戸叶武の発言 (外務委員会)
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○戸叶武君 中国の人々がモラルの点で一番重視するのは信義でございます。日本ではやくざが仁義なんて言いますが、信義というのはざっくばらんに語り合って長所も欠点もさらけ出してお互いに知己となることであります。士は己を知る人のために死すというのは誇張した表現ではなく、それだけの感激を持って相手と交わるのでありまして、信義を守らなかった場合には軽べつされることになるのであります。
ソ連と中国との中ソ論争の発端は何かということを、私は一九六四年社会党の訪ソ使節団の一人として招かれていったときにソ連の要人に聞きましたが、だれも語ってくれませんでした。レーニン研究所の所長をやりレーニン大学の学長をやった知性人スースロフ氏も黙して語らず、苦労人のミコヤンさんも語ってくれませんでした。禁語になっておったのでありましょう。バルカンにおいてあのパルチザン隊を率いて戦ったユーゴスラビアのチトーの古戦場における別荘を訪ねたときに、初めてチトーさんが、それは領土問題だと言って明確に語ってくれたのであります。それほど領土問題というものは重要な点であるということを平和条約締結に際しては常に考えないと、その国の固有の領土というのは民族の肉体の一部と同じなのでありまして、戦争に勝ったから他国の領土を取ってもよいという国際法の理念は今日においては通用しないのであります。
そういう意味において領土問題、覇権問題はきわめて重要な問題でございますが、特に覇権問題に対して園田さんもいままで東南アジア諸国を訪ね、そうして日本に対する、中国に対する警戒というものはつぶさに私は知ってきたと思います。いまのベトナムと中国の間における華僑の問題をめぐっての紛争も一方的な発言だけを信ずるわけにはいかない面もあるのでありますが、共産主義国と社会主義国とを問わず、政権を取ったときには国家は消滅するのでなくて、国家の権限が拡大せられ、その国の国民の利益を擁護しなけりゃならないというので、レーニンの国家論とは逆に国家というものがのし上がってくるのが通例になっております。国家を強烈に代表しなければ国民の支持を得られないという関係と結びついておるものでありまして、観念的な国家論というものは、その時代の基盤を背景としなければ、抽象的な論理においては国家論というものはそれほど価値がないのであります。近代国家は、多元論的国家論を提唱しようとするのではないが、もっとファンクショナルに機能しなければならない面が多々あるのだと思います。
私は、イデオロギーの異なっている国の日本と中国の今度の平和条約の締結というものは、お互いの長所を尊敬すると同時に、その行き過ぎなり間違いを率直に忠告して自省していくだけの責任感と見識を持たなければ、この平和友好条約は発展しないと思うのであります。したがって、今後において、一番大切なのはその基調となる信義でありますが、国連憲章のハイモラルの理想をうたい、日本の平和憲法を高らかにうたってこの条約を締結しながら、日本の国が平和憲法を変えようとか、再軍備体制をつくろうとか、危急の場合にいまのような形では間に合わないとか、金が余るからもっと軍備を拡充しようとかいうような拡大解釈を持っていくならば、この基本理念で固められた、国際的平和協力の連帯の基盤をつくり上げようとしたこの試みというものは画餅に帰するのではないかと思いますが、そのことも十分考えた上での平和条約の締結であって、見せかけだけの平和条約の締結ではないと私は思うのであります。
やはり日本が今日までの繁栄をかち得たのは、忍びがたきを忍んでも――天皇もかつてこういうことを言っておりました。そうして戦争への道をとらないでぐっとがまんしたところに平和への道があったので、今度は金ができた、ロッキードはまずいからどこか違うところから飛行機を買おうなんて言って、また不正ができたり、そういう形において軍備が拡充されていくならば、私は、結局はそこに突っ走るところがあると思うんです。それは起きた時点においてそれぞれわれわれは議論することですが、いま累卵の危うきにあると思いますが、この覇権問題に対する明快な成文化を行ったということは、日本の外務当局も、中国のこれに調印して責任を持った外交部長も、鄧小平さんもあなたも福田さんもりっぱであるが、りっぱな背後に黒い影がひそんできたということになると、せっかくつくった平和条約も画餅に帰する危険はないと思いますが、あなたは大分楽観的な物の見方で前進する方でありますが、やはり平和条約を責任を持って締結したからには、この問題に対しても重大な責任があるんです。どうぞ三流、四流の政治家のうろちょろ理論に惑わされることなくて、国家百年の計をこれによって築かなけりゃならないという大悟徹底が必要だと思いますが、高い理想を掲げながらも現実との矛盾のギャップを抱え、そんなずるずるといくところの俗流政治家とはかわって、一個の哲人的心境を持たなけりゃ祖国日本は守れないという心情に私は北京でも打たれたと思うし、相手も打たれたと思いまして、そこにあうんの呼吸の通ずるものがあったと思いますが、お互いにだまし合いじゃだめですが、どうです、その辺の打診は。