田沢智治の発言 (本会議)

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○田沢智治君 私は、自由民主党・自由国民会議を代表して、ただいま趣旨説明がありました臨時教育審議会設置法案につきまして、総理大臣及び文部大臣に若干の質問を行いたいと存じます。
 まず最初に、中曽根総理は、今国会の施政方針演説において、今日における国政上最大の課題として教育改革を取り上げ、その断行に取り組む決意を表明され、次いで、この臨時教育審議会設置法案を提案されたのであります。この総理の教育改革構想は広く国民に受け入れられ、大きく期待されるに至っております。そして今日では、教育改革の必要性については国民的合意がほぼでき上がっていると言っても過言ではありません。ここに、教育改革というまことに重要かつ困難な課題に積極的に取り組む姿勢を打ち出された中曽根総理の先見性と勇断に対しまして、心から敬意を表するものであります。
 今さら申すまでもなく、今日我が国の教育の現状は、これを一日も放置することを許さず、その早急な改革が迫られております。
 すなわち、第一に、校内暴力を初めとする各種の少年非行の多発に見られるように、多くの子供たちが追い込まれ、反社会的な行動に走るに至っていること。第二に、偏差値教育に象徴されるような受験競争、受験勉強が過熱化し、いわゆるできのよい子供たちは、本来必要かつ望ましい学習ではなく、受験のためにのみ役立つ記憶中心の勉強に励み、他方では多くの児童生徒が、子供の特権とも言うべき未来に挑戦する気力を失って、劣等感のとりこになり、あるいは学ぶ意欲を失うに至っていること。さらには、基本的な価値観、道徳や生活習慣を育成して豊かな人間性を育ててもらいたいという父母や社会の願いに反し、学校の一部においてはこれにこたえる教育や学校運営を行っておらず、ために父母の学校や教師に対する不信、不満は極度に高まっていること。このような教育の結果として、何よりも現代の青少年が困難や未知の分野に立ち向かっていく覇気を失ってきており、果たしてこれらの青少年が、多くの困難が予想される二十一世紀の国家社会を背負っていけるかという心配が日に日に増大しているなど、まことに憂慮にたえない現状であります。
 したがって、このような教育の現状を一日も放置することは許されず、早急にその改革に取り組むことこそ、まさに現下の国政上の急務であると言わなければなりません。
 では、今日のこのような教育の実態を招いた原因と背景は一体何でありましょうか、まことに複雑であります。俗に複合汚染と言われているゆえんでもあります。したがって、教育改革の必要性については国民の意見は一致するのでありますが、その改革の方向や内容については必ずしも意見は一致せず、むしろまことに多様な現状であります。例えば入試制度の改善を最重要視する者、あるいは教員の養成と資質の向上を第一にする者など、さまざまであります。ここに教育改革が口で言うはやすく実行しがたいゆえんがあります。また、これまで教育改革が真剣に取り上げられなかった原因の一つであると思います。
 今回、せっかく中曽根総理がこの困難な国民的課題に英断をもって取り組まれることになったわけでありますから、臨時教育審議会がこの期待にこたえ、国民的合意を形成するようなすばらしい改革案をまとめられることを切に願うものであります。そのためには、本審議会が多くの国民の支持と期待を担って祝福されて発足することが肝要であり、また同時に、審議会の自由な審議を望みながらも、政府としてはどのような問題の検討を期待しているかが、できるだけ国民の前に具体的に明らかにされることが必要かつ望ましいことと考えるのであります。
 中曽根総理、総理は、今日の教育の荒廃の現状とその原因、背景をどのように認識され、審議会に何を検討してもらいたいかを、これまでの発言の内容を整理して国民の前にわかりやすく明らかにしていただきたいと存じます。
 次に、教育改革を考えるに当たって基本的に踏まえなければならないところの教育の理念、役割とその重要性についてお伺いしたいと存じます。
 教育は、言うまでもなく国家社会の発展の基礎を築き、人間が人間として成長し、充実した人生を送るための基礎をつくるものであります。したがって、国政上最大の尊重を要することは論をまたないところであります。我が国が有史以来幾多の困難を克服して今日の発展を見たのは、明治以降今日まで厳しい社会的、経済的、財政的事情のもとで教育を最重要視した先人の見識と勇断に負うところまことに大きいと言わなければなりません。
