岩間英太郎の発言 (文教委員会)

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○政府委員(岩間英太郎君) いま、いわゆる司書教諭は、格別に定数上の措置はしておらないわけでございますから、一般の教諭の方が図書館の教諭を兼ねていただくと申しますか、そういうふうな図書館の司書教諭として発令をしていただくというふうな形になっているわけでございますが、司書につきましては、小学校では三十学級以上の学校に一人、中学校では二十四学級以上の学校に一人、高等学校では生徒八百十人以上の学校、大体十八学級ぐらいになるわけでございますが、それ以上に一人ということで、合計いたしまして四千六百七十人の定数の措置をいたしているわけでございます。
 ただいま小林先生からお話がございましたように、専任の方が非常に少ないわけでございますが、専任でやってこられた方のお話も聞きますと、非常に脳んでおられる面もあるようでございます。つまり、児童生徒は学校の先生だと思ってくれないというふうなことも申しておりましたけれども、図書館におられる担当の職員というふうにも見られるというふうな脳みも言っておられました。
 先ほどちょっと、いまの日本の学校教育になじまないというふうな言い方を申し上げましたが、その点につきましては、まだその図書館教育というものが、日本の学校教育にほんとうにとけ込んでいないというふうな意味で申し上げたわけでございまして、用語にやや不適当な点がございましたことは、おわびを申し上げたいと思います。
 まあアメリカでは、たとえば国語の授業をやっているときも、図書館を利用して、図書館に行ってかってに本を読むというふうなことが、これはごく普通に行なわれているというふうな話も聞いております。日本の学校図書館が、そこまでまだとっても利用されていない。それからまた、そういうふうな利用のしかたというものが、いまの日本の国語教育なり、学校教育を行なう先生方に、ほんとうにとけ込んでやっていただいているかどうかという点は、私はまだ疑問だと思います。したがって、日本独自の図書館教育というもののあり方、そういう面について、もう一度いろいろ考えて見る、ほんとうに日本的な利用のしかたというものは必ずあるんじゃないか。まあ昔から日本人は非常に書物を大事にするということでございましたけれども、最近では子供はちょっと本を読まない、理由を聞いてみますと、いや、学校で読んでいるんだからいいんだというふうなことも言われているわけでございまして、そういう学校教育と、その家庭教育、それから社会生活の中における児童の読書の問題そういうものなんかとかね合せまして、この辺でもう一度考え直してみる必要があるのじゃないかというふうな気持ちでお答えしたわけでございまして、別に他意はないわけでございます。

発言情報

speech_id: 107215077X01719740530_014

発言者: 岩間英太郎

speaker_id: 20348

日付: 1974-05-30

院: 参議院

会議名: 文教委員会