嶋崎譲の発言 (本会議)

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○嶋崎譲君 私は、日本社会党を代表し、ただいま議題となりました行革関連五法案について、総理並びに行政管理庁長官に質問をいたします。
 この行革関連法案は、第二臨調の答申を受け今年五月閣議決定されたいわゆる行革大綱に基づき具体化されたものであります。総理が今次国会を行革国会と位置づけられたのも、このような経過を踏まえて特徴づけようとされたものと考えます。そのとおり、中曽根内閣の行革はいま新たな段階を迎えています。第二臨調が発足して以来第五次の答申を終えその任務が終わったという第一ラウンドから、いまやそれらを具体化しようという第二ラウンドに入ったからであります。
 そこで最初に、総理、臨調答申をどのように受けとめておられるかを伺いたいのであります。
 臨調設置法によれば、調査会の目的は、「社会経済情勢の変化に対応した適正かつ合理的な行政の実現」のため、その所管事務は、「行政の実態に全般的な検討を加え、行政制度及び行政運営の改善に関する基本的事項を調査審議する。」こととされています。したがって、昭和三十六年から三十九年までの第一臨調では、行革の観念を政策の領域と行政管理の領域とを区別し、行革の対象を後者に限定したのであります。つまり、政策は立法府を中心に決定されるものといったてまえに立って、そのもとでその政策を行政が有効かつ効果的に実施する上で支障となっている点を解消するため、既存の行政の組織や運営の仕組みなどをどう改革するか、これが行革の観念であったのであります。
 ところが、第二臨調は、防衛関係費、経済協力費、エネルギー対策費、国債費などを別枠とし、他の経費の概算要求枠の伸び率をゼロとする差別的シーリングの閣議決定を受けて、五十七年度予算編成に向け個別施策の支出削減にかかわる具体案の提示が求められるという、最初から生臭い政治過程の汚れ役を引き受けさせられたのであります。
 この結果、基本答申と言われた第三次答申は、「近年の内外の環境変化の下で、国の機構、制度及び政策の全般について幅広く見直しを行い、中長期的な展望に立って、行政の在るべき姿、今後の行政改革の基本的な方策を提示する」と述べたのであります。
 注意すべきことは、見直しの対象を機構、制度だけでなく政策も含められた点にあるのです。最終答申において行革の基本的視点とされた変化への対応とは、実は変化への政治的対応であったのであります。したがって、中曽根内閣は、この答申の具体化に当たって、答申が国の基本的施策にまで踏み込んだものであるだけに、答申をうのみにするのでなく、答申が示す基本的施策の方向づけが憲法に照らして妥当なものであるかどうか、国権の最高機関である国会の意見に耳を傾けるという手続をとるべき性質のものであると思うが、総理の答申への基本的な対応に対しての意見を聞きたいのであります。
 次に、臨調答申とそれを受けた中曽根内閣の行政改革路線について、その方針をただしたいのであります。
 その一は、臨調答申に貫く行革の哲学は問い直さなければならないという点であります。
 答申は、行革の目指す目標として、「活力ある福祉社会の建設」「国際社会に対する積極的貢献」を掲げ、新しい行革の基準らしいものを示しています。臨調に哲学ありとすれば、この二点に尽きます。ところが、答申のどこにも出てこない重大な指標の欠落は、憲法的視点の脱落であります。
 憲法は、理念的には国民の基本契約であり、そこには国家の基本構造の原理とともに国家目標の根本が内在しているのであります。憲法に言う国民主権、人権尊重主義、平和主義の三大原則は、日本の常に目指す基本目標であります。防衛費の突出、福祉、教育の切り捨てと言われた臨調行革路線は、憲法の理念に立脚した民主の哲学と国民的基盤のない行革であり、人権尊重に逆行する行革であり、平和主義の国是に背反する行革と言わなければなりません。国民のための行革とは全く相反するものなのであります。その最大のものは、戦争を放棄した憲法の平和主義に反する防衛費の特別扱い、聖域化につながる政策であります。臨調が重要政策の中で防衛を取り入れ、財政再建とは適合しない防衛費の聖域化に一定の基礎を与えた点に第二臨調の際立った姿勢を見ることができます。
