吉田法晴の発言 (石炭対策特別委員会)

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○吉田委員 それに関連して、時間がだんだんなくなってきましたが一言、申し上げたいのです。
 石炭が国際的に問題のときに、列国議会同盟の会議に出してもらったことがございます。これは参議院のときに。亡くなりました阿部議員と一緒に、アメリカそれからソ連、ベルギー。ルール炭田には日本から行っておりましたから、人に会うことが中心であったので坑内には入りませんでした。それで炭鉱というものは災害はつきものだと考えられておりますけれども、しかし、災害がほとんどなくなってしまうような設備をとろうと思えばとれる。私は例をソ連の炭鉱でも見ました。あるいは炭質の違いがあるかもしれませんけれども、アメリカでも、あれならガス爆発もないでしょう、それから落盤というものもない、それを見ました。西独の炭鉱には入っていないけれども、それに近い炭層じゃないかと思いますが、それは炭層は悪い。しかし、一にも二にも自然、自然条件ということで、人間のすることを放置することは許されぬと思います。あるいは深部のガス抜きにしても、前にありました災害のときにも新聞紙上で見たことですけれども、ガスを抜いてしまって、それを確かめて掘進をすればいいのだけれども、なるほどガス抜きはやっているけれども、ガスが抜かれてしまったということを確認しないで掘進しているものだから、ガスの突出が起こったということを読んだことを覚えております。ですから、これは指導の仕方によっては、早く言えば金を構わないで使うならば、人間の命を大事にすることは、いまの日本でもできないことはないと思う。問題は、経済主義だとか、あるいは経営形態も問題になりますけれども、そういう意味では日本の炭鉱は災害はつきものなんだ、そして災害が起こるかどうかは個人の注意とか何とかいうことではなしに、科学的にやはり考えられるべき問題だと思うのです。その考えが本当に基礎に確立されて、その上で新政策が考えられるならば、あるいは、その経営の実態を考えられるならば、私は方法はあると思うのですけれども、それが確立されてないところが問題だというように感じます。
 先ほど飛騨川事件の例をとりましたけれども、一般の世の中では、そういうぐあいに注意義務を過失の推定でも、あれをしたり、あるいは国にも責任があるというような人命尊重の画期的な裁判もあり、それから判例で見ましても、私はだんだん改善されていっていると思うのですけれども、何か炭鉱は取り残されている、率直に申しましてそういう感じがしてなりません。また、この増子君も、その指摘をしております。具体的な例は一々、指摘をする間もございませんから、後で読んでもらいたいと思うのですけれども、そして、ぜひひとつ新政策をとられるというならば、本当に人命を大事にされるのを基礎にして、政務次官も言われるように、人一人の命が地球よりも重いという実体を確立されるように希望をして、時間が参りましたから、質問を終わりたいと思います。

発言情報

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発言者: 吉田法晴

speaker_id: 22988

日付: 1975-12-17

院: 衆議院

会議名: 石炭対策特別委員会