本岡昭次の発言 (文教委員会)
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○本岡昭次君 私たちはああした高校野球の華やかな場面のみに目を奪われることなく、やはり底辺にいる子供たちをどのようにして押し上げていくか、あるいはまた水面下にあって悩んでいる子供たちをどのようにして引き上げていくか、こうしたことに政治の力を集中していかなければならないということで、ますますこれからそうした子供たちのために大臣の御尽力をお願いしたいと思うんですが、ああしたすばらしい球児、高校野球が晴れ舞台でできる生徒が育ってくるには、小学校、中学校、そして高等学校の一つの教育の成果があると思うんですが、私は決してその成果というものが教員なりあるいはまたすばらしい野球のコーチによって導かれるものでないと思っております。学校の中には、養護教員、実習助手、あるいはまた事務職員、栄養職員、調理師、用務員、あるいはまた寮母、舎監、さまざまな人たちが学校に働いて、そしてああした高校野球の晴れ舞台を踏む児童生徒を教育をしているということを忘れてはならないといつも思うんですが、きょうはそうした人たちの中で、特に子供たちの非行や暴力あるいはノイローゼ、自殺、登校拒否あるいはまた背骨の曲がっている子供ができているというふうな状況下にあって、学校の中で直接子供たちにかかわってきている養護教諭の問題について実態を訴え、一日も早いひとつ文部省の改善を求めたいと思うわけですが、一人の養護教諭が私に手紙を書いてよこしておりますので、それを若干披露を申し上げて所見をひとついただきたいと思います。
これは神戸市立本山第一小学校の養護教諭なんですが、「児童数千四百十六名で神戸市内では比較的閑静な住宅環境にあり、子ども達も落ち着いている。」と言っております。「休み時間が終ると、ドッとケガ人が押しよせてきて「先生ケガした。」「痛いよー。」「先生すりむいて血が止まらへん。」と、口々に自分が先にしてもらおうと訴える。「来た人の順番に並んで! でも小さい子は痛がってるから先にしてやろうネ。」と始業のチャイムが気になりながらさばくという感じである。
勉強時間でも「頭が痛い。」「しんどい。」「お腹が痛い。」「だるい。」と訴える子どもが次々に」保健室に来室します。「保健室を訪れる子どもはケガや身体的な病気だけでなく、高学年になると悩みの相談(友だちのこと・体のこと)をもって来る。子どもの訴えを聞いていると、友だちとの関係がうまくいかなかったり、自分を表現する力がないために、自分の願いや反対を無視された方向に物事が決められていくことへのイライラ。自分で気づいていない幼児期の成長の中で、親や」「兄弟関係のひずみを背負っているため、心因性の病気が症状となって出ている子どもも少なくない。そうした子ども達は喘息、皮膚疾患、どもり、学校緘黙(家では話せるが、学校に来ると話すことができない)などが表面化している。ひどくなれば登校拒否や家庭内暴力まで発展した事例もあった。私達、養護教諭は、学校保健法で定められた健康診断や予防接種、各種の検診、検査、測定を学校行事との兼ね合い、校医さんの都合を考慮しながら日程を組み、学年との調整についても保健部の先生方と相談をしたりすることだけに、かなりの日数と時間を要してしまう。健康診断等でみつけた視力の悪い子、むし歯の多い子、肥満傾向の子、聴力障害の子、言語障害の子の健康管理については、担任の先生との連携の中ですすめているとはいえ、教科を教えることの多い担任の先生では充分な事後措置が行えない。一人の子供の健康を追求していくうちに出てくる家庭の問題(欠損家庭・共稼ぎ・経済状況etc)まで目を向けなければどうにもならない所が出て来る。担任と相談し家庭訪問をしたり、保護者に保健室まで来てもらって、その子どもの生育歴を尋ねていく内に、原因をみつけるにはとても時間がかかる。子どもを通して親の悩みや姑さんとの関係での問題なども出てくると、一人の相談に二時間や三時間の時間を使って」も解決しない。「裸の対話をできるようになるには、何回かの面接を重ねていかなければならない。」、以下、ずっとこう書いています。
このように学校の中でがんばっている養護教諭の実態、大臣の手元にも、一日どのような仕事をしているかという執務記録をお渡ししてあると思うんですが、とにかく大変な過重労働を養護教諭は必死になってやっているという現状です。子供の心と体を直接学校で預かっている養護教諭が一人もいない学校が現にあるし、大規模校——二千人近い学校でも一人しかいないというふうな学校が現にあるわけなんですが、第五次教職員定数改善の問題も論議されておりますけれども、十二年間という長期の年月では待てないこの子供の実態を考えるときに、ひとつ文部大臣の積極的な御見解を賜りたいと、このように思うんです。