森喜朗の発言 (文教委員会)

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○森国務大臣 今、馬場さんのお話をいろいろ伺いました。
 水俣のみならず、最近、こうした科学時代といいましょうか、あるいは文明の進達の度合いによっていろいろな弊害が出てきておる。衆議院、参議院含めまして、予算委員会におきましてカネミを初めとして悲惨な事件の問題が提起をされておるわけでございまして、私の持論でありますが、文明が進めば進むほど文化は逆に廃退をしていく。大変怖いことだと思います。当然、そのことを事前に予測をしてそうした学問が確立しておればすべてそれはおさめられるというものではないだろうと思いますが、こうした問題はこれからも、例えば体外受精の問題だとかいろいろ考えてみますと、科学が進めば進むほど我々が想像し得ないような問題が出てくるような気がして、ある意味では今のままでとまっておってほしいなと思うくらいで、文化というものを考え、文化を薫り高く維持していくためには、何かそのような恐ろしささえも感ずるというのが私の正直なところでございます。
 そういう意味で、今大学局長からも御答弁申し上げましたが、学問といたしましてはいろいろなや川方があるだろうと思いますし、あるいはまた環境に関する科学といっても理学、農学、医学、いろいろな形で分かれるものでございますから、これからのノーハウについてはまだ検討してみる大事な課題であろうと考えております。
 馬場先生の御質問があるということでございましたので、きのう早速この馬場構想を読ませていただきました。やはり御専門の先生だけに、いろいろとスケジュール等も実に細やかにメモしてございまして、大変勉強になりました。学問としてこうして取り上げていくかどうかということ、これは私ども政治家として判断できるかどうかというのは非常に微妙なところでございますが、今後専門の人たちによって、こうした学問を学問として取り上げていくのか、大学として別個にやっていくことがいいのか、あるいは研究所あるいはまた現在ある高等教育機関の中に組み入れていくことなのか、こうしたことをこれからも検討してみるべき価値のあるものだなということを、私は拝見しながら感じたわけでございます。もちろん、その結果大学をつくるべきだ、独立の高等教育機関としてやるべきだという考え方が出れば、確かに文明病と言われるようなこうした公害の日本の歴史の中でいろいろな意味で最も大きなテーマを投げかけたという意味では、水俣のところにやるということは、日本の国の上においても、世界全体の国から見ても意義のあることだろうなというふうに感じます。
 いろいろな意味で、この先生の御指摘は極めて示唆に富む研究課題であるというふうに考えておりますので、文部省としても十分検討をさせてみたい、こう思います。

発言情報

speech_id: 110105077X00519840404_024

発言者: 森喜朗

speaker_id: 27194

日付: 1984-04-04

院: 衆議院

会議名: 文教委員会