土である限り配置は当然」ときわめて紋切り型の答弁をいたしましたが、沖繩県民の切実な反自衛隊感情を百も承知の上で、しかも自衛隊のやみ配置を公然と認めてはばからぬ態度に対して、田中内閣の一閣僚であるという制約は承知しながらも、沖繩百万県民の心情に立って、あえてあなたの不信を責めなければならぬと存じます。拍手
いまや四次防は着々と進められ、アメリカのいう総合戦力構想に組み込まれて、次々と肩がわりを続け、自衛隊の自己増殖という自転現象をも含めまして、いつか来た道をひた走る感がございます。
陸上定員十七万九千人、十三個師団は、その機動力、兵器、装備において旧陸軍の五十二個師団に匹敵をし、北海道千歳の七師団の例をあげれば、九十ミリから百五ミリの砲を備えた戦車七十両、百五十五ミリ等の重砲二百三十門、装甲車二百両、無限軌道によって九千人の師団全員が時速三十キロ、一日の行程二百キロ、つまり五十里であります。この力を持ち、四次防においては主力たり得る六一式改型なる戦車が出てまいりますが、完全密閉式といって、細菌、毒ガス、放射能の中をも走り、赤外線照準装置によりまして暗夜の照準も可能であり、かつシュノーケルによって水中走行さえ行ない得るものでありまして、まさに第一級の陸軍といわなければならぬのであります。
海上定数三万八千三百二十三人、護衛艦四十隻、潜水艦十隻、これは四次防によって二十五万トンに近づくものでありまして、四次防型潜水艦は、燃料電池の開発などを含めまして、原潜に大きく近づくものといわなければなりません。世界最強、最大のアメリカの第七艦隊が通常百二十五隻、五十万トンと見て、この半分に近い、まさにこれまたりっぱな海軍であります。
さらに、航空定数四万一千六百五十七人は、常時戦闘可能の第一線機五百機を持ち、西欧の一流空軍と肩を並べており、さらに四次防によって福岡県の築城、石川県の小松、島根県の美保、将来秋田県の八郎潟の干拓地までF1〇4を並べた基地となるはずであります。小松飛行場から金日成氏のいる北朝鮮平壌へ、わずかに八百キロしかないのであります。F4Eファントムによれば、わずか二十分以内の航程であります。しかも長野県松本の第十二師団は、北朝鮮の山形にならって山岳訓練に余念がないわけであります。まさに日本海作戦の完成をねらっていると見なければなりません。
この意味において、アジアの緊張緩和にまさに逆行する危険な田中内閣の防衛政策に警鐘を鳴らし、山中長官不信任決議案を提案して、大方の注意を喚起する次第であります。
以上をもって提案理由にかえます。拍手
—————————————
前
三
三塚博#8
○三塚博君 私は、自由民主党を代表いたしまして、ただいま議題となりました社会党提案の山中防衛庁長官の不信任案に対し、反対の討論を行なうものでございます。拍手
そもそも、国の防衛は国家の最も本源的な任務と機能でありまして、自衛のために有効適切な措置を講じますことは、国民に対する国家の最も重要な義務であり、責任でもあります。
このことは、すでに最高裁判所が砂川判決において、憲法第九条はいわゆる戦争を放棄し、いかなる戦力の保持をも禁止しておるのであるが、しかし、これによりわが国が主権国として持つ固有の自衛権が否定されたものではなく、わが憲法の平和主義も決して無防備、無抵抗を定めたものではないと明言をいたしております。さらに、わが国が自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛のための措置をとり得ることは、国家固有の権能の行使として当然のことといわなければならないといっていることからしても明白であります。
したがって、わが国憲法が自衛権を否定していない以上、万一の急迫不正の侵略に対し自衛権を行使するため、有効適切な手段を持ち得ることは当然でありまして、この自衛の措置として国力、国情に合った必要最小限度の自衛力を保持することは、何ら憲法の禁止するところではないのでありまして、憲法前文の中でいわく、「全世界の國民が、平和のうちに生存する権利を有する」といっていることや、さらに憲法第十三条には「生命、自由及び幸福追求に封ずる國民の権利については、國政の上で、最大の尊重を必要とする。」といっている精神にも合致するわけでございます。拍手
しかるに、今回の長沼判決は、最高裁の判例にさからい、さらに、国権の最高機関であり、かつ唯一の立法機関である国会において、慎重審議の結果成立した法律及び予算によって維持管理されておる自衛隊の存在を、単純に憲法第九条二項の戦力に該当するとして否定するなどは、まことに思い上がりもはなはだしく、誤りをおかしているといわなければなりません。拍手かりに、今回の一審判決が正しいということで、社会党の諸君の言うとおりに従うといたしましたならば、どういう結果になるでありましょうか。
まず問いたい。憲法の定めるところにより、公明正大な選挙により選出されました四百九十一名の衆議院議員をもって構成する本院の決定した意思と行為はどうなるのでありましょうか。また、二百五十二名の参議院議員で構成する参議院の立法行為は全く無効であるということができるのでありましょうか。
一億国民の厳粛な負託を受けて行なわれた、国権の最高機関たる国会の制定した法律も、地方裁判所の一審判決の前には無効であり、従わざるを得ないということになるのでありましょうか。(「とんでもない話だ」と呼ぶ者あり)とんでもない話であります。私もそう思いません。
議会制民主主義においては、国会の決定は国民全体の決定と同じ結果をもたらすものでございます。
政治的責任を問われない一裁判所の考えや判断で、国会の立法行為が実質的に停止、無効の宣言を受けたものとしてこれに従うということになれば、法律の制定はすべて裁判所にまかせるべきものであり、立法府は何もできないということになるでありましょう。まさに、三権分立を定めた現憲法の精神を否定し、国権の最高機関たる立法府にまっこうから挑戦するものであり、こんな矛盾を許すことになりますと、議会制民主主義は成り立たないのでございます。
ましてや、このような傾向に追随するということになりますと、本院がみずからその使命を放棄し、国民の期待に背を向ける不信行為であると言われても、弁明の余地はなかろうと思うのでございます。拍手
特に、国の防衛は国家の基本的な行政でありますので、自衛隊法は内閣総理大臣が内閣を代表して指揮監督を行なうよう定めております。内閣総理大臣が防衛の最高責任者でありますことは、何びとも疑う余地はございません。
にもかかわりませず、今回の提案は、国務大臣たる山中長官をしてその防衛の最高責任者のごとく考え、長沼判決以降における国会の言動をとらえ、その責任を追及するというごときは、本末転倒もはなはだしく、木に登って魚を求める愚挙にひとしいといわなければなりません。拍手
さらに、提案者は、重大なミスをおかしております。
防衛二法は、長沼判決が出ました以上これを撤回しろと言明をいたしておるのでありますが、国会法五十九条をお読みになったことがあるのでありましょうか。これによりますと、一院で議決をしたものは、修正、撤回する場合には、その院の承諾を得なければなりません。内閣といえども、国務大臣といえども、それの撤回ができないことは百も承知であり、シャドーキャビネットといわれる野党第一党の社会党がかかる大きなミスをおかしたということは、きわめて遺憾なことでございます。拍手
不信任案の理由の第二点は、沖繩県に防衛二法成立前に臨時南西航空混成団を配置したことは、山中長官の不正専断で、許しがたいといたしておるのでありますが、残念ながら、これまた、政治の本質を見ない空論といわざるを得ません。
すなわち、沖繩県は、四半世紀にわたる米国の支配から脱し、わが国の主権下に完全に復帰いたしましたのは、一年半前でございます。国家がその国の平和と独立を守り、かつまた国民の生命と財産を保障することは当然の業務であります以上、名実ともにわが国土に復帰いたしました以上は、沖繩をみずからの責任と使命において守ってまいりますこともまた、理の当然でございます。
提案者は、沖繩県民百万の反自衛隊感情を無視しての配置とも断定いたしております。この見方はまことに皮相的で、かつ、一方的であります。そして、真実を伝えておりません。県民の大部分は自衛隊を静かに迎え、そして見守り、日がたつにしたがいまして今日では、自衛隊員の誠実なその態度、さらに自衛隊の日常献身的な民生活動、さらに災害派遣等については、心から感謝を申し上げ、その実績があらわれるにしたがいましてたいへん好感をもって喜んでおりますことも、偽らない事実でございます。
私は申し上げたいのでありますが、このような偏見をもって、いかにも全県民が自衛隊配置に反対をしているがごとき表現をとられることは、決して沖繩県民のしあわせにつながるものではなく、かえって県民を侮辱することにもなりかねませんので、さようなことはやらぬほうがよろしかろうと存じます。
また、沖繩の臨時混成団の配置は国会の意思を無視して先取り配置であるということでございますが、今日の配置は、防衛庁長官が、法成立までの空白を埋めるために、当然の行政行為として法令上許されておりますところの範囲内で、現行の定員のワク内において行なった当然の行為でございまして、何ら違法不当のそしりを受けるものでないことは言をまたないわけでございます。
かつ、この措置は——ここが大事でございます。現山中長官着任前にすでにとられておったものでございまして、当時の山中長官は、沖繩担当大臣として、県民のため全力を傾注して努力をいたしておるのでありましたから、このような重大な事実の誤認は、きわめて遺憾だといわなければなりません。
以上、要点のみを申し述べてまいりましたが、山中防衛庁長官にはみじんも責任を問われる行動はなく、不信任案の提出は全く理解に苦しむものでございます。
特に、山中長官は、衆議院議員当選八回、国会議員として二十年の政治活動を通じ、剛直、潔白な政治家として、国民より広く親しまれ、信任を集めております政治家でございます。院におきましては、すでに大蔵常任委員長の要職を歴任をされましたが、その厳正公平な委員会運営は、つとに、人柄のなせるところということで好評でございます。
また、沖繩返還の前後における最も困難な時期において、総務長官として日夜を分かたぬ努力をいたしましたことは、ただいま大出君の指摘のとおりであります。その際発揮をいたしました周到綿密な行政手腕と豪胆な行動は、沖繩県民はもとより、議員各位のよく知るところであります。拍手
もし、それ、政治家が院における簡明率直な言論のゆえに責任を問われたり、また、その政治家の行動が国家、国民を思う至情の深さのゆえに、一々非難が行なわれるようなことがいつまでも許されますならば、討論の花咲く言論の府ではなくなり、国民は、このような国会に対して大きな失望と不信を抱くことになるでありましょう。
私は、本院の一員として、今日の不信任案の提出を深く悲しむゆえんも、実にここに存するのであります。
また、今回の不信任案が、巷間伝えられますように、参議院において審議中の防衛二法、筑波大学法の二法案の時間切れ廃棄を期するための援護行為だといたしましたならば、まことに救いがたい行為といわなければなりません。拍手
以上、きわめて根拠薄弱、なおかつ本院みずからの機能と権威を失墜する不信任案に対し断固反対をするとともに、直ちに取り下げを要求をいたし、反対の討論を終わります。拍手
この発言だけを見る →そもそも、国の防衛は国家の最も本源的な任務と機能でありまして、自衛のために有効適切な措置を講じますことは、国民に対する国家の最も重要な義務であり、責任でもあります。
このことは、すでに最高裁判所が砂川判決において、憲法第九条はいわゆる戦争を放棄し、いかなる戦力の保持をも禁止しておるのであるが、しかし、これによりわが国が主権国として持つ固有の自衛権が否定されたものではなく、わが憲法の平和主義も決して無防備、無抵抗を定めたものではないと明言をいたしております。さらに、わが国が自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛のための措置をとり得ることは、国家固有の権能の行使として当然のことといわなければならないといっていることからしても明白であります。
したがって、わが国憲法が自衛権を否定していない以上、万一の急迫不正の侵略に対し自衛権を行使するため、有効適切な手段を持ち得ることは当然でありまして、この自衛の措置として国力、国情に合った必要最小限度の自衛力を保持することは、何ら憲法の禁止するところではないのでありまして、憲法前文の中でいわく、「全世界の國民が、平和のうちに生存する権利を有する」といっていることや、さらに憲法第十三条には「生命、自由及び幸福追求に封ずる國民の権利については、國政の上で、最大の尊重を必要とする。」といっている精神にも合致するわけでございます。拍手
しかるに、今回の長沼判決は、最高裁の判例にさからい、さらに、国権の最高機関であり、かつ唯一の立法機関である国会において、慎重審議の結果成立した法律及び予算によって維持管理されておる自衛隊の存在を、単純に憲法第九条二項の戦力に該当するとして否定するなどは、まことに思い上がりもはなはだしく、誤りをおかしているといわなければなりません。拍手かりに、今回の一審判決が正しいということで、社会党の諸君の言うとおりに従うといたしましたならば、どういう結果になるでありましょうか。