 翻って、現代という時代を考えますと、我が国を初めとする地球社会は大きな転換期を迎えていると言えましょう。すなわち、情報化、国際化、高齢化等の急激な社会の進展に今後どう対応するか、南北間の深刻な格差や貿易摩擦などを解決して経済の安定的成長をどう持続するか、そのための科学技術の革新や産業構造の転換、産業社会の開発発展と自然保護との調和をどう実現するか、さらには、変化が急速で複雑高度化と流動化がますます進む現代社会の中にあって、人間にとって一番大切な思いやりの心を基本とした人間性豊かな社会をどう建設していくか、また、今日世界のあちらこちらで不幸な戦争が後を絶たず、全世界の平和をどうつくり上げていくか等々、まことに多くの困難な課題に我々は直面しているのであります。
 しかも、かつてのようにこれらの解決の見本は世界じゅうのどこにもなく、いわば海図を持たずに航行しなければならない船のような現状の中で私たちは生活しているのであります。これらの解決の多くは、これからの青少年の英知と行動力に期待せざるを得ません。その意味において、教育の果たす役割と重要性は、これまで以上に大きい比重を占めていると私は思います。
 しかるに、我が国の現状を見ますとき、これまでの不断の努力の結果、教育の普及は目覚ましく、今や世界有数の国家として世界に誇るべき極めて高い水準の教育を我々日本人は持つに至っているのであります。ところが、この教育の普及によって、教育を受けることを当たり前と考え、先人の努力の成果であることを忘れ、教育の意義、重要性やありがたさも忘れる傾向を生じております。
 もともと我が国は、徳川時代の寺子屋教育や藩校の普及によって国連の隆昌をもたらし、みずからの生活やその属する社会の充実発展を図るために国民みずからが進んで学び、教育を受けることに大きな喜びを感じて、苦しい生活環境の中にあっても可能な限りよい教師を求め、必要に応じて学校をつくる気風が国民性として根強くあったのであります。この気風と土壌があったればこそ、明治以降の教育成果によって経済大国日本の今日があると信ずるのであります。その意味において、このたびの教育改革は、我が国の歴史的伝統に思いをいたし、教育のひずみを是正して二十一世紀に向かって前進する民主国家日本を建設するために必要な措置であると確信するものであります。
 そのためには、現代社会の諸悪の根源と言われる偏差値重視の教育実態を一掃しなければなりません。なぜならば、偏差値の高い者ほどすぐれ、低い者ほど劣るとされる社会的、学校的教育観は、天地自然の法則に反し、人同存在の価値を否定するものであるからであります。
 神仏の教えに、大きい木は小さい木より必ずすぐれているとは言えず、また小さな草は大きな車より劣るものではありません。野に咲く小さなスミレにも美しさがあり、背丈の高い大きなススキにもまた風情があります。それと同様に、人間一人一人の表面にあらわれている頭脳や才能や体力はいろいろの差があっても、それぞれの個性に応じてすぐれた資質をその生命に宿し、すべてがとうといものであると教えております。
 教育の本質は、このような天地の理法にあり、その人の資質に適した教育を施したとき、その人の個性に美しい花を吹かせ、実を結び、世のため人のために尽くす人材が育成されるものであると確信するものであります。このような人間の多様な価値を認める教育を実現することこそ、今日国民が最も求めている教育改革であると私は信じます。
 そこで、二十一世紀の社会を展望して、今後我が国の教育はどうあるべきかという基本的な教育の理念とその役割、重要性について総理の御所見をお伺いしたいと存じます。
 また、教育の改革を行うためには、当然財政的配慮もゆるがせにはできません。もちろん、今日の財政事情を考慮しなければならないことは言うまでもありませんが、可能な限り財政に配慮をしなければならないと考えます。この点、総理の決意をあわせてお伺いしたいと存じます。
 次に、本審議会を総理大臣の直属の機関とした理由についてお伺いをいたします。
 教育は、よく言われるように、その社会のバロメーターであります。したがって、今後の教育のあり方を考えるに当たっては、単に教育的観点からだけではなく、将来を展望して極めて広い視野から、これまでの物の考え方や教育制度の枠組みにこだわらず、総合的に検討することが必要であります。また、この改革を実現するためには、文部省という一省庁の力だけでは到底無理であり、内閣の総力を挙げて取り組むことが大切であると思うのであります。
 そこで、私は中曽根総理に対して、国民の十分な理解を得るために、改めて総理直属の審議会として設置される理由について明らかにしていただきたいと存じます。また、あわせて、内閣を挙げて教育改革に取り組み、国民の期待にこたえんとする総理の決意をお伺いしたいのでございます。
