国民生活に関する調査会
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会
会議録情報#0
昭和六十一年十月十五日(水曜日)
午後一時五分開会
─────────────
委員氏名
会 長 長田 裕二君
理 事 坂野 重信君
理 事 水谷 力君
理 事 吉川 博君
理 事 糸久八重子君
理 事 高木健太郎君
理 事 沓脱タケ子君
理 事 三治 重信君
井上 吉夫君
小野 清子君
大島 友治君
大塚清次郎君
倉田 寛之君
斎藤 文夫君
添田増太郎君
高橋 清孝君
寺内 弘子君
中曽根弘文君
松岡滿壽男君
向山 一人君
吉川 芳男君
及川 一夫君
千葉 景子君
八百板 正君
山本 正和君
刈田 貞子君
矢原 秀男君
吉川 春子君
勝木 健司君
平野 清君
─────────────
委員の異動
九月十一日
辞任 補欠選任
沓脱タケ子君 福田 宏一君
九月十八日
辞任 補欠選任
糸久八重子君 上野 雄文君
九月十九日
辞任 補欠選任
上野 雄文君 糸久八重子君
─────────────
出席者は左のとおり。
会 長 長田 裕二君
理 事
坂野 重信君
水谷 力君
吉川 博君
山本 正和君
高木健太郎君
吉川 春子君
三治 重信君
委 員
井上 吉夫君
大島 友治君
大塚清次郎君
倉田 寛之君
斎藤 文夫君
添田増太郎君
高橋 清孝君
寺内 弘子君
中曽根弘文君
福田 宏一君
向山 一人君
吉川 芳男君
糸久八重子君
及川 一夫君
千葉 景子君
八百板 正君
刈田 貞子君
矢原 秀男君
平野 清君
事務局側
第二特別調査室
長 菊池 守君
参考人
AP通信社記者 サリー・ソロ君
(通訳 本井真理子君)
上智大学教授 グレゴリー・クラーク君
社団法人国際日
本語普及協会専
務理事 西尾 珪子君
─────────────
本日の会議に付した案件
○理事補欠選任の件
○参考人の出席要求に関する件
○国民生活に関する調査
(国際化に伴う国民生活の対応に関する件)
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この発言だけを見る →午後一時五分開会
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委員氏名
会 長 長田 裕二君
理 事 坂野 重信君
理 事 水谷 力君
理 事 吉川 博君
理 事 糸久八重子君
理 事 高木健太郎君
理 事 沓脱タケ子君
理 事 三治 重信君
井上 吉夫君
小野 清子君
大島 友治君
大塚清次郎君
倉田 寛之君
斎藤 文夫君
添田増太郎君
高橋 清孝君
寺内 弘子君
中曽根弘文君
松岡滿壽男君
向山 一人君
吉川 芳男君
及川 一夫君
千葉 景子君
八百板 正君
山本 正和君
刈田 貞子君
矢原 秀男君
吉川 春子君
勝木 健司君
平野 清君
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委員の異動
九月十一日
辞任 補欠選任
沓脱タケ子君 福田 宏一君
九月十八日
辞任 補欠選任
糸久八重子君 上野 雄文君
九月十九日
辞任 補欠選任
上野 雄文君 糸久八重子君
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出席者は左のとおり。
会 長 長田 裕二君
理 事
坂野 重信君
水谷 力君
吉川 博君
山本 正和君
高木健太郎君
吉川 春子君
三治 重信君
委 員
井上 吉夫君
大島 友治君
大塚清次郎君
倉田 寛之君
斎藤 文夫君
添田増太郎君
高橋 清孝君
寺内 弘子君
中曽根弘文君
福田 宏一君
向山 一人君
吉川 芳男君
糸久八重子君
及川 一夫君
千葉 景子君
八百板 正君
刈田 貞子君
矢原 秀男君
平野 清君
事務局側
第二特別調査室
長 菊池 守君
参考人
AP通信社記者 サリー・ソロ君
(通訳 本井真理子君)
上智大学教授 グレゴリー・クラーク君
社団法人国際日
本語普及協会専
務理事 西尾 珪子君
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本日の会議に付した案件
○理事補欠選任の件
○参考人の出席要求に関する件
○国民生活に関する調査
(国際化に伴う国民生活の対応に関する件)
─────────────
長
長田裕二#1
○会長(長田裕二君) ただいまから国民生活に関する調査会を開会いたします。
まず、委員の異動について御報告いたします。
去る九月十一日、沓脱タケ子君が委員を辞任され、その補欠として福田宏一君が選任されました。
─────────────
この発言だけを見る →まず、委員の異動について御報告いたします。
去る九月十一日、沓脱タケ子君が委員を辞任され、その補欠として福田宏一君が選任されました。
─────────────
長
長田裕二#2
○会長(長田裕二君) 次に、理事の補欠選任についてお諮りいたします。
委員の異動に伴い、現在理事が二名欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと存じます。
理事の選任につきましては、先例により、会長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →委員の異動に伴い、現在理事が二名欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと存じます。
理事の選任につきましては、先例により、会長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
長
長
長田裕二#4
○会長(長田裕二君) 次に、参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
国民生活に関する調査のため、本日、参考人としてAP通信社記者サリー・ソロ君、上智大学教授グレゴリー・クラーク君及び社団法人国際日本語普及協会専務理事西尾珪子君の出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →国民生活に関する調査のため、本日、参考人としてAP通信社記者サリー・ソロ君、上智大学教授グレゴリー・クラーク君及び社団法人国際日本語普及協会専務理事西尾珪子君の出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
長
長
長田裕二#6
○会長(長田裕二君) 国民生活に関する調査のうち、国際化に伴う国民生活の対応に関する件を議題とし、日本における国際化について参考人から意見を聴取いたします。
本日は、お手元に配付の参考人名簿のとおり、三名の方々に順次御出席をいただいております。
まず、AP通信社記者サリー・ソロ君から意見を聴取いたします。
この際、ソロ参考人に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多用中のところ、本調査会に御出席をいただきましてありがとうございました。本日は、日本における国際化につきまして忌憚のない御意見を拝聴し、今後の調査の参考にいたしたいと存じます。
議事の進め方といたしましては、まず最初に三、四十分程度御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑に対しお答えをいただく方法で進めてまいりたいと存じます。よろしくお願いいたします。
なお、本日の通訳は本井真理子さんにお願いしております。
それでは、ソロ参考人にお願いいたします。
この発言だけを見る →本日は、お手元に配付の参考人名簿のとおり、三名の方々に順次御出席をいただいております。
まず、AP通信社記者サリー・ソロ君から意見を聴取いたします。
この際、ソロ参考人に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多用中のところ、本調査会に御出席をいただきましてありがとうございました。本日は、日本における国際化につきまして忌憚のない御意見を拝聴し、今後の調査の参考にいたしたいと存じます。
議事の進め方といたしましては、まず最初に三、四十分程度御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑に対しお答えをいただく方法で進めてまいりたいと存じます。よろしくお願いいたします。
なお、本日の通訳は本井真理子さんにお願いしております。
それでは、ソロ参考人にお願いいたします。
サ
サリー・ソロ#7
○参考人(サリー・ソロ君)(本井真理子君通訳) きょうは皆様お忙しいところこちらに集まっていただいて、どうもありがとうございました。
私は記者なんですから、普通は聞く方です。英語でもスピーチはほとんどやったことはありませんけれども、ここで話をやったり聞いたりすることが非常にいいチャンスだと思いました。最初は、できれば直接日本語で話した方がいいと思っていました。けれども、準備をしながら、一回目の日本語のスピーチを思い出しました。それは友達の結婚式でした。ただ五分、ずっと前から知っていた友達の前だったのにひざがすごく震えていました。きょうはひざの状態を心配しなくて話の内容を考えたいんですから、本井さんに頼ります。そして、もう一つ言わなければならないことがあります。それはきょうは個人として話をします。これは記者の考え方とか、AP記者の考え方じゃなくて自分の考えです。
私は一九七九年から八〇年にかけまして初めて日本で生活をいたしました。京都と大阪の間の都市の日本の家族のところで生活をいたしました。私は同志社大学の交換留学生として日本に滞在していました。毎日家に帰る途中、八幡様を通りまして、そして田んぼの中を通って帰っていきました。私には頭は一つしかなく、二本の腕、そして二本の足を持っていますけれども、きっと田舎の人たちから見れば、私は大変に違った人間として見えたのでしょう。
あるとき、私はそのようにじろじろ見られてしまうことに飽きてしまいまして、いつか必ず日本人のどの人も外国人に紹介し、そして基本的に人間はそれほど違ってはいないのだということをわかってもらいたいと思うようになりました。しかし、むしろそうではなく、私がいろいろ書いておりますことを通じまして外国人に日本を紹介するという逆の仕事を今までずっとしております。しかし、世界に対する日本の人々の姿勢という問題について、つまり皆様方が言う国際化というプロセスにつきましては、私個人としても関心を今でも持っていることであります。
まず最初に、簡単に私が国際化とは何であるか、どういうふうに思っているかということを定義したいと思います。一つの定義があるかどうか、それは私はわかりません。しかし、私が考える国際化というのは次のようなことであります。この国際化のプロセスには三つの部分があり、恐らく部分というよりもこれはプロセスでありますので段階があると申し上げた方がよろしいかもわかりません。
国際化していくためには、まず事実を得ることが必要です。それらの国々がどこにあるのか、どのような言語が話されているのか、またどういった政治制度がとられているのか、そしてどういう製品を輸出し、また輸入しているのか。また、少々の歴史も必要でありましょう。一般的に、つまり本や新聞、そしてそのほかのソースから得られる知識を必要といたします。この段階を知識と呼ぶことができるでしょう。
二番目として、理解を得る必要があります。これは、必ずしも書物から学びとることによって得られるものでもないかもわかりません。理解するということは何が異なっているかということに対する姿勢と関係を持つことであります。つまり、違いがあるということは別に悪いことでもまたよいことでもないということを理解するということであります。あるいはこれは類似性を受け入れるということかもわかりません。また、理解するということの中には、我々が人間として共通のものを持っているということを理解するということも含まれるかもわかりませんし、また個人として共通しているということを理解することも含まれるでしょう。
第三番目のステップは、一言で述べるのは難しいと思います。世界を一つの全体のものとして考えることが重要です。そして、自分たちがその中に含まれているのだというふうに考えることも大切であります。全体の一部であるという感覚を持つことは、我々、そして彼らということについての考えを持つことがより容易であるというふうに考えられるかもわかりません。
それでは、日本はどうでしょうか。一般的なことで片づけてしまうというのは私は余り好みません。というのは、もちろん必ず例外があるからであります。ただ、今日私が全体的にこうであろうと考えることを述べたいと思います。
日本は、この第一番目のカテゴリーである知識ということに対しては、恐らく私が知る限り、ほかの国々と比べて最も高い価値を置いていると思っております。例えば、けさの新聞を見てみましても、毎日の新聞がそうですが、国際的なニュースでいっぱいです。したがいまして、学問的な意味合いで言えば、国際化ということについては日本人は大変にうまく行っていると思います。
しかし、私が先ほど述べましたそのほかの残りの二つのカテゴリーにおきましては、改善の余地がまだたくさんあると思います。つまり、日本は世界の全体の一部であるということを理解し、それを認識するということです。日本語におきましては、我々が英語で言うウイという言葉に当たる言い方というのは幾つかあるというのは大変に興味深いことだと思います。まず、私たちという言い方がありますが、これは英語で私たちがウイと言っている意味合いに最も近いものであると思います。それから、我々という言い方もありますが、これは世界に対し日本を分けて言うときに使われるように思われます。
それでは、英語の教え方について私がどういうことを言わんとしているのか、具体的な例を挙げて申し上げたいと思います。
皆、英語を勉強します。そして、ほとんどの人々も少しは英語のことを知っています。世界の国々につきまして、学問的な方法で日本人が大変によく勉強しているということを示していると私が考えるのはこういった理由によるものです。ほかの言語を話す人々について学ぶことは大変にすばらしいことでありますし、それからそれは大変にすばらしいスタートでもあります。しかし、それだけでは十分ではありません。
私が家庭教師をしておりましたころ、生徒の多くが英語の言葉のわきに振り仮名をしているのをよく見ました。もちろん、何か新しいことを学ぼうとするとき参考として自分の知っていることを使うのは当然です。しかし、片仮名化した英語というのは本物の英語ではありません。つまり、直接、英語を日本語に置きかえようとすることは、知識を超えて理解の段階へ持っていこうとしようとしていないことに思われます。言葉を学ぶということは、一部学問的であり、そして一部本能的なものがかかわるものであると思います。つまり、思考の古いパターンにとらわれることをやめるということであると思います。それが知識であり、理解であります。より大きい全体像の中に自分を当てはめるようにする場合、どうやって新しい言葉を使うのかということを考えるべきでありまして、新しい言語を使い、そして自分を理解させるということを考えるべきであるわけです。
