佐藤観樹の発言 (公職選挙法改正に関する調査特別委員会)

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○佐藤(観)委員 最後のところの早くというのも若干気にはなりますが、いま総理がそういう——総理と申すより総裁という立場で私はお答えをいただいたと思いますので、そういう意味で、どうぞひとつ自由民主党の方々もきょうは採決ということになりませんので、十二分に残された時間ひとつ審議を尽くすことをお互いに約束し合いたいと思うわけでございます。
 さて、今度の改正は日本の政治のあり方あるいは議会制度、とりわけ参議院のあり方、この問題に大変関係が深い問題だと思うわけでございますが、実は私もう国会に出て十三年目になるのでありますけれども、つくづく思いますことは、日本の政治というのが、かねてから言われておりましたけれども、官僚政治ではないか。大臣の方々がいらっしゃるけれども、実質上は実は官僚の方々が事実上コントロールしているのではないか。ところが、私もずっと大蔵委員会におりましたけれども、大蔵省の局長の方というのは大抵一年でかわっちゃうのですね。課長の方も一年でかわっちゃうのですね。
 そうしますと、いまのように大変複雑でしかも国家目標、国家戦略というのをかなり長期に考えなければいかぬということになりますと、次から次から一年ごとにポストがかわっちゃうということになりますと、官僚の方、役人の方というのは、そこの部分だけは大変詳しいのでありますけれども、もう少し幅広く長期的に物を考えるということが残念ながらない。いわばそういうモザイクのようなかっこうの上に乗って、総理以下国会議員の方が大臣をやって日本の内閣を構成をしている。これで果たして日本の長期的なロングレンジで見る国家戦略というのができるのだろうかということを考えますと、私は日本の政治、いま国際化の中で大変むずかしい局面を迎えている中なるがゆえに、本当は国会議員というものが、そういう意味では国家戦略というものを十分持って、そして、官僚を使っていくという言葉が正しいかどうかわかりませんが、具体的な実務は官僚あるいは役人、各省庁の行政マンにやらせる、こういうタイプになっていかないと、日本の政治の進歩はないのではないだろうかということを思わざるを得ないわけであります。いまのような個人本位の選挙でいきますと、何かありますと、それは党の責任ではなくて個人の責任だということで、いわばトカゲのしっぽ切りのようにその個人の責任に帰してしまう。そういう弊害というのが私はあるのではないかと思うわけであります。
 その意味で、先ほど総理も述べられておりましたけれども、今度は政党というものが、自浄作用を起こすような政党が国民の前にあらわれてくる。いままでで言えば、個人が、政党の帽子をかぶっておりますけれども、個人が有権者の前に審判をされるという形になっておりましたけれども、今度は政党そのものが国民の前に審判を受けるという形になっていく。したがいまして、その政党にだれか悪いことをやる人があった場合には、政党全体の責任になってくる。その意味では、きのうの参議院議員の方々の審議の中にもあったわけでございますけれども、政党そのものが自浄作用を起こし、国民の前に政策を訴えて、うちの政策の方がいいんですよという各党の政策争い、それから名簿の面から見ますれば、いい人をより載せた方が政党に投票が集まるという形で、まさに議会制度の中で機能しております政党というのが国民の前にもっとあらわれて、政党本位の政治、それは政治家が官僚に使われるのではなくて、政治家が官僚を使っていくという、そういう政治に変わっていくのではないか。また、それは総理言われましたように、運用次第でもございますが、私はそういう方向というのが日本の政治の将来にとって非常に重要なことではないか、こう思っておるわけでございますが、総理の御見解はいかがでございますか。

発言情報

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発言者: 佐藤観樹

speaker_id: 20147

日付: 1982-08-13

院: 衆議院

会議名: 公職選挙法改正に関する調査特別委員会