馬場昇の発言 (文教委員会)

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○馬場委員 私もそのとおりに考えます。今日の教育の荒廃の原因はいろいろあるわけですね。学校にもある、社会にもある、その他経済の発展とか時代の趨勢とか、いろいろあると思いますけれども、その中で最も反省しなければならぬことは、この教育基本法を無視して、教育基本法の精神というのは私は人間尊重の精神だと思うのですよ。この人間尊重の精神から離れたところで教育が行われておる、そういうところに教育荒廃の原因があると思う。だから、本当に教育基本法を忠実に行えば、教育の荒廃は今日のようにはならなかったと私は思います。
 大臣も御記憶と思いますけれども、ことしの二月十六日に横浜市の団地の十三階から小学校の五年のオー君が飛びおり自殺をした。このオー君が四年生のときに書いた作文というのがマスコミに出ております。何と書いてあるかといいますと、
  紙がくばられた
  みんな、シーンとなった
  テスト戦争の始まりだ、
  ミサイルのかわりにえん筆を持ち
  機関じゅうのかわりにケシゴムを持つ
云々と書いて、
  テスト戦争は 人生をかえる、
  苦しい戦争
こういう作文をこのオー君は自殺する前年の四年のときに書いておったということがマスコミに報じられております。私はこれを見て、平和であるべき教育の中に、学校の中に受験戦争だとか受験地獄だとかという言葉が使われること自体が悲しいのですが、この競争社会に対してこのオー君は非常に抗議をしておると私は思います。
 また、登校拒否をした中学二年生の作文を私はマスコミで読ませてもらいました。先生もお父さんも無理に学校に行かせようとする、来させようとする。自分はどうしていいかわからない。そして、自分を捨てて幽霊みたいになって学校に行く。そうしたら先生や父母は喜んで、毎日学校に来ている、人間やれば何でもできるわねと言う。そして、気持ちが悪いぐらいほめられた。死んだように生きるのをほめられて、学校って何だろう、先生って何だろう、競って何だろうと思った。そういう趣旨の登校拒否をしておる中学二年の作文を読みました。
 また、小学生の作文でもう一つこういうのを読みました。授業のときに球根をたくさん持ってきて、一つずつとりなさいと先生が言ったから、みんなわっと我勝ちに球根をとりにきた。ところが、ある子は最後にのっそりのっそり来て、一番最後だからくたびれた小さい球根を持っていった。ところが、このことについて先生と親は、あの子は本当に競争に加わらなくて困る、こう言った。しかし、子供はそのとき何と言ったかというと、あの小さいくたばったやつはみんながとるのはいやだろうから僕が最後に行ってとったんだ、しなびた球根だって一生懸命水をやれば、お日様に当てたら花が咲くと思った、僕は育てることを一生懸命やろうと思ってとったんだ。ところが、これについて、あの子は競争力がないとか言って大人はみんな心配する。本当にこういう人間尊重の精神というものがなかったところに教育の荒廃が出てきておる、こういうぐあいに思います。
 画一化とか硬直化とか批判が言われておりますけれども、私もずっと戦後教育にタッチしてきまして、やはり政府とか財界とかが教育に介入した。国家主義的な教育とか能力主義、差別主義的な教育、あるいは非常に子供とか先生を管理する教育、これは教育基本法の精神と違うのです。そういうのが行われてきた、こういうぐあいに考えます。
 そこで、大臣に質問ですけれども、中教審が四六答申、四九答申を出していますね。これはみんなこの教育改革を、四六答申も、四十九年の答申なんかというのは第三の教育改革だと今も言っています。このときも非常に立派な教育改革と言われた。ところが、何にも実現をしておりませんね。この四六答申や四九の中教審答申の教育改革が何で実現できなかったのかと考えておられますか。

発言情報

speech_id: 110205077X00419850329_018

発言者: 馬場昇

speaker_id: 10581

日付: 1985-03-29

院: 衆議院

会議名: 文教委員会