私は、こう言いながら、私の言葉どおりに自分は実行していないことを少し恥ずかしく思っています。というのは、私は、英語でスピーチを書きまして、そしてそれを日本語に訳して発表しようと思ったんですけれども、しかし、そのように今しておりません。ですから私は完全に国際化しておりません。
それでは、私自身の経験から幾つかの例を申し上げたいと思います。
数年前、私はアパートを探していました。そして、三軒茶屋の町にありますある不動産屋に行きまして大変にがっかりしてしまったことがあります。その不動産屋が、私はどこから来たのかと言いますので、私がアメリカからだと言いますと、その不動産屋は、ああ、自分はテレビでアメリカのことはたくさん見たから十分にわかっている、行かなくても構わないと言いました。これはショックでした。また、別の近くの不動産屋へ日本人の友達と一緒に行ったことがあります。アパートを探しているのが私であると知りますと、私はまだ一言も言っていないのにもかかわらず、その不動産屋は、外人はだめだと言いました。また私はショックを受けてしまいました。アメリカで同じようなことをしたら、差別をしたということで逮捕されることもあり得るとその不動産屋に言ってやりたかったんですが、私の友達が、この人はちょっと変わっているのだからというふうに説明したので、私はただ笑っていただけでした。もう嫌になってしまいました。
ことしの初め、私は車に乗っておりまして、新宿の近くで駐車場を探していました。ある駐車場の入口のところに看板が出ていたのです。外車お断り、大型車お断り。そこで私は友人に、どうして外車はいけないのと聞きました。大抵外車は大きいからと友人は答えました。そこで私は、それでは大型車お断りだけで十分ではないのかと言ったんです。
最後に述べましたこの二つの例は、日本において私が何度も気づきました態度、姿勢について私が申し上げたい点を示しているものだと思います。多くの方々が、外国の物、外人ということでこれを悪いものと一緒にしている嫌いが感じられます。なぜ例の不動産屋は、残念ながら日本語を話せない人はだめですと言ってくれなかったのでしょうか、外人お断りと言わずに。そして二番目の例においては、なぜ外車お断りと書かなければならなかったのでしょうか。また他方で、日本的なものというのはよいものであるということと一緒にしてしまう姿勢がよく見られます。別に、自分の国についてよい感情を持つことは悪いと言っているわけではありません。ただ、私が指摘したいのは、このような姿勢は余り国際化されている姿勢とは言えないということです。
例えば、私が京都におりますころ、私の両親が初めて日本にやってくるということがありました。私は、ホームステーをしておりましたので、ちょっと心配いたしました。私の両親がこのホームステーの家庭でうまくやっていけるか心配したのです。特に、私の父は大変に率直な人間で、直接的に話をし、そして余り物事を言うときにも術を心得ていないからです。すき焼きやまたたくさんのお酒、そして「マイ・オールド・ケンタッキー・ホーム」といったような歌を何度か歌い、そしてその夕べが過ぎたころ、私のそのホームステーをしておりますところのお父さんが私に、あなたのお父さんは大変に日本的だとおっしゃいました。私は大変に驚いてしまいました。
今になって考えてみると、その言葉は大変なお世辞であったんだということがわかります。しかしそのときには、後で考えてみて何とも妙に聞こえたのです。恐らく私のホームステーの日本のお父さんは、私はあなたのお父さんは大好きだ、大変にいい方だし、私は彼を理解することができた、そうおっしゃいたかったんだと思います。私が何かを、あるいはだれかのことをアメリカ的であると言う場合には、それは何か具体的なことを指して言うときです。あるいはそれは表面的なことであるかもわかりません。それに対し日本的というのは、何か価値の判断がかかわってくるように思われます。それは誇り以上のものが入ってくるように思われます。つまり、日本を何か基準のようにしているように思われるのです。これは国際化に反することです。
私が言おうとしていることは、もっとよく考えなければならない態度があるのではないかということです。別に私は、国際化のプロセスの中で日本の文化をなくしていくために何かを日本人があきらめていかなければならないということを言おうとしているのではありません。ただ、日本人の方々がもっと心を開いて、開放的な考えを持っていただくようになってほしいということなんです。国際貿易や世界平和といったことには余り関係のない幾つかの例を今まで述べてまいりました。しかし、それらの問題ともわずかながらつながりがあるかもわかりません。つまり思考のほかの方法、ほかの考え方に対しもっと開放的な姿勢を持つことによりまして、日本はより大きな問題に対しての解決策を見出すことができるようになるかもしれないからです。
ここでもまた違いということに着目し過ぎる危険が出てまいります。私は何度も日本は大変に理解しにくい国であるということを聞いてまいりました。また、日本語はもうほとんど学ぶのが不可能なほどであるということを聞いてまいりました。でも私が考えるには、アメリカ人も韓国人もフランス人もみんなそれぞれわかりにくい性格を持っていると思います。何か言った場合に、理解することをあきらめるべきかというような反応が出てくることもあるのです。
京都で私と一緒に勉強していた友達と最近話をいたしました。現在その人はアメリカ大使館で仕事をしています。彼が言うには、日本人は欧米の音楽、ダンス、また料理を勉強する、そしてそれを当然のことのように考えている。しかし、なぜそれでは外国人が日本の芸術を勉強し、そしてそれを完全にマスターしてしまうことに対してそれほど驚くのであろうかということです。四年も住んでいて、その後、もはやおすしをおしょうゆの中に落としてしまわないほどおはしの使い方が上手になったことに対して、どうして日本人の方々はそんなに驚くのでしょう。
私は英語の教師でもなく、また言語学者でもなく、社会学者でもありません。まるでこれらの分野においての専門家のような口のきき方をしてまいりました。ごめんなさい。
そこで、私が知っていることにつきまして最後にお話をしたいと思います。それは情報の交換、日本についての報告ということです。このような仕事につく者にとりましてこれは大変大きな責任を持つ仕事であります。日本は重要な国であり、またほかの国の人々は日本でどういうことが起こっているかについて大変に興味を持っています。残念ながら、いわゆる情報市場はそれほど必ずしもいつでも開放的であるとは言えないと思います。
例えば、昨年の八月、私は初めて原爆が世界で投下されましてから四十年たちました広島での記念式典を取材するために準備をしておりました。中曽根首相はその式典に出席し、また被爆者養護ホームも訪れるということを聞いておりました。そしてそこで記者会見を行うという話でした。これは国際的なニュースです。しかし、広島市役所記者クラブの方はそのようには考えておりませんでした。これは単に自分たちのみが取材すべきことであり、これは官邸記者クラブと自分たちのみが許されることであるというふうに考えたのです。外国の通信社と特派員とそれからこれらの記者クラブとの間で怒りに満ちた電話のやりとりが何本か行われ、そして最終的にはその記者会見のみに我々は出席が許されました。
また、数カ月前、韓国の野党の党首であります金大中が米国での数年間の滞在を終えソウルに戻る途中東京に立ち寄ったということがあります。そのとき成田の記者クラブは、その記者クラブのみが取材をするということを決定いたしました。私はその場におりませんでしたが、後で怒った外国の記者から聞いたところによりますと、このような国際的な取材にアクセスをとることが許されなかったということでありました。
この金大中の事件を発端といたしまして、外国の記者の間で記者クラブに対してアプローチを求めるキャンペーンが開始されました。そしてこのようなことが二度と起こらないように協定を結ぶようにキャンペーンが行われたのです。この年の初め、我々三十人ほどがまとまりましてそれぞれの主要な記者クラブにアプローチを求め、我々も取材に加わることができるようにするにはどうしたらよいかということを求めました。
今や幾つかの記者クラブは我々外国特派員もその会合に出席することを許しております。APとロイターは防衛庁長官のブリーフィングを取材する責任も今や分かち合えるようになりました。日本が国際化しているということによりまして、世界に対して日本についての情報がもっと伝えられることを考えることが重要であり、そのようになることがよりよいことであると思います。それで、記者クラブの中にそのような外部の人間を入れる幾つかの妥協がとられてまいりました。しかし、完全に制度そのものを廃止するほどの大きな変革を我々は行い得ておりません。
まず第一に、門戸を開くということは、別に古い制度、それを完璧になくしてしまわなければならないということを意味しているわけではありません。ただ、世界の現実に対して調整を行うということであるのです。それは日本が好もうと好まざると、日本に対して関心を持っている世界に対してそのような調整を行うということを意味するのです。
そして二番目に、国際化は日本が完全にコントロールできること、あるいはコントロールしなければならないことを意味するわけではありません。日本が別に真空の状態の中で運営していくということではないのです。世界はどんどん小さくなってきています。そして、もしその国がみずから変革を行っていこうとしなければ、日本の方が外から変革を余儀なくされてしまいます。
できれば、一人一人がこのすばらしい日本を訪れ、自分たち自身の目で見ることが一番よいのですが、しかし、そのようなことはできませんので、あらゆる情報の流れを許す必要性があると私は考えております。その情報はよいものであるかもわかりませんし、あるいは否定的な、ネガティブなものであるかもわかりません。しかし、そのような情報を日本から外へ流していくということ、そしてそれが認識されるということが必要であると思います。
それほど多くのトピックスについてお話をしたわけではありません。また私から解決策や提言をしたわけでもありません。そのような解決をなさったり、あるいは提言を行うのは皆様方であると思います。ただ私は、自分が思っていることを申し上げただけであり、私はもっと自分が思っていることを皆様方に喜んで申し上げたいと思います。そしてそれとともに、皆様方のお考えも喜んでお伺いしたいと思っております。
どうもありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →私は記者なんですから、普通は聞く方です。英語でもスピーチはほとんどやったことはありませんけれども、ここで話をやったり聞いたりすることが非常にいいチャンスだと思いました。最初は、できれば直接日本語で話した方がいいと思っていました。けれども、準備をしながら、一回目の日本語のスピーチを思い出しました。それは友達の結婚式でした。ただ五分、ずっと前から知っていた友達の前だったのにひざがすごく震えていました。きょうはひざの状態を心配しなくて話の内容を考えたいんですから、本井さんに頼ります。そして、もう一つ言わなければならないことがあります。それはきょうは個人として話をします。これは記者の考え方とか、AP記者の考え方じゃなくて自分の考えです。
私は一九七九年から八〇年にかけまして初めて日本で生活をいたしました。京都と大阪の間の都市の日本の家族のところで生活をいたしました。私は同志社大学の交換留学生として日本に滞在していました。毎日家に帰る途中、八幡様を通りまして、そして田んぼの中を通って帰っていきました。私には頭は一つしかなく、二本の腕、そして二本の足を持っていますけれども、きっと田舎の人たちから見れば、私は大変に違った人間として見えたのでしょう。
あるとき、私はそのようにじろじろ見られてしまうことに飽きてしまいまして、いつか必ず日本人のどの人も外国人に紹介し、そして基本的に人間はそれほど違ってはいないのだということをわかってもらいたいと思うようになりました。しかし、むしろそうではなく、私がいろいろ書いておりますことを通じまして外国人に日本を紹介するという逆の仕事を今までずっとしております。しかし、世界に対する日本の人々の姿勢という問題について、つまり皆様方が言う国際化というプロセスにつきましては、私個人としても関心を今でも持っていることであります。
まず最初に、簡単に私が国際化とは何であるか、どういうふうに思っているかということを定義したいと思います。一つの定義があるかどうか、それは私はわかりません。しかし、私が考える国際化というのは次のようなことであります。この国際化のプロセスには三つの部分があり、恐らく部分というよりもこれはプロセスでありますので段階があると申し上げた方がよろしいかもわかりません。
国際化していくためには、まず事実を得ることが必要です。それらの国々がどこにあるのか、どのような言語が話されているのか、またどういった政治制度がとられているのか、そしてどういう製品を輸出し、また輸入しているのか。また、少々の歴史も必要でありましょう。一般的に、つまり本や新聞、そしてそのほかのソースから得られる知識を必要といたします。この段階を知識と呼ぶことができるでしょう。
二番目として、理解を得る必要があります。これは、必ずしも書物から学びとることによって得られるものでもないかもわかりません。理解するということは何が異なっているかということに対する姿勢と関係を持つことであります。つまり、違いがあるということは別に悪いことでもまたよいことでもないということを理解するということであります。あるいはこれは類似性を受け入れるということかもわかりません。また、理解するということの中には、我々が人間として共通のものを持っているということを理解するということも含まれるかもわかりませんし、また個人として共通しているということを理解することも含まれるでしょう。
第三番目のステップは、一言で述べるのは難しいと思います。世界を一つの全体のものとして考えることが重要です。そして、自分たちがその中に含まれているのだというふうに考えることも大切であります。全体の一部であるという感覚を持つことは、我々、そして彼らということについての考えを持つことがより容易であるというふうに考えられるかもわかりません。
それでは、日本はどうでしょうか。一般的なことで片づけてしまうというのは私は余り好みません。というのは、もちろん必ず例外があるからであります。ただ、今日私が全体的にこうであろうと考えることを述べたいと思います。
日本は、この第一番目のカテゴリーである知識ということに対しては、恐らく私が知る限り、ほかの国々と比べて最も高い価値を置いていると思っております。例えば、けさの新聞を見てみましても、毎日の新聞がそうですが、国際的なニュースでいっぱいです。したがいまして、学問的な意味合いで言えば、国際化ということについては日本人は大変にうまく行っていると思います。
しかし、私が先ほど述べましたそのほかの残りの二つのカテゴリーにおきましては、改善の余地がまだたくさんあると思います。つまり、日本は世界の全体の一部であるということを理解し、それを認識するということです。日本語におきましては、我々が英語で言うウイという言葉に当たる言い方というのは幾つかあるというのは大変に興味深いことだと思います。まず、私たちという言い方がありますが、これは英語で私たちがウイと言っている意味合いに最も近いものであると思います。それから、我々という言い方もありますが、これは世界に対し日本を分けて言うときに使われるように思われます。
