馬場昇の発言 (環境委員会)
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○馬場委員 時間が来ました。あと一つで終わらせていただきたいと思います。
水俣・芦北地域振興計画というのは、これも閣議了解事項になっているわけでございますが、今までずっと来て、あの辺、福島先生も選挙区ですが、私も選挙区です。熊本県の場合、熊本中心の北の方と比べて南の方は非常に落ち込んでいるのです。これは水俣病があったから、高度経済成長、あれがいいか悪いかは別として、余り施策が行われなかったということはありますが、何としても今までの地域振興計画を、閣議で了解しておりながら従来の省庁別の寄せ集めのような格好ですから――私は、これは一つの仮定、一つの例ですけれども、あそこは世界の公害の原点というのだから、あの不知火海の周辺を国際的な環境都市あるいは福祉都市、教育都市、そういうものにつくり上げるというような青写真でもつくって、これに向かって地域を振興していこう、そして公害の原点の忌まわしかったものを希望の持てる都市にしたい、そういうような計画というものを国も県と一緒になって指導してつくり上げていただいてはどうだろうか、こういうことが一つです。
それからもう一つは、私は、その一環として水俣に国際環境大学をつくれということを実は要求して、鯨岡長官は、実は環境問題は人類のために学問として定着していかねばならぬ問題であり、それを専門とする学校が国の手によってできることは、時代の趨勢として当然起こり得る問題であり、前向きに文部省などと考えてみたい、設立するとすれば公害の原点水俣・芦北地域が適当だろう、こういうことを言って、歴代環境庁長官も、文部省と話をして、そういう前向きで対処したいと言っておられますので、石本長官もこれを継承していただけるかどうかということでございます。
もう一つ、これは事務局の方で、初めてですが、実は朝鮮の方々があの戦争中、戦後もいっぱい水俣で生活し、働いておって、その人たちが五十九年六月までずっと毎年毎年、ここにございますけれども、三十四年から五十年まで朝鮮の方に帰っておられるのです。私の調べでは北朝鮮に百十三人、韓国に十七人、計百三十名の方が帰っておられますが、こういう人たちも、ずっと今あそこに住んでおる者で水銀に暴露されたのと同じような条件で住んでおられたわけでございます。それで、現在あそこに住んでおられる人もおりますが、関西方面に行かれた朝鮮人の方もおられます。こういう方がやはり水俣病にかかっておられるのではないかと私は思うのですが、政府においても、北朝鮮と国交がないと言われるかもしれませんが、人道的にも赤十字等を通じて調査する必要があるのではないか。調査した段階で本当に水俣病であれば、やはり補償すべきではないかと私は思いますが、以上、三点についてお答えいただきたいと思います。