まず問いたい。憲法の定めるところにより、公明正大な選挙により選出されました四百九十一名の衆議院議員をもって構成する本院の決定した意思と行為はどうなるのでありましょうか。また、二百五十二名の参議院議員で構成する参議院の立法行為は全く無効であるということができるのでありましょうか。
一億国民の厳粛な負託を受けて行なわれた、国権の最高機関たる国会の制定した法律も、地方裁判所の一審判決の前には無効であり、従わざるを得ないということになるのでありましょうか。(「とんでもない話だ」と呼ぶ者あり)とんでもない話であります。私もそう思いません。
議会制民主主義においては、国会の決定は国民全体の決定と同じ結果をもたらすものでございます。
政治的責任を問われない一裁判所の考えや判断で、国会の立法行為が実質的に停止、無効の宣言を受けたものとしてこれに従うということになれば、法律の制定はすべて裁判所にまかせるべきものであり、立法府は何もできないということになるでありましょう。まさに、三権分立を定めた現憲法の精神を否定し、国権の最高機関たる立法府にまっこうから挑戦するものであり、こんな矛盾を許すことになりますと、議会制民主主義は成り立たないのでございます。
ましてや、このような傾向に追随するということになりますと、本院がみずからその使命を放棄し、国民の期待に背を向ける不信行為であると言われても、弁明の余地はなかろうと思うのでございます。拍手
特に、国の防衛は国家の基本的な行政でありますので、自衛隊法は内閣総理大臣が内閣を代表して指揮監督を行なうよう定めております。内閣総理大臣が防衛の最高責任者でありますことは、何びとも疑う余地はございません。
にもかかわりませず、今回の提案は、国務大臣たる山中長官をしてその防衛の最高責任者のごとく考え、長沼判決以降における国会の言動をとらえ、その責任を追及するというごときは、本末転倒もはなはだしく、木に登って魚を求める愚挙にひとしいといわなければなりません。拍手
さらに、提案者は、重大なミスをおかしております。
防衛二法は、長沼判決が出ました以上これを撤回しろと言明をいたしておるのでありますが、国会法五十九条をお読みになったことがあるのでありましょうか。これによりますと、一院で議決をしたものは、修正、撤回する場合には、その院の承諾を得なければなりません。内閣といえども、国務大臣といえども、それの撤回ができないことは百も承知であり、シャドーキャビネットといわれる野党第一党の社会党がかかる大きなミスをおかしたということは、きわめて遺憾なことでございます。拍手
不信任案の理由の第二点は、沖繩県に防衛二法成立前に臨時南西航空混成団を配置したことは、山中長官の不正専断で、許しがたいといたしておるのでありますが、残念ながら、これまた、政治の本質を見ない空論といわざるを得ません。
すなわち、沖繩県は、四半世紀にわたる米国の支配から脱し、わが国の主権下に完全に復帰いたしましたのは、一年半前でございます。国家がその国の平和と独立を守り、かつまた国民の生命と財産を保障することは当然の業務であります以上、名実ともにわが国土に復帰いたしました以上は、沖繩をみずからの責任と使命において守ってまいりますこともまた、理の当然でございます。
提案者は、沖繩県民百万の反自衛隊感情を無視しての配置とも断定いたしております。この見方はまことに皮相的で、かつ、一方的であります。そして、真実を伝えておりません。県民の大部分は自衛隊を静かに迎え、そして見守り、日がたつにしたがいまして今日では、自衛隊員の誠実なその態度、さらに自衛隊の日常献身的な民生活動、さらに災害派遣等については、心から感謝を申し上げ、その実績があらわれるにしたがいましてたいへん好感をもって喜んでおりますことも、偽らない事実でございます。
私は申し上げたいのでありますが、このような偏見をもって、いかにも全県民が自衛隊配置に反対をしているがごとき表現をとられることは、決して沖繩県民のしあわせにつながるものではなく、かえって県民を侮辱することにもなりかねませんので、さようなことはやらぬほうがよろしかろうと存じます。
また、沖繩の臨時混成団の配置は国会の意思を無視して先取り配置であるということでございますが、今日の配置は、防衛庁長官が、法成立までの空白を埋めるために、当然の行政行為として法令上許されておりますところの範囲内で、現行の定員のワク内において行なった当然の行為でございまして、何ら違法不当のそしりを受けるものでないことは言をまたないわけでございます。
かつ、この措置は——ここが大事でございます。現山中長官着任前にすでにとられておったものでございまして、当時の山中長官は、沖繩担当大臣として、県民のため全力を傾注して努力をいたしておるのでありましたから、このような重大な事実の誤認は、きわめて遺憾だといわなければなりません。
以上、要点のみを申し述べてまいりましたが、山中防衛庁長官にはみじんも責任を問われる行動はなく、不信任案の提出は全く理解に苦しむものでございます。
特に、山中長官は、衆議院議員当選八回、国会議員として二十年の政治活動を通じ、剛直、潔白な政治家として、国民より広く親しまれ、信任を集めております政治家でございます。院におきましては、すでに大蔵常任委員長の要職を歴任をされましたが、その厳正公平な委員会運営は、つとに、人柄のなせるところということで好評でございます。
また、沖繩返還の前後における最も困難な時期において、総務長官として日夜を分かたぬ努力をいたしましたことは、ただいま大出君の指摘のとおりであります。その際発揮をいたしました周到綿密な行政手腕と豪胆な行動は、沖繩県民はもとより、議員各位のよく知るところであります。拍手
もし、それ、政治家が院における簡明率直な言論のゆえに責任を問われたり、また、その政治家の行動が国家、国民を思う至情の深さのゆえに、一々非難が行なわれるようなことがいつまでも許されますならば、討論の花咲く言論の府ではなくなり、国民は、このような国会に対して大きな失望と不信を抱くことになるでありましょう。
私は、本院の一員として、今日の不信任案の提出を深く悲しむゆえんも、実にここに存するのであります。
また、今回の不信任案が、巷間伝えられますように、参議院において審議中の防衛二法、筑波大学法の二法案の時間切れ廃棄を期するための援護行為だといたしましたならば、まことに救いがたい行為といわなければなりません。拍手
以上、きわめて根拠薄弱、なおかつ本院みずからの機能と権威を失墜する不信任案に対し断固反対をするとともに、直ちに取り下げを要求をいたし、反対の討論を終わります。拍手
前
横
横路孝弘#10
○横路孝弘君 私は、日本社会党を代表して、ただいま提案のありました防衛庁長官山中貞則君の不信任決議案について賛成の討論を行なうものであります。拍手
この山中貞則君に対する不信任は、同時に、昭和二十五年警察予備隊として出発し、その後保安隊、自衛隊と変遷し、いまや総計約二十六万の質量ともに世界有数の軍隊に拡大をさせてきた歴代自民党政府に対する不信任の表明でもあります。拍手
それはまた、現在、平和を求める日本国民の不信任の声であるとともに、あの第二次世界大戦に一枚の赤紙で召集され、自衛の名のもとに、天皇制軍隊の侵略戦争に中国大陸や南の国々へかり出され、二度と祖国日本の土を踏むことのなかった、二度と両親や妻子の顔を見ることのなかった二百五十万をこえる戦死者の悲痛な不信任の叫びでもあるのであります。拍手
敗戦以来二十八年たちました。のど元過ぎれば熱さ忘れる。あの悲惨な戦争に至る経過と戦争の実態を、政府は故意に国民に忘れさせようとしています。
しかし、いまこそ、憲法の平和主義の原点に返らなければなりません。
ジャングルをさまよって飢え死んだ友を思い、冷たい大陸に倒れて立ち上がらなかった同僚を考え、帰るべき家も失って、戦後の荒廃とした日本の国土をながめたすべての人の胸に、なくなった人はもはやものを言わない以上、生き残ったわれわれは何をすべきか、こう問いかけられたはずであります。この問いに答えたのが、憲法の永久平和主義であり、憲法九条の戦争放棄の規定であったのであります。拍手
自衛隊長沼違憲判決は次のように述べております。
憲法の基本原理の一つである平和主義は、単にさきの第二次世界大戦に敗れ、ポツダム宣言を受諾させられたという事情から受動的にやむを得ず戦争を放棄したという消極的なものではなく、むしろ憲法前文にあるように、われらとわれらの子孫のために、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、再び戦争の惨禍の起こることのないようにすることを決意した積極的なものである。この決意は、戦争嫌悪の感情からくる平和への決意にとどまらず、それは、日清、日露戦争以来今次大戦までのすべてについて、その原因並びにわが国の責任を冷静かつ謙虚に反省し、さらに、その結果を後世の子孫たちに残すことにより、将来再び戦争を繰り返さないという戦争防止への情熱と、幸福な国民生活確立のための熱望にささえられた理性的な平和への決意である、こう指摘をしているのであります。拍手
これこそ、まさに日本国憲法の原点といわなければなりません。
このようにしてわが国は、軍備を廃止し、日本の安全と存立を、最終的に軍備と戦争によるというのではなくて、戦争の発生を未然に除去して、国際平和の維持と強化によってわが国の平和を維持するという積極的な行動の中で安全と生存を保持していこうとしたのであります。
山中防衛庁長官は、この憲法の平和主義、国際協調主義、戦争放棄の理念を尊重し、それを忠実に実行する義務と責任があるのであります。ところが、長官は、それを果たさないばかりか、この長沼自衛隊違憲判決を全く無視しているのであります。判決が下される前から、地裁の判決は一人の裁判官または一つの部の判断で、とるに足りないものだと言ってうそぶき、判決が出るや、札幌高裁に控訴したばかりでなく、むしろ、いま全国各地で大規模な自衛隊演習を行なうなど、平和憲法に対する挑戦をあえて行なっているのであります。拍手
言うまでもなく、わが国の民主主義は、司法、立法、行政の三権分立の上に成立をしております。国民の参加と監視の上に、一二権の相互抑制機能によって民主政治を発展させようとしているのであります。
地方裁判所だからといって、これを軽視し、偏向裁判などときめつけるのは、司法権全体を無視し、三権分立による民主憲法体制を否定する反動的態度にほかなりません。拍手
憲法の原点を忘れ、法の支配を否認する者を、行政の責任者として認めるわけにはいかないのであります。
次に指摘をしなければならないのは、判決直後の山中長官の訓辞であります。「現在の日本の状況の中にあって、人のため、世のため、民族のため、国家のために身をもって職務を完遂する使命を帯びて精進している集団は、ただ自衛隊諸君のみである」こういう訓辞をしたのであります。この考えほど、思い上がった軍国主義思想はないのであります。拍手
軍部の独断と偏狭が、政党政治をくつがえして、政治、経済、文化のすべてにわたって軍事が支配する戦前の天皇制ファシズム体制へと導き、中国大陸を侵略し、それがいかに日本の多くの国民とアジアの人々を苦しめたか、皆さんも御存じのはずであります。
軍隊の持っている危険性、それは外へは侵略を志向し、内へは民主主義を破壊するクーデターを志向するということは、これは世界の歴史が示している教訓ではないでしょうか。拍手
長沼判決はこういっています。
自衛権を保持し、これを行使することは、直ちに軍事力による自衛に直結しなければならないものではない。国の安全保障は、その国の国内の政治、経済、社会の諸問題や、外交、国際情勢と無関係であるはずがなく、これらの総合的な視野に立って初めてその目的を達成できる。そして何より重要な基礎は、国民一人一人が確固とした平和への決意とともに、絶えず独善と偏狭を排し、近隣諸国の公正と信義を信頼しつつ、社会体制の異同を越えて、これらと友好を保ち、国民全体が相協力していくこと以外にあり得ない。そしてこのような立場に立ったとき、初めて国の安全を守る手段として、あたかも軍事力だけが唯一不可欠なものであるかのような一面的な考え方をぬぐい去ることができるのである。
これこそ、平和憲法の道筋であります。わが国を取り巻く状況は、この非武装中立の道筋こそ、きわめて理性的かつ現実的なものにしているといわなければなりません。拍手
それは、第一に戦争の局面の変化であります。核の開発で軍事力が一変し、アメリカのICBMだけで五千カ所の核攻撃が可能とあっては、戦争手段による国民の生命財産の防衛は、少なくとも大多数の国では不可能になったということです。同時に、非核戦争の場面でも同じであります。ベトナム戦争に見られるように、非戦闘員の大量殺戮と生活の破壊は、そのことを明確に物語っているではありませんか。
第二に、武力によって国を守ろうとする考えは、相互に際限のない軍備拡張を招き、軍事産業の発展とともに、産軍複合体をつくり出し、その結果、財政と国民の負担を重くし、国内の不安定を増大し、国際紛争の原因をつくりやすくするのであります。