 答申は、憲法の精神に基づきとしながらも、みずからの国はみずからの手で守る国民的合意のもとで有効な戦力を備えるべきだとし、他方ではそれと全く矛盾する、一国の安全を単独で確保することは困難であると断定し、日米安保体制を支持しつつ、今後とも同体制の円滑かつ効果的な運用に配慮すべきだと述べています。臨調の言う国際社会への積極的貢献とは、基本的には米国を中心とする対ソ世界戦略への協力のための同盟の強化であることは明らかであります。そして、防衛大綱の実施、国防会議の活性化を提言しているのであります。この提言は、憲法上の疑義を免れないが、国論を二分するほどの根本問題に対し、政府・与党の立場に立って、臨調の課題を越えた領域に踏み込んだものと批判されても当然だと思うが、総理の見解をただしたいのであります。
 また、憲法九条の平和主義は、国を守るための自衛権は当然としても、その手段として陸海空軍を保持せず、国の交戦権を認めないとしたのは、古くからの伝統的な防衛観念、つまり、軍事力と外交という二本立てで国を守るという考え方に対し、世界に例のない軍備を放棄することを方向づけた防衛観念に立つところにその特色があると思うが、総理の憲法九条についての理解を明らかにしていただきたい。
 第二には、臨調・中曽根行革は、憲法が明示した人権尊重という国家目標への努力の放棄に等しいという点であります。
 臨調も指摘するとおり、急速な高齢化社会の到来とともに年金制度が危機的状況を帯びていること、乱診乱療等による医療費の非効率などは、確かに的確な対処や処置が必要な問題であります。しかし、それらの是正や改善は福祉政策の後退を意味するものであってはならないのであります。
 ところが臨調は、活力ある福祉社会をうたいながら、自立自助、民間活力を基本とするという国民任せの原理に逃避して、みずから掲げた公的サービスの体系の整備への積極的努力を放棄しているのであります。ここ数年の予算編成過程におけるゼロないしマイナスシーリング枠の設定の結果、年金の物価スライドの停止、老人医療費の有料化、さらには健保の本人の二割負担、児童手当の抑制など、七〇年代において福祉増進の課題が緒についたやさきに早くも見直しが始まり、臨調もその路線に沿って改革の方向を福祉抑制の側に差し向けることになったのであります。
 教育も同様であります。私学助成の総額の抑制、国公立大学の学部、学科、定員増の抑制、四十人学級の見送り、さらには義務教育の教科書の有償化、奨学金制度の改悪、学校給食の補助の抑制など、枚挙にいとまがありません。社会の活力や国の安全という臨調の目指す基本価値にとって、教育の果たす役割りがきわめて大きいにもかかわらず、この点の前向きの哲学と政策の貧困は、臨調・中曽根行革の致命的な弱さの一つと断定せざるを得ないのであります。(拍手)
 しかも、これら福祉と教育の後退とうらはらに、他方で防衛力の強化が進んでいるため、この後退の意味は、憲法第二十五条、第九条の双方に逆行する哲学に立っていると見るべき状況証拠であると考えるが、総理の明快な見解を明らかにしていただきたい。
 第三には、臨調・中曽根行革は、民主の哲学と国民的基盤に立つことに根本的に欠けているという点であります。
 現代の民主国家では、政治及び行政への国民の参加の要請が世界的趨勢であるが、中央及び地方の双方でこの原則を推進しようとする意図はほとんど見られないのであります。国民の知る権利の制度的保障、情報公開制などの実施についてもはなはだ消極的であります。今日の地方自治体が努力しつつある動向に学ぶ態度すらないのであります。
 また、八〇年代の最大の課題は財政再建であるが、税財政の民主的コントロールを強化する発想はどこにも見出せないのであります。大蔵省主導の財政過程に対し、在来の国会の統制、たとえば予算委員会だけでは真に国民的なものにならなかった実態にかんがみ、財政作用をもっと国民の監視や批判のもとに置く方式が考案されなければならないと考えます。国の財政と税制の双方に国民の批判を不断に受け入れるシステムを導入する必要があるのであります。
