江田五月の発言 (文教委員会)

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○江田委員 今文部大臣のお言葉の中に出てまいりましたけれども、戦後の教育ですね。大臣が昭和十二年生まれとたしか伺っておりますか、そうすると終戦時が小学校の二年生ですか、ある意味では戦後の大変混乱した時期に教育のスタートを受けられた。私は昭和十六年生まれ、大体同世代ですが、小学校へ入ったのが昭和二十三年。大臣の場合は、恐らく墨で消された教科書をお使いになった。私の場合にはそれよりちょっと後です。しかし学校の運動場は、かわらのかけらなどがごろごろしている。学校の隅の方は、戦争中に空襲で亡くなった皆さんを積み上げて焼いたような場所がある。骨こそ出てこないようになっていますけれども、ある意味ではそういう劣悪な教育環境。教育の内容も、私、たしか小学校二年のときに、国という字が国構えに或という字を習って、今度三年のときに今の国という字を習って、一円二円の円という字も途中で変わった。そういう時期に教育を受けて、騒然たる教育環境であり、不十分な教育設備、しかし、何かあの当時の教育に私は自分の教育の原点を持っているんですが、文部大臣の教育の原点というのは一体どの辺におありなのか。

発言情報

speech_id: 110105077X00619840411_006

発言者: 江田五月

speaker_id: 17067

日付: 1984-04-11

院: 衆議院

会議名: 文教委員会