竹下登の発言 (大蔵委員会)
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○竹下国務大臣 矢追さん、これは今いみじくもマッカーサー書簡から説き起こしてこられた議論でございますが、そのマッカーサー書簡というのは、要するに、国家公務員制度というものができた、それで一般労働者というものとのいわゆる労働問題に対する画然たる整理ができた、その中間的と言うと必ずしも言葉は適切ではございませんが、今おっしゃいましたパブリックコーポレーションというものに焦点を当てた。当時もちろんGHQの間接統治下にある日本でございますから、それに基づいて立法府が、あるいは行政府が今の公社制度にした。
それで、私は、いわゆる専売局であった時代とそれから公社制度になってからというものは、やはりかなりの違いがあったではないかというふうに思っております。公社全体の問題になりますと、今いみじくもおっしゃいました最近の臨調の文から見れば、国鉄なんかのことが非常に念頭にあった書き方になるわけでございましょうけれども、専売公社というものの歴史を見ますと、少しでも当事者間の自主性を尊重された形で推移してきたではないかというふうに、私は私なりにこれを評価しておるわけであります。すなわち、その間のことは、矢追先生御勉強なすった問題でございますが、いろいろな公共企業体合理化審議会が二十八年から二十九年までとか、ずっとできて、そのいろいろな経緯の中に問題がいろいろ指摘されておるその指摘事項を見てみましても、その指摘は今日に至るまで、機熟さなかったと思います。やはり開放経済体制下に日本の国際社会における地位というものがここまで上がってきた、その前の段階でございますから、今日の時点まで機は熟していなかったと思いますが、その類似の審議会等は、確かにそのときどきの現状をにらみ合わせながら、より効率的なものにする建前の御答申なり意見がずっと数限りなく寄せられてきたものではないかというふうに私は理解をしております。