馬場昇の発言 (文教委員会)
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○馬場委員 よくわからないのですけれども、時間が余りありませんので、ではさらに具体的にお聞きしたいのです。
例えば、個性重視というものはこういう間違いを犯しはしないかという点をちょっと心配するのですが、個性、特定の側面においてすぐれた能力を積極的に評価する、こういうことになりますと、エリート教育ということに結びつきはしないか、エリート養成になってしまうのではないか、あるいはできの悪い子は捨ててしまって効率のいい子だけに金をつぎ込んで、個性重視という格好で教育をやってしまう、こういうことに個性重視というのが走ってはいけないと思うのですが、そういう心配はないのか。
さらに積極的に言いますと、難しいことを言わぬでも、個性重視というのは、一人一人の子供の納得するまで教育をしてやるというのが一番個性重視だ、私はこう思うのです。そういう意味からいいますと、四十五人学級ではだめですよね。例えばそれを三十五人、二十人学級にする、学級の人数を減らして、一人一人に行き届いた納得する教育を根気強くやっていく、これが個性重視ではないか、こういうぐあいに思いますし、これは教育基本法にも言っており、憲法でもありますように、とにかくできる子供もできない子供も、どの子供も先生も親も大切にするのだ、子供は一人として大切でないものはないわけですから、こういう教育こそ個性重視の教育でないかと私は思うのですが、これについて、過ちを犯す危険性があるというのと、私が言った納得のいく教育を根気強くやる、それが個性教育の具体的実践じゃないかと思うのですが、どう考えておられますか。