竹下登の発言 (大蔵委員会)

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○竹下国務大臣 基本的に考えまして、国民の租税等の負担によっていわゆる国なり地方なりの予算が組まれ、それはある意味においては経済効率をネグって、それらが地域の均衡的な発展とかあるいは富の再配分とかいうことに使われていくものがあろうかと思います。したがって、専売局であり、あるいは鉄道省であり、あるいは逓信省であるという時代には、そういう範疇の中に、私は今の専売公社なり電電公社なり、あるいは日本国有鉄道というのもあったのではないかというふうに思います。
 それがマッカーサー書簡ということになりますが、要はまさに占領政策で、残念ながら占領軍の間接統治下、すなわち完全なる独立を回復していない状態の中で、ある意味におけるオーソリティーが私はマッカーサー司令部だったと思います。そういうGHQからの書簡などというのは、今では考えられないことでございますが、私どもの選挙にしても、昭和二十一年は、これはまさにいわゆる大選挙区制で、連記制なんというのもありましたし、その後一片の勧告でまた今の中選挙区に返ってみたりというオーソリティーが別にあった時代であったと思います。しかしながら、国民もより民主化した時代の中において、いま少し自由な形といいますか、当事者能力も発揮できる形のものがあってしかるべきだという考えがあったと思いますので、したがって、あのときの法律は北村大蔵大臣であり泉山三六大蔵大臣の時代でございますが、一夜漬けもいいところじゃなかったかと思います。国会へ出て、誤差脱漏どころか、絶えず誤植を訂正するような時代であったわけでございます。そういう中で、とにかく各種公社制度というものがひとり歩きをするようになった。
 その中にあって、たまたま私の所管でございますが専売公社というのは、それをより効率的に改革していこうという各種審議会から、絶えずいっぱいいろいろな議論をいただきながらも、その線に沿って、労使のたゆまざる努力の中に、孜々営々として今日に至った。そこへもってきて、おっしゃいますように、自由化要請というものが、国際社会の地位が上がるに従って出てくる。それに対応して、価格だの関税だの店舗の拡大などというのをやりながら、今度いよいよこの輸入自由化に踏み切った。
 それで、やっぱり総合的に考えますと、民営でいわゆる企業の採算性、合理性の中で行われるものは、私は民営で行った方が、負担と受益の関係からも一番わかりやすいし、いいと思うのであります。が、どうしてもそれでできない部分は、国そのものが国民の租税等によっていろいろなこともしなければならぬでございましょう。したがって、その中間的なもので、いわゆる民営の活力と、そして若干のリスクを企業自体が負わないで、国もそれを負っていこうという中間的な存在として、やっぱり公社というようなものが今日までその機能を果たしてきた。しかし、世界の中で一番頭がよくて一番よく働く国民でございますから、なお一層これにいわば当事者能力と民営における活力を与えることがより好ましいというふうに、世の中が今流れてきているのではないか。その流れの一環であると同時に、自由化要請に対する対応をしたものが、今回御審議いただいておる法律そのものではないか。
 だから僕は、公社、公団性悪説というものには立ってはいかぬじゃないか。それは、国そのもののやることと民間の経済合理性の中において行うことと、国そのものが国民全体に対する奉仕者の立場から、幾ばくかのリスクを負いながらも、この中間的存在としてのそういう機構とか、まあいろいろございますが、より多くが自由な経済合理性の中に昇華されるようになることが好ましいとはいえ、私は、これが全くなくなってしまうことは、国民にとって決して幸せなことではないではないか。だから性悪なるものではなく、その中の人なりあるいは人間関係とかあるいは労使関係とか、そういうものの中で私は、やはり必要悪ではなくして必要善なるものとして存在はしていくべきものではないかというふうに考えております。
 少し長くなりましたが……。

発言情報

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発言者: 竹下登

speaker_id: 22013

日付: 1984-07-11

院: 衆議院

会議名: 大蔵委員会