市川房枝の発言 (内閣委員会)
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○委員以外の議員(市川房枝君) 二つ考えるのは子供たちに負担だということを初めて聞いたとおっしゃるんだけれども、私は年寄りなせいか二つ覚えるのは骨ですよ。まず年号でやってそれから西暦を勘定するんですが。いままでの歴史としては、それは日本の歴史は日本の年号で来ているから、年号は当然出てきていいはずだけれども、将来の問題ですね、将来また年号をくっつけてそれで二つずつ子供たちに教えなきゃならぬのか。いや、将来は、日本の過去と違って非常な国際的なというか、世界的に世界が狭くなってきているんだと。したがって、西暦を使う場合が非常に多いし、その方が便利というか、あるいは物を考える場合でもその方がいいんで、将来元号を私は改めてまたいつまでもというか使う必要はないのじゃないかという感じが起こるのですが、ただ、さっき御説明を聞きますと、どこも年号を決めるところがないんだと。現在がそうなんだけれども、それだからやっぱり法的な根拠といいますか、あるいは国会の賛成を得て新しく年号を決める場合に備えなきゃならぬのだと、こうですね、理由は。ところが、私は、年号を後を続けなくていいじゃないですか。それは郷愁があるけれども、それは過去のことに対する郷愁であって、将来、ことに若い人たち、子供たちが日本をしょっていくんだから――いまの人はみんな執着を持っていますよ、私ども執着を持っているんだけれども、将来のことを考えると、私はその必要はないように思うのですけれども、どうですか。これはひとつ長官にお答えいただきたい。