戸叶武の発言 (外務委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○戸叶武君 私は、一九六四年モスクワのクレムリンの最高幹部の部屋で日ソの問題、特に領土問題を率直にミコヤン、スースロフ氏らと語り合いました。そのときに社会党のある指導者は、やはりソ連との平和条約を急がなけりゃならないという好意的な心情から、歯舞、色丹において早期条約を結ぶと同時に、その後において日本固有の領土の返還について話し合おうという提言をいたしましたが、私は、そのとき失礼と思ったが、日本とソ連との国家性格は異なる、ソ連はプロレタリア独裁の国で共産党によって国が代表されているけれども、日決の国は人民主権の国である。平和条約のような国の運命を決定するところの条約は国民の合意を得なければ成立するものではない。日本固有の領土である北方領土をずたずたにされて、歯舞、色丹の線で平和条約を結ぶというようなことをたとえ日本の社会党とソ連の共産党が合意を得て共同声明を発しても、それはむなしい、国民が応じない。国民が応じないような共同声明は日本自体を誤りソ連自体にも思い違いをさせるからそれは御免だ。少なくとも最小限度国後、択捉の線まででも返還しなければ平和条約というものは締結にはならぬということを主張しましたら、思慮の深い苦労人のミコヤンがニエットとテーブルをたたいたから、私もそれならばさようならだと言ってテーブルをたたいて、ソ連のために日本のためになることを直言しようと思ったらニエだから、おれの方もニエだからさようなら、帰ると言ったら、スースロフ氏が上着を脱いでワイシャツだけになって、いま最高幹部の会議の最中だから一週間ほど待ってこの問題をまた話そうということでお開きになったのです。
園田さんは、率直簡明に、中国の要人が日本の政治家を名指しで誹謗することにもたしなめをやったようななかなか勇気のある方です。私はこういう態度、率直に語り合うという態度がなけりゃ、一度や二度けんかぐらいしなけりゃ本当に友人としての交わりはできないんだと思いますが、その後でミコヤンさんにプールを見てくれと誘われたときに、これは和解しなけりゃいかぬ、いつまでも腹を立てていちゃいかぬと思っていましたが、そのときに中ソ論争の根源を聞いたが、やはり語らなかった。だから私はひやかして、悪口と皮肉ではソ連の理論は合理的な議論を積み重ねるが、「三尺の堅氷一日に成らず」という中国の無限の恨みを込めた表現力というのは、あれはすばらしいですねと言ったら、答えずににやにやと笑っておりましたが、やはりこの「三尺の堅氷一日に成らず」、中国には中国のソ連に対する憎しみはわれわれが何と言っても消えないと思います。しかし、そんなことによって世界は変わるものではない。
戦時中のヤルタ秘密協定、軍事謀略協定は、アメリカが仕掛けてルーズベルト、チャーチル、スターリンによってヤルタでつくられたので、あれを変えろと私たちは叫ぶのじゃないが、あれは当然ソ連、アメリカ、イギリスの責任において解消すべきものです。平和条約の基本となるものは、次の平和を保障すべき条件が具備されることによってのみ平和条約は締結されるのであって、覇道主義的な押しつけによって、力によって、威喝によってそれがまかり通るというような十八、九世紀のマキャベリズムの外交はもはや世界に通用しなくなった時代が来たんです。
そういう意味において、私は、覇権問題に対しても領土問題に対してももっと政党政派やイデオロギーを乗り越えて、この国の民族が平和を保ち相手からなめられないで、そうして平和共存体制をつくり上げるというモデルを日中平和友好条約でつくり上げる。中国にしても近代化が先決であって、そこつな怒りに任せてソ連との激突をやるようなことは戒めて、なかなか言うことを聞かない場合もあるでしょうが、それに引きずられたり巻き込まれたりしないような態度が必要と思いますが、外務大臣はどういうふうにこの覇権問題と領土問題、日本と中国、ソ連のおのおの国柄の異なる国における外交のあり方を考えているか、端的に表明してもらいたい。