宮之原貞光の発言 (公職選挙法改正に関する特別委員会)

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○宮之原貞光君 先生御指摘のように私も十二条、十三条が実定法上の根拠だと見ております。
 次のようなことを申し上げることは、いわゆる法律問題の専門家であられますところの先生には釈迦に説法というそしりを免れないと思うのでありますが、実は今日まで本委員会でいろいろな角度からこの問題について議論をされておりますし、私また余り発言の機会もございませんでしたので、この機会に若干この問題について付言をさせていただきたいと思うのであります。
 御承知のように、憲法十一条、九十七条は、基本的人権は侵すことのできない永久の権利云々と規定をしております。しかし一方、十二条、十三条は公共の福祉のためとか公共の福祉に反しない限りとかという制限条項があるのであります。まあ議論をされておる場合に、人によりましてはこの十一条、九十七条だけを強調して十二条、十三条のところを全然触れないで絶対不可侵だと、こういう主張もあるわけでございますが、実は私はそれにくみするわけにはまいりません。問題は、この十一条、九十七条と一方の十二条、十三条との両者の兼ね合いをどう判断をするか、ここが一番やはり論議の焦点でなければならないと、こう思うのであります。
 この点、最高裁の判例を私は私なりに見てみますと、ほとんどの場合一貫して十二条、十三条、さらには二十二条、二十九条を根拠とするところの人権制約の判断が示されておるのであります。たとえば、三十一年三月のチャタレー事件の判決、三十五年七月の都公安条例事件の判決、四十一年十月の全逓中郵判決、四十八年四月の全農林事件判決、五十年四月の薬事法違反事件等々がそれであるようでありますが、これらの多くは、制約を受ける権利と自由の現代社会におけるところの価値判断と、制約することによる社会的利益の価値判断を比較考量して、制約の判断を判示しておるという傾向が特に最近強いようでございます。
 したがいまして、問題の意見の分かれるところは、この判断の賛否にさまざまな私は議論があると思うのであります。場合によっては最高裁の判断をよしとする場合もありますし、場合によっては最高裁の判断には承服をしかねると、こういうことも私はあり得ると思うのであります。実は私が最高裁の判決と判断といえども九十九条があるから何が何でもそれを認めなければならないという意見にくみしないところの理由はここにあるわけでございます。したがいまして、この二つの憲法のそれぞれの条項との兼ね合いの中でこれはどう判断をされるべきだという判断を示すのが、特に立法府におけるところの私は公正なやはり判断じゃないだろうかと思うのであります。
 そういうような意味合におきましては、御指摘のように十二条、十三条の制限がいわゆる実定法上の根拠であるということは明白でございます。

発言情報

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発言者: 宮之原貞光

speaker_id: 17438

日付: 1982-07-07

院: 参議院

会議名: 公職選挙法改正に関する特別委員会