吉田法晴の発言 (内閣委員会)

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○吉田委員 説明をしていただいております方も、ずっと前から担当でおられるわけではないでしょうから、全部をあなたの責任としてお尋ねをするのは、多少酷かと思いますが、私は、目黒に迎賓館があったということを記憶しておりましたから、あれを、政府で迎賓館として転用された、所有権は別の問題にして、迎賓館として使用されたと実は理解をしたのです。
 実際、承りますと、いまお話しのように、前には朝香宮邸であった。それを借り上げて、外務大臣公邸あるいは総理大臣公邸として使用した。朝香宮家とそれから外務省との間の使用契約ですか、借用契約を解除した後には、西武鉄道が朝香宮から買い上げて、ホテル迎賓館として使用して今日に至っておる。なお、現在は閉館になっておるということであります。この西武鉄道、かつて衆議院議長をされた堤康次郎氏だと思いますが、西武鉄道が朝香宮から買い上げたこの関係は、別にここで問題にすることはないと思いますけれども、いわば迎賓館として使っておられた。あるいはその中で、これは全部そこを使われたかどうかは知りませんけれども、この間に、モブツ大統領あるいはファイサル国王あるいはラザク首相あるいはカルロス殿下あるいはイタリアのアンドレオッチ首相、たくさんの国賓なり公賓が来られて、そのホテル迎賓館を使われた方も相当あると聞きます。
 いまお話しのとおりに、あるいは赤坂プリンスホテルや、あるいはほかのプリンスホテルに泊まられたり、あるいは帝国ホテルを使われたりしたこともあるかもしれませんけれども、国賓を迎え、公賓を迎えて泊めるというのは、これは外務省のお仕事、あるいは政府のなさることでありますが、迎賓館を建てるについて、まあホテル迎賓館であるのか、あるいはほかのホテルを使われるにしても、三十年から、あるいは暦年でいいますと、いま申し上げましたのは四十六年から四十八年に至る間でありますが、その間に迎賓の施設として使われた、そのことと、いまの迎賓館をつくりたいという話とはどういう関係になるでしょうか、承りたい。
 というのは、われわれは迎賓館として使われた、そして支障がなかったならば、あるいは支障があったならば、その段階で国会に相談があり、その上で迎賓館をつくりたいということで出発さるべきだったと思いますけれども、その辺があいまいでございますから、お尋ねをしておくのであります。

発言情報

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発言者: 吉田法晴

speaker_id: 22988

日付: 1974-03-07

院: 衆議院

会議名: 内閣委員会