軍備の拡大は、軍人の発言権の拡大を生み、やがて軍事国家の道を歩み始めることもまた、歴史の教えるところであります。
侵略されたらどうするかではなくて、侵略されないために何をするかということこそ、平和憲法の政治の原則であるといわなければなりません。拍手
しかるに、山中長官は、長沼判決後も依然として、制空権、制海権を確保し、洋上撃破体制を戦略とする四次防を推進し、沖繩県への自衛隊配備を核とする防衛二法を強行せんとしているのであります。
沖繩県の屋良知事は、あなたの恩師であります。軍隊では守れなかった沖繩、この沖繩を平和の島にしようと努力しているこの恩師を、あなたは、いま、自衛隊の軍靴で踏みつけようとしているのであります。拍手直ちに防衛二法を廃案にし、四次防をやめて、屋良知事のもとに許しを請うことこそ、政治家山中貞則君のとるべき態度といわなければなりません。拍手
現在、来年の参議院選挙で与野党の議席が逆転することを、多くの国民は望んでおります。
政治は、激動期に入りました。こうしたとき、自民党の中に、小選挙区制を推進し、血に飢えたファシストのごとく改憲を主張する若手グループが存在し、また、自民党倉石政調会長も改憲をほのめかすなど、自民党あげての改憲の動きは、まことに憂慮にたえないのであります。拍手
この発言だけを見る →この山中貞則君に対する不信任は、同時に、昭和二十五年警察予備隊として出発し、その後保安隊、自衛隊と変遷し、いまや総計約二十六万の質量ともに世界有数の軍隊に拡大をさせてきた歴代自民党政府に対する不信任の表明でもあります。拍手
それはまた、現在、平和を求める日本国民の不信任の声であるとともに、あの第二次世界大戦に一枚の赤紙で召集され、自衛の名のもとに、天皇制軍隊の侵略戦争に中国大陸や南の国々へかり出され、二度と祖国日本の土を踏むことのなかった、二度と両親や妻子の顔を見ることのなかった二百五十万をこえる戦死者の悲痛な不信任の叫びでもあるのであります。拍手
敗戦以来二十八年たちました。のど元過ぎれば熱さ忘れる。あの悲惨な戦争に至る経過と戦争の実態を、政府は故意に国民に忘れさせようとしています。
しかし、いまこそ、憲法の平和主義の原点に返らなければなりません。
ジャングルをさまよって飢え死んだ友を思い、冷たい大陸に倒れて立ち上がらなかった同僚を考え、帰るべき家も失って、戦後の荒廃とした日本の国土をながめたすべての人の胸に、なくなった人はもはやものを言わない以上、生き残ったわれわれは何をすべきか、こう問いかけられたはずであります。この問いに答えたのが、憲法の永久平和主義であり、憲法九条の戦争放棄の規定であったのであります。拍手
自衛隊長沼違憲判決は次のように述べております。
憲法の基本原理の一つである平和主義は、単にさきの第二次世界大戦に敗れ、ポツダム宣言を受諾させられたという事情から受動的にやむを得ず戦争を放棄したという消極的なものではなく、むしろ憲法前文にあるように、われらとわれらの子孫のために、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、再び戦争の惨禍の起こることのないようにすることを決意した積極的なものである。この決意は、戦争嫌悪の感情からくる平和への決意にとどまらず、それは、日清、日露戦争以来今次大戦までのすべてについて、その原因並びにわが国の責任を冷静かつ謙虚に反省し、さらに、その結果を後世の子孫たちに残すことにより、将来再び戦争を繰り返さないという戦争防止への情熱と、幸福な国民生活確立のための熱望にささえられた理性的な平和への決意である、こう指摘をしているのであります。拍手
これこそ、まさに日本国憲法の原点といわなければなりません。
このようにしてわが国は、軍備を廃止し、日本の安全と存立を、最終的に軍備と戦争によるというのではなくて、戦争の発生を未然に除去して、国際平和の維持と強化によってわが国の平和を維持するという積極的な行動の中で安全と生存を保持していこうとしたのであります。
山中防衛庁長官は、この憲法の平和主義、国際協調主義、戦争放棄の理念を尊重し、それを忠実に実行する義務と責任があるのであります。ところが、長官は、それを果たさないばかりか、この長沼自衛隊違憲判決を全く無視しているのであります。判決が下される前から、地裁の判決は一人の裁判官または一つの部の判断で、とるに足りないものだと言ってうそぶき、判決が出るや、札幌高裁に控訴したばかりでなく、むしろ、いま全国各地で大規模な自衛隊演習を行なうなど、平和憲法に対する挑戦をあえて行なっているのであります。拍手
言うまでもなく、わが国の民主主義は、司法、立法、行政の三権分立の上に成立をしております。国民の参加と監視の上に、一二権の相互抑制機能によって民主政治を発展させようとしているのであります。
地方裁判所だからといって、これを軽視し、偏向裁判などときめつけるのは、司法権全体を無視し、三権分立による民主憲法体制を否定する反動的態度にほかなりません。拍手
憲法の原点を忘れ、法の支配を否認する者を、行政の責任者として認めるわけにはいかないのであります。
次に指摘をしなければならないのは、判決直後の山中長官の訓辞であります。「現在の日本の状況の中にあって、人のため、世のため、民族のため、国家のために身をもって職務を完遂する使命を帯びて精進している集団は、ただ自衛隊諸君のみである」こういう訓辞をしたのであります。この考えほど、思い上がった軍国主義思想はないのであります。拍手
軍部の独断と偏狭が、政党政治をくつがえして、政治、経済、文化のすべてにわたって軍事が支配する戦前の天皇制ファシズム体制へと導き、中国大陸を侵略し、それがいかに日本の多くの国民とアジアの人々を苦しめたか、皆さんも御存じのはずであります。
軍隊の持っている危険性、それは外へは侵略を志向し、内へは民主主義を破壊するクーデターを志向するということは、これは世界の歴史が示している教訓ではないでしょうか。拍手
長沼判決はこういっています。
自衛権を保持し、これを行使することは、直ちに軍事力による自衛に直結しなければならないものではない。国の安全保障は、その国の国内の政治、経済、社会の諸問題や、外交、国際情勢と無関係であるはずがなく、これらの総合的な視野に立って初めてその目的を達成できる。そして何より重要な基礎は、国民一人一人が確固とした平和への決意とともに、絶えず独善と偏狭を排し、近隣諸国の公正と信義を信頼しつつ、社会体制の異同を越えて、これらと友好を保ち、国民全体が相協力していくこと以外にあり得ない。そしてこのような立場に立ったとき、初めて国の安全を守る手段として、あたかも軍事力だけが唯一不可欠なものであるかのような一面的な考え方をぬぐい去ることができるのである。
これこそ、平和憲法の道筋であります。わが国を取り巻く状況は、この非武装中立の道筋こそ、きわめて理性的かつ現実的なものにしているといわなければなりません。拍手
それは、第一に戦争の局面の変化であります。核の開発で軍事力が一変し、アメリカのICBMだけで五千カ所の核攻撃が可能とあっては、戦争手段による国民の生命財産の防衛は、少なくとも大多数の国では不可能になったということです。同時に、非核戦争の場面でも同じであります。ベトナム戦争に見られるように、非戦闘員の大量殺戮と生活の破壊は、そのことを明確に物語っているではありませんか。
第二に、武力によって国を守ろうとする考えは、相互に際限のない軍備拡張を招き、軍事産業の発展とともに、産軍複合体をつくり出し、その結果、財政と国民の負担を重くし、国内の不安定を増大し、国際紛争の原因をつくりやすくするのであります。
軍備の拡大は、軍人の発言権の拡大を生み、やがて軍事国家の道を歩み始めることもまた、歴史の教えるところであります。
侵略されたらどうするかではなくて、侵略されないために何をするかということこそ、平和憲法の政治の原則であるといわなければなりません。拍手
しかるに、山中長官は、長沼判決後も依然として、制空権、制海権を確保し、洋上撃破体制を戦略とする四次防を推進し、沖繩県への自衛隊配備を核とする防衛二法を強行せんとしているのであります。
沖繩県の屋良知事は、あなたの恩師であります。軍隊では守れなかった沖繩、この沖繩を平和の島にしようと努力しているこの恩師を、あなたは、いま、自衛隊の軍靴で踏みつけようとしているのであります。拍手直ちに防衛二法を廃案にし、四次防をやめて、屋良知事のもとに許しを請うことこそ、政治家山中貞則君のとるべき態度といわなければなりません。拍手
現在、来年の参議院選挙で与野党の議席が逆転することを、多くの国民は望んでおります。
政治は、激動期に入りました。こうしたとき、自民党の中に、小選挙区制を推進し、血に飢えたファシストのごとく改憲を主張する若手グループが存在し、また、自民党倉石政調会長も改憲をほのめかすなど、自民党あげての改憲の動きは、まことに憂慮にたえないのであります。拍手
前
横
横路孝弘#12
○横路孝弘君(続) 軍隊のみが国のことを考えている集団だと誤った発言をしたとき、すでに、あなたは、政治家としての責務を放棄したといわなければなりません。
武装集団とこうした政治家集団が手を取り合ったとき、日本の国が再びたどるであろう道筋は、もはや明確であります。
私は、日本の民主主義を守り抜くためにも、この不信任決議に一人でも多くの諸君が賛成されることを訴えて、日本社会党を代表しての賛成討論といたします。拍手
この発言だけを見る →武装集団とこうした政治家集団が手を取り合ったとき、日本の国が再びたどるであろう道筋は、もはや明確であります。
私は、日本の民主主義を守り抜くためにも、この不信任決議に一人でも多くの諸君が賛成されることを訴えて、日本社会党を代表しての賛成討論といたします。拍手
前
柴
柴田睦夫#14
○柴田睦夫君 私は、日本共産党・革新共同を代表して、防衛庁長官山中貞則君に対する不信任決議案に賛成の討論を行ないます。拍手
今日、わが国の自衛隊が憲法違反の存在であることは、去る九月七日札幌地方裁判所の判決を見るまでもなく、明白であります。
一九五〇年、警察予備隊名で発足した今日の自衛隊は、すでに陸、海、空三軍を持ち、ジェット戦闘機から潜水艦、ナイキ、ミサイルを装備し、二十六万を数える、まぎれもない軍隊になっているのであります。
わが党は、この自衛隊について、創設のそのときから、これが憲法違反の軍隊であり、その装備が戦力であることを明確に指摘してまいりました。今日、この自衛隊をだれが軍隊でないと言い切れますか。この装備を戦力でないとだれが言い張ることができますか。いまや、国民の圧倒的多数は、この自衛隊が憲法違反の存在であることはひとしく認めているのであります。
今回、札幌地方裁判所が行なったいわゆる長沼判決は、その自衛隊に対し、「装備、編成、能力から見て、陸海空軍であり、戦力である。したがって、一切の戦力の保持を禁止した憲法第九条第二項に違反することは明白である」と述べています。
この判決は、当然のことであり、圧倒的多数の国民の共感を呼ぶものであり、また、わが国の権威ある憲法学者の多数説とも合致するものであります。
しかるに、山中君は、この明白な憲法違反の判決及び国民の意思に挑戦し、判決当日、全隊員に対して、職権をもって異例の訓辞を行ない、「自衛隊はいかなる意味においても憲法に違反するものではない」との確信なるものを述べ、さらに、「判決には重大な判断の誤りがある」と、判決の理由も読まずに一方的にきめつけ、判決に対し真正面から対決する態度を全自衛隊員に示したのであります。
言うまでもなく、裁判所の判決は、事実に基づき、裁判官の合議によってなされたものであり、この結果について個々人がどのような見解を持つかは自由であるが、自衛隊の隊務の統括者である防衛庁長官の職にある山中君が、その職権を利用して判決を非難することは、三権分立による司洪の役割りを無視したものであり、閣僚としてあるまじき言動であります。拍手
さらに、防衛庁長官としての山中君の指揮監督下にある陸上自衛隊幕僚監部が、この判決が出去れる二カ月も前から、「判決に一喜一憂は笑止」かどという趣旨のパンフレットを全国の隊員にばらまきました。
その中には、「地方裁判所の判決があったといっても、それは、一人の裁判官または一部の判断で、必ずしも地方裁判所全体の考え方とはいえず、他の裁判官が行なえば、異なった結論もあり得る。第一審でどのような判決があったとしても、一喜一憂するのは笑止といわざるを得ない」と述べられています。
しかし、長沼判決は、一人の裁判官の判断ではなく、国の司法機関の判断であることは明白で、それを同じ国の機関が、個人の判断のごとく誹謗するということは、全く考えられない暴言であります。拍手
山中貞則君はこれに対し陳謝をいたしましたけれども、陳謝で済むべき問題ではなく、その監督者としての責任は免れるものではありません。このような行為を働いた陸上自衛隊幕僚監部についても、当然厳重な措置がとられなければならないにもかかわらず、山中君はこれを放置し、何の責任も果たしていません。
札幌地方裁判所において自衛隊違憲判決が出された今日、防衛二法撤回、四次防計画を中止することは、担当閣僚としてとらねばならない最小限の措置であります。
