文教委員会

1987-09-04 衆議院 全82発言

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会議録情報#0
昭和六十二年九月四日(金曜日)
    午前十時一分開議
出席委員
  委員長 愛知 和男君
   理事 高村 正彦君 理事 中村  靖君
   理事 鳩山 邦夫君 理事 町村 信孝君
   理事 佐藤 徳雄君 理事 鍛冶  清君
   理事 林  保夫君
      逢沢 一郎君    青木 正久君
      古賀 正浩君    斉藤斗志二君
      杉浦 正健君    谷川 和穗君
      渡海紀三朗君    松田 岩夫君
      渡辺 栄一君    江田 五月君
      沢藤礼次郎君    中西 績介君
      馬場  昇君    有島 重武君
      北橋 健治君    山原健二郎君
      田川 誠一君
 委員外の出席者
        参  考  人
        (元臨時教育審
        議会会長)   岡本 道雄君
        参  考  人
        (元臨時教育審
        議会会長代理) 石川 忠雄君
        文教委員会調査
        室長      高木 高明君
    —————————————
九月三日
 学校教育における珠算教育の強化に関する請願
 (山口鶴男君紹介)(第一三〇五号)
 同(川崎二郎君紹介)(第一四七四号)
 同(鈴木善幸君紹介)(第一四七五号)
 同(柳沢伯夫君紹介)(第一四七六号)
 同(安藤巖君紹介)(第一四九七号)
 同(阿部未喜男君紹介)(第一四九八号)
 同(井上泉君紹介)(第一四九九号)
 同(伊藤忠治君紹介)(第一五〇〇号)
 同(池端清一君紹介)(第一五〇一号)
 同(石井郁子君紹介)(第一五〇二号)
 同(岩垂寿喜男君紹介)(第一五〇三号)
 同(上田利正君紹介)(第一五〇四号)
 同(小澤克介君紹介)(第一五〇五号)
 同(小野信一君紹介)(第一五〇六号)
 同(緒方克陽君紹介)(第一五〇七号)
 同(大出俊君紹介)(第一五〇八号)
 同(奥野一雄君紹介)(第一五〇九号)
 同(加藤万吉君紹介)(第一五一〇号)
 同(角屋堅次郎君紹介)(第一五一一号)
 同(河野正君紹介)(第一五一二号)
 同(児玉健次君紹介)(第一五一三号)
 同(佐藤観樹君紹介)(第一五一四号)
 同(坂上富男君紹介)(第一五一五号)
 同(沢藤礼次郎君紹介)(第一五一六号)
 同(嶋崎譲君紹介)(第一五一七号)
 同(新盛辰雄君紹介)(第一五一八号)
 同(田口健二君紹介)(第一五一九号)
 同(田邊誠君紹介)(第一五二〇号)
 同(辻第一君紹介)(第一五二一号)
 同(中西績介君紹介)(第一五二二号)
 同(野口幸一君紹介)(第一五二三号)
 同(野坂浩賢君紹介)(第一五二四号)
 同(馬場昇君紹介)(第一五二五号)
 同(浜西鉄雄君紹介)(第一五二六号)
 同(早川勝君紹介)(第一五二七号)
 同(細谷治嘉君紹介)(第一五二八号)
 同(三野優美君紹介)(第一五二九号)
 同(村山富市君紹介)(第一五三〇号)
 同(矢島恒夫君紹介)(第一五三一号)
 同(山下八洲夫君紹介)(第一五三二号)
 同(山原健二郎君紹介)(第一五三三号)
 河内飛鳥地域の遺跡保存に関する請願(正木良
 明君紹介)(第一三六二号)
 同(矢野絢也君紹介)(第一三六三号)
 書道教育振興に関する請願(中村靖君紹介)(
 第一四九五号)
 同外八件(馬場昇君紹介)(第一四九六号)
は本委員会に付託された。
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本日の会議に付した案件
 文教行政の基本施策に関する件(臨時教育審議
 会の教育改革に関する第四次答申等)
     ————◇—————
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愛知和男#1
○愛知委員長 これより会議を開きます。
 文教行政の基本施策に関する件について調査を進めます。
 本日は、臨時教育審議会の「教育改革に関する第四次答申」について、参考人から意見を聴取いたしたいと存じます。
 御出席の参考人は、元臨時教育審議会会長岡本道雄君及び元臨時教育審議会会長代理石川忠雄君であります。
 この際、参考人に一言ごあいさつ申し上げます。