それでは、英語の教え方について私がどういうことを言わんとしているのか、具体的な例を挙げて申し上げたいと思います。
皆、英語を勉強します。そして、ほとんどの人々も少しは英語のことを知っています。世界の国々につきまして、学問的な方法で日本人が大変によく勉強しているということを示していると私が考えるのはこういった理由によるものです。ほかの言語を話す人々について学ぶことは大変にすばらしいことでありますし、それからそれは大変にすばらしいスタートでもあります。しかし、それだけでは十分ではありません。
私が家庭教師をしておりましたころ、生徒の多くが英語の言葉のわきに振り仮名をしているのをよく見ました。もちろん、何か新しいことを学ぼうとするとき参考として自分の知っていることを使うのは当然です。しかし、片仮名化した英語というのは本物の英語ではありません。つまり、直接、英語を日本語に置きかえようとすることは、知識を超えて理解の段階へ持っていこうとしようとしていないことに思われます。言葉を学ぶということは、一部学問的であり、そして一部本能的なものがかかわるものであると思います。つまり、思考の古いパターンにとらわれることをやめるということであると思います。それが知識であり、理解であります。より大きい全体像の中に自分を当てはめるようにする場合、どうやって新しい言葉を使うのかということを考えるべきでありまして、新しい言語を使い、そして自分を理解させるということを考えるべきであるわけです。
私は、こう言いながら、私の言葉どおりに自分は実行していないことを少し恥ずかしく思っています。というのは、私は、英語でスピーチを書きまして、そしてそれを日本語に訳して発表しようと思ったんですけれども、しかし、そのように今しておりません。ですから私は完全に国際化しておりません。
それでは、私自身の経験から幾つかの例を申し上げたいと思います。
数年前、私はアパートを探していました。そして、三軒茶屋の町にありますある不動産屋に行きまして大変にがっかりしてしまったことがあります。その不動産屋が、私はどこから来たのかと言いますので、私がアメリカからだと言いますと、その不動産屋は、ああ、自分はテレビでアメリカのことはたくさん見たから十分にわかっている、行かなくても構わないと言いました。これはショックでした。また、別の近くの不動産屋へ日本人の友達と一緒に行ったことがあります。アパートを探しているのが私であると知りますと、私はまだ一言も言っていないのにもかかわらず、その不動産屋は、外人はだめだと言いました。また私はショックを受けてしまいました。アメリカで同じようなことをしたら、差別をしたということで逮捕されることもあり得るとその不動産屋に言ってやりたかったんですが、私の友達が、この人はちょっと変わっているのだからというふうに説明したので、私はただ笑っていただけでした。もう嫌になってしまいました。
ことしの初め、私は車に乗っておりまして、新宿の近くで駐車場を探していました。ある駐車場の入口のところに看板が出ていたのです。外車お断り、大型車お断り。そこで私は友人に、どうして外車はいけないのと聞きました。大抵外車は大きいからと友人は答えました。そこで私は、それでは大型車お断りだけで十分ではないのかと言ったんです。
最後に述べましたこの二つの例は、日本において私が何度も気づきました態度、姿勢について私が申し上げたい点を示しているものだと思います。多くの方々が、外国の物、外人ということでこれを悪いものと一緒にしている嫌いが感じられます。なぜ例の不動産屋は、残念ながら日本語を話せない人はだめですと言ってくれなかったのでしょうか、外人お断りと言わずに。そして二番目の例においては、なぜ外車お断りと書かなければならなかったのでしょうか。また他方で、日本的なものというのはよいものであるということと一緒にしてしまう姿勢がよく見られます。別に、自分の国についてよい感情を持つことは悪いと言っているわけではありません。ただ、私が指摘したいのは、このような姿勢は余り国際化されている姿勢とは言えないということです。
例えば、私が京都におりますころ、私の両親が初めて日本にやってくるということがありました。私は、ホームステーをしておりましたので、ちょっと心配いたしました。私の両親がこのホームステーの家庭でうまくやっていけるか心配したのです。特に、私の父は大変に率直な人間で、直接的に話をし、そして余り物事を言うときにも術を心得ていないからです。すき焼きやまたたくさんのお酒、そして「マイ・オールド・ケンタッキー・ホーム」といったような歌を何度か歌い、そしてその夕べが過ぎたころ、私のそのホームステーをしておりますところのお父さんが私に、あなたのお父さんは大変に日本的だとおっしゃいました。私は大変に驚いてしまいました。
今になって考えてみると、その言葉は大変なお世辞であったんだということがわかります。しかしそのときには、後で考えてみて何とも妙に聞こえたのです。恐らく私のホームステーの日本のお父さんは、私はあなたのお父さんは大好きだ、大変にいい方だし、私は彼を理解することができた、そうおっしゃいたかったんだと思います。私が何かを、あるいはだれかのことをアメリカ的であると言う場合には、それは何か具体的なことを指して言うときです。あるいはそれは表面的なことであるかもわかりません。それに対し日本的というのは、何か価値の判断がかかわってくるように思われます。それは誇り以上のものが入ってくるように思われます。つまり、日本を何か基準のようにしているように思われるのです。これは国際化に反することです。
私が言おうとしていることは、もっとよく考えなければならない態度があるのではないかということです。別に私は、国際化のプロセスの中で日本の文化をなくしていくために何かを日本人があきらめていかなければならないということを言おうとしているのではありません。ただ、日本人の方々がもっと心を開いて、開放的な考えを持っていただくようになってほしいということなんです。国際貿易や世界平和といったことには余り関係のない幾つかの例を今まで述べてまいりました。しかし、それらの問題ともわずかながらつながりがあるかもわかりません。つまり思考のほかの方法、ほかの考え方に対しもっと開放的な姿勢を持つことによりまして、日本はより大きな問題に対しての解決策を見出すことができるようになるかもしれないからです。
ここでもまた違いということに着目し過ぎる危険が出てまいります。私は何度も日本は大変に理解しにくい国であるということを聞いてまいりました。また、日本語はもうほとんど学ぶのが不可能なほどであるということを聞いてまいりました。でも私が考えるには、アメリカ人も韓国人もフランス人もみんなそれぞれわかりにくい性格を持っていると思います。何か言った場合に、理解することをあきらめるべきかというような反応が出てくることもあるのです。
京都で私と一緒に勉強していた友達と最近話をいたしました。現在その人はアメリカ大使館で仕事をしています。彼が言うには、日本人は欧米の音楽、ダンス、また料理を勉強する、そしてそれを当然のことのように考えている。しかし、なぜそれでは外国人が日本の芸術を勉強し、そしてそれを完全にマスターしてしまうことに対してそれほど驚くのであろうかということです。四年も住んでいて、その後、もはやおすしをおしょうゆの中に落としてしまわないほどおはしの使い方が上手になったことに対して、どうして日本人の方々はそんなに驚くのでしょう。
私は英語の教師でもなく、また言語学者でもなく、社会学者でもありません。まるでこれらの分野においての専門家のような口のきき方をしてまいりました。ごめんなさい。
そこで、私が知っていることにつきまして最後にお話をしたいと思います。それは情報の交換、日本についての報告ということです。このような仕事につく者にとりましてこれは大変大きな責任を持つ仕事であります。日本は重要な国であり、またほかの国の人々は日本でどういうことが起こっているかについて大変に興味を持っています。残念ながら、いわゆる情報市場はそれほど必ずしもいつでも開放的であるとは言えないと思います。
例えば、昨年の八月、私は初めて原爆が世界で投下されましてから四十年たちました広島での記念式典を取材するために準備をしておりました。中曽根首相はその式典に出席し、また被爆者養護ホームも訪れるということを聞いておりました。そしてそこで記者会見を行うという話でした。これは国際的なニュースです。しかし、広島市役所記者クラブの方はそのようには考えておりませんでした。これは単に自分たちのみが取材すべきことであり、これは官邸記者クラブと自分たちのみが許されることであるというふうに考えたのです。外国の通信社と特派員とそれからこれらの記者クラブとの間で怒りに満ちた電話のやりとりが何本か行われ、そして最終的にはその記者会見のみに我々は出席が許されました。
また、数カ月前、韓国の野党の党首であります金大中が米国での数年間の滞在を終えソウルに戻る途中東京に立ち寄ったということがあります。そのとき成田の記者クラブは、その記者クラブのみが取材をするということを決定いたしました。私はその場におりませんでしたが、後で怒った外国の記者から聞いたところによりますと、このような国際的な取材にアクセスをとることが許されなかったということでありました。
この金大中の事件を発端といたしまして、外国の記者の間で記者クラブに対してアプローチを求めるキャンペーンが開始されました。そしてこのようなことが二度と起こらないように協定を結ぶようにキャンペーンが行われたのです。この年の初め、我々三十人ほどがまとまりましてそれぞれの主要な記者クラブにアプローチを求め、我々も取材に加わることができるようにするにはどうしたらよいかということを求めました。
今や幾つかの記者クラブは我々外国特派員もその会合に出席することを許しております。APとロイターは防衛庁長官のブリーフィングを取材する責任も今や分かち合えるようになりました。日本が国際化しているということによりまして、世界に対して日本についての情報がもっと伝えられることを考えることが重要であり、そのようになることがよりよいことであると思います。それで、記者クラブの中にそのような外部の人間を入れる幾つかの妥協がとられてまいりました。しかし、完全に制度そのものを廃止するほどの大きな変革を我々は行い得ておりません。
まず第一に、門戸を開くということは、別に古い制度、それを完璧になくしてしまわなければならないということを意味しているわけではありません。ただ、世界の現実に対して調整を行うということであるのです。それは日本が好もうと好まざると、日本に対して関心を持っている世界に対してそのような調整を行うということを意味するのです。
そして二番目に、国際化は日本が完全にコントロールできること、あるいはコントロールしなければならないことを意味するわけではありません。日本が別に真空の状態の中で運営していくということではないのです。世界はどんどん小さくなってきています。そして、もしその国がみずから変革を行っていこうとしなければ、日本の方が外から変革を余儀なくされてしまいます。
できれば、一人一人がこのすばらしい日本を訪れ、自分たち自身の目で見ることが一番よいのですが、しかし、そのようなことはできませんので、あらゆる情報の流れを許す必要性があると私は考えております。その情報はよいものであるかもわかりませんし、あるいは否定的な、ネガティブなものであるかもわかりません。しかし、そのような情報を日本から外へ流していくということ、そしてそれが認識されるということが必要であると思います。
それほど多くのトピックスについてお話をしたわけではありません。また私から解決策や提言をしたわけでもありません。そのような解決をなさったり、あるいは提言を行うのは皆様方であると思います。ただ私は、自分が思っていることを申し上げただけであり、私はもっと自分が思っていることを皆様方に喜んで申し上げたいと思います。そしてそれとともに、皆様方のお考えも喜んでお伺いしたいと思っております。
どうもありがとうございました。拍手
長
長田裕二#8
○会長(長田裕二君) 大変興味のあるお話、ありがとうございました。
以上でソロ参考人からの意見聴取は終わりました。
これより参考人に対する質疑を行います。
質疑のある方は会長の許可を得て順次御発言を願います。
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これより参考人に対する質疑を行います。
質疑のある方は会長の許可を得て順次御発言を願います。
矢
矢原秀男#9
○矢原秀男君 どうもありがとうございました。時間の関係もございますので、一言だけ質問したいと思います。
私たちも外国へ参りまして、逆にいろいろと日本の立場として勉強しなくちゃいけない、非常に教訓や反省というものを得ながら帰ってくるわけでございますが、最近、中曽根総理の知識水準の発言が非常に大きな波紋を起こしたんですけれども、ソロ参考人から見られて、それが総理の発言ということだけでなしに、日本人も含めて、厳しい批判やいろいろなものがあろうかと思うんですけれども、外国からどういうふうに日本を見られているのか、そういう点をお伺いしたいと思います。
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サ
サリー・ソロ#10
○参考人(サリー・ソロ君)(本井真理子君通訳) 中曽根首相の発言に絡んでという御質問でしょうか。——まず、ほかの国々からの反応につきましては、私はこちらにおりましたので、皆様方がお知りになったほかの国々の反応と全く同じです。その発言がありまして、友人から何通か私手紙を受け取りました。そして最近の手紙では、そのような中曽根発言について私自身どう思うかというような内容のものもありました。私自身のその発言に対しての反応としてはたくさん申し上げることがあるんですが、しかし、申し上げるべき点といたしましては、その中曽根発言は、先ほど私が例に挙げて申しました不動産屋の外人お断りとか、あるいは駐車場の看板の外車お断りというような見方と同じ見方を反映しているものであるというふうに思います。またその発言は、深い問題を認識した上での発言であるというわけではありません。表面的な考えで発言したものであります。ですから黒人について、またスペイン系の人々についての言及がされておりますが、真の貧困者の状況など深い問題を認識した上での発言ではないわけです。
アメリカにおきまして中曽根発言に対する反発は強いものでした。しかし、今は日本はアメリカを理解し、またアメリカは日本を理解するということになって、そしてみんながまた話し合いをしているというプロセスに入っておりますので、大変にこれは健全な状態になってきていると思います。
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千
千葉景子#11
○千葉景子君 ソロさんはやはり若い世代に属されると思うんですけれども、日本の国際化という問題について、若い人たちの間では、例えば芸術、文化などを通してかなり交流が活発になってきたと思うんです。ただその反面、従来からの事実を知る、知識という範囲からまだまだ飛び越えられない状況もあると思うんですけれども、これからの若い世代の日本の若者についてどんな御認識をお持ちでしょうか。
この発言だけを見る →サ
サリー・ソロ#12
