中山正暉の発言 (建設委員会)
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○中山(正)委員 どうぞその辺の兼ね合いをよろしく御判断の上、いま生きている人たちが困窮をすることのないような、そして日本がその体制に見合ったような経済繁栄をしていくように、御配慮をひとつお願いしたいと思うのですが、実は私は、私の愛読書でございます毛沢東語録をここに持っておりまして、これは私の反面教師でありまして、この反面教師であります毛沢東語録の中に「およそ敵が反対するものを、われわれは擁護しなければならない。およそ敵が擁護するものを、われわれは反対しなければならない。」つまり、いまの形で言いましたら、政府がやろうとすることば邪魔しろ、それから、政府がやらないでおこうと思うことはやらせろ。野党がやれやれなどという減税とか、日中平和友好条約なんというものはろくなものじゃないということがわかるわけでありますが、(発言する者あり)それがこの毛沢東語録にちゃんと書いてあるのですから、私はそのとおり読んでいるわけですから、ごじゃごじゃ言われることはないと思うのですが、そういう中での、いわゆる道路に対する感覚——私は大阪の知事に告発をされたことがありました。あの人は満州で学校の先生をしていて、いわゆる志賀派でございます。けさ、宮本路線に対する袴田の批判文が朝日新聞に載っております。あの志賀義雄さんと一緒に共産党を除名になった方、それが大阪の知事でございますが、それがいま、独立路線の共産党が支援しているというのはどうも不思議でならないのです。その辺は別にいたしましても、四十六年に彼が知事に出ましたときに、大阪駅前で私は演説をしまして、日本では共産党のことを赤だと言うのに、あの人は名前を見ただけでもうそつきだとわかる、「クロダ」と言っておる、こう言いましたら私は告発をされましたが、不起訴になりました。これは、彼が間違いなしに共産党員だということを国家機関が証明してくれたのだと思います。
いま、また二つ告発をされておりますが、一つは、共産党の議員がある企業から金を取ったというのが、五十一年の十一月十一日の週刊新潮に載ったのを私が選挙のときに言いましたら、それを訴えられましたし、それからもう一つは、宮本顕治、人殺しというのを言いましたら、これがまたいま告発をされておるわけで、これは袴田さんが証明をしてくれたので、これも不起訴になると思いますが、そんなこんな感じから見ておりますと、大阪の知事になりましてから税収はうんとふえているのです。
四十四年、まだ左藤知事の時代でございますが、二千二億六千六百万円の税収に対しまして、投資的経費が千百六十四億七千四百万円でした。いまは五十一年のものしかありませんが、四千三百三十二億飛びの百万円、これだけの税収なのに、投資的経費の方は四十四年当時よりも六百億ぐらいしかふえておりませんで、千七百九十三億九千九百万円。いかに革新自治体の方々が政府の方針に反対をして、さっき毛沢東語録を読みましたとおり、われわれがやろうと思うことをいかにじゃ口で邪魔をするかというのが、いまの政治体制でございます。
ここにも、そこにおられる大塚さんが載っておられる「破綻した革新都政」というのを見ましても、おもしろいことが書いてありまして、小森なる人物が「ナゾの人物登場——陰武者、小森氏とは……」などと書いてありまして、この小森氏の人物像、これが美濃部さんの裏にいるそうでございますが、「いっさいがナゾにつつまれている。小森氏は、いつの場合でも表面に立つことを避けている。都知事選をすすめるうえでも、表だった役割はすべて政党関係者や労組幹部、あるいは学者、文化人らに委ね、自身は舞台裏での演出に専念する。だから「カゲの知事」とまでいわれながら、紳士録や興信録、電話帳にすら「小森武」の名を見出すことはできない。新聞社も、まともな小森氏の顔写真すら持ち合わせていない。せいぜい横顔か、ひどいときには後姿を使った新聞があったくらいである。ときには、真正面の顔写者を載せた新聞をみかけることがあるが、これはよくみると、いまから十年前の写真である。昭和四十年、都議会汚職がもち上ったとき、小森氏は中野好夫氏や市川房枝さんらとともに「都政刷新市民委員会」という組織を結成、自ら代表幹事におさまって、都議会のリコール運動を展開したことがある。新聞社にいまなお残っている小森氏の真正面からの顔写真は、この委員会結成のとき、他の委員とともに記者会見にのぞんだ際のものである。あれから十年、小森氏はその間病気もし、体調もくずしていたといわれ、容貌もかなり変化している。都庁の若手職員や、当選回数の少ない都議会議員、あるいは新しい都庁詰め記者らでは小森氏の顔を識っている者がいない実情である。」
東京、大阪、京都、新幹線のとまるところは全部革新陣営に押さえられているわけでございますが、そういう中でわれわれ都市議員、特に野党の批判を吸う上に、自民党も大都市で、今度は京都は知事を出すということに決定をしていただいたようでございますが、これは、政治体制の全く違うものをこういう形で自民党の政府が温存をしながらこの大型予算を執行しようと思っても、私は無理じゃないかと思うのです。その辺の気概を持っていただかなければ——これは私の意見でございますが、大臣も党の幹部を何度も務められた方でございますから、私は御要望を申し上げておきたいと思うのですが、どうぞ大都市を忘れないようにという意味と、そしてもう一つは、三全総で大開発をしようということで、日本の土地の高度利用——私は、いま本当にやらなきゃいけないのは、この狭い、カリフォルニアと同じ大きさしかない日本を四十七も八もの都道府県に分けて、そして大阪あたりの例で見ますと、奈良県の熊野水系の水をもらおうとすると、大阪にはやらない、それから和歌山がどうだというようないつも争い、水争いがいまでも起こっておりますが、こういうものを、これは新全総の中には含まれておったのですが、三全総の中に含まれていないのは、昭和二年に田中義一内閣が道州制案というのを提案しましたが、いまこそ、北海道というのがあるならば、沖縄という名前もやめてひとつ南海道ぐらいにして、日本の大改造というものをやっていかないと、へっぴり腰の三全総と言うと非常に物言いが悪いかもわかりませんが、特に、いまこの委員会にかかろうとしております道路整備緊急措置法及び奥地等産業開発道路整備臨時措置法の一部を改正する法律案、これもどうも本会議の方で干されて、なかなか委員会におりてこないようなムードがありますが、そういう中で大臣は、日本の改造、三全総を実施していく上に、国土庁を兼任しておられる感覚から、そういう日本の道州制案というようなやり方は一体どうしたらいいのかということをどういうふうにお考えか、ひとつ御意見を聞きたいと思います。