 両参考人には、御多忙中にもかかわらず当委員会に御出席をいただき、まことにありがとうございます。何とぞ、忌憚のない御意見をお述べくださるようお願いいたします。
 なお、議事の順序といたしましては、まず岡本参考人から第四次答申の大要を御説明願った後、委員からの質疑にお答えいただくことにいたしたいと存じます。
 それでは、岡本参考人にお願いをいたします。
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岡本道雄#2
○岡本参考人 おはようございます。臨時教育審議会の会長をしておりました岡本でございます。
 きょうは、先生方大変お忙しいところ文教委員会をお開きいただきまして、ここで私がごあいさつ申し上げることができまして、また、先般来審議してまいりまして提出いたしましたこの「教育改革に関する第四次答申」、これは最終答申でございますが、これにつきましてあらましを御報告申し上げる機会を得ましたことを、まことにありがたく思っております。
 御承知のように、本審議会は五十九年八月に発足いたしまして以来、三年間にわたって審議を重ねまして、四次にわたる答申を出し、この八月二十日に設置期間を終了して任務を終わったわけでございます。
 この間、文教委員会の先生方におかれましては、終始この教育改革の問題に大変強い御関心を持っていただきまして、常に高い立場から熱心に御審議をいただいて、その結果に応じまして、貴重な御意見あるいは御激励をいただいたり、御叱正をいただいたりいたしてまいりました。この点、私ども審議の経過におきまして大変有益に拝聴いたした次第でございます。この機会に、臨教審を代表いたしまして厚く御礼申し上げる次第でございます。
 三年間に逐次答申ということで答申を出してまいったわけでございますけれども、これは御承知のように、全般を貫く方向としては個性重視ということで、具体的には生涯学習体系への移行というようなこと、またそれが教育全般にわたって、幼稚園から大学院までと申しますか、幼児から博士までと申しますか、家庭、学校、社会全般にわたって、広範多岐にわたる改革提言を行ってまいったということでございますが、この第四次答申、最後のところで、これを総括するということでございますが、これはこれまでの答申を全体として一つの位置づけといいますか、そういうものをいたしております。
 その位置づけというのは、これは御承知の明治の第一次の教育改革、終戦後の第二次の教育改革と言われるものがございますけれども、この間教育審議会の位置づけとしては、我が国百年の近代化を振り返って反省しまして、それで文明も本当に成長から成熟への移行期であるというようなこと、そういう時点に立った改革であるというようなことで位置づけております。
 それで、第一章では「教育改革の必要性」ということでございますが、これは時代的な必要性でございますので、最前申しました成長から成熟へ移行しておるときである、科学技術が大変進歩してきた、国際性の重要性が増してきたというようなことを挙げております。それから二十一世紀の社会というものはどういう問題を持っておるかというようなこと、そういうことを考えまして、今後の教育の基本的あり方というものに関連しましては、教育基本法の精神というものを基本にしながら、具体的にこういうふうにやってほしい、あるべきだということを述べておるわけでございます。
 第二章の「教育改革の視点」と申しますのは、そういうふうな改革をいたしますときに、現状から考えてどういう点が大事だということにつきましては、まず今まで八つ挙げておりました考え方を三つに集約いたしまして、その中で重要なのは、やはり個性重視の方向であるということと、それから生涯学習体系への移行ということ、それから変化への対応ということで、これからの大きな変化は何と申しましても国際化が非常に大きな変化である、それから情報化、こういう二つを挙げておるわけでございます。
 第三章というのは、これの具体的方策でございますが、これは従来挙げておりましたものを整理いたしたものでございまして、その整理のいたし方は、第一が生涯学習体制の整備というもの、第二が高等教育の多様化と改革、第三が初等中等教育の改革、第四が国際化への対応のための改革、第五が情報化への対応、第六が教育行財政の改革、この六つの項目に分けて今までの答申を整理いたしたものでございます。
