森喜朗の発言 (文教委員会)

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○森国務大臣 総理の提言がございまして、そして二十一世紀までに目標としては十万人でありますが、その直前までは当面五万という形で有識者が中心になった御提言をいただいて、これから政府全体として取り組んでいかなければならぬ、今そういう時点でございます。
 しかし、留学生というのは、ただ来てくださいというものでもないのだろうと私は思うのです。とにかく日本に来ていただいて学んでほしいということになれば、これは国費留学生ということになってまいります。これは予算面でかなり大きな前進がなければなりませんし、現状の予算の仕組みからいって文部省だけでは非常に難しい問題がございます。政府全体として取り組むということになれば、また角度を少し変えていかなければならぬと思います。逆に、私費留学生ということでどんどん受け入れることが一つの基本になるのではないかと考えます。
 そうなりますと、私費留学生として日本に来て学ぶのだというメリットを外国の皆さんが感じてくれないと、日本に行って学びたいと考えてくださらなければ、私費留学生の人々がふえることは期待できないわけでございまして、そういう意味では、高等教育のみに限定するわけでもございませんけれども、高等学校にいたしましても、世界の国に対して日本に学ぶことに大変大きなメリットがある、あるいは日本に行って学びたいという意欲を持ってもらうことから取り組んでいかなければならぬのではないかと私は思うわけでございます。
 当面、さはさりながら、二十一世紀まであと十六年しかないわけでございますから、それにつきましては国公私立あわせて、各外国からの留学生を受け入れるできる限りの協力体制を文部省としてもぜひお願いしていかなければならぬことであると思いますが、私学に対しても、そういう受け入れる構えをぜひ検討していただきたいと、文部省といたしましてもまた働きかけていきたいと思っているところでございます。
 私、この場で私見を申し上げていいかどうかわかりませんが、先ほども申し上げましたように、地方からの大学の誘致、設置の希望が非常に多いという今日の中で、物理的条件というのはいろいろな意味で、これは第三セクターとかどういう方式を生み出すか、何らかの方法で県と市が一体となって努力していかなければならぬことでございますけれども、これからの地方の都市は、昔の旧制高等学校がよかったか悪かったかということではなくて、そういう議論ではなくて、例えば二局は東京でございましたが、円高は私の金沢でございましたし、三高は京都、熊本は八高でしたか……(馬場委員「五高です」と呼ぶ)五高でしたね。そういうふうに、あのころ熊本に行って学んだのだとか、青春の血をたぎらせたときに私は金沢でやったのだという人が、今、日本のいろいろな指導者階級に随分いらっしゃるわけです。そういう地域に学んだことは本人にとっても非常にプラスでありますし、その地域にとっても、それからまた東京や大阪に出て全国に広がって各界で活躍されておるのを見ると、そういう地方に行って学ばれることは非常にいいことだと私は思います。そういう意味で、これからの世界全体を考えてみましても、日本に行って熊本で学んだ、日本に行って仙台で学んだという人が、これから東南アジア、世界全体からあってしかるべきだし、またそういう方向を見出していくことが、日本の国の教育にとっても、それぞれの問題を抱えておる地方にとっても大変メリットがあるのではないか。そういう意味で、県や市あるいは地方に現在ある既存の大学がそうした世界の国々から多くの人々を招いて、その地域との結びつきを深めていくという意味からいっても、留学生をできるだけ地方の大学の方に誘導していけるように、そのためには、さっきちょっと申し上げましたように地方の大学に学ぶというメリットがある、そういう大学にそういう機能や学問をどうしても備えていくという構えをしていくように願いたいと思っておりますし、文部省としてもそういう方向をぜひ指導していきたいと思っているわけでございます。

発言情報

speech_id: 110105077X00519840404_013

発言者: 森喜朗

speaker_id: 27194

日付: 1984-04-04

院: 衆議院

会議名: 文教委員会