加藤陸奥雄の発言 (文教委員会入試問題に関する小委員会)

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○加藤参考人 幾つかの問題に分かれていますようですから、あるいは漏れる点があったらまた御指摘いただきたいと存じます。
 大学の改革問題のこれは基本的な背景になると思います。これは、前回もお話ございましたように、大学入試問題というのは、大学全体の改革といいましょうか、そういうものを背景にして行われなければならないし、しかし、大学自体というものがやはり社会を背景に持っているわけでございますので、そういうことを十分考えながらやっていかなくてはならぬかと思います。これは、お言葉の中に自主性という言葉が盛んに出ておりますが、やはり教育という立場からいいますと、各大学の一つの性質を持っていますので、各大学がそれぞれに自分の自主的な立場に立って改革なり何なりをやらなければならぬかと思っております。ですから、改革という点で二つの面があろうかと思いますが、国立大学全体として共通的に改革をすべき性質の問題と、それを背景にして各大学がそれぞれ自分の特徴をどこにどういう姿で生かそうかという一つの改革の問題と二重構造になろうかと思いますが、国大協では共通的なものを取り上げる形でずっとやらざるを得ないし、やるべき立場に立たされておるわけでございます。そういう点で国大協の中には六つの常置委員会がございまして、制度そのものに関与するのが第一常置委員会、それから学生問題なり何なりに関するのが第二常置委員会、あるいは待遇問題なり厚生関係にかかわるのが第三、第四、あるいは国際関係なんかが第五常置委員会といったようにそれぞれに分けて議論をしておりまして、共通事項はそれを理事会に上せましてそこでの共通理解を持つような形をとって、その過程に各大学にアンケートの往復を何遍もやりまして進めていくというスタイルをとっております。
 もうすでに国会などの御厄介にもなりましたように、たとえば大学院なり何なりの考え方は独立大学院、連合大学院といったような一つの考え方でそれに対応する。それに対して、教養部関係の改革というのはそれぞれの大学でそれぞれ特徴のある形で改革が進んでいく、あるいは実現した大学もあるわけでございます。そういう点で並行して行われていることが事実でございまして、現時点でもいろいろな学部からの飛び級の問題なり、あるいは大学間での再入学なり何なりについての単位の問題なりについてもいま検討が進められております。
 結果としてあらわれる場合には、各大学のいま御指摘いただいた自治といいましょうか自主的な判断における形として出てくるというように考えておるわけです。それがまた社会を背景にした大学の多様化をどうするかという大枠の姿は国大協の立場でも議論されますし、別の立場でも議論されているように考えます。そういうような一つの背景を持って、その中で入試問題は当面社会問題として非常に具体的に大学に向けて指摘されている問題だというふうに考えてきたわけでございまして、それについて国大協が七年間にわたって進めてきた結果が現在考えたようなことなのですが、私大関係、これは前回も御指摘いただきましたとおりでありますが、入試問題なり何なりの大学問題は、国公私立を通じて大学という立場があるわけでございますから、それについての共通の土俵なり何なりの点で現時点でいささか欠けている面がございます。さらに設置形態が非常に違うというようなこともございまして、入試問題を取り扱った間でも、その前段階では、いま御指摘いただきましたような全般の大学入試ということが当然に議論の出発点になったわけでございます。それをするについても、いま申しました設置形態なり社会事情なり何なりが非常に違う面がございます。そういうようなことで、少なくも一番問題として取り上げられてきた、一番社会の対象になった国立大学だけでも幸い同じ土俵を持っているからそこでやれないかということで考えてきたわけでございます。
 そういうことからいたしますと、その経緯から考えて当然のこととして、国大協が主体的に国大協自体の国立大学という点にしぼられた線で具体的な検討が進められてきた経緯はございます。しかし、その出発点はいま申しましたような立場から始めたのですが、われわれだけでもともかくやるべきことはやろうではないかということで始まってきた事柄でございますが、それに対しまして公立大学がこれを利用するという立場をとっていただいたという点は、私どもの最初の出発点の趣旨としては非常にありがたいことだと思っているわけです。