 それ以外に個別の提言としまして、文教行政というもの、それから入学時期に関する提言、この二つを挙げておりますが、文教行政につきましては、文部省の政策官庁としての機能の強化というようなこと、生涯学習体系への移行への積極的対応、許認可行政と指導のあり方、教育委員会の活性化とか私学行政、高等教育及び学術行政の推進というようなことを挙げておる。
 それから入学時期でございますが、これはいろいろ慎重に審議してまいったのでございますけれども、いろいろ考えて、これは将来移行すべきものと考えまして、関連する諸条件の整備に努めるべきである、世論の動向を考えながらその方向に努めるべきであるという提言を行っております。
 以上のような答申の概要でございますが、教育改革というものは、本当に国民全体の改革への揺るぎない意志と協力を得て進められるべき息の長い仕事でございますので、よく終わったときに何点だというふうに聞かれるのでございますけれども、私は、まず教育改革の成果というものは本当に息長くしっかり実行していって後にわかるものだというふうに思っております。したがって、このたびのこれが、これからの教育改革の端緒として、本当に政府も国民も挙げて努力していただきたい、そういうふうに思っておりますので、本委員会の先生方も、どうぞ今後ともに相変わりませずよろしく御協力をお願い申し上げる次第でございます。
 重ねて、これまでの先生方の御好意に深く感謝申し上げて私の説明を終わります。ありがとうございました。拍手
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愛知和男#3
○愛知委員長 ありがとうございました。
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愛知和男#4
○愛知委員長 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。古賀正浩君。
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古賀正浩#5
○古賀(正)委員 自由民主党の古賀正浩でございます。
 本日は、岡本先生、石川先生、臨教審の大役を終えられてほっとされた中で、また御多用中のところ本当にありがとうございました。本日はよろしくお願い申し上げます。
 さて、臨教審の三年間が終わったわけであります。この間におきまして、臨教審の精力的な御活動、御論議を軸といたしまして、我が国にはかってない規模で一大教育シンポジウムが行われたの感がございました。
 我が国は、申すまでもなく、世界にたぐいなき教育熱心な国ということが言われております。これは最近に始まったことではなくて、既に江戸時代におきましても、藩校に加えて寺子屋教育の普及等によりまして、例えば識字率におきましても当時から欧米諸国にひけをとらなかったというようなことも言われているところであります。
 明治維新後、我が国は、先進欧米諸国に追いつき、近代国家を建設するという至上命令あるいは国家目標に向けまして、その方策として明治政府がいち早く教育制度の整備を心がけてきたということは、緩急順序といたしましても極めて正鵠を得たやり方であったというふうに思う次第であります。あのときから百二十年を経まして、我が国は、途中太平洋戦争後の大変革等の渾身の努力なども行いながら、今日、いわばその初志を一応貫徹したということが言えるのではないかと思う次第であります。世界に名立たる経済大国を実現しまして、追い求めるべき先行者がいなくなりました現在、我が国は、人類のいわばフロントとしてみずからの道を切り開いていくというような段階に至ったということが言えると思います。
 このような歴史的な段階に当たりまして、時代の変化、国民の教育に対する切実な要請などに従いまして、我が国教育改革の基本方策に関する壮大なシンポジウムが行われたというわけでございます。
 申すまでもなく、教育改革の諸問題は極めて広範多岐にわたる課題でございます。これらについて精力的な取り組み、精緻な御審議をいただき、四次にわたり立派な御答申をまとめていただきました会長初め臨教審の諸先生方に、心より敬意を表し、お礼を申し上げる次第でございます。ただいま会長からごあいさつもいただきましたが、これを拝聴いたしますにつけ、会の論議を集約し、取りまとめられるに当たりまして、いろいろと御苦心が多かったろうというふうに思う次第でございます。
 そこで、まず会長に率直にお気持ちをお聞かせいただきたいと思う次第でございますが、会長といたしまして、今回までの答申をまとめるに当たり最も苦心をされました点は何であったのか、そして、膨大な提言でございますけれども、その中の最大のポイントは会長としてどうお考えになっておられるのか、お聞かせいただきたいと思います。
