吉田法晴の発言 (予算委員会)

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○吉田委員 時間がまだ少しあるようでありますから、それではもう一度時間がかかりますけれども、当時の国家公安委員長の言ったこと、それから論告、第一審の判決で大事な部分だけ読み上げます。これは事件についての国家公安委員長の当時の所見ですから、いまの警察庁長官、国家公安委員長が責任を感ぜぬというわけにはいかぬと思うのです。こう言っておられます。
 これは事件が起こりまして死体が発見された五月の四日、そしてその後参議院で問題が取り上げられて質問される前、ですから、三十八年の五月の六、七日ごろだろうと思います。先ほど申しましたように、「犯人は知能程度が低く土地の事情に詳しい者」、「犯人は二十万円は大金だと考える程度の生活をしている者」、このことは関係者は一様にそう思っておりますが、差別意識のぬぐい切れておらぬ現場の警察官の脳裏に強く印象づけられ、そしてまずこの焦点をしぼったのは石田養豚屋、そしてそこに出入りをする菅原四丁目の人たち、未解放部落の諸君に集中をして捜査がなされております。石川君が別件逮捕された後に捜査当局——これは警察です。警察が、石川君が善枝ちゃん殺しの犯人であると確信すると言っております。まだ調べも何もしないで。これは、私は篠田国家公安委員長のいま申し上げました発言とやはり関係があると思うのであります。
 そして論告の中には、「被告は家が貧困であったため小学校も満足に行くことが出来ず、十一、二の時父母の許を離れ、農家の小守奉公に行く様になったが、その後被告人が十八才になる迄二、三の農家を転々し、家庭的愛情にはぐくまれつつ少年時代を過ごすというわけにはいかなかった。この様な環境は、被告人に対して、社会の秩序に対する遵法精神を稀薄ならしめる素地を与え、それが被告人の人格形成に影響を及ぼしたであろう事は想像に難くない。」、こういう論告をしております。それを受けて、それを認めるかのごとく第一審判決の中には、「一連の犯行は判示の通り」、ちょっと途中を略します。「一片の人間心さえ見出すことができず、悪虐非道の極みといわねばならない。」「被告人が判示の如く小学校すら卒業せず少年時代を他家で奉公人として過ごし、父母の許で家庭的な愛情に育まれることが出来なかったことは、それが家庭貧困の理由によるものであって、必ずしも被告人だけの責任に帰すことは出来ない」と、これは本人の責任に帰するだけではいかぬけれども、しかしそういう環境というものがこの犯罪を起こさした、あるいは論告で言いますと、遵法精神を希薄ならしめる素地を与える、こういうものが警察の捜査、国家公安委員長の心の中にあり、そしてそのことが地元の捜査本部に影響をし、そして捜査をする前から石川一雄君が善枝ちゃん殺しの犯人であると確信するという発言をさせ、そのことが論告にもなり、そしてまた第一審判決に取り入れられているとすると、私は、警察なり国家公安委員会が責任を全然負わないというわけにいかぬと思うのであります。
 そういういわば差別意識に基づいて予断と偏見とを持って捜査をされたあるいは論告がされた、そしてそれを判決が認めたということになりますと、裁判は一審、二審を通じて差別裁判であると言われてもこれはしようがないじゃないですか。それについて警察としては反省するところがないのか。あるいはどうしたらいいのか。裁判の問題については意見を述べないと言われるけれども、少なくとも国家公安委員長の言われたその発言に対しては責任を負われなければならぬと思います。また、これは具体的な裁判の事実については判断を示すことはできないにしても、私は、法務大臣としても所感があってしかるべきだと思います。先ほど申し上げましたけれども、憲法に従い刑事訴訟法に従って捜査もやり、あるいは裁判も行われなければならぬ。最高裁に後で聞きます。法務大臣として、あるいは同対審の答申あるいは特別措置法を通じてこの部落問題、同和問題について責任を持っておられる政府の一員として、人権擁護の責任ある法務大臣としては一言なかるべからずと思うのでありますが、いかがでしょうか。

発言情報

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発言者: 吉田法晴

speaker_id: 22988

日付: 1976-03-04

院: 衆議院

会議名: 予算委員会