片岡勝治の発言 (文教委員会)
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○片岡勝治君 公務員が全体の奉仕者であるという、そういう考えについて私は否定するわけじゃないのです。しかしだからといって、それでは、公務員が労働者としての権利をすべて否認することができるかどうかというのはまた別な問題なんです。だから公務員にかりにストライキ権が与えられたことによって、全体の奉仕者としての任務というか、そういう性格が全くほごになるか。ほごというのは守るということじゃなくて、だめになるかというと、そういうことではないと。これは諸外国の例を見ても同じようなことがいえるということでありますが、諸外国においては公務員の争議権を認めておる、先進国はむしろそういうほうが多いわけであります。それと公共の利益を守るということとは別の問題である。しかしなおかつ、そういうことを国民ががまんをして、みんなががまんすることによって、それぞれ人間としての、個人としての権利というものが守られていくんだと、そういうことだろうと思うわけなんです。もし、文部大臣のこの考え方によれば、これを広くやっていけば、公労協のストライキについても全く否定されるような考えになるわけですね。しかし、これはいままでの裁判の結果を見ても、御承知のように、公務員でも違法性の少ないストライキについては、憲法はこれを許容しているんだという判決も出ておるわけです。これは大臣の考え方はたいへんおくれている。必ずしも憲法の趣旨に沿っていないというふうにいえると思うのです。私がいま聞いたのは、この春闘の山場といわれている交通ゼネスト直前にして、あるいはゼネストに入ったときに、政府関係者は非常に努力をしておりました、官房長官にしても、担当の副長官にいたしましても。しかし——官房長官や関係担当大臣は私はたいへん努力したと思うのです。総評の幹部に会い、あっちに会い、たいへん飛び歩いていた。春闘の担当の大臣ですから、これは前面に立つのが当然だろうと思うのです。少なくとも、日教組があれだけの要求をして春闘の一環として戦っていくならば、私は、文部大臣も朝から晩まで東奔西走して、この争点、先ほど申し上げました春闘の争点の打開のためにもっと——全然努力をしていなかったとは私は思いませんけれども。もっと前面に立って、政府と日教組の間に立つなり、あるいは何なりして、争点の打開のために東奔西走する、全的な努力を傾注する、そういう姿があってしかるべきだと思う。しかし新聞、テレビ等の私どもの得る情報からはあんまりそういうことが見られなかったのはたいへん残念だ。そして、そのあげくの果てに強行捜査ということになれば、これはどうもちょっとひどいじゃないか。つまり先ほど申し上げました春闘の背景、あるいはいま言ったようなことを考えると、通常ストライキというものについて批判的な人も、今度のやり方はひどい、確かにひどいということが言われると思うのです。そういう点について、もう少し私は政府関係者の御努力というものがあってしかるべきだろうと思うのです。
それから先ほど警察の警備局長は、昨年の判決というものを一つ取り出して、公務員のスト権というものについて、一定の解釈を示しましたけれども、御承知のように、四十一年の全逓中郵事件の判決、あるいは四十四年の都教組判決というものによって、公務員のスト権、まあ内容によれば多少幅があるわけでありますけれども、スト権が認められた、そういう判決が出たのは御承知だろうと思う。私たちはこの判決で、ああなるほど公務員にもスト権があるんだ、そういう認識を公共企業体の職員もあるいは公務員も持つということはこれは常識だろうと思うんですよ。そういう判決が出たということについて、それをすなおに受けとめる感じというものが出てくるのは当然だろうと思う。なるほど、その後それを否定するような判決が出たけれども、しかし、かつてそういうストライキを認めた判決が出れば、これは労働者の感情としてそういうストライキが必ずしも全面的に否定されているものではないという認識に立つのは常識でしょう。そういう歴史的な経過を何ら踏まえずに、いきなり強制捜査に突入をしたということは、そのことからすれば、これは政治弾圧だといわれてもいたし方がないではありませんか。しかも、憲法に基本的に労働基本権が認められているという、そういう考え方からすれば、むしろ、積極的に権利が認められるんだという期待感からすれば、労働者が、公務員といえどもストライキというのは認められているんだという認識に立ってストに突入をした、これは常識的に考えられるわけであります。それが全く否定されるということになれば、これは政治的な意図があったといわれてもいたし方がないと思う。この辺のからみはどういうふうにお考えですか。