佐藤観樹の発言 (大蔵委員会)
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○佐藤(観)委員 大臣は、きのう衆議院で予算が成立をして、まことに御苦労さまでございました。それで本論に入る前に、ちょっと大蔵委員会のことではないのでありますけれども、簡単なことですので、大臣にお伺いをし、お願いをしておきたいと思うのであります。
この半月間、テレビで中国の残留孤児の日本の親を探す運動、私自身、その孤児という言葉にちょっと抵抗があるのですけれども、それは別といたしましても、連日報道され、うまく見つかった組もあれば、あるいは残念ながら見つからないで帰られた方もいらっしゃる。私は、日中国交回復して十周年という中で、なぜもっと早くできなかったんだろうかということを思いますし、また、ちょうど置き去りにされたのが三つか四つぐらいの方、あるいは戦後お生まれになった方もいらっしゃる。大体いまその方々は私と同じぐらいの年になっているわけですね。私の子供もちょうど四つでございますので、そういった意味では、年齢的にちょうど同じような境遇で、自分の子供があそこで置き去りになってきた、これはあらゆるいろいろな事情があったわけですね。
ですから、そのことを思いますと、私たち政治に携わる者として、この十年の歳月、なぜもっと早くできなかったんだろうかということをつくづく思うと同時に、戦争の悲惨さ、あるいはまた歴史的に日中の関係がこんなに長くかかったということの悲劇が、一つのしわ寄せになって彼らのところに来ているということをつくづく思うわけですけれども、ひとつ大臣に、これは別に大蔵委員会の直接のテーマじゃありませんけれども、どういうふうにお感じになったか。新聞や雑誌なんか読んでみますと、本当にうり二つの親ではないかと言われるんだけれども、家庭の事情で出られない方もいらっしゃるようですし、また孤児の方々も、恐らく自分は日本人だということを知らない方もいらっしゃるだろうし、また知っていても、周囲の事情からなかなか名のり出ないこともあるんじゃないだろうかと思う。
こんなことを思いますと、今度のことが与えた日本人への心の重さというものをつくづく感ぜざるを得ないのでありますが、大臣はお忙しかったと思いますので、そう全部をトレースしているとは思いませんけれども、どんなふうにごらんになりましたか。