しかるに、防衛庁長官山中貞則君は、この当然の措置すらとらないばかりか、逆に防衛二法の成立を強引に推し進めているのであります。これは明らかに憲法に違反し、国民に挑戦し、道理にそむいた非常識きわまる暴挙といわなければなりません。拍手
以上指摘してきたことは氷山の一角であり、山中君の防衛庁長官としての行為は断じて許せないものであります。拍手
わが国の憲法は、平和と民主主義を至上の原則とし、憲法第九条は、この立場の宣言でもあります。そして憲法第九十九条は、国務大臣が憲法を尊重し擁護することを義務づけております。閣僚たるべき最も初歩的条件はこのことでありますが、山中君は、この初歩的原則すら踏みにじっています。憲法に挑戦する国務大臣がその地位にとどまることが許されないことは、もはや議論の余地もありません。拍手
以上の理由により、本不信任決議案に賛成の意思を表明し、討論を終わります。拍手
この発言だけを見る →今日、わが国の自衛隊が憲法違反の存在であることは、去る九月七日札幌地方裁判所の判決を見るまでもなく、明白であります。
一九五〇年、警察予備隊名で発足した今日の自衛隊は、すでに陸、海、空三軍を持ち、ジェット戦闘機から潜水艦、ナイキ、ミサイルを装備し、二十六万を数える、まぎれもない軍隊になっているのであります。
わが党は、この自衛隊について、創設のそのときから、これが憲法違反の軍隊であり、その装備が戦力であることを明確に指摘してまいりました。今日、この自衛隊をだれが軍隊でないと言い切れますか。この装備を戦力でないとだれが言い張ることができますか。いまや、国民の圧倒的多数は、この自衛隊が憲法違反の存在であることはひとしく認めているのであります。
今回、札幌地方裁判所が行なったいわゆる長沼判決は、その自衛隊に対し、「装備、編成、能力から見て、陸海空軍であり、戦力である。したがって、一切の戦力の保持を禁止した憲法第九条第二項に違反することは明白である」と述べています。
この判決は、当然のことであり、圧倒的多数の国民の共感を呼ぶものであり、また、わが国の権威ある憲法学者の多数説とも合致するものであります。
しかるに、山中君は、この明白な憲法違反の判決及び国民の意思に挑戦し、判決当日、全隊員に対して、職権をもって異例の訓辞を行ない、「自衛隊はいかなる意味においても憲法に違反するものではない」との確信なるものを述べ、さらに、「判決には重大な判断の誤りがある」と、判決の理由も読まずに一方的にきめつけ、判決に対し真正面から対決する態度を全自衛隊員に示したのであります。
言うまでもなく、裁判所の判決は、事実に基づき、裁判官の合議によってなされたものであり、この結果について個々人がどのような見解を持つかは自由であるが、自衛隊の隊務の統括者である防衛庁長官の職にある山中君が、その職権を利用して判決を非難することは、三権分立による司洪の役割りを無視したものであり、閣僚としてあるまじき言動であります。拍手
さらに、防衛庁長官としての山中君の指揮監督下にある陸上自衛隊幕僚監部が、この判決が出去れる二カ月も前から、「判決に一喜一憂は笑止」かどという趣旨のパンフレットを全国の隊員にばらまきました。
その中には、「地方裁判所の判決があったといっても、それは、一人の裁判官または一部の判断で、必ずしも地方裁判所全体の考え方とはいえず、他の裁判官が行なえば、異なった結論もあり得る。第一審でどのような判決があったとしても、一喜一憂するのは笑止といわざるを得ない」と述べられています。
しかし、長沼判決は、一人の裁判官の判断ではなく、国の司法機関の判断であることは明白で、それを同じ国の機関が、個人の判断のごとく誹謗するということは、全く考えられない暴言であります。拍手
山中貞則君はこれに対し陳謝をいたしましたけれども、陳謝で済むべき問題ではなく、その監督者としての責任は免れるものではありません。このような行為を働いた陸上自衛隊幕僚監部についても、当然厳重な措置がとられなければならないにもかかわらず、山中君はこれを放置し、何の責任も果たしていません。
札幌地方裁判所において自衛隊違憲判決が出された今日、防衛二法撤回、四次防計画を中止することは、担当閣僚としてとらねばならない最小限の措置であります。
しかるに、防衛庁長官山中貞則君は、この当然の措置すらとらないばかりか、逆に防衛二法の成立を強引に推し進めているのであります。これは明らかに憲法に違反し、国民に挑戦し、道理にそむいた非常識きわまる暴挙といわなければなりません。拍手
以上指摘してきたことは氷山の一角であり、山中君の防衛庁長官としての行為は断じて許せないものであります。拍手
わが国の憲法は、平和と民主主義を至上の原則とし、憲法第九条は、この立場の宣言でもあります。そして憲法第九十九条は、国務大臣が憲法を尊重し擁護することを義務づけております。閣僚たるべき最も初歩的条件はこのことでありますが、山中君は、この初歩的原則すら踏みにじっています。憲法に挑戦する国務大臣がその地位にとどまることが許されないことは、もはや議論の余地もありません。拍手
以上の理由により、本不信任決議案に賛成の意思を表明し、討論を終わります。拍手
前
鈴
鈴切康雄#16
○鈴切康雄君 私は、公明党を代表して、ただいま上程されました防衛庁長官山中君に対する不信任決議案に対して、わが党の考え方を述べながら、賛成の討論を行ないます。拍手
そこで、私が山中長官を信任し得ない第一の理由としては、司法権軽視の姿勢についてであります。
すなわち、先般の札幌地裁における自衛隊違憲の判決は、一審における判決であり、最終判断ではないにしても、最終結論が出るまでは、この判決の是非は別として、政府はこれを厳粛に受けとめて、少なくとも自衛隊を現状に凍結することが当然であります。拍手
しかるに、あなたの指揮監督下にある陸上自衛隊幕僚監部においては、判決以前に敗訴を想定して、一審判決は何の効果もない等の趣旨のパンフレットを部隊に配布をしております。山中長官、あなたがこの種のパンフレットの内容を事前に知っていてこれを出させたというなら、事は重大であります。もし、あなたにあらかじめの了解なく、知らない間に配布されていたとするならば、シビリアンコントロール無視の、制服独走もはなはだしいといわざるを得ないのであります。
そのパンフレットの問題点は、「第一審においてどのような判決があったとしても、一喜一憂するのは笑止と言わねばならず、自己に有利な判断をなされたとしても、鬼の首でもとったごとくに言うべき問題ではない」として、一審判決を無視するようなことを呼びかけております。
このようなことを一陸上幕僚監部がかってに隊員に周知せしめることがあえてなされた責任は重大であり、一にかかってあなたの監督不行き届きであるばかりでなく、これは明らかに自衛隊員の司法権無視につながるものといわざるを得ません。
さらに許しがたいことは、それを指揮監督すべき立場にあるあなた自身も、違憲判決の当日、全国の自衛隊員に対する演説の中で、「地裁の判決は重大な判断の誤りをおかしている。この判決があったからといって、自衛隊の運営や防衛力整備の方針に変更を加えるつもりは毛頭もない」と言い切っているが、これは司法権を軽視し、憲法に規定された三権分立の精神までを軽視するという重大な過失をおかすものであります。
不信任の第二の理由は、山中長官の憲法無視の姿勢についてであります。
歴代保守党内閣は、警察予備隊から保安隊、そして自衛隊へと既成事実をつくり上げ、それに合わせて憲法第九条を政府の最も都合のよいようになしくずし、さらに、それを拡大解釈をしていることは御承知のとおりであります。
すなわち、二十一年六月吉田元首相は、「たとえ自衛のためでも戦力を持つことは許されない」という趣旨を言明しているにもかかわらず、その後、二十七年八月保安隊設置を契機に、政府はそれらを正当化するため、二十七年十一月に戦力に関する政府統一見解なるものを出し、「近代戦争遂行に役立つ程度の装備編成を備えるものを戦力といい、保安隊はこの近代戦争を有効に遂行し得る程度のものでないから、憲法の戦力には該当していない」という拡大解釈を打ち出したのであります。
さらに、二十九年七月に自衛隊が設置されるや、防衛力整備計画を長期的にとらえ、第一次防、第二次防、第三次防、そして第四次防と軍備拡大政策をとり続けてまいりました。今日では、それを正当づけるために、自衛のための必要最小限度の自衛力は違憲ではない、最小限度を越えなければよいのだ、しかも、必要最小限度の自衛力というものは、内外の諸情勢、科学技術の進歩等によってきめられるとして、具体的な限界を何ら国民に示していないのであります。したがって、この最小限度の名のもとに、伸縮自在の見解を駆使し、一方的に増強されてきているのが今日の自衛隊であります。
この点については、さきの長沼判決においても、すでに自衛隊は、規模、装備、能力において陸海空三軍であり、憲法違反であると指摘している点でもあります。
一体、わが国の世界に冠たる平和憲法の精神は、政府の憲法解釈のいずこにありやといわざるを得ないのであります。
憲法は、申すまでもなく、国家の基本法であります。この地裁の厳粛な判決を契機として、シビリアンである防衛庁長官は、過去の政府が行なってきた拡大解釈を深く反省し、憲法の基本精神に立って職務を遂行すべきであるにもかかわらず、一向にその反省がないばかりか、さらに四次防、五次防と自衛隊を増強することのみに狂奔している山中長官の憲法無視の言動は、まことに許しがたいのであります。
特に防衛行政といえば、武力集団をいかにしてシビリアンコントロールするかということであります。
平和憲法のワクを逸脱して、実力部隊の統制と運営ができなかった責任は重大であり、防衛庁長官としての信任を問わざるを得ないのであります。
不信任の第三の理由は、現在、山中長官が進めている憲法違反の疑いのある防衛政策の遂行についてであります。
四次防の戦略構想の基本は、すでに専守防衛のワクをはみ出し、戦略守勢と称し、領域外の敵地攻撃を認める戦術的攻勢へと変化を来たしております。
すなわち、従来の日米防衛分担のいわゆる米軍のやり、自衛隊のたての関係が、在日米軍の実戦部隊の撤退に伴って、アメリカの極東戦略の一翼を自衛隊が肩がわりをし、戦術的なやりを持とうとしているのであります。
さらに、山中長官は、昭和四十九年度予算要求については、来年度から三年間に分割して発注する予定であった新型61式戦車百六十両を、安上がりという理由で一括して発注しようとしている姿勢は、防衛産業のみを育成し、国民生活への圧迫を何ら考慮しないといわざるを得ないのであります。
また懸念されるのは、戦術核兵器の保持は憲法上可能であるが、政策上は持たないということで、戦術核兵器についての将来の道を開いております。
これらの考え方に立って、山中長官は、専守防衛という名のもとに、きわめて攻撃性の強い近代兵器の増強計画を持ち、なおその守備範囲を無限に広げようとしております。かかる考え方を持っている山中長官の考え方はまことに危険なもので、国民にとっても好ましからざる人物であるといわざるを得ないのであります。
山中長官を信任できない最後の理由として、最近における国際情勢は、長い冷戦時代から脱却し、ベトナム戦争の終結を契機に、米ソ核不戦条約の締結等、新しい平和への幕あけの時代へ入ろうとしております。ことに、いまだに日本軍国主義が内外で危惧されている今日、平和国家日本の進路を明らかにすると同時に、さらに平和に徹するとの姿勢を内外に強く印象づけ、定着させる努力が目下最大の急務であるにもかかわらず、相変わらず日米安保のもとでの冷戦時代の考え方から一歩も出ず、四次防、五次防へと、自主防衛の名のもとに軍事力拡大政策のみに狂奔している姿は、いまや戦争放棄、戦力不保持をうたった平和憲法の精神から逸脱しているといわざるを得ません。
この国際情勢の分析をもとに、わが国がとるべき安全保障政策の方向は、外においては、今日の平和を定着させるための積極的な平和外交を推進することであり、内においては、社会福祉の充実による内政のひずみをすみやかに取り除き、民生安定による住みよい国づくりをすることが何よりも重大であることを忘れ、山中長官は四次防を強力に推し進めるため、いたずらにまぼろしの脅威のみを想定して軍事力の強化のみに狂奔しているのは、時代錯誤もはなはだしいといわざるを得ないのであります。拍手
それを反省もせず、改めもしない危険な山中防衛庁長官は、一日も早くそのいすを去ることが、日本の平和と独立を守るためには一番必要であると確信し、本決議案に賛成するものであります。
以上で私の討論を終わります。拍手
この発言だけを見る →そこで、私が山中長官を信任し得ない第一の理由としては、司法権軽視の姿勢についてであります。
すなわち、先般の札幌地裁における自衛隊違憲の判決は、一審における判決であり、最終判断ではないにしても、最終結論が出るまでは、この判決の是非は別として、政府はこれを厳粛に受けとめて、少なくとも自衛隊を現状に凍結することが当然であります。拍手
しかるに、あなたの指揮監督下にある陸上自衛隊幕僚監部においては、判決以前に敗訴を想定して、一審判決は何の効果もない等の趣旨のパンフレットを部隊に配布をしております。山中長官、あなたがこの種のパンフレットの内容を事前に知っていてこれを出させたというなら、事は重大であります。もし、あなたにあらかじめの了解なく、知らない間に配布されていたとするならば、シビリアンコントロール無視の、制服独走もはなはだしいといわざるを得ないのであります。