 次に、臨時教育審議会と教育基本法の関係についてお尋ねいたします。
 昭和三十一年当時、それは清瀬文部大臣のころでありますが、教育基本法を改正するため、内閣直属の機関として臨時教育制度審議会を設置するための法律案が国会に提出されましたが、同時に提案されておりました教育委員会制度の改革を図るためのいわゆる地教行法を優先して成立させるため審議未了となった経緯があります。その後も教育基本法の改正についてはしばしば話題になり、今日でも、我が自民党の内部を含め国民の間にも教育基本法の評価に意見が分かれていることは否定できないのであります。ところが、今回提案された法案では、第一条の目的の中に「教育基本法の精神にのっとり、」と明確に規定されております。
 そこで、教育基本法制定以来これまでの論議の経過と、今日教育基本法が国民にどう受け入れられていると考えているか、また、第一条にこのよ
うな条文を入れた理由とその意味について総理の御所見をお伺いしたいのでございます。
 また、このこととは別に、臨時教育審議会は、何らのタブーを設けることなく、また何らの拘束を受けることなく、二十一世紀を担う青少年をどうすれば立派に育成することができるかという観点から、教育をめぐるすべての問題について自由に幅広く検討することが何よりも必要であると考えるのであります。総理にその見解をお伺いしたいのでございます。
 次に、審議会委員の人選でございます。
 審議会が成功して立派な答申、意見をまとめることができるかどうかは、ひとえに委員の人選、すなわち委員に適任者を得るかどうかにかかっております。衆議院における修正で、委員の任命が国会同意人事とされたことは、国民の代表たる国会の意見を反映する意味で結構でありますが、ただ、このことによって審議会に政党色が持ち込まれることがあっては断じてなりません。さらに、各方面からの要望に顔を立てる余り、選考の枠を広げ過ぎて総花的構成になって、また実のない審議が行われてはなりません。したがって、各方面の意見を聞くことは結構ですが、最終的にはあくまでも総理の責任と明確な方針に基づいて、教育改革を検討するにふさわしい識見と人格の持ち主を毅然として選んでいただきたいと存じます。
 そこで、委員選任に関する基本的な方針と、本法案成立から国会の同意を得て委員を任命するまでの具体的な手順についてお伺いしたいと存じます。
 次に、本審議会の存続期間は三年とされておりますが、審議会の発足から最終答申に至るまでの具体的な運営の方針やスケジュールについてお伺いしたいと存じます。
 今日解決を迫られている教育課題については、短期的なものから長期的なものがあり、しかも大変広範囲にわたっております。しかも、その改革の方向について有識者や国民の間に多様な意見があります。したがって、審議会の意見、答申が国民の合意を得るためには、審議会の運営の過程で広く国民の意見を吸収すると同時に、審議の状況を適時国民の前に明らかにして問題の所在を明らかにすることなど、運営上の種々の工夫をすることが肝要であると思います。この点、審議会の運営の方針や方法について、現在文部大臣はどのような考えをお持ちになっておるか、お伺いをいたしたいと存じます。
 最後に、日本社会党から提案されております国民教育審議会設置法案について、一、二提案者にお伺いしたいと存じます。
 率直に申して、国民教育審議会という名称は実に大きく立派でありますが、その実質は文部大臣の諮問機関である中央教育審議会を若干強化したものにすぎないと私は思っております。その意味では、政府案に比べスケールに欠けるのではないかと存じます。今日まで中央教育審議会は、我が国の教育の振興上大きな役割を果たしてきたことは言うまでもございません。日本社会党におかれても、同様に中教審を高く評価して、このような改革案を提案されたのではないかと思われます。ただ、先ほど来申し述べましたように、今日要請されている教育改革を文部大臣の一諮問機関で適切に処理することは大変困難ではないかと考えるのであります。
 そこで、日本社会党が文部大臣の諮問機関として提案された理由と、この構想で教育改革に適切に対処できると判断された根拠について提案者にお伺いいたし、私の質問を終わらせていただきたいと存じます。
 御清聴感謝申し上げます。(拍手)
   〔国務大臣中曽根康弘君登壇、拍手〕

発言情報

speech_id: 110115254X02219840713_007

発言者: 田沢智治

speaker_id: 18766

日付: 1984-07-13

院: 参議院

会議名: 本会議