○参考人(サリー・ソロ君)(本井真理子君通訳) 日本の若い人たちに対してということですが、まずその人によるということです。大変に難しい質問だと思いますが、日本にいまして日本の今の若い人たちと話をして、またアメリカに戻りましてアメリカの若い人たちと話をしてみますと、お互いにそれぞれの国に対しての関心がどんどん高まってきているなと思われます。私、もっと国際的な見地から話をしたいのですが、残念ながら唯一知っております国は私の生まれましたアメリカと日本だけでありますので、世界のほかの国々の状況はよく知りませんので、どうしても発言が日本とアメリカということに偏ってしまうので申しわけないんですが、例を挙げてちょっと考えてみたいと思います。
よく海外から来た人に、私は日本人の友人がいるかというふうに聞かれます。私の友だちというのは、別に日本人か外人かという枠は全くありません。ただ、別の国で生活した経験を持っている人たちが多いのは事実です。というのは、そういう人々は表面的な、例えばどこで日本語を勉強しましたかとか、おはしが上手に使えるとか、そういった表面的なこと以上のステップに進んでいこうという意欲があるからです。そして、共通の理解の基盤に立っているからです。
初めて日本に参りましたとき、京都に行く前に、私は日米学生会議に出席いたしました。そこでは、アメリカ人の学生四十人と日本人の学生四十人が東京から広島まで旅をいたしまして話し合いを行いました。これは大変すばらしい会議で、お互いに共通なことがたくさんあるということがよくわかりました。そして、日本人の学生もよく私どもの言うことに耳を傾けていましたし、大変に多くの交流があったというふうに感じられました。そして、京都におりますときにその会議の出席者とまた集まりを持つことがありまして、そのときに出席していたある日本人とまた会うことができました。その人は京都で大学の四年生になっており、仕事を探しておりました。また、会議のときに私はアメリカ人のある学生と会いました。その人は大学を卒業し、世界じゅうを旅をして、自分がやりたいこと、またしたいことをはっきり決める前に、自分の好きなところに行き、そして好きなようにいろいろな生活をしているという人でありまして、私は大変そのときにその人の行っていることをすばらしいことだと思いました。しかし私は、今の生活のパターンに入ってきてそれほどそのようなことはうらやましいと思わなくなったのです。今私は仕事が欲しいと思いますし、それからその会社から与えられる保障も欲しいと思います。ですから、そのとき感じたほどそのような自由な行動というのがうらやましいとは思いません。大変にオープンな生き方をしている人がいる一方、また一方では大変にその落ちつく先を求めている、そういう人がいるということを感じました。
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初めて日本に参りましたとき、京都に行く前に、私は日米学生会議に出席いたしました。そこでは、アメリカ人の学生四十人と日本人の学生四十人が東京から広島まで旅をいたしまして話し合いを行いました。これは大変すばらしい会議で、お互いに共通なことがたくさんあるということがよくわかりました。そして、日本人の学生もよく私どもの言うことに耳を傾けていましたし、大変に多くの交流があったというふうに感じられました。そして、京都におりますときにその会議の出席者とまた集まりを持つことがありまして、そのときに出席していたある日本人とまた会うことができました。その人は京都で大学の四年生になっており、仕事を探しておりました。また、会議のときに私はアメリカ人のある学生と会いました。その人は大学を卒業し、世界じゅうを旅をして、自分がやりたいこと、またしたいことをはっきり決める前に、自分の好きなところに行き、そして好きなようにいろいろな生活をしているという人でありまして、私は大変そのときにその人の行っていることをすばらしいことだと思いました。しかし私は、今の生活のパターンに入ってきてそれほどそのようなことはうらやましいと思わなくなったのです。今私は仕事が欲しいと思いますし、それからその会社から与えられる保障も欲しいと思います。ですから、そのとき感じたほどそのような自由な行動というのがうらやましいとは思いません。大変にオープンな生き方をしている人がいる一方、また一方では大変にその落ちつく先を求めている、そういう人がいるということを感じました。
三
三治重信#13
○三治重信君 私は民社党の議員ですが、先ほど記者の取材のことで日本の記者クラブの閉鎖性の問題が出たんですが、日本の記者がアメリカへ行ったときでも、いろいろ取材に入るには、やはり資格とか何か要るんじゃないんでしょうか。その国々、アメリカで結構ですが、日本の新聞記者がアメリカへ行って国務長官の記者会見に出るとか、あるいは各省の記者会見に出るときにはそれの事前の審査とか加入のやつが要るとか、そういうような慣習というんですか、制度の違いがあるんじゃないかと思うんです。確かに日本は記者クラブ制度があって、記者クラブというのが非常な特権を持っているようになっているんですけれども、皆さん方がいろいろ取材について連絡をし、何かするということ、そういうことがやはりお互いに必要じゃないかと思うんですが、アメリカの記者会見とか取材というものについてはどうなんですか。
この発言だけを見る →サ
サリー・ソロ#14
○参考人(サリー・ソロ君)(本井真理子君通訳) 私自身の記者の経験というのは日本においてのみです。ただ、もちろん同僚と仕事をしておりますし、いつかはアメリカに帰ってアメリカで仕事をするということになります。アメリカにおきましてはどの記者も皆どの記者会見に出席できるというわけではありません、それほど大きな規則があるというわけでもありませんが。ただ、アメリカにもプレスクラブというのはありますが、そのプレスクラブというのは記者がお互いに何か飲んだり、そういうところでありまして、日本で言う記者クラブとは全く違うところです。記者会見には、記者会見に出席できるような登録がされている人たちが出席できるわけですけれども、日本の記者の方々がワシントン、ニューヨーク、どちらにいらっしゃいましても全くアメリカ人の記者と同じような扱いであり、コンタクトさえとり、また正しい電話番号、正しい約束の時間に行けば必ず取材ができるというぐあいになっています。
そこで論点は、なぜ同じ扱いをされないのか、なぜ外国の記者は日本人の記者と違う扱いをされなければならないのかということですが、制度が違うからそのような違いがあるのだというのは余り現実的な意味を持たないものだと思います。APは恐らく日本に基盤を持つ通信者、ニュース組織としては最大のものであると思いますし、十五人ほどがいるわけですが、制度が違うからというような論理は我々には通じないものであると思います、我々は待ってはいられないわけですから。したがいまして、このような場合では相互性といいますか、日本の記者と平等の扱いをしていただくということの議論をしたいというふうに思うわけであります。別に同じ制度を持つというのではなく、我々も日本人が扱われているのと同じ扱いをされるようにしていただくということです。
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吉
吉川春子#15
○吉川春子君 ソロ参考人どうも御苦労さまでございます。私は共産党の吉川ですが、一点だけお伺いいたします。
中曽根総理が九月二十二日の静岡県での自民党全国研修会で行った講演の中で、女性は今度のネクタイはどんな色をしているか、そんなことを一番見る。何を言ったかを覚えていないらしい。しかし、ネクタイがどうであったとか服がどうであったかということはよく見るし、よく聞かれるというふうに発言しました。国会でこの点を我が党の議員が質問したところ、総理は女性の問題については、女性は非常に審美眼が強くなってきているので、そういう意味で大いに注意を要するという意味のユーモアを込めて話したと答えています。しかし、総理のこの種の発言は今回が初めてではなくて、数年前に評論家の竹村健一氏との対談でも、うちの女房や娘もテレビなんかの話が出ると、言うことなんかは余り聞いちゃいないで、何かというとネクタイを見ると言いますねというふうに語っているんですね。総理の女性に対する認識がこの程度であるということを示している発言で、これは日本の女性の激しい怒りを買いました。この総理の発言に対してあなたの感想をお聞きしたいわけですが、同時に、もしお国の政治家、それもトップクラスの人物がそういう発言をしたときは、国民、なかんずく女性はどんな反応を示すとお考えでしょうか。そして、あなたは国際的なお仕事をしておられるんですけれども、この発言についての諸外国の反応をお聞きでしたら聞かせていただきたいと思います。
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サ
サリー・ソロ#16
○参考人(サリー・ソロ君)(本井真理子君通訳) 私個人といたしましては、そのユーモアは余りおもしろいものではなかったと思います。ただ、そのようなことを思っているのは日本では首相のみではないと思います。日本に来ます前に、日本においてビジネスを行っていたことのある、ある女性に会いました。そうしましたら、その女性が私に、日本ではどちらかのカテゴリーにされてしまうという話をしたわけです。まず、外人と見られるかあるいは婦人と見られるかです。その際になるべく外人であるという見方をされるカテゴリーの中に入った方がいい、というのはその方が真剣に自分の言うことに耳を傾けてもらえるからであるということを言っておりました。その言葉が示すようにこの問題というのは根が深いと思います。
しかし、この問題は別に日本に限られるものではないと思います。また、日本の政治のリーダーだけに限られるような問題ではないと思います。ことし、リーガンでしたか、南アに対しましての制裁措置をなぜアメリカが加えられないかという質問に対しまして、アメリカの女性はダイヤモンドを決してあきらめることができないからだというような答え方をしたことがあります。そのリーガンの発言もやはり日本の首相の発言と同様に新聞に取り上げられまして随分反響を呼び、また風刺の漫画も出ました。したがいまして、そのような問題意識というのは日本に限ったものではなく、アメリカにおいてもあると思います。
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平
平野清#17
○平野清君 時間がありませんので、簡単にお答えいただければ結構なんですが、質問の前に、外車駐車お断りのことで、ちょっと国際理解を深めるために申し上げたいんですけれども、その大半の目的は日本人の乗る外車に対しての規制であり、あるグループのトラブルに対する防護策としてそうなっておりますので、一応理解していただいて……。
質問は、あなたが少女時代アメリカで日本のことを教科書で学ばれたと思うんですが、同志社大学に来られて、自分の学んだことと自分の目で見た日本との違いといいますか、そういうことをちょっとお聞かせいただければありがたいと思います。
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サ
サリー・ソロ#18
○参考人(サリー・ソロ君)(本井真理子君通訳) まず、京都においての私の経験というのは、現在私が持っております経験とは随分違うものです。京都におりますころはできるだけ日本の文化を学ぼうと一生懸命でした。また、現在は日本の社会について、とりわけ近代史について学ぼうとしております。したがって、以前日本について学びましたことと、それから現在学んでいることとは内容が違っているということはあります。ですから、前に学んだものの上に現在学びつつあるものを積み立てて蓄積しようとしているわけです。
駐車場の話ですけれども、友人と乗っておりましたのはカブトムシの形のフォルクスワーゲンでありまして、今発言の中でおっしゃいましたある日本のグループの乗っている車というのは、通常はそのようなフォルクスワーゲンではなくて、アメリカ製の大型車であろうかと思われますので、そのとき外車お断りと言われたのは全く意味がなかったと思います。
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長
長田裕二#19
○会長(長田裕二君) 以上でソロ参考人に対する質疑は終わりました。
ソロ参考人には、お忙しい中を御出席いただきましてまことにありがとうございました。非常に有意義なお話を承りました。ただいまお述べいた
だきました御意見等は今後の調査の参考にさせていただきます。ソロ参考人に対しまして調査会を代表して厚くお礼を申し上げます。ありがとうございました。拍手
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この発言だけを見る →ソロ参考人には、お忙しい中を御出席いただきましてまことにありがとうございました。非常に有意義なお話を承りました。ただいまお述べいた
だきました御意見等は今後の調査の参考にさせていただきます。ソロ参考人に対しまして調査会を代表して厚くお礼を申し上げます。ありがとうございました。拍手
─────────────
長
長田裕二#20
○会長(長田裕二君) 次に、上智大学教授グレゴリー・クラーク君から意見を聴取いたします。
この際、クラーク参考人に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多用中のところ、本調査会に御出席をいただきましてありがとうございました。本日は、日本における国際化につきまして忌憚のない御意見を拝聴し、今後の調査の参考にいたしたいと存じます。
議事の進め方といたしましては、まず最初に三、四十分程度御意見をお述べいただき、その後委員の質疑に対しお答えをいただく方法で進めてまいりたいと思います。よろしくお願いいたします。
それでは、クラーク参考人にお願いいたします。
この発言だけを見る →この際、クラーク参考人に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多用中のところ、本調査会に御出席をいただきましてありがとうございました。本日は、日本における国際化につきまして忌憚のない御意見を拝聴し、今後の調査の参考にいたしたいと存じます。
議事の進め方といたしましては、まず最初に三、四十分程度御意見をお述べいただき、その後委員の質疑に対しお答えをいただく方法で進めてまいりたいと思います。よろしくお願いいたします。
それでは、クラーク参考人にお願いいたします。
グ
グレゴリー・クラーク#21
○参考人(グレゴリー・クラーク君) 上智大学のグレゴリー・クラークです。
きょうおたくの国民生活調査会の参考人としてお招きいただきましてありがとうございました。私のコメントがお役に立てれば幸いだと思いますけれども、残念ながら言葉の問題もあるし、もう一つ、日本は長くて、通算で十五年ぐらいなんですけれども、心の中でもう半分日本人のようになってしまったかもしれません。客観的に国際化問題を見ておれるかどうかちょっと疑問を時々持っております。