そのパンフレットの問題点は、「第一審においてどのような判決があったとしても、一喜一憂するのは笑止と言わねばならず、自己に有利な判断をなされたとしても、鬼の首でもとったごとくに言うべき問題ではない」として、一審判決を無視するようなことを呼びかけております。
このようなことを一陸上幕僚監部がかってに隊員に周知せしめることがあえてなされた責任は重大であり、一にかかってあなたの監督不行き届きであるばかりでなく、これは明らかに自衛隊員の司法権無視につながるものといわざるを得ません。
さらに許しがたいことは、それを指揮監督すべき立場にあるあなた自身も、違憲判決の当日、全国の自衛隊員に対する演説の中で、「地裁の判決は重大な判断の誤りをおかしている。この判決があったからといって、自衛隊の運営や防衛力整備の方針に変更を加えるつもりは毛頭もない」と言い切っているが、これは司法権を軽視し、憲法に規定された三権分立の精神までを軽視するという重大な過失をおかすものであります。
不信任の第二の理由は、山中長官の憲法無視の姿勢についてであります。
歴代保守党内閣は、警察予備隊から保安隊、そして自衛隊へと既成事実をつくり上げ、それに合わせて憲法第九条を政府の最も都合のよいようになしくずし、さらに、それを拡大解釈をしていることは御承知のとおりであります。
すなわち、二十一年六月吉田元首相は、「たとえ自衛のためでも戦力を持つことは許されない」という趣旨を言明しているにもかかわらず、その後、二十七年八月保安隊設置を契機に、政府はそれらを正当化するため、二十七年十一月に戦力に関する政府統一見解なるものを出し、「近代戦争遂行に役立つ程度の装備編成を備えるものを戦力といい、保安隊はこの近代戦争を有効に遂行し得る程度のものでないから、憲法の戦力には該当していない」という拡大解釈を打ち出したのであります。
さらに、二十九年七月に自衛隊が設置されるや、防衛力整備計画を長期的にとらえ、第一次防、第二次防、第三次防、そして第四次防と軍備拡大政策をとり続けてまいりました。今日では、それを正当づけるために、自衛のための必要最小限度の自衛力は違憲ではない、最小限度を越えなければよいのだ、しかも、必要最小限度の自衛力というものは、内外の諸情勢、科学技術の進歩等によってきめられるとして、具体的な限界を何ら国民に示していないのであります。したがって、この最小限度の名のもとに、伸縮自在の見解を駆使し、一方的に増強されてきているのが今日の自衛隊であります。
この点については、さきの長沼判決においても、すでに自衛隊は、規模、装備、能力において陸海空三軍であり、憲法違反であると指摘している点でもあります。
一体、わが国の世界に冠たる平和憲法の精神は、政府の憲法解釈のいずこにありやといわざるを得ないのであります。
憲法は、申すまでもなく、国家の基本法であります。この地裁の厳粛な判決を契機として、シビリアンである防衛庁長官は、過去の政府が行なってきた拡大解釈を深く反省し、憲法の基本精神に立って職務を遂行すべきであるにもかかわらず、一向にその反省がないばかりか、さらに四次防、五次防と自衛隊を増強することのみに狂奔している山中長官の憲法無視の言動は、まことに許しがたいのであります。
特に防衛行政といえば、武力集団をいかにしてシビリアンコントロールするかということであります。
平和憲法のワクを逸脱して、実力部隊の統制と運営ができなかった責任は重大であり、防衛庁長官としての信任を問わざるを得ないのであります。
不信任の第三の理由は、現在、山中長官が進めている憲法違反の疑いのある防衛政策の遂行についてであります。
四次防の戦略構想の基本は、すでに専守防衛のワクをはみ出し、戦略守勢と称し、領域外の敵地攻撃を認める戦術的攻勢へと変化を来たしております。
すなわち、従来の日米防衛分担のいわゆる米軍のやり、自衛隊のたての関係が、在日米軍の実戦部隊の撤退に伴って、アメリカの極東戦略の一翼を自衛隊が肩がわりをし、戦術的なやりを持とうとしているのであります。
さらに、山中長官は、昭和四十九年度予算要求については、来年度から三年間に分割して発注する予定であった新型61式戦車百六十両を、安上がりという理由で一括して発注しようとしている姿勢は、防衛産業のみを育成し、国民生活への圧迫を何ら考慮しないといわざるを得ないのであります。
また懸念されるのは、戦術核兵器の保持は憲法上可能であるが、政策上は持たないということで、戦術核兵器についての将来の道を開いております。
これらの考え方に立って、山中長官は、専守防衛という名のもとに、きわめて攻撃性の強い近代兵器の増強計画を持ち、なおその守備範囲を無限に広げようとしております。かかる考え方を持っている山中長官の考え方はまことに危険なもので、国民にとっても好ましからざる人物であるといわざるを得ないのであります。
山中長官を信任できない最後の理由として、最近における国際情勢は、長い冷戦時代から脱却し、ベトナム戦争の終結を契機に、米ソ核不戦条約の締結等、新しい平和への幕あけの時代へ入ろうとしております。ことに、いまだに日本軍国主義が内外で危惧されている今日、平和国家日本の進路を明らかにすると同時に、さらに平和に徹するとの姿勢を内外に強く印象づけ、定着させる努力が目下最大の急務であるにもかかわらず、相変わらず日米安保のもとでの冷戦時代の考え方から一歩も出ず、四次防、五次防へと、自主防衛の名のもとに軍事力拡大政策のみに狂奔している姿は、いまや戦争放棄、戦力不保持をうたった平和憲法の精神から逸脱しているといわざるを得ません。
この国際情勢の分析をもとに、わが国がとるべき安全保障政策の方向は、外においては、今日の平和を定着させるための積極的な平和外交を推進することであり、内においては、社会福祉の充実による内政のひずみをすみやかに取り除き、民生安定による住みよい国づくりをすることが何よりも重大であることを忘れ、山中長官は四次防を強力に推し進めるため、いたずらにまぼろしの脅威のみを想定して軍事力の強化のみに狂奔しているのは、時代錯誤もはなはだしいといわざるを得ないのであります。拍手
それを反省もせず、改めもしない危険な山中防衛庁長官は、一日も早くそのいすを去ることが、日本の平和と独立を守るためには一番必要であると確信し、本決議案に賛成するものであります。
以上で私の討論を終わります。拍手
前
前尾繁三郎#17
○議長(前尾繁三郎君) これにて討論は終局いたしました。
採決いたします。
この採決は記名投票をもって行ないます。本決議案に賛成の諸君は白票、反対の諸君は青票を持参せられんことを望みます。——閉鎖。
〔議場閉鎖〕
この発言だけを見る →採決いたします。
この採決は記名投票をもって行ないます。本決議案に賛成の諸君は白票、反対の諸君は青票を持参せられんことを望みます。——閉鎖。
〔議場閉鎖〕
前
前
前
前
前尾繁三郎#21
○議長(前尾繁三郎君) 投票の結果を事務総長より報告いたさせます。
〔事務総長報告〕
投票総数 四百二
可とする者(白票) 百六十一
〔拍手〕
否とする者(青票) 二百四十一
〔拍手〕
この発言だけを見る →〔事務総長報告〕
投票総数 四百二
可とする者(白票) 百六十一
〔拍手〕
否とする者(青票) 二百四十一
〔拍手〕
前
前尾繁三郎#22
○議長(前尾繁三郎君) 右の結果、防衛庁長官山中貞則君不信任決議案は否決されました。拍手
—————————————
楯兼次郎君外四名提出防衛庁長官山中貞則君不信任決議案を可とする議員の氏名
阿部 助哉君 阿部未喜男君
赤松 勇君 井岡 大治君
井上 泉君 井上 普方君
石野 久男君 板川 正吾君
稲葉 誠一君 岩垂寿喜男君
上原 康助君 江田 三郎君
枝村 要作君 小川 省吾君
大出 俊君 大柴 滋夫君
大原 亨君 太田 一夫君
岡田 哲児君 岡田 春夫君
加藤 清政君 加藤 清二君
勝澤 芳雄君 勝間田清一君
角屋堅次郎君 金瀬 俊雄君
金丸 徳重君 金子 みつ君
川崎 寛治君 川俣健二郎君
河上 民雄君 木島喜兵衞君
木原 実君 北山 愛郎君
久保 三郎君 久保 等君
久保田鶴松君 小林 信一君
小林 進君 兒玉 末男君
上坂 昇君 神門至馬夫君
佐々木更三君 佐藤 観樹君
佐藤 敬治君 佐野 憲治君
佐野 進君 斉藤 正男君
阪上安太郎君 柴田 健治君
島田 琢郎君 島本 虎三君
嶋崎 譲君 清水 徳松君
下平 正一君 田口 一男君
田中 武夫君 田邊 誠君
多賀谷真稔君 高田 富之君
竹内 猛君 楯 兼次郎君
塚田 庄平君 辻原 弘市君
堂森 芳夫君 中村 茂君
中村 重光君 楢崎弥之助君
馬場 昇君 長谷川正三君
原 茂君 日野 吉夫君
平林 剛君 広瀬 秀吉君
福岡 義登君 藤田 高敏君
古川 喜一君 細谷 治嘉君
堀 昌雄君 松浦 利尚君
美濃 政市君 武藤 山治君
村山 喜一君 村山 富市君
森井 忠良君 八百板 正君
八木 一男君 八木 昇君
安井 吉典君 山口 鶴男君
山崎 始男君 山田 耻目君
山田 芳治君 山中 吾郎君
山本 幸一君 山本 政弘君
山本弥之助君 湯山 勇君
米田 東吾君 横路 孝弘君
横山 利秋君 吉田 法晴君
和田 貞夫君 渡辺 三郎君
青柳 盛雄君 荒木 宏君
石母 田達君 梅田 勝君
金子 満広君 木下 元二君
栗田 翠君 小林 政子君
紺野与次郎君 柴田 睦夫君
庄司 幸助君 瀬崎 博義君
田中美智子君 谷口善太郎君
津金 佑近君 寺前 巖君
土橋 一吉君 中川利三郎君
中路 雅弘君 中島 武敏君
野間 友一君 東中 光雄君
平田 藤吉君 正森 成二君
増本 一彦君 松本 善明君
三谷 秀治君 村上 弘君
山原健二郎君 米原 昶君
浅井 美幸君 新井 彬之君
小川新一郎君 大久保直彦君
大野 潔君 大橋 敏雄君
近江巳記夫君 岡本 富夫君
沖本 泰幸君 北側 義一君
小濱 新次君 坂井 弘一君
坂口 力君 鈴切 康雄君
瀬野栄次郎君 田中 昭二君
高橋 繁君 林 孝矩君
広沢 直樹君 伏木 和雄君
正木 良明君 松尾 信人君
松本 忠助君 矢野 絢也君
山田 太郎君 渡部 一郎君
瀬長亀次郎君
否とする議員の氏名
安倍晋太郎君 足立 篤郎君
阿部 喜元君 愛野興一郎君
赤城 宗徳君 赤澤 正道君
秋田 大助君 天野 公義君
天野 光晴君 有田 喜一君
井出一太郎君 井原 岸高君
伊東 正義君 伊藤宗一郎君
伊能繁次郎君 石井 一君
石田 博英君 石原慎太郎君
稻村佐近四郎君 稲村 利幸君
今井 勇君 宇野 宗佑君
上田 茂行君 上村千一郎君
植木庚子郎君 臼井 莊一君
内田 常雄君 内海 英男君
浦野 幸男君 江崎 真澄君
江藤 隆美君 小川 平二君
小此木彦三郎君 小沢 一郎君
小澤 太郎君 小沢 辰男君
越智 伊平君 越智 通雄君
大石 千八君 大石 武一君
大久保武雄君 大竹 太郎君
大西 正男君 大野 明君
大野 市郎君 大橋 武夫君
大村 襄治君 奥田 敬和君
奥野 誠亮君 加藤 紘一君
加藤常太郎君 加藤 六月君
加藤 陽三君 海部 俊樹君
笠岡 喬君 梶山 静六君
粕谷 茂君 片岡 清一君
金丸 信君 金子 一平君
金子 岩三君 亀岡 高夫君
亀山 孝一君 鴨田 宗一君
唐沢俊二郎君 仮谷 忠男君
瓦 力君 菅野和太郎君
木野 晴夫君 木部 佳昭君
木村 武雄君 木村武千代君
岸 信介君 北澤 直吉君
久野 忠治君 草野一郎平君
鯨岡 兵輔君 熊谷 義雄君
倉石 忠雄君 倉成 正君
栗原 祐幸君 黒金 泰美君
小泉純一郎君 小坂善太郎君
小坂徳三郎君 小平 久雄君
小林 正巳君 小宮山重四郎君
小山 長規君 小山 省二君
河野 洋平君 河本 敏夫君
國場 幸昌君 左藤 恵君
佐々木秀世君 佐々木義武君
佐藤 榮作君 佐藤 孝行君
佐藤 守良君 斉藤滋与史君
三枝 三郎君 坂田 道太君
坂村 吉正君 坂本三十次君
櫻内 義雄君 笹山茂太郎君
志賀 節君 椎名悦三郎君
塩川正十郎君 塩崎 潤君
塩谷 一夫君 澁谷 直藏君
島田 安夫君 島村 一郎君
白浜 仁吉君 鈴木 善幸君
住 栄作君 瀬戸山三男君
關谷 勝利君 園田 直君
染谷 誠君 田川 誠一君
田澤 吉郎君 田中伊三次君
田中 榮一君 田中 覚君
田中 正巳君 田中 六助君
田村 元君 高鳥 修君
高橋 千寿君 竹内 黎一君
竹下 登君 谷川 和穗君
千葉 三郎君 地崎宇三郎君
中馬 辰猪君 塚原 俊郎君
坪川 信三君 戸井田三郎君
渡海元三郎君 登坂重次郎君
徳安 實藏君 床次 徳二君
中尾 栄一君 中垣 國男君
中川 一郎君 中曽根康弘君
中村 弘海君 中村 拓道君
中山 利生君 中山 正暉君
灘尾 弘吉君 楢橋 渡君
二階堂 進君 丹羽喬四郎君
西岡 武夫君 西村 英一君
西村 直己君 西銘 順治君
根本龍太郎君 野田 卯一君
野田 毅君 野中 英二君
野原 正勝君 野呂 恭一君
羽田 孜君 羽田野忠文君
羽生 田進君 葉梨 信行君
橋口 隆君 橋本登美三郎君
橋本龍太郎君 長谷川 峻君
旗野 進一君 八田 貞義君
服部 安司君 浜田 幸一君
濱野 清吾君 早川 崇君
林 大幹君 林 義郎君
原田 憲君 廣瀬 正雄君
深谷 隆司君 福田 赳夫君
福田 篤泰君 福田 一君
