山口鶴男の発言 (予算委員会第一分科会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○山口(鶴)分科員 わかりました。
そこで、私はかねがね考えていることなんですが、わが国の国会の機構というもの、スタッフというものが他の国会に比べて果たして十分であるかどうか、大変に疑問に思う点も多いわけです。きょう、野党の各党は多分政府に対してあるいは自由民主党に対し予算の修正を要求する手はずになろうと思います。かつて、過去数年間予算の修正が国会の大きな問題になりました。ところが、問題になりますのは、予算の修正案をつくります場合に、どうも国会の予算の調査室なりの力をもってしては、予算の修正案をつくるのが非常にむずかしい。そこでやむなく予算の形式修正をいたします場合には、大蔵省の手をかりると言ってはなんですが、そういう形で、実質的には、国会が修正を提案して国会で修正をするというのではなくて、政府が改めて修正提案をしてそれを詠める、こういうような手続になっているわけであります。これはひとえに、国会自体が修正案をつくるということがスタッフの面からいって不可能だ、こういった状態の中で起きた変則的な一つのあらわれてはないだろうか、私はこう思っているのです。
そのほか、アメリカの国会では、たとえばチャーチ委員会等、問題がありますと委員会を設置をする。そういう委員会に対しまして、委員会の新たな調査活動が必要だということになれば、わが国の議運に相当するところで相談をいたしまして、それでは当該委員会にはこれだけの調査費をつけましょうということで、スタッフも新たに採用して、そうして審議活動を活発に行うという形にもなっているわけです。
ところが、わが国の場合はそういうわけにはいかないわけでございまして、問題が起きたから、それではたくさんの予算をつけて、その調査のためのスタッフを雇うというようなことは全く不可能な仕組みになっている。こういうこともやはり問題ではないだろうかと私は思うのです。このような点については、当然一遍にというわけにはいかぬと私は思いますが、今後とも十分に相談をしながら、国権の最高機関としての国会が有効に機能できるような予算の状態、仕組みというものをつくっていく必要があるのではないだろうか、私はかように思います。
時間もありませんから、細かいお答えは結構ですが、そういう趣旨はいいことなのか悪いことなのか、賛成であるのか反対なのか、また財政当局としては、そういう仕組みを考えていくことについて国会の御要求があれば、そのまま結構でありますから認めますということだろうと思うのですが、念のためにお答えをいただいておきたいと思います。