加藤陸奥雄の発言 (文教委員会入試問題に関する小委員会)
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○加藤参考人 五点になろうかと思いますが、最初の、二次募集に関連した、合格者は志願資格がないということに触れたことと思いますが、この二次募集は、お話しいただきましたように、これは非常に重要な問題を含んでおると思います。これは、すべての大学がやるべしという制度化を私どもは要望しませんで、各大学が、行う大学は行ってしかるべしというふうな考え方を持ったわけでございますが、ところで、そこで考えますと、共通一次、二次でやって合格者が各大学で決まるわけでございます。その後にやるわけですから、そうしますと、その合格者がこの再募集にまた応募するというようなことになりますと、これは、各大学における選抜試験というものの根本に皆触れるようなことが出てくる心配が非常に強うございます。その点は防がなければならない。つまり、二度受けるという、一期校、二期校に関連しまして二度の受ける機会があるというメリットをどういう形でか生かさなければならぬのではないかという一環としてこの二次募集を考えているわけでございますので、そういうことからしますと、もう合格した人間がまた受けるということになりますと、現在二期校でその問題が非常に、一期校、二期校を存続させない、これは一本化すべしという意見の一つの要素になっていたわけです。つまり、そこで国立大学の定員に欠ける問題を起こしたりしまして、むしろ受験地獄というものがその線でまた激化されているという現象を認めないわけにいきませんので、そこは、この問題をやったにしても、二回の機会を与えるという点は、合格後にするわけですから、合格した人たちにはその資格を与えないのがその乱れを防ぐ根本的な方向性になるのではないか。しかも、落ちた人たちは、志向した大学なり何なりによっても、将来性の強い生徒諸君もいるわけですから、それの機会を与えるということを考えたわけでして、私どもとしては、やはり合格者にはそれの受験資格をないようにすべきだという考え方をいま持っております。当面その点で考えておりまして、今後これを実施した場合に、いまお話ございましたように、どれだけの大学がこれを実施するか、あるいはどれだけの志願者があり得るのかという動きを見ながら、その点の改善をやはり実施しつつ改善を加えていかなくてはいかぬのではないかという考え方をいま持っております。当面やはり、そういう受験生諸君についての機会を与えるという一つのメリットがございますので、そのメリットを、いまでも予想できるそういう欠点を防ぐようなことをして始めようではないかというふうに、理事会まで持って確認をしたわけでございます。
それから次の、センターに高校側の意見を聞くための機構をつくるということについてでございますが、私ども、センターは、やはり大学が入学試験を行うわけでございますので、この入学試験そのものに対しては全面的に一〇〇%大学が責任を負うべきだというふうに考えております。しかし、その責任を十分果たすために各方面からの御意見を伺うべきだ、だからその内容に参加をしていただくということは考えるべきでないというふうに考えております。その実施を過ちないようにするために意見をお伺いしなければならぬという立場をとっているわけでして、そのセンターの中の機構という意味は、こういう、仮称ですが、たとえば連絡協議会というようなものをつくるということを考えたのは、それ自体が入試センターが行うべき事業そのものに参加した形として、あるいは評議会とかあるいは運営協議会がございますが、そういう性質をこれに与えては大学側の責任を十分果たしたことになりませんので、そういう性質としてこれを置くというふうには考えておりません。機構上の位置づけはそういう性質のものとしておこうかというふうに考えておるわけでございます。その点、私の言葉は法制的な表現でないかもしれませんが、現実的な表現はそういう趣旨でございます。つまり、評議会とかあるいは運営協議会といま言っておりますが、それは入試センターそのものの責任体系性の機構でございますが、過ちなからしめるという意味で、それにつけ加えた形として、外局といいましょうか、その外側に置くという形でこの機構を考えておるということでございます。
それから、一次、二次テストの重さの関係でございますが、これは、いまお話ございましたように、各大学がそのウエートを考えるということになっております。そういうこともありまして、これは一次と二次をあわせて選抜試験だと考えておりますので、一次試験の結果は公表しないということで筋を通すことにしておるわけですが、一次試験と二次試験をどのような重みで考えるかというのは、先ほど来申しましたその大学自体の性格によって考えるべきだという趣旨を貫くことを私どもは考えているわけですが、これが現実問題としまして、技術を主とする大学とかあるいは専門教育を主とする大学と、いろいろの性質のものがございます。そういう点でこのウエートの置き方はおのずから違ってくるべきはずだと思います。そういうことから考えまして、各大学がこの趣旨を十分理解した上でそのウエートを考えるべきだと私どもは考えておりますが、現在、中間的な状況からしますと、一次、二次の一つの趣旨から言いますと、一次が基本的な性質を判断しようということでありますので、当然に一般論としてはそちらがかなり重い考え方が出てくるわけですが、そういう点は各大学十分考えているのではないかというふうな判断をいま持っております。しかし、理念的には、やはり各大学が主に、自己判断で行うべきだというように考えておるわけでございます。
それから、もし私学が参加するとするならば五十四年度ではできないのではないかということでございますが、先ほど来、あるいは前回も申しましたように、この一次方式を考えてまいりました筋道は、全体の大学というものと高等学校という関係における入試問題そのものの土俵というもの、背景を考えながらきたのですが、当面、お互いに話し合いを持つ共通の土俵を持っている国立大学がやろうということで国大協自体が考えてきたことでございますので、その結果として、勢いの一つの動きの経過から、国立大学を志向する高等学校の生徒諸君を対象とした内容の技術的な検討にきたということは否めないと思います。ですからその点で、今度公立大学がこれに参加したいというような意思表示をいただいておるわけですが、公立大学がこれに参加いただいたとしても、それの処理能力はいま私どもが考えておる処理能力の中に入ってまいります。その点では可能でございます。ですから、もしも私立大学関係の方々がやはりこれを利用したいというようなことでございますれば、早急にそれに対する手当てをしなければならぬかと思います。そういう点では時間的な問題がやはり伴ってこようかと思っております。これがずんずんと延びてまいりますと、いま私どもが考えて予算で計上していただきました内容では処理できなくなる可能性は当然に出てまいります。これはやはり時期と動きの問題が絡むのではないかと考えております。
それからセンターの性格でございますが、これは、お話しいただきましたように、やはり当面の問題でございますが、国立大学の共同利用機関として考えたということでございますので、大学の意思がその中に十分に反映されなければならないことは当然でございます。私、抽せんという言葉、初めて聞いたのでわかりませんが……。