大原亨の発言 (社会労働委員会)
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○大原(亨)委員 私がいままでずっと指摘をして附帯決議にもあるのは、本土においてもそういう官民一体というか、一般国民に対して戦闘協力を法制上規定をした、そういう状況が一定の時期判断においてあるのではないか。言うなればこれは一つの特別権力関係でありますが、法律に基づく適法なそういう命令服従の関係という場合には国家補償の原則で処理する、こういう原則で本援護法をつくっておるのだと思うわけですが、そういう段階があるのではないかという点を繰り返して指摘をしたわけです。
それは、一つの時期は昭和二十年の三月の東京大空襲という意見もあるだろう。その前の二月にはヤルタ会談があって、そして当時日本の軍は、日本が負けたならば長野県に皇居を移す、長野県で負けたならば旧満州に皇居を移して関東軍をとりでとして戦う、こういう方針を決めていた。それに対してアメリカは、そういう日本側のきわめて長期の情勢に対応して東京の大空襲を始めた。そしてヤルタ会談でソビエトの参戦を約束させて、それを取りつけた。そういう経過をたどってポツダム会議までいっておるわけですが、その一つの時期は三月の東京大空襲。これはやはり本土決戦を決定的にした段階であって、三月の二十三日に閣議決定、閣議決定でもこれは当時は法律、勅令と同じような状況であったわけですから、閣議決定に基づいて国民義勇隊組織に関する件を決定をしたのです。これを援護法の一つの対象にいたしておるわけであります。法二条の第三項第三号に該当するのが国民義勇隊であります。東京大空襲を受けて国民義勇隊の発足が閣議決定されて、そしてこれによって家屋疎開とかいろんな陣地構築等に動員をされたわけですが、それを決定的にしたのは、沖繩が陥落いたしまして、六月東京の空襲下において臨時国会が開かれて、そして国民義勇兵役に関する法律ができた。戦局がだんだんと緊迫してくるに従って、国民義勇兵役法ができて、十五歳以上六十歳までの全部の国民は兵役に従う者以外は戦闘に参加する、そういう刑事罰をつけた法律をつくった。きわめて簡単な法律です。そして施行するに当たっては勅令や政令全部を整備してある。そういうのはまさに、当時艦砲射撃その他もあったけれども、空挺部隊がおりてくるという想定もあったけれども、そういう状況の中における民間の戦闘協力体制というものは法律的にきちっと規定されておったのではないか。そういう点を私はいままで法律に基づいて追及をしてきたわけであります。附帯決議は、その点についての実態調査は十分するような措置をして、そしていわゆる戦争犠牲者に対する救済措置について遺憾なきを期する、こういうことであったわけであります。私の見解に対して政府はどう考えるか、お答えいただきたい。