福永 健司君 藤井 勝志君
藤尾 正行君 藤波 孝生君
藤本 孝雄君 藤山愛一郎君
船田 中君 古屋 亨君
保利 茂君 坊 秀男君
細田 吉藏君 前田治一郎君
前田 正男君 増岡 博之君
松浦周太郎君 松岡 松平君
松永 光君 松野 頼三君
松本 十郎君 三木 武夫君
三ツ林弥太郎君 三原 朝雄君
三塚 博君 箕輪 登君
水田三喜男君 湊 徹郎君
宮崎 茂一君 武藤 嘉文君
村岡 兼造君 村上 勇君
村田敬次郎君 村山 達雄君
森 美秀君 森 喜朗君
森下 元晴君 森山 欽司君
安田 貴六君 保岡 興治君
山口 敏夫君 山崎 拓君
山崎平八郎君 山下 元利君
山下 徳夫君 山田 久就君
山村新治郎君 山本 幸雄君
吉永 治市君 早稻田柳右エ門君
綿貫 民輔君 渡部 恒三君
渡辺 栄一君 渡辺 紘三君
渡辺美智雄君
————◇—————
文部大臣奧野誠亮君不信任決議案(楯兼次郎君外四名提出)
(委員会審査省略要求案件)
この発言だけを見る →—————————————
楯兼次郎君外四名提出防衛庁長官山中貞則君不信任決議案を可とする議員の氏名
阿部 助哉君 阿部未喜男君
赤松 勇君 井岡 大治君
井上 泉君 井上 普方君
石野 久男君 板川 正吾君
稲葉 誠一君 岩垂寿喜男君
上原 康助君 江田 三郎君
枝村 要作君 小川 省吾君
大出 俊君 大柴 滋夫君
大原 亨君 太田 一夫君
岡田 哲児君 岡田 春夫君
加藤 清政君 加藤 清二君
勝澤 芳雄君 勝間田清一君
角屋堅次郎君 金瀬 俊雄君
金丸 徳重君 金子 みつ君
川崎 寛治君 川俣健二郎君
河上 民雄君 木島喜兵衞君
木原 実君 北山 愛郎君
久保 三郎君 久保 等君
久保田鶴松君 小林 信一君
小林 進君 兒玉 末男君
上坂 昇君 神門至馬夫君
佐々木更三君 佐藤 観樹君
佐藤 敬治君 佐野 憲治君
佐野 進君 斉藤 正男君
阪上安太郎君 柴田 健治君
島田 琢郎君 島本 虎三君
嶋崎 譲君 清水 徳松君
下平 正一君 田口 一男君
田中 武夫君 田邊 誠君
多賀谷真稔君 高田 富之君
竹内 猛君 楯 兼次郎君
塚田 庄平君 辻原 弘市君
堂森 芳夫君 中村 茂君
中村 重光君 楢崎弥之助君
馬場 昇君 長谷川正三君
原 茂君 日野 吉夫君
平林 剛君 広瀬 秀吉君
福岡 義登君 藤田 高敏君
古川 喜一君 細谷 治嘉君
堀 昌雄君 松浦 利尚君
美濃 政市君 武藤 山治君
村山 喜一君 村山 富市君
森井 忠良君 八百板 正君
八木 一男君 八木 昇君
安井 吉典君 山口 鶴男君
山崎 始男君 山田 耻目君
山田 芳治君 山中 吾郎君
山本 幸一君 山本 政弘君
山本弥之助君 湯山 勇君
米田 東吾君 横路 孝弘君
横山 利秋君 吉田 法晴君
和田 貞夫君 渡辺 三郎君
青柳 盛雄君 荒木 宏君
石母 田達君 梅田 勝君
金子 満広君 木下 元二君
栗田 翠君 小林 政子君
紺野与次郎君 柴田 睦夫君
庄司 幸助君 瀬崎 博義君
田中美智子君 谷口善太郎君
津金 佑近君 寺前 巖君
土橋 一吉君 中川利三郎君
中路 雅弘君 中島 武敏君
野間 友一君 東中 光雄君
平田 藤吉君 正森 成二君
増本 一彦君 松本 善明君
三谷 秀治君 村上 弘君
山原健二郎君 米原 昶君
浅井 美幸君 新井 彬之君
小川新一郎君 大久保直彦君
大野 潔君 大橋 敏雄君
近江巳記夫君 岡本 富夫君
沖本 泰幸君 北側 義一君
小濱 新次君 坂井 弘一君
坂口 力君 鈴切 康雄君
瀬野栄次郎君 田中 昭二君
高橋 繁君 林 孝矩君
広沢 直樹君 伏木 和雄君
正木 良明君 松尾 信人君
松本 忠助君 矢野 絢也君
山田 太郎君 渡部 一郎君
瀬長亀次郎君
否とする議員の氏名
安倍晋太郎君 足立 篤郎君
阿部 喜元君 愛野興一郎君
赤城 宗徳君 赤澤 正道君
秋田 大助君 天野 公義君
天野 光晴君 有田 喜一君
井出一太郎君 井原 岸高君
伊東 正義君 伊藤宗一郎君
伊能繁次郎君 石井 一君
石田 博英君 石原慎太郎君
稻村佐近四郎君 稲村 利幸君
今井 勇君 宇野 宗佑君
上田 茂行君 上村千一郎君
植木庚子郎君 臼井 莊一君
内田 常雄君 内海 英男君
浦野 幸男君 江崎 真澄君
江藤 隆美君 小川 平二君
小此木彦三郎君 小沢 一郎君
小澤 太郎君 小沢 辰男君
越智 伊平君 越智 通雄君
大石 千八君 大石 武一君
大久保武雄君 大竹 太郎君
大西 正男君 大野 明君
大野 市郎君 大橋 武夫君
大村 襄治君 奥田 敬和君
奥野 誠亮君 加藤 紘一君
加藤常太郎君 加藤 六月君
加藤 陽三君 海部 俊樹君
笠岡 喬君 梶山 静六君
粕谷 茂君 片岡 清一君
金丸 信君 金子 一平君
金子 岩三君 亀岡 高夫君
亀山 孝一君 鴨田 宗一君
唐沢俊二郎君 仮谷 忠男君
瓦 力君 菅野和太郎君
木野 晴夫君 木部 佳昭君
木村 武雄君 木村武千代君
岸 信介君 北澤 直吉君
久野 忠治君 草野一郎平君
鯨岡 兵輔君 熊谷 義雄君
倉石 忠雄君 倉成 正君
栗原 祐幸君 黒金 泰美君
小泉純一郎君 小坂善太郎君
小坂徳三郎君 小平 久雄君
小林 正巳君 小宮山重四郎君
小山 長規君 小山 省二君
河野 洋平君 河本 敏夫君
國場 幸昌君 左藤 恵君
佐々木秀世君 佐々木義武君
佐藤 榮作君 佐藤 孝行君
佐藤 守良君 斉藤滋与史君
三枝 三郎君 坂田 道太君
坂村 吉正君 坂本三十次君
櫻内 義雄君 笹山茂太郎君
志賀 節君 椎名悦三郎君
塩川正十郎君 塩崎 潤君
塩谷 一夫君 澁谷 直藏君
島田 安夫君 島村 一郎君
白浜 仁吉君 鈴木 善幸君
住 栄作君 瀬戸山三男君
關谷 勝利君 園田 直君
染谷 誠君 田川 誠一君
田澤 吉郎君 田中伊三次君
田中 榮一君 田中 覚君
田中 正巳君 田中 六助君
田村 元君 高鳥 修君
高橋 千寿君 竹内 黎一君
竹下 登君 谷川 和穗君
千葉 三郎君 地崎宇三郎君
中馬 辰猪君 塚原 俊郎君
坪川 信三君 戸井田三郎君
渡海元三郎君 登坂重次郎君
徳安 實藏君 床次 徳二君
中尾 栄一君 中垣 國男君
中川 一郎君 中曽根康弘君
中村 弘海君 中村 拓道君
中山 利生君 中山 正暉君
灘尾 弘吉君 楢橋 渡君
二階堂 進君 丹羽喬四郎君
西岡 武夫君 西村 英一君
西村 直己君 西銘 順治君
根本龍太郎君 野田 卯一君
野田 毅君 野中 英二君
野原 正勝君 野呂 恭一君
羽田 孜君 羽田野忠文君
羽生 田進君 葉梨 信行君
橋口 隆君 橋本登美三郎君
橋本龍太郎君 長谷川 峻君
旗野 進一君 八田 貞義君
服部 安司君 浜田 幸一君
濱野 清吾君 早川 崇君
林 大幹君 林 義郎君
原田 憲君 廣瀬 正雄君
深谷 隆司君 福田 赳夫君
福田 篤泰君 福田 一君
福永 健司君 藤井 勝志君
藤尾 正行君 藤波 孝生君
藤本 孝雄君 藤山愛一郎君
船田 中君 古屋 亨君
保利 茂君 坊 秀男君
細田 吉藏君 前田治一郎君
前田 正男君 増岡 博之君
松浦周太郎君 松岡 松平君
松永 光君 松野 頼三君
松本 十郎君 三木 武夫君
三ツ林弥太郎君 三原 朝雄君
三塚 博君 箕輪 登君
水田三喜男君 湊 徹郎君
宮崎 茂一君 武藤 嘉文君
村岡 兼造君 村上 勇君
村田敬次郎君 村山 達雄君
森 美秀君 森 喜朗君
森下 元晴君 森山 欽司君
安田 貴六君 保岡 興治君
山口 敏夫君 山崎 拓君
山崎平八郎君 山下 元利君
山下 徳夫君 山田 久就君
山村新治郎君 山本 幸雄君
吉永 治市君 早稻田柳右エ門君
綿貫 民輔君 渡部 恒三君
渡辺 栄一君 渡辺 紘三君
渡辺美智雄君
————◇—————
文部大臣奧野誠亮君不信任決議案(楯兼次郎君外四名提出)
(委員会審査省略要求案件)
中
中山正暉#23
○中山正暉君 議案上程に関する緊急動議を提出いたします。
すなわち、楯兼次郎君外四名提出、文部大臣奧野誠亮君不信任決議案は、提出者の要求のとおり委員会の審査を省略してこの際これを上程し、その審議を進められんことを望みます。
この発言だけを見る →すなわち、楯兼次郎君外四名提出、文部大臣奧野誠亮君不信任決議案は、提出者の要求のとおり委員会の審査を省略してこの際これを上程し、その審議を進められんことを望みます。
前
前
前
長
長谷川正三#27
○長谷川正三君 私は、日本社会党を代表いたしまして、文部大臣奧野誠亮君に対する不信任決議案を提案いたします。
まず、決議案文を朗読いたします。
文部大臣奧野誠亮君不信任決議案
本院は、文部大臣奧野誠亮君を信任せず。
右決議する。
〔拍手〕
以上であります。
次に、提案理由の説明を申し上げます。
わが国教育の最高法規である教育基本法は、その前文において、憲法の「理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。」と厳粛に宣言いたしております。また、憲法九十九条は、国務大臣に憲法を尊重し、擁護することを義務づけております。したがって、文部大臣は、わが国教育行政に最も重大な責任を持つ者として、憲法と教育基本法を順守してその任に当たらなければならないのは当然でございます。
〔議長退席、副議長着席〕
すなわち、教育行政は、絶対平和と人間の尊厳を確立する民主主義の理念に基づき、学問の自由、働く者の労働基本権、政治活動の自由等、国民の権利を尊重し、権力の教育への介入を厳に戒め、教育の機会均等、教育諸条件の向上をはからなければならないのであります。
しかるに、文部大臣奧野誠亮君は、教育行政の責任者が守るべきこの根本原則を公然と否定し、破壊する態度を再三再四にわたり公式の場で表明し、これに対する国民の強い批判に対して、真に反省する姿は全く見られないのであります。拍手
去る四月十二日、衆議院本会議において、いわゆる人材確保法案に対するわが党馬場昇君の質問に対する奧野文部大臣の答弁は、穏当を欠くものとして追及され、翌四月十三日の文教委員会で反省を約束されたのであります。
ところが、それもつかの間、四月二十一日には、全国都道府県・指定都市教育長会議を招集し、春闘に対する厳重処分を要請する威嚇発言を行ない、このため文教委員会の審議を渋滞させたのであります。
さらに、六月二十一日、国立大学学長会議におきましての放言が問題となり、翌六月二十二日の文教委員会で釈明文を読み上げざるを得ない始末となったのであります。
にもかかわらず、またまた、去る八月三十日、全国都道府県教育委員長、教育長協議会総会で行なったあいさつの中における暴言は、全国民に強い衝撃を与え、重大な社会問題、政治問題となってまいったのであります。
このあいさつの中で、文部大臣奧野誠亮君は、事もあろうに、屎尿くみ取り、ごみ焼却の現業公務員と先生は違うとか、政治が好きなら、先生をやめて政治屋になれとか、また、スト参加者を大量に処分した福岡に続けと処分行政を呼号いたしておるのであります。
これらの一連の発言に余すところなく露呈された文部大臣奧野誠亮君の非民主的、反教育的、前時代的なものの考え方、感じ方は、遺憾ながら文部大臣の重責にとうていたえざるものと断ぜざるを得ないのであります。拍手
第一に、ごみ、屎尿処理などの現業労働者と先生は違うという発言は、その心の底に、国民生活に欠くことのできないとうとい清掃業務に携わる人々に対する差別感、べつ視感が充満していることを物語るものであります。新聞の投書欄にもありましたように、日本の新しい民主教育の発展のための最高の府の責任の座に、かかる非民主的な人がいることは許されてよいのだろうかとの叫びは、まさに国民の批判を代表するものと存ずるのであります。拍手
その後、自治労の代表の厳重抗議に対し、文書をもってこの発言を取り消し、陳謝を余儀なくされたのは当然でございますが、それで責任を免れるような軽い問題ではございません。もし口先だけでなく、深刻に反省されているのであれば、文部大臣の職責の重大さにかんがみ、みずから辞任すべきでありましょう。奧野誠亮君にその誠意の見られなかったことは、同君のためにも深く惜しむものであります。拍手
第二に、政治が好きなら、先生をやめて政治屋になれという暴言も、許しがたいのであります。
教職員も一国民として、一市民として政治に関心を持ち、意見を持ち、行動する自由は、民主国家における侵すことのできない基本的人権として有することは明らかであります。まして、主権者としての国民を育成するその使命と職責に照らしまして、時の政治に関心を寄せるのは当然どころか、むしろ積極的に奨励されなければなりません。さればこそ、教育基本法第八条は、「良識ある公民たるに必要な政治的教養は、教育上これを尊重しなければならない。」とうたっておるのであります。拍手
戦前の富国強兵を中心にした国家主義教育のもとでは、教育政策は議会の議を経ることなく、すべて勅令で進められ、教師が教育政策を批判するなどもってのほかのこととされ、教師は政治好きであってはならなかったのであります。奧野文部大臣の発想の底には、まだまだこのような古い、とっくに清算されているはずの前時代的な意識が根強く残っているのではないかとは、ある有力新聞の社説のことばでありますが、まことにそのとおりであると思うのであります。拍手
国民の無限の可能性を引き出し、日に新たな社会の進歩を進める原動力となるべき民主教育の行政責任者として、文部大臣奧野誠亮君は、この点からも失格といわなければなりません。拍手