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岡本道雄#6
○岡本参考人 会長として最も苦心した点ということでございますけれども、苦心したと申しますか苦しみましたと申しますか、これは先生方からも絶えず批判を受けておる点でございますけれども、本当に国民が渇くように期待しておる問題に、そのまま特効薬のようなものが出せないということが私は大変苦しみではございました。しかし、そもそもこの審議会は、社会と文化の変化に対応する改革の基本的方策を示せということではございましたけれども、私は、この際にこの審議会ができた一番大きなものは国民のそういう気持ちであったと思いますので、この点すぐそれにこたえるものができないということには大変焦燥感を感じてまいった次第でございます。苦心したというのは、苦しんだというようなことでありましたらそういう気持ちが一番強かったと思いますが、努力しましたのは、バランスのとれた余り偏らないもので、本当に二十一世紀の青少年の道として間違いのないものをつくりたいということに苦心をいたしたわけでございます。
 それから、この提言の最大のポイントと申しますのは、何と申しましても個性重視ということでございます。それは、この審議会が百年にわたる近代化の総括としてということでございますと、画一に対して個性重視、それと生涯学習体系ということを大きく打ち出したというようなことがポイントではないかと思っております。
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古賀正浩#7
○古賀(正)委員 ありがとうございました。
 ただいまお触れになったところに関連いたしますけれども、私は選挙をやる身でございまして、地元におきまして子供を持つ親御さんたちと話し合いをする機会がいろいろございます。そういう中で私が感じておりますことは、最近の特にお母様方の一番の関心と申しますか悩みと申しますか、そういったものほかつてのように家計とか物価とかいうことではないのではないか。ほかでもありません、すぐれて子育ての問題、自分のかわいい子供の教育の問題、そういうことに非常に関心と悩みがあるような気がするわけであります。
 具体的には、よく世に言われております年々ますます過熱ぎみあるいは異常な形になってきております進学競争の問題とか、学校におきますいじめや校内暴力等、学校荒廃の問題、そういういろいろな問題がありますし、そのような中で、いかにかわいい自分の子供がすくすくと育ってくれるかということではないかというふうに感ずる次第でございます。
 率直に申しまして、臨時教育審議会が始まりました際に、親たちの熱いまなざしというのは、これらの悩みに対して何か即効的な目の覚めるような改革等が出るのではないかというような期待が大きかったのではないかと思う次第でございます。期待が余り短絡的であり、過剰である、あるいはそういう期待は筋違いだよとおっしゃられればそれはそれまででございますし、ただいま岡本先生からも触れられたところでございますけれども、そのような落胆と言えば大げさ過ぎるかもしれませんが、若干の失望感が現在なきにしもあらずの親御さんたちに対しまして、元会長とされまして何か贈るべき言葉みたいなものがあれば、ぜひこの際にお伺いさせていただきたいと思う次第でございます。
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岡本道雄#8
○岡本参考人 今おっしゃっていただきましたように、また私が最前申しましたように、本当に子育て中の親の切実な気持ちというものは身に強く感じる次第でございますが、これに即効薬がないということを私はそう簡単に申しておるのではございませんので。
 実は御承知の方もおいでになると思いますけれども、入試に関しましては共通一次を委員長として行ったものでございますが、あのときのアイデアは約十三年かかったアイデアでございまして、国大協が取り扱いましてから七年で、私はその間五年間ほど取り扱った。それで、現在入試に関するいろいろな議論のすべてを尽くしておるわけでございますが、それがあの時点ではああいう方向へというのが一つの大きな皆が頼りにした方向でございます。それが、五年ほどするともう既に諸悪の根源のように言われておるのでございますが、この入試の改革というのは、御承知のように明治以来たびたびありまして、昭和のときには学科の全廃、学科さえ試験しない。それも二回やっておりますが、二回とも失敗でもとへ返っているというのが現状でございます。そういう極めて深い過去の実情に即しまして、これは大変なことだ、いろいろな深い問題があるのでそう簡単には解決がつかない、そういうことを私は知っておるのでございます。
