玉木清司の発言 (内閣委員会)

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○玉木政府委員 いま、本土、沖繩を通じまして、駐留軍の労務者の人数の推移等に関連して、その原因をどう考察するかというような角度のお尋ねでございますが、数字から見てまいりますと、先生御承知のように、昭和四十七年の復帰の際は、本土には三万、沖繩には約二万の駐留軍労務者がおりまして、それが今日合計して二万一千まで、総数五万人が二万一千人まで低下してきているという歴史的な過程にあるわけでございます。
 その際に、この減少の原因は、在日米軍の運営上の都合から年々の必要数だけを留保して、不必要になった分を解雇するという形で進められてきたわけでございますが、四十七年から今日までの七年間を顧みてみますと、たとえば四十八年等におきましては、本土において一挙に五千人の整理が行われたという時点もございます。それから、本土と沖繩との整理の数が、たとえば昭和五十二年におきましては、四百四十人対四百十四人というような形で、およそ常識的な線でおさまった年もございます。
 そういうことで、この整理の歴史を考えてみますと、そのとき、そのときの在日米軍の駐留のあり方、その所要経費の使い方、あるいは業務の進め方というところに影響されているところが主たる原因であるというふうに考えざるを得ない次第でございますが、特に本土復帰以降、厳しく沖繩において整理が進められているというふうには考えられないように思います。
 ただ昨年、昭和五十三年におきまして、本土関係二百六十三人に対して、沖繩におきまして七百四十七人と先ほど申し上げましたのですが、この沖繩におきます大量の解雇が進められましたことにつきましては、御承知のように、昨年三月に決定されました、在沖繩米陸軍の機能を空海軍、海兵隊に移管をして、陸軍機能を縮小するという大きな政策が進められたところにその原因があるわけでございます。
 それから、これらに対して、政府としてどのような対応策、あるいは雇用安定のための努力を払ってきたかという角度のお尋ねでございますが、御承知のように、防衛施設庁が雇用者の立場に立ちまして対応しているわけでございますので、私どもとしましては、法令、予算で許されている限り精いっぱいの努力を駐留軍従業員の雇用安定について、してきたつもりでございます。
 これはやや口幅ったい言い方かもしれませんが、毎年の給与勧告に応ずる給与改定が翌会計年度にまでいかないと実施できなかったというような過去の苦い経験を最近に至りましてやっと克服しまして、国家公務員に準ずる対応措置を確立するような環境が整備できたということも大きな変化でございますし、現在御審議が終わりまして成立しました昭和五十四年度予算におきましても、従業員対策としましては、格差給等の負担をすると同時に、福祉対策、それから離職者対策というような点につきましても、相当の予算的な努力をしてきておるつもりでございます。しかし、いずれにしましても、在日米軍のあり方がこういう御承知のような変化を続けておりますので、これに対応しながら、数少なくなっておりますが、その従業員の雇用の安定に今後さらに本格的に取り組んでいかなくてはならないというふうに考えております。

発言情報

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発言者: 玉木清司

speaker_id: 5190

日付: 1979-04-26

院: 衆議院

会議名: 内閣委員会