馬場昇の発言 (文教委員会)

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○馬場委員 第三の教育改革なんと四九答申なんかのときに言われたのですよね。ところが、今大臣は大抵できたとおっしゃるけれども、ほとんどできていないのですよね。そういうことですが、そのことの議論はいたしませんが、私がここで議論して大臣に考えてもらいたかったのは、この四六答申、四九答申というのは、答申が出たときに国民から物すごく批判が巻き起こったのですよ。ああこれはいい、やろうという気持ちじゃなしに、これはおかしいという批判が巻き起こった。その原因はいろいろあると思いますけれども、私がさっきから言っておるのは、教育の主体というのは今言ったのっそり行く子供ですよね。そして、今言った登校拒否をする子供とか自殺する子供はいろいろ本音を出している。そういう一人一人の子供の心に触れるというのが教育です。だから、そういう意味で教育改革というのは、そこの子供あるいは学校で教えている教師、そしてまた父母、こういうのが教育の主体だけれども、この声がこの答申に余り反映されていなかったというところに教育改革が失敗をした原因があると私は思います。
 それから、これは後で少し詳しく議論いたしますが、これはやはり財政が伴わなかったのですよね。例えば、四六答申では六十九兆だとか、四九答申では百兆とか二百兆とかを超える費用が要るような計算もできておったので、財政が負担ができなかった。さらに言うならば、やはり今、入学制度とかあるいは受験教育の頂点にある入学試験とか、受験制度の頂点になるところのいわゆる学歴という信仰、そこが変わらなければなかなか変わらない。そういういろいろなことがあって、あの四六答申、四九答申というのはうまくいかなかった、こういうぐあいに考えます。
 そこで、余り時間もないのですが、大臣の気持ちをまたここで聞いておきたいのですが、教育改革というのは、何回でも繰り返して言いますが、私は繰り返して言っても絶対に言い過ぎにならぬと思うから言うのですけれども、教育の改革というのは、今の子供たちがどうなっておるのかということを正しく理解する、子供が何を考えておるのかということを正しく理解する。そして、学校がどうなっているのかということを正しく理解する。その次に、家庭がどうなっているのか、家庭教育はどうなっているのか、あるいは社会教育はどうなっているのか、地域はどうなっているのか、こういう現状をきちっととらえる。そして子供、人間という立場に立った教育改革の議論というのをしなければいけないのだと思う。
 そういう意味で、私は、今臨教審が行っておる議論をずっと見ますと、何かこう臨教審は別な次元のところで議論をしておる、教育改革で議論しなければならぬところとそれておるというような感じがしてしようがない。このことは、教育を改革しなければならないというのは事実あるのですから、その中で苦しんでいる子供とかいろいろな者がおるわけですから、そういう者にとっては、今の臨教審の議論というのは非常に不幸な方向に動いているのではないか、こういうぐあいに思えてならないわけでございます。
 だから、そういう意味で大臣に聞きたいのは、本当に子供が何を考えているか、どう置かれているか、学校がどうか、そして地域がどうか、こういうことを正しく理解し、そこから教育改革の方向を見出さなければならぬと思うのですが、いかがでしょう。

発言情報

speech_id: 110205077X00419850329_020

発言者: 馬場昇

speaker_id: 10581

日付: 1985-03-29

院: 衆議院

会議名: 文教委員会