 それともう一つ、校内暴力、いじめその他の問題でございますけれども、実は私は四年間青少年問題審議会の会長をいたしておりまして、このものずばりの問題に答申を出しておるのでございます。このときも十分審議いたしまして、これは健全育成より仕方がないということも結論を出しておる。
 それで、親御さんにということでございますが、私はこの点は何か特効薬がないかと自分も心から思いますけれども、これは大変長く深い問題であって、そう簡単ではない。その意味では、私、最前成長から成熟へと申しましたが、親の気持ちがやはり本当に成熟するといいますか、臨教審はいいことを言っておるけれども、自分の子だけはいい学校へ入れたいという本音と建前の乖離しておる状態ではこれは解決つかないので、やはりそこの辺の自覚というか、そういうものもしっかり努力していただかなければならぬ、そういうふうに思っております。
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古賀正浩#9
○古賀(正)委員 どうもありがとうございました。
 私、思いますけれども、教育に関しますいろいろな問題は、もちろん最終的には行政が、つまり内閣が責任を負うべき課題であるということでございますけれども、行政自体によってすべてが解決されるというようなことではおよそございませんし、また学校という限られた制度の中で対策が完結するといったようなものでもないというようなことでございます。したがいまして、その取り組みは非常に広範に、行政も学校も家庭もあるいは教職員組合、企業、マスコミその他、もろもろの各界各層の方々が、いわば国民総参加のような形でそれぞれ協力し合い役割を果たす、そういうことが肝要ではないかと思う次第でありますし、また、この改革も制度改革というよりももっと次元の広いと申しますか、国民の意識改革を含めたようなそのような次元での取り組みが要るのではなかろうかというふうに思う次第でございます。
 そういう中で、今回の臨教審の御答申が、家庭の活性化とかあるいは企業の協力あるいは教職員組合に対するその節度への期待や呼びかけというようなものをいろいろと含んでおられます。そういうことを非常に多とするものでございますけれども、やはり全体的な教育改革の推進が、いわば国民総立ち体制のような形が不可欠であるということを考えますれば、どうも臨教審の御答申、何かもう少しそういう配慮が足りないんじゃなかろうかな、生意気でございますが、私は素直にそんな感じも持つわけでございます。もちろんそういうことは具体的な施策を実行する段階、次元の話であるというような御認識での御答申のお取りまとめかということも思いますけれども、そのような点につきまして、元会長の岡本先生の御見解があれば敷衍して承りたいと思います。
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岡本道雄#10
○岡本参考人 ただいま先生からおっしゃっていただきました家庭、学校、社会への呼びかけですね、そういうものが大事だということにつきましては本当に私も痛感いたしておりまして、その点を十分にということで、特に第四次答申には文章からすべてをそういう方向へやろうじゃないかというようなことも議論してまいった次第でございます。必ずしも十分でございませんでした点はそのとおりだと思いますけれども、ただ文章としては、この一次、二次、三次答申をごらんいただきますというと、家庭に向かって、学校に向かって、それから社会、教育団体に向かってそれぞれ相当な言葉を費やして語りかけております。また同時に、語りかけるということに関しましては、公聴会を開きましたり、それから「臨教審だより」というのは、本当にあれをつくるときのいきさつを知っておりますけれども、やはりこれは国民運動というか、そういうものが大事なんだからひとつわかりやすいものをやろうというようなことでああいうものを出しておりましたり、パンフレットをつくりましたり、それから委員が皆自由に発言してマスコミから伝えるというような相当思い切った方法をとっておるように思っておりますが、私、これにつきましては大変大事なことで、国民意識の改変といいますかそういう問題でございますので、例えばアメリカが行いましたときに、済んだ後、大統領は三十回講演したとか、ベル長官は百回やったとかいうようなこともございますので、今後、私どもの意のあるところをしっかり機会あるごとに伝えるということは大変大事なことだと思っております。