第三に、日教組に結集する教職員が、憲法の保障する労働基本権を踏まえて、その生活と権利を守り、それを通じて日本の教育を守るために、広範な民間、公労協、国公、地公の労働者とともに戦いました四・二七ストに対しまして、全国に先がけて大量処分を行なった福岡県教委等に続けと、冷酷無比な処分行政を金科玉条として全国教委を督励したことも、強く批判されなければなりません。拍手公務員の労働基本権に対する制限については、社会の実態に即応した多年の論争の中で、わが国におきましても多くの裁判所が、次第にスト制限をきびしく限定解釈する傾向にあり、違憲の疑いを濃くしていることは明瞭でございます。国際的にも、ILOのドライヤー報告、教師の地位に関する勧告にあらわれておりますように、教職員にも労働基本権を保障し、教育政策の策定にあたってもその意見を尊重すべきことは、国際常識となっておるのであります。
しかるに、文部大臣奧野誠亮君は、きわめて政治的意図の濃い最高裁四・二五判決に便乗して、スト権に関して全面一律禁止、厳罰主義を固執しようとすることは大きな時代錯誤であり、また教育の実際を理解せず、いたずらに荒廃に追いやる罪は、はかり知れないものがあるのであります。
文相は教育秩序の維持を口にするが、文相の言う秩序は、国際的に見ればゆがんだ秩序であり、このゆがんだ秩序の維持のために、教職員は全く無益な労苦をしいられ、処分、ストの悪循環の中で、国民も子供も不便をしいられ、教育の荒廃を招くとすれば、まさに暴挙という以上に愚挙であると国民は批判しておるのであります。拍手
インフレ、物価高、公害、住宅難、そして社会の退廃の中で、青少年の明るい未来を開くために、血のにじむような悪戦苦闘を続けておる教職員に対し、あたたかい思いやりを持ち、その声に耳を傾けることのできない者は、もはや文部大臣の資格はないのであります。拍手
労働運動と教育そのものに基本的理解を欠き、しかもこの面では特に一片の反省の色も示していない文部大臣奧野誠亮君には、すみやかな退陣を要求せざるを得ないのであります。拍手
最後に、文部大臣奧野誠亮君は、今国会に、学問の自由を奪い、大学の自治を破壊する筑波大学法案、また、教師を聖職化して、権利を奪い、五段階給与に道を開くいわゆる人材確保法案、さらに、学校管理体制を強化して教育の自由を奪う教頭法制化法案等の反動法案を提出し、国会を混乱せしめたのであります。
しかも、このような反動文教行政と政策に対する世論のきびしい非難に対して、口先で表現の不適切を陳謝するも、真に反省する色は全く見られない奧野誠亮君の態度は、まことに重大であり、文部大臣の職責を果たすには不適格であると断ずるものであります。拍手
以上が、本決議案を提出する理由であります。満場の御賛成をお願いいたしまして、趣旨弁明を終わります。拍手
—————————————
この発言だけを見る →まず、決議案文を朗読いたします。
文部大臣奧野誠亮君不信任決議案
本院は、文部大臣奧野誠亮君を信任せず。
右決議する。
〔拍手〕
以上であります。
次に、提案理由の説明を申し上げます。
わが国教育の最高法規である教育基本法は、その前文において、憲法の「理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。」と厳粛に宣言いたしております。また、憲法九十九条は、国務大臣に憲法を尊重し、擁護することを義務づけております。したがって、文部大臣は、わが国教育行政に最も重大な責任を持つ者として、憲法と教育基本法を順守してその任に当たらなければならないのは当然でございます。
〔議長退席、副議長着席〕
すなわち、教育行政は、絶対平和と人間の尊厳を確立する民主主義の理念に基づき、学問の自由、働く者の労働基本権、政治活動の自由等、国民の権利を尊重し、権力の教育への介入を厳に戒め、教育の機会均等、教育諸条件の向上をはからなければならないのであります。
しかるに、文部大臣奧野誠亮君は、教育行政の責任者が守るべきこの根本原則を公然と否定し、破壊する態度を再三再四にわたり公式の場で表明し、これに対する国民の強い批判に対して、真に反省する姿は全く見られないのであります。拍手
去る四月十二日、衆議院本会議において、いわゆる人材確保法案に対するわが党馬場昇君の質問に対する奧野文部大臣の答弁は、穏当を欠くものとして追及され、翌四月十三日の文教委員会で反省を約束されたのであります。
ところが、それもつかの間、四月二十一日には、全国都道府県・指定都市教育長会議を招集し、春闘に対する厳重処分を要請する威嚇発言を行ない、このため文教委員会の審議を渋滞させたのであります。
さらに、六月二十一日、国立大学学長会議におきましての放言が問題となり、翌六月二十二日の文教委員会で釈明文を読み上げざるを得ない始末となったのであります。
にもかかわらず、またまた、去る八月三十日、全国都道府県教育委員長、教育長協議会総会で行なったあいさつの中における暴言は、全国民に強い衝撃を与え、重大な社会問題、政治問題となってまいったのであります。
このあいさつの中で、文部大臣奧野誠亮君は、事もあろうに、屎尿くみ取り、ごみ焼却の現業公務員と先生は違うとか、政治が好きなら、先生をやめて政治屋になれとか、また、スト参加者を大量に処分した福岡に続けと処分行政を呼号いたしておるのであります。
これらの一連の発言に余すところなく露呈された文部大臣奧野誠亮君の非民主的、反教育的、前時代的なものの考え方、感じ方は、遺憾ながら文部大臣の重責にとうていたえざるものと断ぜざるを得ないのであります。拍手
第一に、ごみ、屎尿処理などの現業労働者と先生は違うという発言は、その心の底に、国民生活に欠くことのできないとうとい清掃業務に携わる人々に対する差別感、べつ視感が充満していることを物語るものであります。新聞の投書欄にもありましたように、日本の新しい民主教育の発展のための最高の府の責任の座に、かかる非民主的な人がいることは許されてよいのだろうかとの叫びは、まさに国民の批判を代表するものと存ずるのであります。拍手
その後、自治労の代表の厳重抗議に対し、文書をもってこの発言を取り消し、陳謝を余儀なくされたのは当然でございますが、それで責任を免れるような軽い問題ではございません。もし口先だけでなく、深刻に反省されているのであれば、文部大臣の職責の重大さにかんがみ、みずから辞任すべきでありましょう。奧野誠亮君にその誠意の見られなかったことは、同君のためにも深く惜しむものであります。拍手
第二に、政治が好きなら、先生をやめて政治屋になれという暴言も、許しがたいのであります。
教職員も一国民として、一市民として政治に関心を持ち、意見を持ち、行動する自由は、民主国家における侵すことのできない基本的人権として有することは明らかであります。まして、主権者としての国民を育成するその使命と職責に照らしまして、時の政治に関心を寄せるのは当然どころか、むしろ積極的に奨励されなければなりません。さればこそ、教育基本法第八条は、「良識ある公民たるに必要な政治的教養は、教育上これを尊重しなければならない。」とうたっておるのであります。拍手
戦前の富国強兵を中心にした国家主義教育のもとでは、教育政策は議会の議を経ることなく、すべて勅令で進められ、教師が教育政策を批判するなどもってのほかのこととされ、教師は政治好きであってはならなかったのであります。奧野文部大臣の発想の底には、まだまだこのような古い、とっくに清算されているはずの前時代的な意識が根強く残っているのではないかとは、ある有力新聞の社説のことばでありますが、まことにそのとおりであると思うのであります。拍手
国民の無限の可能性を引き出し、日に新たな社会の進歩を進める原動力となるべき民主教育の行政責任者として、文部大臣奧野誠亮君は、この点からも失格といわなければなりません。拍手
第三に、日教組に結集する教職員が、憲法の保障する労働基本権を踏まえて、その生活と権利を守り、それを通じて日本の教育を守るために、広範な民間、公労協、国公、地公の労働者とともに戦いました四・二七ストに対しまして、全国に先がけて大量処分を行なった福岡県教委等に続けと、冷酷無比な処分行政を金科玉条として全国教委を督励したことも、強く批判されなければなりません。拍手公務員の労働基本権に対する制限については、社会の実態に即応した多年の論争の中で、わが国におきましても多くの裁判所が、次第にスト制限をきびしく限定解釈する傾向にあり、違憲の疑いを濃くしていることは明瞭でございます。国際的にも、ILOのドライヤー報告、教師の地位に関する勧告にあらわれておりますように、教職員にも労働基本権を保障し、教育政策の策定にあたってもその意見を尊重すべきことは、国際常識となっておるのであります。
しかるに、文部大臣奧野誠亮君は、きわめて政治的意図の濃い最高裁四・二五判決に便乗して、スト権に関して全面一律禁止、厳罰主義を固執しようとすることは大きな時代錯誤であり、また教育の実際を理解せず、いたずらに荒廃に追いやる罪は、はかり知れないものがあるのであります。
文相は教育秩序の維持を口にするが、文相の言う秩序は、国際的に見ればゆがんだ秩序であり、このゆがんだ秩序の維持のために、教職員は全く無益な労苦をしいられ、処分、ストの悪循環の中で、国民も子供も不便をしいられ、教育の荒廃を招くとすれば、まさに暴挙という以上に愚挙であると国民は批判しておるのであります。拍手
インフレ、物価高、公害、住宅難、そして社会の退廃の中で、青少年の明るい未来を開くために、血のにじむような悪戦苦闘を続けておる教職員に対し、あたたかい思いやりを持ち、その声に耳を傾けることのできない者は、もはや文部大臣の資格はないのであります。拍手
労働運動と教育そのものに基本的理解を欠き、しかもこの面では特に一片の反省の色も示していない文部大臣奧野誠亮君には、すみやかな退陣を要求せざるを得ないのであります。拍手
最後に、文部大臣奧野誠亮君は、今国会に、学問の自由を奪い、大学の自治を破壊する筑波大学法案、また、教師を聖職化して、権利を奪い、五段階給与に道を開くいわゆる人材確保法案、さらに、学校管理体制を強化して教育の自由を奪う教頭法制化法案等の反動法案を提出し、国会を混乱せしめたのであります。
しかも、このような反動文教行政と政策に対する世論のきびしい非難に対して、口先で表現の不適切を陳謝するも、真に反省する色は全く見られない奧野誠亮君の態度は、まことに重大であり、文部大臣の職責を果たすには不適格であると断ずるものであります。拍手
以上が、本決議案を提出する理由であります。満場の御賛成をお願いいたしまして、趣旨弁明を終わります。拍手
—————————————
秋
山
山崎拓#29
○山崎拓君 私は、自由民主党を代表して、ただいま上程されました文部大臣奧野誠亮君不信任決議案に対しまして、正当なる文部行政を擁護する立場から、反対の討論を行なうものであります。拍手
本決議案によりますと、まず奧野文部大臣が、今日まで暴言を繰り返してきたと主張し、不信任の理由といたしております。
これは、文部大臣の教育正常化に対するなみなみならぬ決意の表明がなされた発言のごく一部のみを取り上げて、あげ足とりを行なっているにすぎないのであります。しかも誤解を招いた発言につきましては、すでに釈明が行なわれているのであり、本決議案の提出は、いたずらに審議の引き延ばしと国会の混乱を招来せしめんとするこそくなやり方であります。拍手
次に、野党のお気に召さないところの教育三法案を国会に提出したことをもって不信任の理由としてあげているのであります。
このことは、憲法第七十二条に定められた政府の議案提案権を否定するものであり、行政権に対する重大な干渉であります。しかもこの三法案は、いずれも良識ある国民の大多数が成立を待ち望んでいる重要な改革案であります。拍手すなわち、行き詰まった高等教育を改革せんとする新構想大学の一つである筑波大学法案、教育界に人材を確保するための特別措置法案、学校の管理運営を円滑化するための教頭職法制化法案であります。これらの改革案に反対する者こそ、革新の看板を掲げた最も保守的なやからといわざるを得ないのであります。拍手
もし、かくのごときばかげた不信任案が成立するようなことがあれば、文部大臣は所信の表明も行なえず、内閣は法案の提出権も持つべきでないことを決議したことになるのであって、国会の暴走と申すほかはなくなるのであります。拍手
次代をになう青少年の教育こそが、国家社会の命運を決する重要な分野であるととは論をまたない初であります。ところが、憂うべきことに、この嵩高な役割りを担当するわが国の一部の教師たちは、特定のイデオロギーに偏向し、みずからの職責を忘れ、子供たちをないがしろにして、政治闘争に明け暮れているのであります。
憲法を守れと主張する教師たちが、みずから法律によって禁止された争議行為を繰り返し行なっていることは、断じて許しがたいことであります。拍手いわんや、本年になって四たび行なわれたストライキには、延べ五十万人以上が参加し、しかも勤務条件の維持改善をはかることに組合の目的を限定されているところの公務員の組合たる日教組が、教育三法案はもとより、国鉄、健保両法案に至るまで阻止を叫んで、堂々と政治ストを行なっているのであります。
