馬場昇の発言 (文教委員会)

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○馬場委員 あと、教育の自由化については、さっき言った民間活力論とか民営化論とかこういうところで触れたいのですが、時間がありませんので、最後に、この教育改革というのは二十一世紀に向けてということで、先般のこの委員会でも木島委員の議論の中でも出てきたわけでございますが、私は、二十一世紀に向けた教育改革の理念というものはやはりきちっとしておかなければならないのではないかと思います。これも大臣も御経験のとおりでございまして、十五年戦争、本当に日本の若者を、子供を、国民を死に追い込んだ軍国主義教育の反省の上に憲法、教育基本法ができたのだということは論をまつまでもないわけでございます。恒久の平和、基本的人権、主権在民、憲法のこの三大原理、そして平和と真理を追求する人間の育成、そして平和的な国家、社会の形成者をつくる、これが憲法、教育基本法の理念でございますが、もちろん今次教育改革も、二十一世紀に向けても、この教育理念というのは尊重されなければならない問題だと思います。
 二十一世紀論が大分議論になったのですが、二十一世紀はどういう世紀になるのだという木島委員の質問に対しまして、大臣は、高度情報化社会になるのだ、高度技術社会になるのだ、あるいは国際化社会になると思う、高齢化社会は間違いない、こういうふうな答弁をなさっておられたわけでございます。やはりそういう方向に行くであろうと、私も当面はそう思います。しかし、問題は、この高度情報化社会、高度技術社会、国際化社会、高齢化社会というのは、平和がなくしては二十一世紀はないわけです。核戦争でも起こればもう二十一世紀はないのですから、人類もないのですから、だから、すべてこういう社会を想定するにしても、平和であるということがその基盤になっておると思います。さらに、高度情報社会とか高度技術社会とか、こういう社会を考えた場合に、民主主義というものがなければ、例えばだれかが高度情報をひとり占めにしてしまう、そうしたら情報のない者は奴隷になってしまうというようなことだって出てくる、あるいは高度技術のロボットが人間を使う、これでは人間の豊かさ、幸せというのはないわけでございまして、本当に民主主義があって、その基盤の上に立って高度情報社会、高度技術社会にならなければ、あるいは高齢化、国際化社会にならなければ、何の意味もないということは明らかでございます。だから、二十一世紀を語るときには、本当に二十一世紀というのは核兵器の存在しない平和で民主主義の世代にしなければならない、それが基盤であるということは当然過ぎるほど当然でございます。
 だから、そのためには、初めて原爆の被曝を受けた日本の国民、そして日本国の教育というものに、憲法、教育基本法にもあるこの平和の理念、民主主義の理念というものが内容的にも制度的にもきちんと現実化していかなければならない、こういうぐあいに思います。今暴力とか非行とか問題にされておりますけれども、戦争というのは最大の暴力でしょう、最大の非行でしょう。それから平和と人権、国際連帯、こういうものが最高の道徳でしょう。そして、国を愛するというのは皆共通の基盤ですよ。だから、最大の非行、暴力である戦争をなくする平和と人権、そういうものが最高の道徳教育、そういうことをやることが国を愛する基盤になるんだ。こういうことを教育の原点にしておかなければいけないのではないか、私はこういうぐあいに思います。
 そういうところで、私が申し上げたいのは、教育改革の中で平和教育、民主主義教育、このものを本当に大切にする、そのことが教育改革の原点であり、基盤にしなければならない、こういうことについて、大臣どう思いますか。

発言情報

speech_id: 110205077X00419850329_028

発言者: 馬場昇

speaker_id: 10581

日付: 1985-03-29

院: 衆議院

会議名: 文教委員会