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古賀正浩#11
○古賀(正)委員 ありがとうございました。
 私どもは、今、臨教審の大変な御努力によりまして我が国の長期的将来まで展望しながら、今から取り組むべき教育改革の方向について、いわば羅針盤をお与えいただいたわけでございます。いよいよいわば教育改革丸が船出をするという段階になったわけでございます。先ほど岡本先生のお話もございましたように、教育改革というのは一朝一夕にして成るものではございません。その効果の発現には長い日時を要するというのがまた教育でございます。私どもは、二十一世紀を展望してというような言葉をよく使うわけでございますけれども、そういう意味におきましては、つまり効果の発現に非常に長期を要するという意味におきましては、教育の分野においては既にもう二十一世紀は始まっておると言っても間違いがないわけであります。そういう意味におきまして、今から取り組むべき教育改革の推進というものは、今後もう遅疑逡巡する余裕がないというものである、非常に急がなければならないというふうに思います。政府におきましても、中曽根総理御自身も、その推進体制等についていろいろお考えもあるようでございますけれども、臨教審の先生方の御苦労、御熱意にこたえて、私ども立法府を含め、国、国民挙げての取り組みが必要じゃないかというふうに思う次第でございます。
 そういう中で、今回の御答申の中で教育白書をやってはどうかという御提案がございまして、私は本当にこれは適切な御提案だなというふうに感じ入った次第でございます。今後、答申に沿いまして着実、速やかな教育改革を推進していくに当たりまして、毎年、その取り組みの状況、成果、達成度、問題点などを整理をして国民の前に明らかにする、そういうことが国民に理解と協力を求め、そして行政の取り組みをずっとチェックをして、よりよき効果的な改革を推進していく上に非常に大事じゃなかろうかと、高く評価をする次第でございます。
 いよいよこの答申の方針の実行ということに当たりまして、時間となりましたので、最後に元会長に一つお伺いさせていただきたいと思いますが、答申をまとめられました元会長とされまして、今から政府や国民に特に言っておくべきとお考えのことがあれば、最後にお伺いをいたしまして、私の質疑を終わらしていただきます。
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岡本道雄#12
○岡本参考人 この審議会の活動を、これから長く始まる教育改革の入り口というか大出発であるとお取りいただきました点は、まことに私たちの本当に望んでおる次第でございまして、本当に今後長くこれを機会に大きく教育改革が国民の課題になっていくことを期待しております。
 したがって、政府と国民に対してということでございますが、何といいましてもこの答申が実行されないといけないのでございまして、御承知のようにこの審議会は最初のころよりも後にはだんだん人気がなくなったと言われておりますけれども、私は、これが今後いかに実行されるかということを国民が見ることによって、この審議会への評価というものは格段に変わってまいると思うのでございます。その意味ではとにかく実行していただくことが大事だと思っておりますので、政府は、これの実行に出すべき予算は組んでしっかり出してもらう、それから国民もやはり、最前白書のこともおっしゃっていただきましたように、熱しやすく冷めやすくてもう教育のことは遠くへ行くんじゃなしに、これを機会にしっかり教育のことを考えて、じみな工夫でも一歩一歩重ねていってほしい、そういうことをお願いいたしておきます。
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古賀正浩#13
○古賀(正)委員 どうもありがとうございました。時間となりましたので、質問を終わります。
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愛知和男#14
○愛知委員長 馬場昇君。