 また、国と地方の機能分担についても、市町村への事務配分や機関委任事務の整理合理化をうたってはいるが、抜本的な行財政の再配分を地方分権の立場に立って改革し、中央集権的官僚制を民主化する発想など、どこにも見出すことができないのであります。
 総理、これら幾つかの課題にどう対処されようとするのか、民主の哲学と政策の貧困についてどう判断されるか、見解を伺いたいのであります。
 総理、五年間所得減税を見送り、人勧を凍結し、福祉や教育を抑制し、国民に犠牲を負わせながら、財政再建の展望がいまだに開けないという現実にどのような政治責任を感じておられるのか、明確にすべきときであります。(拍手)
 総理、臨調・中曽根行革では財政再建はできないということ、財政再建の具体策を国民の前に示すべきであります。見解をお示しください。
 以上述べた臨調・中曽根行革における憲法的視点の欠落はどこから来ているのか、憲法改正のみを考えてこられた総理の政治姿勢に由来するのか、見解を伺っておきたいのであります。
 さて、最後に、行革関連法案について見解を伺います。
 その第一は、国家行政組織法の一部改正案の付託がえについてであります。この法案は、すでに内閣委員会に付託済みの法案ですが、国会法四十五条に言う特に必要があると認められる案件として、あえて特別委員会を設置してまで付託する理由を明らかにしていただきたい。
 第二には、国家行政組織法改正案はわが党の矢山議員がこの場で質疑を行ったので、その内容にはあえて触れないが、総理は、第二回国会の国家行政組織法案の審査の際、行政組織の内部部局の設置を政令事項にしていることに対し、これを政令で決めれば国会は関与できなくなり、政党政治が行政官庁にとって無用となること、ややもすれば肥大化する傾向のある行政機構をチェックし、簡素化するためにも法律事項とすべきであると、かつて主張されております。今回提出の法案とは正反対であります。どちらが総理の本心なのか、時によって信念が変わるのですか、お答えください。
 今回の法律案では、官房、局の上限を百二十八と定めているが、改正に伴い政令化される部、審議会についての歯どめがなく、機構膨張の可能性が残るが、これをどうコントロールされるのか。このチェック機能として、臨調第三次答申でさえ国会への報告義務を要請しているのに、改正案では官報に公示するとしているにすぎないのであります。国会への報告義務を明示すべきだと思うが、どうか。お答えを願いたい。
 次に、総務庁設置法案及び総理府設置法の改正案について伺います。
 総理は、総務庁構想を行革の目玉と位置づけているが、これらの案では、局部、審議会、人事等、予算、定員の縮減もなく、単なる機構いじりで、看板のかけかえにすぎないではありませんか。総理がかねてから公言している財政再建、小さな政府、実効ある行革とは無縁であると思うが、見解をいただきたい。
 行政事務の簡素化及び整理に関する法律案も、その努力の跡は見られるが、法案で措置されているものは、許認可及び機関委任事務の全体から見れば氷山の一角でしかないのであります。もっと抜本的な改革に着手すべきだと思うが、どうか。
 以上、要するに、総理は今次国会を行革国会と位置づけられたが、大山鳴動してネズミ一匹の感を免れないのであります。今後設置される行政改革に関する特別委員会では、私が以上述べてきたように、臨調・中曽根行革を憲法に照らして審査すべきものと考えます。憲法に即して、国民のための行革に向けて、中曽根内閣はその政策転換を図るべきであることを強調し、私の質問を終わります。(拍手)
    〔内閣総理大臣中曽根康弘君登壇〕

発言情報

speech_id: 110005254X00619830920_016

発言者: 嶋崎譲

speaker_id: 860

日付: 1983-09-20

院: 衆議院

会議名: 本会議