寺田熊雄の発言 (公職選挙法改正に関する特別委員会)
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○寺田熊雄君 今回の改正案でさらに問題点とされておりますものは、一定の政党ないし政治団体に所属する者が一定の条件のもとでのみ立候補し得るとする点であります。まあ推薦の場合もありますが、ティピカルなタイプ、理念型を一応前提として論議を進めたいと存じますが、この制度に対しましては個人の立候補を認むべきであるという強い主張がございます。それはさらに、一定の政治団体に所属することという条件を容認した上で、政治団体に所属しておればただ一人の立候補を認めてもよいではないかという議論と、そうした制約を一切認めないで全く純粋に国民が一個人としての立候補をする権利を認むべきであるという議論とに分かれるように思うのであります。
後者は、一定の政治団体に所属することを被選挙権行使の条件とすることは、憲法第二十一条、第四十四条ただし書き、ひいては第十四条にも関連いたしますが、それらの規定に違反すると言うのであります。これは憲法第十三条にうたわれております個人の尊重という個人主義的な世界観に立脚して、基本的人権としての参政権を守ることに最大の意義を置くものであるように思われます。私はこれは傾聴に値する価値観であると存じます。しかし、被選挙権に対しても他の国家的利益を守るために必要かつ合理的な範囲内で制限を課し得るという点につきましては、先ほども申し述べたとおりであります。
立候補に当たって一定の政治団体に所属することを要求するのは、国民が国会議員たらんとして立候補するのは政治家として国政に影響を与え、あるいは自己の所信をあるいは政策を国政に反映させるという目的に出るものであることは言うまでもございません。その極致は政権の掌握であると存じます。そのためには一定の政策を国民の前に明らかにすることがどうしても必要であります。また、同志を糾合して共同して目的を追求することが、一人が単独に行動するよりもより効果的でありますし、合理的でもあります。政治は本来的に共同作業を必要とし、文学や絵画の世界のように個人が孤立して行動することになじまないものであります。したがって、立候補に当たって一定の政治団体に所属することを求めるとしましても、それは決して個人の人権の侵害とは言えないと考えます。
次に、これを憲法第二十一条の結社の自由を侵すものであると説く人もございますが、もともと結社の自由が結社する自由の意義であることは歴史的に明らかであります。ただ反面、国民には結社しない自由があるということも認めないわけにはいかないと存じますが、その自由を、国民が一般の社会生活を送る場合や、学問や芸術活動を営む場合、あるいは単純に政治的意見を表明する場合、さらに進んで選挙権を行使する場合などにこれを謳歌することと、これに対して被選挙権の行使、参議院議員として立候補する場合に適用することとは、とうてい同列に論じ得ないと考えるのであります。
すなわち、国政に影響を与えんとする目的を持って一定の政策を掲げて立候補する政治家は、個人として行動するのではなくして同志とともにその政策を掲げる政治団体を組織しあるいはこれに加入して行動をせよと命じましても、それは政党政治が支配しております今日的状態のもとでは決して不合理な自由の制限ということはできないと考えるのであります。
これについて提案者はどのようにお考えでございましょうか。またさらに、自民党案の提案者の金丸先生にもこの点についてあわせてお伺いしたいと思います。