ただ、日本に参りまして日本人の中で生活して、一つ非常に私にとって不思議な現象がよく目につきます。私、日本に来る前に長い間中国のことをやっておりました、オーストラリアの外務省の中で。我々の目から見て中国は非常に排他的社会です。けれども中国はそんなに外国で批判されていません。中国人のいわゆる排他性は我々欧米人の目から見て納得できるものなんです。中国と比べれば日本は非常にオープンな、開かれて、国際的と言ってもいい社会なんです。にもかかわらず、日本はよく批判されておるだけではなくて、外国人よりも日本人は自分自身に対してもっと批判的ではないか。国際化という言葉は日本人がつくった言葉なんです。外国にはないんです。英語に直すのは非常に難しいんです。インターナショナラィゼーションは英語ではほとんど意味はないんです。
さっき申し上げたように、外国人の目から見てある意味では日本人はもう既に非常に国際的な民族なんです。まず外国の文化に対して全く壁がないんです。何でも取り入れられる。技術だけではなくて、外国の思想とか服装、言葉、英語の三割、四割ぐらいもう日本語にちゃんとそのまま入ってしまったんです。それで日本人は英語の言葉を非常にうまく使っています。料亭へ行くと御飯を頼む、レストランへ行くとライス。畑の中ではエンドウマメ、缶詰へ入れるとグリーンピースとなるわけです。そういう微妙なニュアンスの上に英語の言葉をお使いになって、とにかく私は非常に感心しております。日本の経済活動、日本の商社、日本の輸出、全世界の隅々まで入ってしまって、外国でどんどん工場もつくって、ある人によると、外国人の目から見て、日本人はもう既に十分国際的なんです。もっと国際的になれば困るんではないかという話もあります。
それで、ある意味では外国人に対しても非常に開かれてオープンな面もあります。例えば、おたくの調査会の参考人としてお招きいただきました。これは日本だけができるんではないかと思います。外国だったら、外国人が参考人として、まあないとは言えないんですけれども、非常に珍しい。もっと珍しいのは、外国の場合は政府と関係のある委員会のメンバーになることは不可能なんです。もう原則上できません。けれども、私もう四回、五回ぐらい大蔵省、通産省、労働省に呼ばれて、政府に対してアドバイスを出すために委員会のメンバーとして半年ぐらい活動させていただきました。途中でいろいろ資料もいただきました。場合によってはマル秘もついていたんです。驚きました。これは外国では全く不可能なことなんです。
日本人は、いわゆる外国のお客様に対して非常に親切であるし、場合によって外国よりも親切である面もあります。外国の特派員が自由に日本の役所に入ったり、日本の会社に入ったり、取材もできます。もちろん記者クラブのメンバーになるのは不可能なんです。あるいは非常に難しいんですけれども、記者クラブ制度は日本だけではないんです。イギリスもあります、ロビーという制度。これはアメリカ人の記者も参加できないんです、イギリス人の記者しかできないんです。
私は、前は日本の対外直接投資の研究をやっておりまして、オーストラリアで、研究のためにオーストラリアの会社にいろいろアンケート調査を出したんですけれども、返事がほとんどなかったんです。日本の会社は丁寧に私の質問に答えてくれまして、私初めて日本人のいわゆる独特な国際性に驚きました。
けれども、確かにその反面では国際的ではない面は存在しています。まず、よく外国で厳しく批判されています難民に対しての態度なんです。外国の労働者に対して、外国の教授に対して、私は私立大学だから大丈夫なんですけれども、国立大学はまだ不思議なぐらい排他的なんです。外人という言葉は非常に丁寧に使われていますけれども、外人の方とか外人様なんですけれども、場合によって丁寧ではないんです。特に修学旅行の子供の使い方は丁寧ではないんです。いや、その言葉自体に問題があると思います。外国人という言葉を英語に直せばフォーリナー。これは問題ないんです、外国人は。けれども、外人は、外の人、英語に直訳するとアウトサイダー。アウトサイダーは非常に冷たい、そして原則として使うべきではない言葉なんです。
もちろん外国人よりも外人と言う方がごろがいい、簡単ですけれども、例えば日本人はジャパニーズでしょう、英語で。ジャップという言葉を使えば日本人はすぐ怒っちゃうでしょう。外務省の場合も抗議も出すんですよ。だけど、ジャップに悪い意味を持っているのは、これはアメリカだけなんです。私の国オーストラリアではかえっていい意味なんです。親しい意味なんです。けれども、日本人は非常に気にしていますから、日本人の前でジャップという言葉は絶対使わないんです。逆に、我々外国人は外人という言葉は余り気に入らない面が多いんですけれども、日本人は平気で使っています。これは小さなことなんですけれども、国際的ではないんです。
あとは、いわゆる外国人登録証問題、いつも携帯しなければなりません。これは大変なことだ。登録証制度自体は別に悪いことではないんです。指紋押捺も別に悪いことではない、私の方から見て。アメリカでも同じようにやっています。けれども、いつも持たなければいけない。これは日本だけと言ってもいいんです。それで、ちょっとだけ買い物に出るにも持たないと、警察の方からとめられれば大変なことになってしまうんです。日本では余り知られていないんです。一度そういうふうにされれば、日本に対して悪い印象を持つ外国人が多いんです。
最後は、いわゆる国籍問題。日本国籍を取るのは非常に難しい。最近まで日本の国籍を取れば名前も変えなければならなかったんです。グレゴリー・クラークという名前をやめて鈴木太郎さん。高見山さんは渡辺大五郎さんになって、これは外国でかなりコメントされました、なぜ渡辺大五郎さんにならなくちゃいけないのか、ジェシー・クハウルアでとてもいい名前ではないか。
私も、日本人のいわゆる変則的な国際性の前に長い間困っておりましたけれども、このごろその理由がわかってきまして、客観的な理由が存在しております。日本人の国家意識は根本的に外国人とは違うんです。外国、これは欧米だけではなくてほかの民族、インドとかアラブ、中国、韓国。
国家の意識はその国の思想、文化。それで、一度その国の思想、文化、イデオロギーが自分の身につけば自分はその国の人のメンバーになれる。フランスは一番極端な例なんです。顔色とか全く関係なくて、ちゃんとフランス語を覚えれば、フランスの文化を持てば、あなたはもうフランス人です。アメリカも同じです。アメリカはもうちょっとイデオロギー的な国家意識なんです。アメリカの国旗の前に誓いをすればもうアメリカ人です。オーストラリアも同じ国家意識です。
日本はそういうイデオロギー的、文化的な国家意識はないんです。日本は非常にそういう意味で例外的な国と言ってもいいんです。日本の国家意識は一つのグループなんです。一つの家族、クラブ、チーム、村と同じ。メンバーになるためにそのグループの中に入らなければなりません。日本語で仲間入りという言葉があるでしょう。文字どおり日本の仲間に入らないとメンバーになれない。だから、日本人はある意味で自然に外の人に対して排他的です。もちろん、お客様として入れば全然問題はない。私の家族も全く同じです。文化に対しては排他的ではないんです。私の家族の意識は文化にはないんです。外の人に対して排他的。けれどもお客様に対して排他的ではない、もちろん親切にやっています。けれども、知らない人が急に私の家族のメンバーになりたければ、私もちろん排他的なんです。ごめんなさい、出てください。それを例外的に認めれば、いわゆるその人は養子にならなければいけないんです。その場合は、もちろん名前も変えなければなりません。鈴木太郎という名前をやめてクラークという名前、これは全く日本と同じと言ってもいいのです。
けれども、そういう国家意識は非常に珍しいことなんです。国家意識だけではなくて、日本人の価値観も、人間関係とか、甘えの構造とか、思いやりとか、全部いわゆる家族的価値観、そういう価値観の上に一つの国家をつくるのは、ある程度東南アジアもちょっとありますけれども、日本だけと言ってもいいんです。ほかの民族、中国、韓国、もちろん家族の中では日本人と同じなんですけれども、国家の次元、政治の次元、あるいは会社の次元、いわゆる英語でセカンダリーグループ。家族、村はこれはいわゆる英語でプライマリーグループ、第一次的なグループ。セカンダリー、第二次的。その第二次的なグループではエモーショナルな価値観ではなくて、いわゆる合理主義、原理原則的な価値観を使っています。結果として、外国人は我々の仲間に入るのは、これはいわゆる一つの原理原則の上でやっています。それで、原理原則、その基準を満たせればもうどうぞ、別にエモーションの上ではなくて。日本人の場合はエモーションの上にメンバーにならなければなりません。結果として、いろいろ外国人の目から見てわけのわからないひずみ、矛盾が簡単に生じてきます。
例えば、日本人の韓国人、朝鮮人、台湾人に対しての独特な意識が外国で厳しく批判されています。私、この間たまたま取材されまして、例の総理大臣の発言の後で日本人のいわゆる排他性に対して外国の意識が急に高まってきまして、そのインタビューの中では、私は王監督の話をさしていただきました。あの人は台湾人でしょう。日本国籍を断っておられるらしいんです。自由に取れますけれども、台湾人に残りたいんです。にもかかわらずあの人は完全に日本人扱いです。英語でエモーショナルウェーブレングス、情緒的、心的な波長に乗って、もう完全に日本人扱い。け,れども、そのエモーショナルウェーブレングスに乗らなければ、もう原理原則がなくて排他される。これはある程度避けられないんですけれども、外国では厳しく批判されています。
同じように中曽根総理大臣、名前を言ってしまいましてごめんなさい、の発言についてもう一つの大きな誤解は、日本人は人種主義だけではなくて、非常にレーススペリオリティー、人種優秀主義、これは外国人に説明するのに非常に難しいんです。外国の場合は、自分の国はほかの国よりも偉い、知識程度でも。もちろん知能程度だったら絶対そういう話はできないです、英語でインテリジェンス。けれども、総理大臣は多分インテリジェンス、知能ではなくて知識程度。知識でも、自分の国はほかの国あるいはほかの民族よりも偉いということ、それでも禁物なんです。逆に自分の国はほかの民族よりも低い、それも禁物なんです。原則として国家のアイデンティティー、文化なんです。どこの文化が偉いか、どこの文化が低いか、それは言えないんです。言うべきではないんです。
けれども、日本人の国家意識は、文化ではなくて、さっきの家族、チームと同じ。そのチームは絶えずほかのチームと自分の実績を比べています。結果として、自分より実績のいい民族に対して素直に劣等感を認める。最近まで我々外国人の目から見て不思議なことがありましたよ。世論調査の中では、日本人はアメリカに対して劣等感を持っていると素直に認めていたんです、五割、六割、あるいはヨーロッパに対して。これは外国で考えられないことなんです。逆に、自分の実績がほかの民族よりもいいと思えば同じように素直に認めておられる。だからアジアに対して、ほかのアジアの民族と比べれば、実際客観的に日本人の実績はなかなかいいと私も認めています。それで日本人は素直にそういうふうに言っています。けれども、これは外国人の目から見れば許せないことなんです。
だから、そういう違う国家のいわゆるアイデンティティー、国家意識の現象の前にどうすべきか。いろいろ言われていますけれども、ある程度仕方がなくて、数の上で日本人よりも多いいわゆる非日本人の考え方、やり方は国際的である、日本人のやり方は国際的ではないという評判になって、ある程度外国人の前に違う国家意識が必要ではないかと思います。外国人の国家意識はある程度勉強せざるを得ないのではないかと思います。
それで、日本人の国際意識をどういうふうに高めるか、いわゆる国際化教育について、時間余りないですけれども簡単に触れさせていただきたいんです。今、外国との交流、外国人との接触、外国の文化の勉強とかいろいろ進められていますけれども、私の目から見てその効果は非常に薄いんです。私から提言させていただければ、量よりも質、質のある外国との交流が必要なんです。だから、観光客とか使節団とか、そういう表面的な交流よりも、長期的な外国滞在、留学生、ホームステーが一番理想的なんです。逆に、外国人が日本に来て、短い時間ではなくて長い間日本の社会の中に住みついて、ゆっくりして日本人の独特な価値観を勉強させていただければ幸いだと思います。特に留学生の受け入れ態勢は御存じのようにまだ十分にできていない。けれども、それよりも、日本で勉強したければ、決まった勉強、どこかの大学に入らないと、どこかのコースに入らないと、登録しないとビザがもらえません。
私、自分の経験から申し上げれば、十八年前に初めて日本に来まして、一年ぐらい日本の経済の研究をやっていました、大学のお金で。それで、日本の社会の魅力とかおもしろさを感じまして、私の国に戻ってもう一度日本に行くためにビザを頼んだんです。それで、ビザを取るのにはもちろんなぜ日本に行きたいか理由を書かなければなりません。それで私、日本の社会、日本人、日本の言葉の勉強をするために一、二年ぐらい日本に行きたい、必要あれば自分自身のお金で行きたい。すぐ断られましたよ。日本語では何と言うんですか、門前払いされてしまった。
同時に、私と同じ大学で、徳島県の江戸時代の歴史、蜂須賀藩の研究をもう二十年前からやってきました。今でもまだやっています。その人は日本語が余りできないんですけれども、ビザを頼みましてすぐビザをもらいました。それだけではなくて、日本政府から補助金ももらいました。その人はまだ蜂須賀藩の研究をやっておられます。今でも日本語ができないんです。字は読めますけれども言葉はできないんです。日本人に対して興味がないんです。あの江戸時代の歴史しか勉強してないんです。そういう極端な受け入れ態勢は、御存じのようにいろいろ矛盾を生じています。結果として、特にアジアからの学生は半分ぐらい反日感情を持って国に戻っています。これも不思議なことなんです。
戦争前の日本は、もっと外国の学生に対して寛容だったんです。外国の文化に対しては寛容ではなかった、排他的。もっとそういう意味で欧米的、非日本的だったんです。けれども、外国人に対してはもうちょっと自信を持って取り入れている。周恩来は一年ぐらい留学生として日本に来まして、全然勉強してなかったらしいんです。京都の方で何か浪人生活をして、ガールフレンドをつくって、結果としてあの人はもう最後まで親日派でした、中国では。一度そういう日本の社会の中に入れば反日的にできないと思いますよ、日本の社会の魅力を一度感じれば。けれども、その次元に入るのは非常に難しいんです。学生の中では一、二割、三割しかできないと思います。
もう一つ、時間がほとんどないんですけれども、言葉の問題でちょっと一言させていただきたいんです。もし今の日本が国際的ではない面があれば、その理由の半分以上は今の英語教育制度だと思います。今の日本の英語教育制度によって語学の奇形児を日本の学校で、日本の政府の金でどんどんつくっています。日本人には特別な問題があります。外来語が多くて、若いときから間違った発音が頭の中に入る。もう一つ、日本人の学生の独特な感受性は非常に強い。学校に入って十二歳から勉強始めれば、一度悪い形で、間違った形で英語の勉強をすれば、後で直すのは不可能なんです。言葉は数学と違って非常に心理的なものなんです。悪い、間違った英語が頭の中に入れば直すことは非常に難しいんです。