先般開かれた第四十三回日教組定期大会においては、権力の手で守られて大会を行ないながら、なお権力をののしり、あまつさえ田中内閣打倒、小選挙区制粉砕をかちとり、参議院選挙に勝利し、反独占、反自民の政治体制を確立しようなどという大会スローガンを採択しているのであります。教育基本法や地方公務員法で政治活動の制限を受けている教育公務員の組合の大会ではなくして、極左政治団体の集会としか思えないのであります。拍手
奧野文部大臣ならずとも、政治活動は、教員をおやめになって、個人の立場で自由にやってもらいたいと思うのであります。
また、ストライキ参加者の処分を、弾圧と称して非難し、奧野文部大臣のスト処分に関する発言を、労働基本権を否定し政治活動の権利を否定したとしていますが、これは非常に誤りであり、言いがかりにすぎないのであります。
公務員のスト権につきましては、本年四月二十五日の最高裁の判決により、公務員は全体の奉仕者であり、労働基本権の制約に対する代償措置を講ずるならば、争議行為を禁止しても違憲でない旨明確になったのであります。
法治国家におけるアウトローは罰しなければならないのであって、これを黙認することこそ誤りであります。共産主義国家に比べて比べようもないようなふんだんな自由を享受しながら、公共のための最低限の制限をすら守れないようであれば、もはや何をか言わんやであります。
最近の社会事象を見ておりますと、すばらしい経済的な繁栄の裏に、まことに悲しむべき国民の道義的退廃が進行いたしております。政治の責任を痛感するものであります。
現代の青年は性悪説をとる者多く、私益をのみ追求して、公益を尊重する者少なく、愛国心に乏しいのであります。のみならず、過去における全学連過激派集団によって引き起こされた数々のいまわしい事件に引き続き、最近もまた内ゲバ殺人や乱闘事件が相次いで発生をいたしております。これらの事件は、人間性を喪失した憎悪心むき出しの行為であり、社会的規範を無視し、他人の迷惑について省みることのない、おそるべき無責任な行為であります。
また、車いすの青年が二人組の若い男に襲われ、現金を強奪された事件や、視力の弱いマッサージ師が三人組の男に襲われた事件は、弱者をかばうどころか、痛めつけるという冷血な野獣のごとき行為であり、許しがたい犯罪であります。私は、これらの事件から、なぜこのように国民の精神、なかんずく青年の魂がすさんできたのかということについて考えてみますときに、よくいわれますところの経済第一主義の弊害とともに、戦後の教育のあり方について大きな疑問に逢着せざるを得ないのであります。拍手
階級闘争史観に立ち、戦うという表現が幾度となく使われ、砂をかむような作文である日教組の倫理綱領は、革命の戦士を育てることを教育の目標に掲げております。この倫理綱領に基づく日教組教育が、相手を一切理解しようとせず、ひたすら憎しみと闘争の論理だけで行動するゲバ学生を生み、かつ一片の良心をすら持たない犯罪者を生んだ元凶ではないでしょうか。
私はまた、これらの事件から、教育現場の荒廃を想起せざるを得ないのであります。
私の郷土福岡県は、最も日教組が横暴をきわめている県の一つであり、先般も大量に処分が行なわれたことは御案内のとおりであります。非組合推薦の校長の着任を暴力によって阻止しようとした校長着任拒否闘争をはじめとして、数々の暴力的組合活動を行なってまいったのであります。最近におきましても、校務の適正な運営をはかるため福岡県立学校規則の一部が改正されたことをめぐって、二つの県立高校において組合の校長交渉の際、人権を無視した暴行が集団的に行なわれ、ついに去る六月十六日福岡県教委は、これを告発し、福岡県警は捜査の結果、刑事事件として送検し、そのうち一件はすでに起訴されたのであります。新聞報道によりますと、一人の校長はネクタイで絞め上げられ、こづき回されるなどの暴行を受け、また別の校長は両足首をつかんで転倒させられたり、ねじ伏せられたりするなどの暴行を受けたとのことであります。しかも、福岡県高教組の委員長、副委員長をはじめ組合幹部もその場に居合わせたといいますから、偶発的な不祥事とは決していえないのであります。このような事件は氷山の一角ともいわれ、いまや一部の組合は暴力団まがいのごろつき集団と化しているのであります。拍手このような組合闘争に明け暮れる教師集団の姿は、子供たちの目にはたしてどのように映じておるでありましょうか、まことに憂うべきことであります。
わが国の教育の混乱と低迷を打破するためには、中教審の答申を待つまでもなく、第三の教育改革を必要としているのであります。その最大の柱は、人間愛、児童愛に燃える教育者魂の復活であり、教師の資質の向上であります。教育は教師の人格、識見、熱情の反映でありますから、教師の使命感と資質の向上なくして教育の水準の向上もまたあり得ないのであります。
その観点から、第三の教育改革の第一歩として本国会に提案されました、教育界に真にすぐれた人材を確保するための待遇改善特別措置法案が、本法案の成立を待望してやまない多数の心ある先生方の声なき声を無視して、血迷った日教組の意向を体する野党の諸君の反対のための反対によって、もし廃案に追い込まれるようなことが起これば、その政治的な責任は大なるものがあり、わが国教育の混迷を一そう深刻化し、次代をになう青少年の前途を誤らしめ、国家百年の大計をそこなうことになるでありましょう。その責めは、まさに野党の諸君が負うことになるのであります。拍手
この発言だけを見る →本決議案によりますと、まず奧野文部大臣が、今日まで暴言を繰り返してきたと主張し、不信任の理由といたしております。
これは、文部大臣の教育正常化に対するなみなみならぬ決意の表明がなされた発言のごく一部のみを取り上げて、あげ足とりを行なっているにすぎないのであります。しかも誤解を招いた発言につきましては、すでに釈明が行なわれているのであり、本決議案の提出は、いたずらに審議の引き延ばしと国会の混乱を招来せしめんとするこそくなやり方であります。拍手
次に、野党のお気に召さないところの教育三法案を国会に提出したことをもって不信任の理由としてあげているのであります。
このことは、憲法第七十二条に定められた政府の議案提案権を否定するものであり、行政権に対する重大な干渉であります。しかもこの三法案は、いずれも良識ある国民の大多数が成立を待ち望んでいる重要な改革案であります。拍手すなわち、行き詰まった高等教育を改革せんとする新構想大学の一つである筑波大学法案、教育界に人材を確保するための特別措置法案、学校の管理運営を円滑化するための教頭職法制化法案であります。これらの改革案に反対する者こそ、革新の看板を掲げた最も保守的なやからといわざるを得ないのであります。拍手
もし、かくのごときばかげた不信任案が成立するようなことがあれば、文部大臣は所信の表明も行なえず、内閣は法案の提出権も持つべきでないことを決議したことになるのであって、国会の暴走と申すほかはなくなるのであります。拍手
次代をになう青少年の教育こそが、国家社会の命運を決する重要な分野であるととは論をまたない初であります。ところが、憂うべきことに、この嵩高な役割りを担当するわが国の一部の教師たちは、特定のイデオロギーに偏向し、みずからの職責を忘れ、子供たちをないがしろにして、政治闘争に明け暮れているのであります。
憲法を守れと主張する教師たちが、みずから法律によって禁止された争議行為を繰り返し行なっていることは、断じて許しがたいことであります。拍手いわんや、本年になって四たび行なわれたストライキには、延べ五十万人以上が参加し、しかも勤務条件の維持改善をはかることに組合の目的を限定されているところの公務員の組合たる日教組が、教育三法案はもとより、国鉄、健保両法案に至るまで阻止を叫んで、堂々と政治ストを行なっているのであります。
先般開かれた第四十三回日教組定期大会においては、権力の手で守られて大会を行ないながら、なお権力をののしり、あまつさえ田中内閣打倒、小選挙区制粉砕をかちとり、参議院選挙に勝利し、反独占、反自民の政治体制を確立しようなどという大会スローガンを採択しているのであります。教育基本法や地方公務員法で政治活動の制限を受けている教育公務員の組合の大会ではなくして、極左政治団体の集会としか思えないのであります。拍手
奧野文部大臣ならずとも、政治活動は、教員をおやめになって、個人の立場で自由にやってもらいたいと思うのであります。
また、ストライキ参加者の処分を、弾圧と称して非難し、奧野文部大臣のスト処分に関する発言を、労働基本権を否定し政治活動の権利を否定したとしていますが、これは非常に誤りであり、言いがかりにすぎないのであります。
公務員のスト権につきましては、本年四月二十五日の最高裁の判決により、公務員は全体の奉仕者であり、労働基本権の制約に対する代償措置を講ずるならば、争議行為を禁止しても違憲でない旨明確になったのであります。
法治国家におけるアウトローは罰しなければならないのであって、これを黙認することこそ誤りであります。共産主義国家に比べて比べようもないようなふんだんな自由を享受しながら、公共のための最低限の制限をすら守れないようであれば、もはや何をか言わんやであります。
最近の社会事象を見ておりますと、すばらしい経済的な繁栄の裏に、まことに悲しむべき国民の道義的退廃が進行いたしております。政治の責任を痛感するものであります。
現代の青年は性悪説をとる者多く、私益をのみ追求して、公益を尊重する者少なく、愛国心に乏しいのであります。のみならず、過去における全学連過激派集団によって引き起こされた数々のいまわしい事件に引き続き、最近もまた内ゲバ殺人や乱闘事件が相次いで発生をいたしております。これらの事件は、人間性を喪失した憎悪心むき出しの行為であり、社会的規範を無視し、他人の迷惑について省みることのない、おそるべき無責任な行為であります。
また、車いすの青年が二人組の若い男に襲われ、現金を強奪された事件や、視力の弱いマッサージ師が三人組の男に襲われた事件は、弱者をかばうどころか、痛めつけるという冷血な野獣のごとき行為であり、許しがたい犯罪であります。私は、これらの事件から、なぜこのように国民の精神、なかんずく青年の魂がすさんできたのかということについて考えてみますときに、よくいわれますところの経済第一主義の弊害とともに、戦後の教育のあり方について大きな疑問に逢着せざるを得ないのであります。拍手
階級闘争史観に立ち、戦うという表現が幾度となく使われ、砂をかむような作文である日教組の倫理綱領は、革命の戦士を育てることを教育の目標に掲げております。この倫理綱領に基づく日教組教育が、相手を一切理解しようとせず、ひたすら憎しみと闘争の論理だけで行動するゲバ学生を生み、かつ一片の良心をすら持たない犯罪者を生んだ元凶ではないでしょうか。
私はまた、これらの事件から、教育現場の荒廃を想起せざるを得ないのであります。
私の郷土福岡県は、最も日教組が横暴をきわめている県の一つであり、先般も大量に処分が行なわれたことは御案内のとおりであります。非組合推薦の校長の着任を暴力によって阻止しようとした校長着任拒否闘争をはじめとして、数々の暴力的組合活動を行なってまいったのであります。最近におきましても、校務の適正な運営をはかるため福岡県立学校規則の一部が改正されたことをめぐって、二つの県立高校において組合の校長交渉の際、人権を無視した暴行が集団的に行なわれ、ついに去る六月十六日福岡県教委は、これを告発し、福岡県警は捜査の結果、刑事事件として送検し、そのうち一件はすでに起訴されたのであります。新聞報道によりますと、一人の校長はネクタイで絞め上げられ、こづき回されるなどの暴行を受け、また別の校長は両足首をつかんで転倒させられたり、ねじ伏せられたりするなどの暴行を受けたとのことであります。しかも、福岡県高教組の委員長、副委員長をはじめ組合幹部もその場に居合わせたといいますから、偶発的な不祥事とは決していえないのであります。このような事件は氷山の一角ともいわれ、いまや一部の組合は暴力団まがいのごろつき集団と化しているのであります。拍手このような組合闘争に明け暮れる教師集団の姿は、子供たちの目にはたしてどのように映じておるでありましょうか、まことに憂うべきことであります。
わが国の教育の混乱と低迷を打破するためには、中教審の答申を待つまでもなく、第三の教育改革を必要としているのであります。その最大の柱は、人間愛、児童愛に燃える教育者魂の復活であり、教師の資質の向上であります。教育は教師の人格、識見、熱情の反映でありますから、教師の使命感と資質の向上なくして教育の水準の向上もまたあり得ないのであります。
その観点から、第三の教育改革の第一歩として本国会に提案されました、教育界に真にすぐれた人材を確保するための待遇改善特別措置法案が、本法案の成立を待望してやまない多数の心ある先生方の声なき声を無視して、血迷った日教組の意向を体する野党の諸君の反対のための反対によって、もし廃案に追い込まれるようなことが起これば、その政治的な責任は大なるものがあり、わが国教育の混迷を一そう深刻化し、次代をになう青少年の前途を誤らしめ、国家百年の大計をそこなうことになるでありましょう。その責めは、まさに野党の諸君が負うことになるのであります。拍手