上田耕一郎の発言 (予算委員会)
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○上田耕一郎君 否定しますけれども、明白な事実であります。
この福井論文、外務省関係者もペーパーを見ていろいろ直さしたんですけれども、この本の百十九ページにこういう個所があります。一九六九年の八月に、佐藤首相は、私的な使者をワシントンに派遣して、キッシンジャー大統領特別補佐官と数度にわたって会談をさせた、そして一括合意に達したと、沖繩返還問題で。これには、施政権返還後、米国による緊急時の核再持ち込みにつき日本政府が考慮するということも含まれていたと。この密使は同時に繊維交渉についてもこの裏ルートで行ったということが書かれております。これは福井論文だけではありません。同じくタラップ論文にも同様の記述があります。
そして、ここにブルッキングス研究所の出しました「マネージング・アン・アライアンス」という本があります。これは、当時、アメリカ側で沖繩返還交渉についてリチャード・スナイダー日本部長とともに国家安全保障会議の作業グループのチーフとして大きな責任を負いましたモートン・ハルペリン、この人がイニシアチブをとって主任研究所員時代につくった本であります。この本にも、三十四ページに、沖繩問題について佐藤首相が、ヒズ・オウン・プライベート・チャンネルをキッシンジャーに向けて開いた、それで交渉を行わしたということが書いてあります。また、三十九ページには、繊維交渉をも佐藤首相が、密使――ア・プライベート・エミサリーとちゃんと書いてありますけれども、それを通じて行ったということが書いてあります。これはハルペリン自身が責任を持った文書であります。こういう事実が当時ありましたか、密使はだれを送ったのか、この点外務省にお伺いいたします。