 いま御指摘の私大関係云々の問題でございますが、私大関係がもしこれに参加した場合に事務処理がうまくいくのかどうか、どの程度のものになるのかという事柄でございますが、私ども現在事務処理的に考えておりますのは、四十万は受験するであろうと考えているわけでございます。実際上、現時点では三十万弱だと考えております。しかし、この制度ができますと恐らく四十万までは予定せぬといかぬだろう、四十万処理を考えていろいろな技術対処をしてきております。
 そこで、私大も入って一度にやったらどの程度の日数がかかるかという点はいま技術的にすぐさま答えはちょっとしにくい。問題なのは、電算機、OMR、マークリーダーの台数の関係あるいはそれに関与するオペレーターの関係といいますか定員関係というようなことで機械的には考えられると思います。何台増せば何日減るというようなことは考えられますから、いま具体的にどの程度かかるか、いまの台数のままでといいますとこれは延びるに決まっておりますが、そういうことになりますとやはり背景も舞台も広くなりますから、その点の電算機なり何なりの設備あるいは定員の問題ということで対応する方向が当然に出てこようかと考えております。具体的な数字としてはちょっとわかりにくうございます。
 ただ、それの前に時期の問題、大学は全然そっぽ向いて高等学校だけにしわ寄せがいっているではないかということについて何か考えたかということでございますが、これは当然に考えてきたわけでございますが、現在時点で一期校が三月二十日、それから二期校が三月の末に発表しております。それに公立、私立大学も全部いま一月から三月の段階で試験をしておるという一つの実情がございます。そういうことで、先ほど申しましたように、具体的の検討は私ども国大協でやりましたから国大協が主体になりますけれども、その背景にはすでに公立大学なり私立大学を配慮しながらやってきているわけでございまして、今度の第二次試験を三月二十日段階で合格者を発表すべしというふうに私ども考えましたのは、当面国立大学だけでもやろうではないかという筋がございますので、ほかの私立大学なり何なりに影響を及ぼしてはならぬということが非常に重要な問題になります。そういうことで、三月二十日というものを動かすことはできないではないかという考え方で、国立大学だけという立場ではなくて、国立大学を動かすと私立大学なり何なりにも、先ほど申しました以外に、私立大学なり何なりの入試に対する処理などにも大影響を及ぼすのではないかという考え方を常に議論の中ではしたわけでございます。そういうことを踏まえていまの時期関係を考えたということで、その点甘い点があろうかと思いますが、現状ということを踏まえた上で、国立大学だけでもやろうではないかということを一体どう処理したらいいかということに関与している事柄でございますが、それから四月なり何なりに国立大学が食い込むという点は、先ほど申しましたように、ほかに責任を嫁してはいかぬという考え方もありますから、国立大学の立場だけで申し上げたわけですが、国立大学だけでいたしますと、先ほど申しましたように、現在の処理能力を考えますと、四月いっぱいだけを縮めたのではとても処理ができません。もっとずっとずっと延びてしまうという形になる。そうすると本質的に教育課程に影響を及ぼすということを一つ先ほど申したのですが、それと同時にもう一つ、それをいたしますと私立大学がこの二次方式、一次方式の入試を採用されておらない段階ですと、そちらに対する影響も非常に大きいものになるということを考えざるを得ない。先ほどそのことを申し上げることを落としたわけでございますが、そういう点も考えざるを得ない。そういうことも含めて、そして現時点で現時点の入試関係、大学と高等学校の関係における入試関係、期日関係というものをやはり踏まえざるを得ないという現実論としての処置が出てきたわけでございまして、その中で高等学校側に迷惑をかけないような処置が何とかならぬかということを考えてきたわけでございまして、いま私ども問題点として御指摘いただいた、さらに私どももそれを問題点だと認識しているわけですが、それについてはやはりそういう問題をずいぶんと抱えているので、今後とも研究を続けていこうではないかというふうに申し上げたわけでございます。
