嶋崎譲の発言 (文教委員会)
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○嶋崎委員 それで、私も前のときの議事録をいまここに持ってきておりますけれども、いまおっしゃったのはこの議事録にきれいに載せてあります。このときに木田局長は、終始一貫、もう答弁の内容がなくなってしまったものですから、同じことを繰り返し答弁しているのですね。あたりまえのことを決めているのだから、そのあたりまえのことに従わないのは大学教官としておかしいのです、一口に言えばこういう回答なんです。ところが、これがあたりまえかどうかという点についてぼくは大臣にお聞きしたいのですが、こういうことがあると思うのです。確かに東京教育大学が筑波に移転するということについては、全学で最初決まったことです。ところが、その調査費がつき、いよいよ新構想大学との関連が出てきて、大学内部に論争が起きたわけでございます。いまおっしゃったこの四十五年四月十七日の東京教育大学の評議会には、文学部教授会は参加していないのでございます。ここが非常に異常になってくるわけであります。ここでお聞きしたいのは、新構想大学といわれる筑波大学が、いままでの日本の伝統的な大学の管理運営とは違った新しいタイプの大学を構想している。ところが、東京教育大学の文学部の教授たちは、古い伝統的な日本の大学のあり方をやはり正しいと信じている。そうしますと、これは学問研究という観点からすれば、当然学問研究の自由、大学自治という観点からすれば、文学部の教授会が評議会と意見が違うということは、法案が通るまではあり得ることだと私は思います。それが大学だと思うのです。だから、そのときに、意見が違うために多数決で決めよう、多数決で決めようとするから、参加して破れればまあ形式民主主義は通るでしょう。しかし、大学というのは形式民主主義で通すべき性質のものでない案件が非常にたくさんある。特に新構想大学というようなことに関連しておれば、これは学問研究、大学自治と非常に深い関係があるから、文学部教授会は採決というかっこうに持っていかれる評議会には参加できないというので、これに参加していないわけであります。ところが、文学部教授会を除いてこの評議会でいまのこの選考基準を決定しているわけでございます。こういう場合に、この選考基準の二項にある「採用または昇任のうえは、評議会の決定を遵守すること。」全国の大学でこんなことを決めた評議会の決定はありませんわ。評議会で決めたことについて大学内部で従うというのはあたりまえのことだ。その評議会の決定というのは、事学問、思想や教官の人事等々の問題については、学部教授会を前提にして、それを尊重しているから評議会の決定にみんなが従うという大学の慣行が成り立っているのであって、それを「採用または昇任のうえは、評議会の決定を遵守すること。」というあたりまえのことをわざわざ決めたところに、その後の長い筑波と東京教育大学との紛争の種が今日まで続いているわけです。
しかも、東京教育大学の評議会が、これだけじゃなくて、昭和三十七年大学管理法が問題になったときに、御承知のあの「朝永原則」というものを東京教育大学でつくった。その朝永さんの原則、評議会で決めた考え方は、評議会と教授会の関係については、この現行法に素直な解釈をとっているわけであります。今度は、筑波大学が問題になってきたら、かつての教育公務員特例法で問題にした、たとえば昇任については教授会の議、それから懲戒なんかについては確かに評議会ということが発議権はあるけれども、しかし、教授会というものを無視して発議することはできないという考え方を明確に打ち出してきたわけです。それが、この筑波大学移転をめぐって、四十五年の四月に評議会でいまのようなあたりまえのことを、わざわざ「遵守すること。」ということを決めたわけでございます。この結果、東京教育大学では評議会が昇任人事についてもいわばその決定権を持つといういままでの日本の大学では慣行としてない、また同時に、教育公務員特例法で言う四条の昇任人事は読みかえ規定では教授会といっているそれとは違った慣行が、東京教育大学にその後非常にあたりまえのようになってしまったわけです。もちろん愛媛大学田川助教授事件とか、全国に幾つかなかったわけではありません。しかし、その場合には、必ずその教授の関連している教授会で事前に話し合いがあって、つまり仲間を懲戒するということはできないから、それを評議会に持っていくというのは、大学人相互間のいわばモラルみたいなもので評議会というものが発議権を持っているのだと思います。ですから、省令でもって評議会で選考基準をつくれば教授会の上なんだという考え方は、大学の慣行にはないと私は思うのです。もちろん、権力解釈としてはあるし、現実にそれを適用して幾つかの事件があったことは間違いございません。ですから、そういう意味でこの東京教育大学に起きている一連の人事をめぐる紛争というのは、やはり学校教育法で言う教授会、大学は重要な事項を決定するために教授会を置く、それに助教授が参加することができるという——この前は筑波かできて新しい組織をつくることができるというのが入りましたけれども、これは筑波のためにこしらえたものですから、原則は教授会ですね。その教授会があって、総合大学の場合には評議会が出てくるが、その評議会はあくまで個別の教授会の持っているその個別性を前提としての調整機能として評議会というものがあるのが今日までの大学の慣行であったと思います。