今、英語教育は御存じのように欠点はある程度知られています。直すために外人教師とかLLもうちょっと使いましょうとか、これも無理なんですよ。初めから正しい方法、特に日本の場合は、目ではなくて、教科書ではなくて、正しい耳の訓練を徹底的にしないと、後で悪い教育の結果を直すことは非常に難しい。幾ら外国の教師を使っても、もちろんコストは高いですが。外国人教師よりもテープレコーダー使えばどうですか。はるかに安い。日本はいいテープレコーダーつくっていますから、輸出しなくてもうちょっと国内で使えば。私の日本語は全部テープレコーダーから覚えてきまして、もちろん不十分な面がありますけれども、習い始めたのは三十歳。三十歳になってもだれでも言葉の能力持っています。もちろん大人になるともうちょっと努力しなければなりませんけれども、耳から勉強する。後で目を使えば結構なんです。けれども、初めは目から覚える。後で耳を幾ら訓練してももう遅いんです。
だから問題は、英語教育問題プラスいわゆる受験英語問題。大学に入るために信じられないぐらい難しい英語の試験を受けなければなりません。結果として、日本の若者が英語に対しての印象、感情は非常に悪いんですよ。うちの大学でも、みんな英語が上手だと言われていますけれども、必ずしもそうではないんです。英文学部の方はもちろん積極的にやっていますけれども、私の感じとして、日本の大学の学生は半分以上はもうアレルギーになりまして、あの人たちにとって英語は嫌です、しゃべりたくないんです。英語嫌だけではなくて、外国人の顔も嫌なんです。外国人の顔見て、またその悪い思い出ばっかり頭の中に浮かんでしまうんです。
だから、その間違った英語教育制度を早くやめて、もし新しい制度をつくることになれば、小学校から毎週一時間、二時間、発音、歌、外来語の悪い影響をなくすためにできるだけ若いときから正しい発音を教える。簡単なんです。英語でワン、トゥー、スリー、日本のテレビでワン、ツー、スリーでしょう。若いときにワン、ツー、スリーではなくてワン、トゥー、スリーと教えれば、それで頭に入る。そのぐらいの英語教育をすれば、大学になって、十八歳になって集中的に六カ月ぐらい、あるいは一年ぐらい英語を教える、耳から。というのは、十八歳になって、もう英語の必要性もちゃんとわかっているんです。自分の将来のために英語の必要性もちゃんとわかっている。そうすれば意欲的に勉強する、これも非常に大事なんです。消極的に、受験のために英語を勉強すれば、もうこれはアレルギーの根源なんです。
それでもう一つ、もうこれで最後なんですけれども、私、日本の国際化を見て、日本人の努力を見て、もちろん非常に高く評価しています。けれども、世界は英語だけではないんです。英語はもちろん国際言葉になりましたけれども、英語だけではない。フランス語、スペイン語。日本の商社、日本の会社、自動車メーカー、例えば、全世界で工場をつくっています、事務所をつくっています。それで、フランス語、スペイン語を上手にできる人はいないんです。だから、会社の中でそういう教育を行わなければなりません。大学の時点で外国語の教育に集中すれば、英語だけではなくて、まあ英語を例えば六割、七割。それでほかの言葉、スペインとかフランスとか中国語、韓国語を専門的に教えることは可能となるんです。もちろん、中学校と高等学校でほかの英語以外の言葉の教育は不可能なんです。私もちろん承知しております。だから、これからの日本の国際化の中で、私の判断では、言葉の問題は問題の内容の七割ぐらいではないか、言葉の問題が克服できれば、ほかの問題は簡単に解決できると思います。言葉の問題を解決しなければ、ほかの問題は、特に日本人の独特な国家意識の中では解決できないではないか、かえって将来ますます悪化すると心配しております。
ありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →きょうおたくの国民生活調査会の参考人としてお招きいただきましてありがとうございました。私のコメントがお役に立てれば幸いだと思いますけれども、残念ながら言葉の問題もあるし、もう一つ、日本は長くて、通算で十五年ぐらいなんですけれども、心の中でもう半分日本人のようになってしまったかもしれません。客観的に国際化問題を見ておれるかどうかちょっと疑問を時々持っております。
ただ、日本に参りまして日本人の中で生活して、一つ非常に私にとって不思議な現象がよく目につきます。私、日本に来る前に長い間中国のことをやっておりました、オーストラリアの外務省の中で。我々の目から見て中国は非常に排他的社会です。けれども中国はそんなに外国で批判されていません。中国人のいわゆる排他性は我々欧米人の目から見て納得できるものなんです。中国と比べれば日本は非常にオープンな、開かれて、国際的と言ってもいい社会なんです。にもかかわらず、日本はよく批判されておるだけではなくて、外国人よりも日本人は自分自身に対してもっと批判的ではないか。国際化という言葉は日本人がつくった言葉なんです。外国にはないんです。英語に直すのは非常に難しいんです。インターナショナラィゼーションは英語ではほとんど意味はないんです。
さっき申し上げたように、外国人の目から見てある意味では日本人はもう既に非常に国際的な民族なんです。まず外国の文化に対して全く壁がないんです。何でも取り入れられる。技術だけではなくて、外国の思想とか服装、言葉、英語の三割、四割ぐらいもう日本語にちゃんとそのまま入ってしまったんです。それで日本人は英語の言葉を非常にうまく使っています。料亭へ行くと御飯を頼む、レストランへ行くとライス。畑の中ではエンドウマメ、缶詰へ入れるとグリーンピースとなるわけです。そういう微妙なニュアンスの上に英語の言葉をお使いになって、とにかく私は非常に感心しております。日本の経済活動、日本の商社、日本の輸出、全世界の隅々まで入ってしまって、外国でどんどん工場もつくって、ある人によると、外国人の目から見て、日本人はもう既に十分国際的なんです。もっと国際的になれば困るんではないかという話もあります。
それで、ある意味では外国人に対しても非常に開かれてオープンな面もあります。例えば、おたくの調査会の参考人としてお招きいただきました。これは日本だけができるんではないかと思います。外国だったら、外国人が参考人として、まあないとは言えないんですけれども、非常に珍しい。もっと珍しいのは、外国の場合は政府と関係のある委員会のメンバーになることは不可能なんです。もう原則上できません。けれども、私もう四回、五回ぐらい大蔵省、通産省、労働省に呼ばれて、政府に対してアドバイスを出すために委員会のメンバーとして半年ぐらい活動させていただきました。途中でいろいろ資料もいただきました。場合によってはマル秘もついていたんです。驚きました。これは外国では全く不可能なことなんです。
日本人は、いわゆる外国のお客様に対して非常に親切であるし、場合によって外国よりも親切である面もあります。外国の特派員が自由に日本の役所に入ったり、日本の会社に入ったり、取材もできます。もちろん記者クラブのメンバーになるのは不可能なんです。あるいは非常に難しいんですけれども、記者クラブ制度は日本だけではないんです。イギリスもあります、ロビーという制度。これはアメリカ人の記者も参加できないんです、イギリス人の記者しかできないんです。
私は、前は日本の対外直接投資の研究をやっておりまして、オーストラリアで、研究のためにオーストラリアの会社にいろいろアンケート調査を出したんですけれども、返事がほとんどなかったんです。日本の会社は丁寧に私の質問に答えてくれまして、私初めて日本人のいわゆる独特な国際性に驚きました。
けれども、確かにその反面では国際的ではない面は存在しています。まず、よく外国で厳しく批判されています難民に対しての態度なんです。外国の労働者に対して、外国の教授に対して、私は私立大学だから大丈夫なんですけれども、国立大学はまだ不思議なぐらい排他的なんです。外人という言葉は非常に丁寧に使われていますけれども、外人の方とか外人様なんですけれども、場合によって丁寧ではないんです。特に修学旅行の子供の使い方は丁寧ではないんです。いや、その言葉自体に問題があると思います。外国人という言葉を英語に直せばフォーリナー。これは問題ないんです、外国人は。けれども、外人は、外の人、英語に直訳するとアウトサイダー。アウトサイダーは非常に冷たい、そして原則として使うべきではない言葉なんです。
もちろん外国人よりも外人と言う方がごろがいい、簡単ですけれども、例えば日本人はジャパニーズでしょう、英語で。ジャップという言葉を使えば日本人はすぐ怒っちゃうでしょう。外務省の場合も抗議も出すんですよ。だけど、ジャップに悪い意味を持っているのは、これはアメリカだけなんです。私の国オーストラリアではかえっていい意味なんです。親しい意味なんです。けれども、日本人は非常に気にしていますから、日本人の前でジャップという言葉は絶対使わないんです。逆に、我々外国人は外人という言葉は余り気に入らない面が多いんですけれども、日本人は平気で使っています。これは小さなことなんですけれども、国際的ではないんです。
あとは、いわゆる外国人登録証問題、いつも携帯しなければなりません。これは大変なことだ。登録証制度自体は別に悪いことではないんです。指紋押捺も別に悪いことではない、私の方から見て。アメリカでも同じようにやっています。けれども、いつも持たなければいけない。これは日本だけと言ってもいいんです。それで、ちょっとだけ買い物に出るにも持たないと、警察の方からとめられれば大変なことになってしまうんです。日本では余り知られていないんです。一度そういうふうにされれば、日本に対して悪い印象を持つ外国人が多いんです。
最後は、いわゆる国籍問題。日本国籍を取るのは非常に難しい。最近まで日本の国籍を取れば名前も変えなければならなかったんです。グレゴリー・クラークという名前をやめて鈴木太郎さん。高見山さんは渡辺大五郎さんになって、これは外国でかなりコメントされました、なぜ渡辺大五郎さんにならなくちゃいけないのか、ジェシー・クハウルアでとてもいい名前ではないか。
私も、日本人のいわゆる変則的な国際性の前に長い間困っておりましたけれども、このごろその理由がわかってきまして、客観的な理由が存在しております。日本人の国家意識は根本的に外国人とは違うんです。外国、これは欧米だけではなくてほかの民族、インドとかアラブ、中国、韓国。
国家の意識はその国の思想、文化。それで、一度その国の思想、文化、イデオロギーが自分の身につけば自分はその国の人のメンバーになれる。フランスは一番極端な例なんです。顔色とか全く関係なくて、ちゃんとフランス語を覚えれば、フランスの文化を持てば、あなたはもうフランス人です。アメリカも同じです。アメリカはもうちょっとイデオロギー的な国家意識なんです。アメリカの国旗の前に誓いをすればもうアメリカ人です。オーストラリアも同じ国家意識です。
日本はそういうイデオロギー的、文化的な国家意識はないんです。日本は非常にそういう意味で例外的な国と言ってもいいんです。日本の国家意識は一つのグループなんです。一つの家族、クラブ、チーム、村と同じ。メンバーになるためにそのグループの中に入らなければなりません。日本語で仲間入りという言葉があるでしょう。文字どおり日本の仲間に入らないとメンバーになれない。だから、日本人はある意味で自然に外の人に対して排他的です。もちろん、お客様として入れば全然問題はない。私の家族も全く同じです。文化に対しては排他的ではないんです。私の家族の意識は文化にはないんです。外の人に対して排他的。けれどもお客様に対して排他的ではない、もちろん親切にやっています。けれども、知らない人が急に私の家族のメンバーになりたければ、私もちろん排他的なんです。ごめんなさい、出てください。それを例外的に認めれば、いわゆるその人は養子にならなければいけないんです。その場合は、もちろん名前も変えなければなりません。鈴木太郎という名前をやめてクラークという名前、これは全く日本と同じと言ってもいいのです。
けれども、そういう国家意識は非常に珍しいことなんです。国家意識だけではなくて、日本人の価値観も、人間関係とか、甘えの構造とか、思いやりとか、全部いわゆる家族的価値観、そういう価値観の上に一つの国家をつくるのは、ある程度東南アジアもちょっとありますけれども、日本だけと言ってもいいんです。ほかの民族、中国、韓国、もちろん家族の中では日本人と同じなんですけれども、国家の次元、政治の次元、あるいは会社の次元、いわゆる英語でセカンダリーグループ。家族、村はこれはいわゆる英語でプライマリーグループ、第一次的なグループ。セカンダリー、第二次的。その第二次的なグループではエモーショナルな価値観ではなくて、いわゆる合理主義、原理原則的な価値観を使っています。結果として、外国人は我々の仲間に入るのは、これはいわゆる一つの原理原則の上でやっています。それで、原理原則、その基準を満たせればもうどうぞ、別にエモーションの上ではなくて。日本人の場合はエモーションの上にメンバーにならなければなりません。結果として、いろいろ外国人の目から見てわけのわからないひずみ、矛盾が簡単に生じてきます。
例えば、日本人の韓国人、朝鮮人、台湾人に対しての独特な意識が外国で厳しく批判されています。私、この間たまたま取材されまして、例の総理大臣の発言の後で日本人のいわゆる排他性に対して外国の意識が急に高まってきまして、そのインタビューの中では、私は王監督の話をさしていただきました。あの人は台湾人でしょう。日本国籍を断っておられるらしいんです。自由に取れますけれども、台湾人に残りたいんです。にもかかわらずあの人は完全に日本人扱いです。英語でエモーショナルウェーブレングス、情緒的、心的な波長に乗って、もう完全に日本人扱い。け,れども、そのエモーショナルウェーブレングスに乗らなければ、もう原理原則がなくて排他される。これはある程度避けられないんですけれども、外国では厳しく批判されています。
同じように中曽根総理大臣、名前を言ってしまいましてごめんなさい、の発言についてもう一つの大きな誤解は、日本人は人種主義だけではなくて、非常にレーススペリオリティー、人種優秀主義、これは外国人に説明するのに非常に難しいんです。外国の場合は、自分の国はほかの国よりも偉い、知識程度でも。もちろん知能程度だったら絶対そういう話はできないです、英語でインテリジェンス。けれども、総理大臣は多分インテリジェンス、知能ではなくて知識程度。知識でも、自分の国はほかの国あるいはほかの民族よりも偉いということ、それでも禁物なんです。逆に自分の国はほかの民族よりも低い、それも禁物なんです。原則として国家のアイデンティティー、文化なんです。どこの文化が偉いか、どこの文化が低いか、それは言えないんです。言うべきではないんです。
けれども、日本人の国家意識は、文化ではなくて、さっきの家族、チームと同じ。そのチームは絶えずほかのチームと自分の実績を比べています。結果として、自分より実績のいい民族に対して素直に劣等感を認める。最近まで我々外国人の目から見て不思議なことがありましたよ。世論調査の中では、日本人はアメリカに対して劣等感を持っていると素直に認めていたんです、五割、六割、あるいはヨーロッパに対して。これは外国で考えられないことなんです。逆に、自分の実績がほかの民族よりもいいと思えば同じように素直に認めておられる。だからアジアに対して、ほかのアジアの民族と比べれば、実際客観的に日本人の実績はなかなかいいと私も認めています。それで日本人は素直にそういうふうに言っています。けれども、これは外国人の目から見れば許せないことなんです。
