グレゴリー・クラークの発言 (国民生活に関する調査会)
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○参考人(グレゴリー・クラーク君) これは非常におもしろい質問だと思います。
私だけではなくて、外国でも学者の中でおもしろい指摘がありまして、なぜ日本人は国際的ではないかという議論があります。その結論は、特に日本人の方から、日本は長い間鎖国であって、外国との接触がまだ少ない、だからこれからもうちょっと接触しなければなりません。これが大体の結論なんです。
けれども、実際には、我々にとって不思議なのは、明治時代の日本人は非常に国際的でした。特に、初代駐米大使は非常にアメリカで評判が高くて、日本のことを代表して堂々とアメリカと交渉して、あるいは八十年前に不平等条約問題がありましたでしょう。日本の外交の中ではすばらしい実績です。その再交渉、堂々と外国と交渉しました。
それで大正に入って大正デモクラシー、よく外国の思想とか文化を勉強して導入して、それで軍国時代に入っても、さっき申し上げたように日本人の国際性は、そのときももうちょっと欧米的でした。外国の文化に対しては排他的だけれども、外国人に対してはまだそんなに、まあ完全に軍国時代になっては外国人に対して排他的なんですけれども、学生はずっと三〇年代まで日本に自由に入れまして、戦後、戦争終わって日本人は急にぐっと変わったんです。外国人に対して排他的になっただけではなくて、外国人に対しての自信もなくなってきた。いわゆるコンプレックスになりました。外人コンプレックスは戦後の現象ではないか。
ちょっと脱線的な話なんですけれども、日本人の独特な日本的企業の経営も、これは戦後のものなんです。いわゆる家族的経営。日本人の独特な国家意識もある程度戦後のものなんです。ある程度日本人はルーツに戻ったかもしれません、戦争の間いろいろつらい経験があって。とにかく、明らかにこれは外国との接触不足という意味ではなくて、価値観の変化によって、特に日本の明治時代のエリートは、私の分析なんですけれども、どうしてもうちょっと欧米的だったか。そのときの教育制度はかなり中国に影響されているでしょう、儒教文化。だから、もうちょっと原理原則の上で、イデオロギーの上で行動して、結果としてそういう意味で欧米的でした。そういう意味で欧米人に対してコンプレックスは余りなかったんです、イデオロギー的な国家意識が強くて。今の日本人の国家意識は非常にそういうあいまい、英語でネビュレス、つかめない、直観的なものなんです。だから、いつも日本と外国の間にそういう摩擦が非常に起こりやすいんです。貿易摩擦も日本人は一つの交渉のやり方、外国人は違う、外交問題。
きょう外交の話は余りするつもりはないですが、内政干渉なんですけれども、私前は外交官として日本の外交歴史をある程度勉強したんですけれども、八十年前の日本の外交あるいは五十年前まででもなかなかうまくやっておられましたけれども、戦後の外交は不思議なことに、まあ具体的な話をしなくてもいいんですけれども、急に弱くなりました。戦略性がなくなりました。だから国際化問題は非常に深いものなんです。これは、さっきの価値観と絡んでいるんではないかと思います。
以上です。