ところが、この評議会がいつの間にか文部省の省令を前提にして、その後ひとり歩きして、総合大学の場合には、もう評議会の方が人事の発議までできる、特に昇任人事について、教授会と法律で明確に書いてあるのに、その評議会でチェックするという事態が実際には行われてきたという点が問題だと思います。ですから、そういう意味で大臣に私がお聞きしたいのは、大学の慣行からすれば、この東京教育大学は異常ではあったにせよ、もうそろそろ、法律が通ってしまって、しかも文学部教授会は、法律が通った前提に立って筑波大学に協力をするということを教授会で申し合わせて、そうして筑波大学に行く教官については、自主的に行くことをみんなで認め合って促進をする、そういうことを全部教授会で決めているにもかかわらず、まだ依然としてその古い評議会決定でもって昇任人事についてもチェックしているというようなやり方が行われているということになると、この教育公務員特例法の法の精神からそれは違反しているのではないかという点が一つでございます。
もう一つは、もう時間がありませんから問題点だけ整理して、いずれまた議論する機会をつくらしていただきたいと思いますけれども、この間私がここで質問しました外人教師、梅先生の問題にもありますように、筑波大学の人事委員会はかなり、東京教育大学から来る、希望している先生方について受け入れないでいるという側面がございます。
三つのタイプがあります。一つはどういうタイプかというと、無条件に行くタイプ。今度は、本人は希望しているがクレームがついているというタイプ。それから今度は行かない——行かないという教官が文学部にもいるわけですね。しかし、行かないと言っているが、これは行くと言って採用されるならば行くという教官もいるのです。いままで筑波大学に反対してきているから、いまさら行くと言っても、ひょっとしたらだめなんじゃないかという不安から希望してない教官がいるわけであります。だから三つのタイプですね。ストレートに行くのと、行く希望があるのにシャットアウト食ってるのと、行ったにもかかわらず帰されそうになっているタイプ、それからもう一つは、行く希望を出しても恐らくシャットアウトを食うであろうということを考慮してその希望を今日ペンディングにしている教官、そして行かない教官、これは筑波との関連では問題にならない教官でございます。そういう事態が現実にあるということでございます。それが、つまり筑波大学の人事委員会が持っている非常に危険な側面であるということを、私はここの委員会で法案でずいぶん議論をしてきたところでございます。まさに梅先生の事件は、その一番おそれた人事委員会が電話一本で解雇通告をするという事件でございますが、それは表面にあらわれた事件ですけれども、そういう表面にあらわれないで、学問思想の自由を侵害するおそれのある事件が、人事をめぐってあっていると私は推測をいたします。データもありますけれども、大学内部のことについては干渉できませんが、推測がされます。それだけに、筑波大学という新しいタイプの大学の管理運営というものが——ここでは教授会は古い、古いという議論はかりありましたけれども、大臣もおっしゃっていますように、古い中に新しいものがあってすべてが発展していくのであって、教授会というものは、たとえば教授会の結果の中に講座制というものがあるかもしれません。しかし、講座制をなくしたって、教授会をなくする必要はないわけでございます。
ですから、そういう意味で、今度の新しい新構想大学が学部のない大学院ができた場合に、教授会ができるというのは大変アブノーマルというか、いままでの法の体系から言えばおかしいものなんですけれども、そういう教授会のあり方、それから人事の問題等々について、筑波方式的なものが今後波及してこないんだろうかという不安を私は持っております。実際にあるかどうかは別といたしまして、そういう不安を持っております。それだけに、筑波方式と言われるようなああいう大学の管理運営というものを、今後まだモデルとして、ほかにもああいうタイプのものをつくっていくという考え方が大臣におありかどうか、これが二番目の質問です。
たくさんしゃべりましたが、ゆうべ寝てないものですから、頭の回転よくないですけれども、第一番目は評議会、つまり、評議会が昇任人事に関してチェックするというのは、教育公務員特例法の精神から見ておかしいんじゃないですかという点が一つ。それからもう一つは、いま申し上げました筑波大学にあらわれた新しい大学の管理運営方式という方式は、今日、教育大学との関連において非常に多くの問題を蔵しているし、現に問題が起きつつある。それだけに、今後の大学の改革、新しい大学構想を構想するに当たりまして、筑波を一つのモデルだ、モデルだといままで文部省は言い続けてきたのですから、当分それをあくまで一つのモデルにしておいて、やはり憲法、学校教育法それから教育公務員特例法等々を前提にして、その中には新しいものを適用するための法改正がたびたび行われていますから、いろんなタイプを法律をてこにしてつくることができますけれども、憲法、学校教育法それから教育公務員特例法という既存の法体系の中でオーソドックスに構想されている大学というものを前提にして、大学改革というものを考えていくことが至当ではないかと私は思うわけですが、その二番目の、筑波方式というものをあっちこっちに持っていくようなことを誘導的に指導していくというようなことがあってはならないと思うので、その点について第二番に質問して、きょうは質問を終わらせていただきます。