だから、そういう違う国家のいわゆるアイデンティティー、国家意識の現象の前にどうすべきか。いろいろ言われていますけれども、ある程度仕方がなくて、数の上で日本人よりも多いいわゆる非日本人の考え方、やり方は国際的である、日本人のやり方は国際的ではないという評判になって、ある程度外国人の前に違う国家意識が必要ではないかと思います。外国人の国家意識はある程度勉強せざるを得ないのではないかと思います。
それで、日本人の国際意識をどういうふうに高めるか、いわゆる国際化教育について、時間余りないですけれども簡単に触れさせていただきたいんです。今、外国との交流、外国人との接触、外国の文化の勉強とかいろいろ進められていますけれども、私の目から見てその効果は非常に薄いんです。私から提言させていただければ、量よりも質、質のある外国との交流が必要なんです。だから、観光客とか使節団とか、そういう表面的な交流よりも、長期的な外国滞在、留学生、ホームステーが一番理想的なんです。逆に、外国人が日本に来て、短い時間ではなくて長い間日本の社会の中に住みついて、ゆっくりして日本人の独特な価値観を勉強させていただければ幸いだと思います。特に留学生の受け入れ態勢は御存じのようにまだ十分にできていない。けれども、それよりも、日本で勉強したければ、決まった勉強、どこかの大学に入らないと、どこかのコースに入らないと、登録しないとビザがもらえません。
私、自分の経験から申し上げれば、十八年前に初めて日本に来まして、一年ぐらい日本の経済の研究をやっていました、大学のお金で。それで、日本の社会の魅力とかおもしろさを感じまして、私の国に戻ってもう一度日本に行くためにビザを頼んだんです。それで、ビザを取るのにはもちろんなぜ日本に行きたいか理由を書かなければなりません。それで私、日本の社会、日本人、日本の言葉の勉強をするために一、二年ぐらい日本に行きたい、必要あれば自分自身のお金で行きたい。すぐ断られましたよ。日本語では何と言うんですか、門前払いされてしまった。
同時に、私と同じ大学で、徳島県の江戸時代の歴史、蜂須賀藩の研究をもう二十年前からやってきました。今でもまだやっています。その人は日本語が余りできないんですけれども、ビザを頼みましてすぐビザをもらいました。それだけではなくて、日本政府から補助金ももらいました。その人はまだ蜂須賀藩の研究をやっておられます。今でも日本語ができないんです。字は読めますけれども言葉はできないんです。日本人に対して興味がないんです。あの江戸時代の歴史しか勉強してないんです。そういう極端な受け入れ態勢は、御存じのようにいろいろ矛盾を生じています。結果として、特にアジアからの学生は半分ぐらい反日感情を持って国に戻っています。これも不思議なことなんです。
戦争前の日本は、もっと外国の学生に対して寛容だったんです。外国の文化に対しては寛容ではなかった、排他的。もっとそういう意味で欧米的、非日本的だったんです。けれども、外国人に対してはもうちょっと自信を持って取り入れている。周恩来は一年ぐらい留学生として日本に来まして、全然勉強してなかったらしいんです。京都の方で何か浪人生活をして、ガールフレンドをつくって、結果としてあの人はもう最後まで親日派でした、中国では。一度そういう日本の社会の中に入れば反日的にできないと思いますよ、日本の社会の魅力を一度感じれば。けれども、その次元に入るのは非常に難しいんです。学生の中では一、二割、三割しかできないと思います。
もう一つ、時間がほとんどないんですけれども、言葉の問題でちょっと一言させていただきたいんです。もし今の日本が国際的ではない面があれば、その理由の半分以上は今の英語教育制度だと思います。今の日本の英語教育制度によって語学の奇形児を日本の学校で、日本の政府の金でどんどんつくっています。日本人には特別な問題があります。外来語が多くて、若いときから間違った発音が頭の中に入る。もう一つ、日本人の学生の独特な感受性は非常に強い。学校に入って十二歳から勉強始めれば、一度悪い形で、間違った形で英語の勉強をすれば、後で直すのは不可能なんです。言葉は数学と違って非常に心理的なものなんです。悪い、間違った英語が頭の中に入れば直すことは非常に難しいんです。
今、英語教育は御存じのように欠点はある程度知られています。直すために外人教師とかLLもうちょっと使いましょうとか、これも無理なんですよ。初めから正しい方法、特に日本の場合は、目ではなくて、教科書ではなくて、正しい耳の訓練を徹底的にしないと、後で悪い教育の結果を直すことは非常に難しい。幾ら外国の教師を使っても、もちろんコストは高いですが。外国人教師よりもテープレコーダー使えばどうですか。はるかに安い。日本はいいテープレコーダーつくっていますから、輸出しなくてもうちょっと国内で使えば。私の日本語は全部テープレコーダーから覚えてきまして、もちろん不十分な面がありますけれども、習い始めたのは三十歳。三十歳になってもだれでも言葉の能力持っています。もちろん大人になるともうちょっと努力しなければなりませんけれども、耳から勉強する。後で目を使えば結構なんです。けれども、初めは目から覚える。後で耳を幾ら訓練してももう遅いんです。
だから問題は、英語教育問題プラスいわゆる受験英語問題。大学に入るために信じられないぐらい難しい英語の試験を受けなければなりません。結果として、日本の若者が英語に対しての印象、感情は非常に悪いんですよ。うちの大学でも、みんな英語が上手だと言われていますけれども、必ずしもそうではないんです。英文学部の方はもちろん積極的にやっていますけれども、私の感じとして、日本の大学の学生は半分以上はもうアレルギーになりまして、あの人たちにとって英語は嫌です、しゃべりたくないんです。英語嫌だけではなくて、外国人の顔も嫌なんです。外国人の顔見て、またその悪い思い出ばっかり頭の中に浮かんでしまうんです。
だから、その間違った英語教育制度を早くやめて、もし新しい制度をつくることになれば、小学校から毎週一時間、二時間、発音、歌、外来語の悪い影響をなくすためにできるだけ若いときから正しい発音を教える。簡単なんです。英語でワン、トゥー、スリー、日本のテレビでワン、ツー、スリーでしょう。若いときにワン、ツー、スリーではなくてワン、トゥー、スリーと教えれば、それで頭に入る。そのぐらいの英語教育をすれば、大学になって、十八歳になって集中的に六カ月ぐらい、あるいは一年ぐらい英語を教える、耳から。というのは、十八歳になって、もう英語の必要性もちゃんとわかっているんです。自分の将来のために英語の必要性もちゃんとわかっている。そうすれば意欲的に勉強する、これも非常に大事なんです。消極的に、受験のために英語を勉強すれば、もうこれはアレルギーの根源なんです。
それでもう一つ、もうこれで最後なんですけれども、私、日本の国際化を見て、日本人の努力を見て、もちろん非常に高く評価しています。けれども、世界は英語だけではないんです。英語はもちろん国際言葉になりましたけれども、英語だけではない。フランス語、スペイン語。日本の商社、日本の会社、自動車メーカー、例えば、全世界で工場をつくっています、事務所をつくっています。それで、フランス語、スペイン語を上手にできる人はいないんです。だから、会社の中でそういう教育を行わなければなりません。大学の時点で外国語の教育に集中すれば、英語だけではなくて、まあ英語を例えば六割、七割。それでほかの言葉、スペインとかフランスとか中国語、韓国語を専門的に教えることは可能となるんです。もちろん、中学校と高等学校でほかの英語以外の言葉の教育は不可能なんです。私もちろん承知しております。だから、これからの日本の国際化の中で、私の判断では、言葉の問題は問題の内容の七割ぐらいではないか、言葉の問題が克服できれば、ほかの問題は簡単に解決できると思います。言葉の問題を解決しなければ、ほかの問題は、特に日本人の独特な国家意識の中では解決できないではないか、かえって将来ますます悪化すると心配しております。
ありがとうございました。拍手
長
長田裕二#22
○会長(長田裕二君) 大変興味のあるお話をありがとうございました。
以上でクラーク参考人からの意見聴取は終わりました。
これより参考人に対する質疑を行います。
質疑のある方は会長の許可を得て順次御発言を願います。
この発言だけを見る →以上でクラーク参考人からの意見聴取は終わりました。
これより参考人に対する質疑を行います。
質疑のある方は会長の許可を得て順次御発言を願います。
矢
矢原秀男#23
○矢原秀男君 どうもありがとうございました。一点だけお願いしたいと思うんです。
各大学の日本の教授から伺いましても、今クラーク参考人がおっしゃいました外国留学生の受け入れが非常に日本は不備である、こういう点と、もう一つは、今お話ございました外国語の教育について日本はもっと考えなくちゃいけない、この二点は非常に国際化の問題と絡んで懸案事項になっているわけでございますけれども、今お話がございましたように、これは日本としては早く制度を変えないといけないと思っているんですけれども、小学校から英語教育は変えなくちゃいけない、こういう問題と、外国留学生に対しての日本政府の取り組みですね、これを具体的に御指導いただきたい、こういうふうに思うんですけれども。
この発言だけを見る →各大学の日本の教授から伺いましても、今クラーク参考人がおっしゃいました外国留学生の受け入れが非常に日本は不備である、こういう点と、もう一つは、今お話ございました外国語の教育について日本はもっと考えなくちゃいけない、この二点は非常に国際化の問題と絡んで懸案事項になっているわけでございますけれども、今お話がございましたように、これは日本としては早く制度を変えないといけないと思っているんですけれども、小学校から英語教育は変えなくちゃいけない、こういう問題と、外国留学生に対しての日本政府の取り組みですね、これを具体的に御指導いただきたい、こういうふうに思うんですけれども。
グ
グレゴリー・クラーク#24
○参考人(グレゴリー・クラーク君) 英語教育制度について、小学校でしなくてもいいんですけれども、まあ中学、高等学校よりも小学校の時点で、問題は発音と英語に対しての態度、自信、小学校の時点でやり始めればましではないかと思います。もちろん時間は今の中学を短縮して、週三時間、四時間ではなくて、一時間、二時間でも結構なんだと思います。それで、大学に入って、そのとき、そういった難しい文法の教育をもうやめて、発音、簡単な英会話とつづり、スペルとか、そのぐらいで結構だと思います。
アジアの留学生の問題に関して、みんな周恩来のように日本に入れば一番理想的なんですけれども、日本の法務省は多分いろいろ心配なさるかもしれません。もしそういう浪人的な生活を許さなければ、どこか、東京だけではなくて、地方にも日本の文化センター、例えば日本の文化教育センターを設けて、特に東京よりも地方の方はもうちょっとそういう意味では恵まれていますし、現地の社会の中で、ホームステー、いわゆる宿の問題、寮ではなくて、どこかの日本人の家の中に入って泊まって、その文化教育センターの中では簡単にまず日本の言葉の勉強をする。どのぐらい外国人の学生、特にアジアの学生は言葉の問題で悩んでおられるかまだ十分理解されていません。
うちの大学でも、一流の留学生がかなりアメリカから来ています。アメリカでよく勉強しています、二年ぐらい、日本に来る前に。にもかかわらず、日本に着いて、勉強の時間は半分以上は言葉なんですよ。だから、そういうセンターの中で集中的に言葉の勉強と簡単に日本の文化、日本の歴史、日本の経済とか、そういうコースも行って、コースの長さといえば時間は二年ぐらい。それで卒業して、一つのディプロマみたいなのを出して、その準備をして、その後で専門の勉強、例えば江戸時代の歴史とかあるいは日本の科学とか、その勉強を一年とか五年なりすれば一番理想的ではないかと思いますけれども、そういう準備的な学校は今存在していません。あっても、その学校に入るためにビザをもらうのは難しい。お金の問題もあります。勉強しながら、御存じのようにアルバイトしなければならない。理想的な形でアルバイトするかどうか、いろいろ問題はあります。労働省も悩んでいます。だから、日本は大胆に政府がお金を使えば、そういう日本文化教育センターというのを設ければこの問題は解決できるのではないかと思います。
この発言だけを見る →アジアの留学生の問題に関して、みんな周恩来のように日本に入れば一番理想的なんですけれども、日本の法務省は多分いろいろ心配なさるかもしれません。もしそういう浪人的な生活を許さなければ、どこか、東京だけではなくて、地方にも日本の文化センター、例えば日本の文化教育センターを設けて、特に東京よりも地方の方はもうちょっとそういう意味では恵まれていますし、現地の社会の中で、ホームステー、いわゆる宿の問題、寮ではなくて、どこかの日本人の家の中に入って泊まって、その文化教育センターの中では簡単にまず日本の言葉の勉強をする。どのぐらい外国人の学生、特にアジアの学生は言葉の問題で悩んでおられるかまだ十分理解されていません。
うちの大学でも、一流の留学生がかなりアメリカから来ています。アメリカでよく勉強しています、二年ぐらい、日本に来る前に。にもかかわらず、日本に着いて、勉強の時間は半分以上は言葉なんですよ。だから、そういうセンターの中で集中的に言葉の勉強と簡単に日本の文化、日本の歴史、日本の経済とか、そういうコースも行って、コースの長さといえば時間は二年ぐらい。それで卒業して、一つのディプロマみたいなのを出して、その準備をして、その後で専門の勉強、例えば江戸時代の歴史とかあるいは日本の科学とか、その勉強を一年とか五年なりすれば一番理想的ではないかと思いますけれども、そういう準備的な学校は今存在していません。あっても、その学校に入るためにビザをもらうのは難しい。お金の問題もあります。勉強しながら、御存じのようにアルバイトしなければならない。理想的な形でアルバイトするかどうか、いろいろ問題はあります。労働省も悩んでいます。だから、日本は大胆に政府がお金を使えば、そういう日本文化教育センターというのを設ければこの問題は解決できるのではないかと思います。
及
及川一夫#25
○及川一夫君 私ども日本人が国際性というものを意識をするようになったのはごく最近と言ってもいいんだろうと思うのです。なぜかということを考えますと、地球の上では極東、一番東の端にあるということと、日本列島が全部海に囲まれているということ、それから文化とか宗教というものが、どちらかというと中国それから韓国といいますか、ああいったところから流れてきている一つの歴史があるわけですね。ですから、積極的に打って出るというよりは、受けて立って育ってきたという、そういう歴史性みたいなものがあるような気がしてしようがないんですね。
そこで、先生が御指摘になった、中国の場合には排他的ではあるけれども批判がない。日本はオープンで開放的ではあるけれども批判がある。なぜそうなってきたのかという理由は、先進国、中進国、開発途上国という三つのグループがあるとすれば、戦後ということを考えますと、やはり日本も開発途上国であったと思います。それが今では先進国と経済的に言われるようになってきたということです。そういうものが必然的に国際性とか国際化とか、世界の中の日本というものを意識をしなければいけないのだという批判ですね。国際的なものになってきたのかなということを感じたりするんですけれども、なぜ日本がそういうふうに批判されるようになったのかということについての先生の見解をお聞きしたいと思います。
