宮澤喜一の発言 (決算委員会)
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○国務大臣(宮澤喜一君) あのころの経済運営について、石油危機以後の今日までの経済運営について、私は概してわが国としてはうまく対応したのではないかと申し上げておりますし、野口委員はいやそうではないと、あっち行きこっち行きして迷惑したのは国民であるというお立場で御批判をただいまいただいておるわけであります。しかし、いずれにしても野口委員と私とが一致できますことは、とにかくいまとなっては振り子が行き過ぎてしまったではないかということは、これは私もそう思います。
が、さて、その四十九年、五十年でございますけれども、非常に経済運営がむずかしいときであったということは御認識をいただきたいと存じますのは、四十九年度は実質経済成長率は御承知のようにマイナス〇・二%でございます。そのような厳しい経済運営をやりながら、なお経常収支は二十三億ドルの赤字になっておるわけでございますから、この段階ではまだわが国経済が四倍になった石油を買えるか買えないかということは、実はこの赤字で見ます限り、非常に危ないという状況にあったということが申し上げられると思います。しかも、それでいて経済成長率は実質でマイナスの〇・二%であったわけでございますから、この経済成長率をプラスに持っていきましたら、恐らく経常収支の幅はさらに赤字が大きくなっておったというふうに考えられます。次の五十年度でございますが、このときには実質成長率は三・四%になりまして、経常収支はいっぱいいっぱい、一億三千万ドルの黒字というところで、どうやらこの辺でいけるのかなという感じが出てまいったのではなかろうか。もう五十一年度になりますと、経常収支は四十六億になっておりますから、ほぼこの辺で対処する見当がついたということが言えるのではなかろうかと思っていまして、四十九、五十というのは、振り返ってみますとまずまず非常な危ないときをともかく何とか渡り切ったという二年間であったというふうに申し上げてもいいのじゃなかろうかと。
しかし、それで私はよくこの危機を乗り切って、概して国際収支面でも物価でも成功であったと申し上げたいわけですけれども、そうかといって、いまになってここまで振り子が、いわゆる経済の自律反転力が冷えてしまうまで、ここまで行かなくても何かやりようがなかったかとおっしゃいます意味では、これはやはりこれだけ大きな経済の運営でございますから、どうやったらそうなれたかということは、よくいままだわかっておりませんけれども、もう少し上手な振り子の振り方はなかったかとおっしゃれば、これはやはり将来いろいろ検討してまいらなければならない問題を御指摘なさっていらっしゃるというふうに受け取らしていただくことは、私はそうなければならないと思います。