小里貞利の発言 (日本国有鉄道改革に関する特別委員会)
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○小里委員 総理を初め閣僚各位、連日御苦労さまでございます。
長かった国鉄の歴史も、抜本的な改革を前にいたしまして大きな変貌を遂げようといたしております。私は、ただいまから国鉄改革法、すなわち八法を中心にいたしまして、自由民主党を代表いたしまして、総理を初め関係閣僚に基本的な問題につきましてお尋ねを申し上げるわけでございますが、何分にも限られた時間でございます。要点を簡潔に整理しながら質問を申し上げたいと思いますが、答弁もしかるべくよろしくお願い申し上げます。
さて、我が日本国有鉄道の原点は、時代をさかのぼること百十四年、すなわち明治五年九月十二日、新橋―横浜間の汽笛一声で始まったと言われております。文明開化の旺盛な意欲に満ちあふれた先人たちが、当時、厳しい財政事情のもと、国運隆盛を期して頑張った、その記念すべき一つの行事、その当日のいわゆる開通式の一端が――ここに新聞があるのでございますが、すなわち明治五年九月十三日の新聞であります。そこには近代国家の発展にかける民族的なたくましい躍動感がみなぎっております。
「聖上陛下御臨幸を仰ぎて 鉄道開通式挙行の大盛儀」というタイトルのもとに記されておるのでありますが、その一端を申し上げますと、「鉄道館内には、近衛兵一大隊を整列し、挙銃の式あって音楽を奏ず。館内無数の旗章を翻し、紅白百千の提灯を掲げかつ烟火を揚げ、花木各種の装飾をなして時ならざる春を発するに似たり。」と書いてあります。このように日本交通史始まって以来のけんらん荘厳たる式典であり、この伝統的な主幹交通としての存在が日本国有鉄道には今もなお脈々と伝承されていると私は信ずるのでありますが、総理、いかがなるものでございましょうか。
それから時がたつこと百十四年、星が流れるごとく過ぎ行く光陰まことに早いものでありまして、今やその百十四年の国鉄の歴史を根本的に総括をして新しい鉄道の再生を期してやらなければならないという、いわば画期的なこの国会の審議であります。この審議に臨んで、総理は、基本的にどのような所感あるいは感懐をお持ちでございましょうか、まず一言お聞かせいただきたいと思います。