この発言だけを見る →そこで、先生が御指摘になった、中国の場合には排他的ではあるけれども批判がない。日本はオープンで開放的ではあるけれども批判がある。なぜそうなってきたのかという理由は、先進国、中進国、開発途上国という三つのグループがあるとすれば、戦後ということを考えますと、やはり日本も開発途上国であったと思います。それが今では先進国と経済的に言われるようになってきたということです。そういうものが必然的に国際性とか国際化とか、世界の中の日本というものを意識をしなければいけないのだという批判ですね。国際的なものになってきたのかなということを感じたりするんですけれども、なぜ日本がそういうふうに批判されるようになったのかということについての先生の見解をお聞きしたいと思います。
グ
グレゴリー・クラーク#26
○参考人(グレゴリー・クラーク君) 理由は二つあると思います。例えば中国人の排他性は、中国だけではない、どこの国もある程度排他的です。ただ、日本以外の国はどちらかといえば文化の次元で排他的です。人の次元でもうちょっとオープンなんです。だから、例えば中国の場合は、もし外国人に対して壁があれば、文化の次元でもっと高い壁がある。みんなそうなんです、外国で。フランスが一番極端です。人の次元でほとんど壁がないけれども、文化の次元で高い壁がある。アメリカでも人の次元でほとんど壁がないけれども、例えば共産主義者だったらアメリカの場合ビザがもらえない。イデオロギーの次元で排他的です。みんなそうなんです。日本人だけ逆です。文化の壁は低い。人の次元で壁がある。そんなに高い壁ではないです。一〇〇%だったら私きょうここにいるはずないんですから。けれども、ある程度壁があるんです。それが外国人にとって不思議な現象なんです。説明はできないんです。私も一生懸命記事とか本の中で説明しようとした。日本人の独特な国家アイデンティティー。いつも失敗に終わっています。
日本だけこういうふうになってしまって、外国人の目から見ておかしいんです。日本人はわざと人に対しての壁をつくっている、鎖国を守るため。あるいは日本人は精神分裂症ではないか、そういう批判もありますよ、外国では。理解をされていないんです。だから、仕方がなくて、もしいわゆる人の次元で摩擦があれば、どうしても何とか解決しなければならない。
例えば難民問題、アメリカのインテリは、私まだ覚えていますが、三年前、日本の貿易摩擦よりも日本人の難民に対しての態度の方がもっとひどいという世論調査の結果が出ました。なぜひどいか。日本は外国の文化を取り入れてそんなに恩恵を受けているのに、どうして外国の難民を取り入れたくないか。それで、私理解はできますけれども、私の方から説明はできなかったんです。それがまず一つ。
それでもう一つ。私今大学の教師なんですけれども、一九六九年から七四年まで特派員として働きました。なぜか。さっきの話なんですが、ビザを頼みまして断られまして、日本にもう一度行くために新聞社に入りました。特派員だったら必ずビザがもらえますから、それで私の陰謀が成功しました。とにかく非常にその時代はおもしろかった、よかったと思います。
ただ、そのときは、例えばこの間の総理大臣の発言問題がありまして、私の目から見て大した問題ではないですけれども、十年前、十五年前に同じ問題があれば、ほとんどだれも外国でも気がつかないんです。だけれども、今日になって明らかに外国人の日本に対しての意識は根本的に変わってきました。日本は、いわゆるトップでなければ、日本の政治家は何を言っても結構なんです。だけれども、外国では日本はもう一流国家になっているんです。ある意味では経済の面で怖い国なんです。それで貿易摩擦問題が外国で、特にアメリカで非常に意識されています。だから、日本はちょっと外国人の目から見て一つだけ間違いを犯せば、もうすぐ批判の的になりかねない要因がこのごろ出てきました。だから、例えば十年前と比べれば、はるかに日本はこれから慎重に行動しなければならないではないかと思います。
この発言だけを見る →日本だけこういうふうになってしまって、外国人の目から見ておかしいんです。日本人はわざと人に対しての壁をつくっている、鎖国を守るため。あるいは日本人は精神分裂症ではないか、そういう批判もありますよ、外国では。理解をされていないんです。だから、仕方がなくて、もしいわゆる人の次元で摩擦があれば、どうしても何とか解決しなければならない。
例えば難民問題、アメリカのインテリは、私まだ覚えていますが、三年前、日本の貿易摩擦よりも日本人の難民に対しての態度の方がもっとひどいという世論調査の結果が出ました。なぜひどいか。日本は外国の文化を取り入れてそんなに恩恵を受けているのに、どうして外国の難民を取り入れたくないか。それで、私理解はできますけれども、私の方から説明はできなかったんです。それがまず一つ。
それでもう一つ。私今大学の教師なんですけれども、一九六九年から七四年まで特派員として働きました。なぜか。さっきの話なんですが、ビザを頼みまして断られまして、日本にもう一度行くために新聞社に入りました。特派員だったら必ずビザがもらえますから、それで私の陰謀が成功しました。とにかく非常にその時代はおもしろかった、よかったと思います。
ただ、そのときは、例えばこの間の総理大臣の発言問題がありまして、私の目から見て大した問題ではないですけれども、十年前、十五年前に同じ問題があれば、ほとんどだれも外国でも気がつかないんです。だけれども、今日になって明らかに外国人の日本に対しての意識は根本的に変わってきました。日本は、いわゆるトップでなければ、日本の政治家は何を言っても結構なんです。だけれども、外国では日本はもう一流国家になっているんです。ある意味では経済の面で怖い国なんです。それで貿易摩擦問題が外国で、特にアメリカで非常に意識されています。だから、日本はちょっと外国人の目から見て一つだけ間違いを犯せば、もうすぐ批判の的になりかねない要因がこのごろ出てきました。だから、例えば十年前と比べれば、はるかに日本はこれから慎重に行動しなければならないではないかと思います。
斎
斎藤文夫#27
○斎藤文夫君 クラーク先生のいろいろな長い間の御滞在における御経験を拝聴させていただきまして、私ども日ごろ感じておったこと、また逆に、例えば国籍を変えて名前を変えることの矛盾とかいろいろ御指摘いただいて、きょうは大変教えられるところが多うございました。
そこで、私ども日本人の年齢構成、御案内のようにひところは、戦前、戦中、戦後派、こういう大きな分け方がございました。あるいは最近は新人額とかこんな言葉もございますけれども、それぞれがその時代の中で生きてきているわけですから、対外国観あるいはまた外国人に対する見方、考え方、これがどうも違っているのじゃなかろうか。例えばゼネレーション的に見た日本人の対外国観というようなものを先生何かお感じになっておられたらお聞かせいただきたい。それをいわば明治、大正、昭和とかあるいは新人類とかそういうようなものに置きかえていただいても結構です。
この発言だけを見る →そこで、私ども日本人の年齢構成、御案内のようにひところは、戦前、戦中、戦後派、こういう大きな分け方がございました。あるいは最近は新人額とかこんな言葉もございますけれども、それぞれがその時代の中で生きてきているわけですから、対外国観あるいはまた外国人に対する見方、考え方、これがどうも違っているのじゃなかろうか。例えばゼネレーション的に見た日本人の対外国観というようなものを先生何かお感じになっておられたらお聞かせいただきたい。それをいわば明治、大正、昭和とかあるいは新人類とかそういうようなものに置きかえていただいても結構です。
グ
グレゴリー・クラーク#28
○参考人(グレゴリー・クラーク君) これは非常におもしろい質問だと思います。
私だけではなくて、外国でも学者の中でおもしろい指摘がありまして、なぜ日本人は国際的ではないかという議論があります。その結論は、特に日本人の方から、日本は長い間鎖国であって、外国との接触がまだ少ない、だからこれからもうちょっと接触しなければなりません。これが大体の結論なんです。
けれども、実際には、我々にとって不思議なのは、明治時代の日本人は非常に国際的でした。特に、初代駐米大使は非常にアメリカで評判が高くて、日本のことを代表して堂々とアメリカと交渉して、あるいは八十年前に不平等条約問題がありましたでしょう。日本の外交の中ではすばらしい実績です。その再交渉、堂々と外国と交渉しました。
それで大正に入って大正デモクラシー、よく外国の思想とか文化を勉強して導入して、それで軍国時代に入っても、さっき申し上げたように日本人の国際性は、そのときももうちょっと欧米的でした。外国の文化に対しては排他的だけれども、外国人に対してはまだそんなに、まあ完全に軍国時代になっては外国人に対して排他的なんですけれども、学生はずっと三〇年代まで日本に自由に入れまして、戦後、戦争終わって日本人は急にぐっと変わったんです。外国人に対して排他的になっただけではなくて、外国人に対しての自信もなくなってきた。いわゆるコンプレックスになりました。外人コンプレックスは戦後の現象ではないか。
ちょっと脱線的な話なんですけれども、日本人の独特な日本的企業の経営も、これは戦後のものなんです。いわゆる家族的経営。日本人の独特な国家意識もある程度戦後のものなんです。ある程度日本人はルーツに戻ったかもしれません、戦争の間いろいろつらい経験があって。とにかく、明らかにこれは外国との接触不足という意味ではなくて、価値観の変化によって、特に日本の明治時代のエリートは、私の分析なんですけれども、どうしてもうちょっと欧米的だったか。そのときの教育制度はかなり中国に影響されているでしょう、儒教文化。だから、もうちょっと原理原則の上で、イデオロギーの上で行動して、結果としてそういう意味で欧米的でした。そういう意味で欧米人に対してコンプレックスは余りなかったんです、イデオロギー的な国家意識が強くて。今の日本人の国家意識は非常にそういうあいまい、英語でネビュレス、つかめない、直観的なものなんです。だから、いつも日本と外国の間にそういう摩擦が非常に起こりやすいんです。貿易摩擦も日本人は一つの交渉のやり方、外国人は違う、外交問題。
きょう外交の話は余りするつもりはないですが、内政干渉なんですけれども、私前は外交官として日本の外交歴史をある程度勉強したんですけれども、八十年前の日本の外交あるいは五十年前まででもなかなかうまくやっておられましたけれども、戦後の外交は不思議なことに、まあ具体的な話をしなくてもいいんですけれども、急に弱くなりました。戦略性がなくなりました。だから国際化問題は非常に深いものなんです。これは、さっきの価値観と絡んでいるんではないかと思います。
以上です。
この発言だけを見る →私だけではなくて、外国でも学者の中でおもしろい指摘がありまして、なぜ日本人は国際的ではないかという議論があります。その結論は、特に日本人の方から、日本は長い間鎖国であって、外国との接触がまだ少ない、だからこれからもうちょっと接触しなければなりません。これが大体の結論なんです。
けれども、実際には、我々にとって不思議なのは、明治時代の日本人は非常に国際的でした。特に、初代駐米大使は非常にアメリカで評判が高くて、日本のことを代表して堂々とアメリカと交渉して、あるいは八十年前に不平等条約問題がありましたでしょう。日本の外交の中ではすばらしい実績です。その再交渉、堂々と外国と交渉しました。
それで大正に入って大正デモクラシー、よく外国の思想とか文化を勉強して導入して、それで軍国時代に入っても、さっき申し上げたように日本人の国際性は、そのときももうちょっと欧米的でした。外国の文化に対しては排他的だけれども、外国人に対してはまだそんなに、まあ完全に軍国時代になっては外国人に対して排他的なんですけれども、学生はずっと三〇年代まで日本に自由に入れまして、戦後、戦争終わって日本人は急にぐっと変わったんです。外国人に対して排他的になっただけではなくて、外国人に対しての自信もなくなってきた。いわゆるコンプレックスになりました。外人コンプレックスは戦後の現象ではないか。
ちょっと脱線的な話なんですけれども、日本人の独特な日本的企業の経営も、これは戦後のものなんです。いわゆる家族的経営。日本人の独特な国家意識もある程度戦後のものなんです。ある程度日本人はルーツに戻ったかもしれません、戦争の間いろいろつらい経験があって。とにかく、明らかにこれは外国との接触不足という意味ではなくて、価値観の変化によって、特に日本の明治時代のエリートは、私の分析なんですけれども、どうしてもうちょっと欧米的だったか。そのときの教育制度はかなり中国に影響されているでしょう、儒教文化。だから、もうちょっと原理原則の上で、イデオロギーの上で行動して、結果としてそういう意味で欧米的でした。そういう意味で欧米人に対してコンプレックスは余りなかったんです、イデオロギー的な国家意識が強くて。今の日本人の国家意識は非常にそういうあいまい、英語でネビュレス、つかめない、直観的なものなんです。だから、いつも日本と外国の間にそういう摩擦が非常に起こりやすいんです。貿易摩擦も日本人は一つの交渉のやり方、外国人は違う、外交問題。
きょう外交の話は余りするつもりはないですが、内政干渉なんですけれども、私前は外交官として日本の外交歴史をある程度勉強したんですけれども、八十年前の日本の外交あるいは五十年前まででもなかなかうまくやっておられましたけれども、戦後の外交は不思議なことに、まあ具体的な話をしなくてもいいんですけれども、急に弱くなりました。戦略性がなくなりました。だから国際化問題は非常に深いものなんです。これは、さっきの価値観と絡んでいるんではないかと思います。
以上です。
斎
斎藤文夫#29
○斎藤文夫君 時間もあれだと思いますが、もう一言。
先生、結局先ほどもお話がありましたが、日本人は極めてエモーショナルな国民性を持っているんですね。それだけに、例えば戦争、敗戦、二度と再び愚を犯してはならぬと、こういう一億総ざんげの中で、非常に外国に対して新しい意味のコンプレックスというものが特に戦後出ました。ところがさらに今日の現状になってきますと、先ほどいみじくも御指摘をいただいた違った意味の優越性というものを民族的に感じて、それが即新しい国際化という言葉を情緒的に受けとめて、何でも国際化国際化と、特に最近は猫もしゃくしもすべてが国際化を言うようになった。ところが、実態は先生の御指摘のように、むしろ国際化に逆行する何らかのものが出てきている。このギャップというものはどう埋めたらいいんでしょうか。
この発言だけを見る →先生、結局先ほどもお話がありましたが、日本人は極めてエモーショナルな国民性を持っているんですね。それだけに、例えば戦争、敗戦、二度と再び愚を犯してはならぬと、こういう一億総ざんげの中で、非常に外国に対して新しい意味のコンプレックスというものが特に戦後出ました。ところがさらに今日の現状になってきますと、先ほどいみじくも御指摘をいただいた違った意味の優越性というものを民族的に感じて、それが即新しい国際化という言葉を情緒的に受けとめて、何でも国際化国際化と、特に最近は猫もしゃくしもすべてが国際化を言うようになった。ところが、実態は先生の御指摘のように、むしろ国際化に逆行する何らかのものが出てきている。このギャップというものはどう埋めたらいいんでしょうか。