森喜朗の発言 (文教委員会)

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○森国務大臣 馬場さんからいろいろ多岐にわたります御質問やお考えをいただいたわけであります。私も党におりまして文教部会の仕事をいたしておりましたときからの私の持論でもございますが、やはりできる限り地方にウエートを置いた高等教育機関の新設、あるいは学科、あるいは定員増というような方向でやる方がいい、こういう考え方でおりますし、今もまたそういう気持ちでおります。
 ただ、この高等教育機関というのは、ただ入れ物をつくればいいというものではなかなかいかぬわけでありまして、地方に大学をつくり、あるいは受け入れるだけの定員の枠も広げておきましても、受けるのは高等学校の生徒さんであって、やはり専門的なものでない限りはどうしても東京を中心とした三大都市圏、そうしたところに偏りがちでございます。これをどういう形で巧みに誘導をしていくかというのは、これからの高等教育機関を新設したりあるいは学科をふやしたりする上において大事なポイントだというふうに考えております。
 一方では、地方におきましては工場進出などがなかなかはかばかしくいかないので急遠大学にというような発想では、これはいささか問題はありますけれども、地方都市におきましては、大学誘致というのは非常に多うございます。したがいまして、そうした地方の要求というものもやはりある程度考えていかなければなりませんが、ただ大学をつくり、ただふやせばいいというものでもない、このことも慎重にしていかなければなりません。確かに六十七年の十八歳人口ピーク時という、そのことだけに焦点を合わすことではなくて、そのことがずっと恒常的に、大学が維持発展していけるような、そういうことを十分考えてやはり大学の方策を見出していかなければならぬ、こう思っているわけでございます。
 そういう意味で、でき得る限り地方の大学というのは——学問というのは、財政が硬直化しているあるいは臨調等の答申があるから大学をふやしてはいけません、学部、学科をふやしてはいけませんというふうに割り切れるものではない。新しい学問というのは、人類のためにも、また日本や世界のためにも、これからどんどん広げていかなければならぬということでありますから、そういう意味では、大学というのはすべて今のままでおさめてしまえというものでもない。あるいは受験というものに関する児童生徒、十八歳人口に合わせて大学をつくるということも一つの政策の誘導ではありますけれども、そのことが絶対であってはならぬと私は思っております。したがって、新しい学問の追求というのは人類の未来の問題にもかかわりがあるわけでございますから、文部省としてもそのことについては積極的な対応をしていかなければならぬ、こう考えます。
 したがって、そういう財政や臨調等の行政改革ということから考えれば、今馬場さんからも少しお触れになりましたけれども、これは宮地局長などもよく申し上げております第三セクター方式といいましょうか、そうした大学と県と市とが一体になって新しい方式で見出してやっていくというようなそういう面、これは設置するという物理的な問題であろう、こう思いますが、同時にやはり、新しい学問をどのような方向で将来見出していくのか、こういうことの考え方も必要であります。これだけの交通機関の発達もございますし、日本列島全体が狭くもなってきておることでもありますし、できるだけ地方に特色ある大学というのはやはり今後の大事な課題である、そんなふうに、今雑感も含めながら、馬場さんの御質問や御意見を承りながら、私はそういう考え方を持っておるわけでございます。

発言情報

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発言者: 森喜朗

speaker_id: 27194

日付: 1984-04-04

院: 衆議院

会議名: 文教委員会