 それから、二回の機会云々の問題に関連しまして大学の自主性の問題でございますが、二回の機会は、例の一期校、二期校の解消で統一をしたということと関連がございます。これは前回もちょっと御説明申し上げたかと思っておりますが、現在の一期校、二期校は、二回受けるということについては間違いなく一つのメリットがございます。ただそのことのためにいろいろなことが起こってきております。と申しますのは、二期校に非常に志願者が殺到するという問題がございまして、そこでの一つの過熱現象があって、しかももう一つは、一期校、二期校という二回のチャンスを与えても、実は物理的な二回の機会であって内容的には必ずしも二回の機会にはなっておりません。と申しますのは、前回も申しましたように法学部は一期校にしかないというような、これは現時点の問題点でございます。そういうものを解消して一期校、二期校が存続でき得るであろうかという点が一つ問題になります。それを学部なり何なりも合わせて実質的に名実ともに二回の機会を与えるような大学の配分をして、そしてそれをまた年次ごとに変えてはどうかというような議論も私ども大分いたしました。そうしますと、現状の入試という社会における一つの事情をそれにあわせて考えますと、もっとひどい俗に言う受験地獄というものが過熱を起こす一つの要素をはらむようなおそれを持ったわけでございます。そういうようなことから一本化であるべしということが出てきたわけでございます。しかしそのメリットの部分は何とか生かすべきであろうということで共通一次方式を考えた際に、そのことを何とか牛かせないかということで、実はいま中学校から高等学校に入学に当たって予備登録というような言葉で言われているあの方式をひとつ利用させていただいて、一次試験の志願の内容を公表する。そうしてそこでお互いのガイダンスの便にも供するし自己判断の便にも供することができないか、そういうようなことも考えながら今度は二次試験を志望していただく、そこでそういう趣旨をその面で生かせないかと考えたのが一つでござこます。
 さらにもう一つは、いま問題として御指摘がございました二次志望というものも、御指摘もいただいた上で私ども検討させていただいた。これを制度化できないという点は、すべしという制度にしないでそういうことは可能であるという制度にした方がよろしかろうかと私ども考えていることでございます。
 先ほどからも申しましたように、やはり大学の教育というのは全般的な一つの大学教育かぐあるべしという背景を持った上で、それぞれの大学がその土俵の上での自主的判断をするというのが大学の自治の姿であろう、教育の上からもそういうことを考えるべきではないかというふうに思います。そういうことからしますと、いまの共通一次というのは各大学が共通の土俵で考えられるような内容の試験であるというふうに考えたわけでございます。その点について規制をした形の、教科も規定する、問題も全国一本の問題でやるというように大学全体が共通的な土俵として受験生諸君を判断すべきような試験が第一次方式であるというふうに考えたわけでございまして、それでその上に乗っけるのは、ただいま申しました大学の一つの特質ということに対応するのだ、その点につきましてはやはり大学それぞれが責任を持ってやるべし、しかし非常に重要なことは、いま申し上げましたような一つの方式として考えたのだから、その方式は十分に各大学が認識すべしということで、その趣旨はとことんまで徹底する必要があろうというふうに考えて、そこのとことんまで趣旨は徹底さした上でその趣旨を牛かすのは、各大学自体が持った一つの特質としてそれを生かすべきだという考え方を持った上で各大学での判断という形をとらしていただいたわけです。つまり、二次試験というものに相当するような立場のものは各大学が各大学の責任において、その共通の土俵である趣旨を徹底した上で自己の特質を出すべきだというふうに考えたわけでございます。その結果がいまのような方式になったという形に私どもは考えておるわけでございます。
 ですから、そこの点はそういう意味で非常に教育的な立場というものを十分判断した上での一つの処置であろうかというふうに私どもは考えるわけでございます。たとえば推薦につきましても、面接なり小論文につきましても、各大学が自分の全般的な理念、趣旨を理解した上でそれを生かすような、あるいは学部によっても面接のあり方は違うはずだと思いますが、そういう点を各大学か趣旨徹底の上で判断してやるべしというふうに考えてきたわけでございます。
 御指摘いただいた点、十分にわかっておらないかもしれませんが、一応話を伺いまして……

発言情報

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発言者: 加藤陸奥雄

speaker_id: 23456

日付: 1977-04-22

院: 衆議院

会議名: 文教委員会入試問題に関する小委員会