田中六助の発言 (石炭対策特別委員会)
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○田中(六)委員 まあ私企業体制がいいのだ。しかし石油石炭特別会計という特別会計から、新鉱開発の場合でも、しかも無利子の長期の金が、この石炭業界には非常に出されておるわけですが、国民の意識が非常にレベルアップしているときに、やはり私企業ということはどんなものか。普通、私企業といえば、一つの市場機能が作用して、需要と供給によって価格が決まるとかいうようなことが原則でございますね。しかし、それが一つの政策的あるいは政治的な配慮、そういうもので価格が決まっていく。最近はだんだん時代とともに、そういうふうになっていく傾向があるのですが、私企業というものを貫く限り、やはりこの答申の中でも、私企業とそれからそういう一つの私企業らしからぬ価格の決まり方、そういう観点からすると非常に矛盾したものを共存させるために、この答申案そのものが非常に無理がいくわけですね。したがって一本の線がすらっといっていないものだから、いろいろなことが考えられるわけです。特に企業家、つまり経営者の意識、資本家の企業責任というもの、そういうものが石炭業界に最近は何か薄れて、まあ四次ごろまでの答申のときには、それにこたえての経営者の経営責任あるいは経営意識、そういうものが非常にあったような気がするのですが、このごろは何かただ要求することばかり。つまり国有、国管、親方日の丸では能率が悪いからということを、経営者の方、資本家の方は言うのですが、それをそのままそういう人たちにも当てはめていいような、つまり石炭については、エネルギーの全体的な観点から、どんなことでもできるのだという、もしも、そういう意識があったら大変なのですが、こういう意識があるような、なれというか当然になったというような意識で、非常に反発を抱かせているのじゃないかという気がするのですね。したがってこの答申でも、私は二千万トンの問題は後からまたお聞きしたいのですが、やはり消費者の何かに対する意見があらわされるようなことを少なくとも配慮する時代になっておる。そうしなければ石炭に対する理解、これはもう需要と供給による価格の決め方はできないのですから、今後とも政策的な、あるいは政治的な価格しか決められないでしょう。まるでそれは国有、国管に等しいような価格の決め方ですね。そういうことになると、たとえば一九四六年のフランスの国有化、一九四七年のイギリスの国有化のとき、特にイギリスの場合は消費者の懇談会を設けているのです。そして、やはり民意をそういうものに反映させるというようなことをやっているのですね。そういうところまで答申にきめの細かい配慮がなされておって初めて、この炭価の問題とかトン数に対する理解とか、それから全体の石炭問題が、総合エネルギーの中の重要な日本の唯一の資源だというような表現よりも、まだまだ一つの政治的な手としては成り立つのですね。そういう点の配慮は全然なされなかったのか、したのか、そういう点をちょっとお聞きしたいと思う。