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馬場昇#15
○馬場委員 「元」と書いてございますが、岡本元会長、石川元会長代理のお二方には、非常にお忙しい中をおいでいただきまして、ありがとうございました。実は私どもは、元会長、元会長代理ではなしに、現職であられますときに、答申されました後に、この委員会で十分議論をしたいということで、この委員会でも要求したのですけれども、皆さんが答申されました大学審議会の法律を審議しておりまして、ついに私どもの要求が入れられなくてまことに残念でございましたが、きょうおいでいただきましたことには心からお礼を申し上げたいと思います。
 臨教審が非常に回数も多く、いろいろ精力的にやられたという努力については、私は心から敬意を表することができるわけでございます。
 先ほど会長も言われましたように、我が国の社会が成長社会から成熟社会になる、その百年の中で今大きく教育改革をしなければならないんだ、そういう意味で答申したんだ、二十一世紀に向かっての教育改革という意味で答申した。そういうことで言いますと、まさに歴史的な答申になるわけですよね。しかし私は、これが歴史的な答申であるとすれば、私たちの側からも、この答申に対してやはり歴史的な批判、評価というものをきちんとしておく必要があろうというぐあいに思うのですけれども、これはこの委員会の公式な機関では時間もございませんけれども、私は少なくとも二、三の点について私の答申に対する評価をまず申し上げておきたいと思います。
 率直に言って恐縮ですけれども、この答申というのは、結論からいいますと国民不在の教育改革論議であった、残念ながら私はこう言わざるを得ないわけでございます。
 その第一の理由といたしましては、まず国内外の教育の実態把握というもの、現状をどう認識するかという、国民と一緒にそういうことをする作業というのが非常に不十分であったと私は思います。また、例えて言いますと、今日の子供たちはどうなっておるのかという問題、あるいは子供たちが何を考えておるのか、学校は今どうなっておるのか、家庭教育や社会教育はどうなっておるのか、それを取り巻く地域社会はどうなっておるのかという、国民と一緒になっての現状の把握、分析というものが足らなかった、だから国民不在の教育改革論議になったんだ、私はこう思います。教育改革というのは、まずその実態把握、現状認識について国民のコンセンサスを得て、その上で改革をつくり上げるべきものだと私は思うからでございます。
 ちょうど、同時にアメリカでも教育改革を行っておるわけでございますけれども、御承知のとおりアメリカでは現状の調査というのを二年間くらいかかってやっているのですね。そして、その上に学力向上の処方せんという改革をやっておりますね。二年間実情調査に費やしておる。そういうことが行われなかった、不十分だったという点をまず私は感じておるわけでございます。
 次の問題としては、先ほどもちょっと議論になりましたけれども、この答申というのは、子供とか青年とか父母などの国民全体の期待にこたえてはいない答申だ、私はこう思います。先ほどもお話しございましたが、非常に苦しまれたというお話もあったのですけれども、現在の教育の最も深刻な病根であるところの校内暴力だとか、荒れる学校とか、いじめとか、偏差値万能の試験地獄だとか、学歴社会だとか、学校歴社会だとか、教育費貧乏と言われる財政の問題とか、こういう問題を国民は緊急に改革していただきたいという気持ちを持っておったわけです。だが、これに対してほとんどこたえていないわけでございます。
 さらに言うならば、この答申というのは、子供や親の側に立って考えたのではなしに、教育をする側に立った発想になっております。物言わぬ子供とか青年とかの苦しみが放置されてしまっておる、こういうような感じがいたします。
 私は、岡本さんがあるところでお話しになったのを聞いて非常に共鳴したのです。岡本さんはこういうことを言われました。今の教育に何といっても必要なものは、青少年にわかりやすい目標を持たせることであるということを岡本さんがあるところでお話しになったのを聞いているのですが、私は、この答申を見も限りにおいて、子供や若者、すなわち教育を受ける側に勇気をつけるような答申には全然なっていない、こういうような感じがするわけでございます。
 いま一つ、これはよく言われておるのですけれども、第一次の答申というのが東京都議会議員選挙の直前に行われた、第二次の答申というのは衆参同日選挙の直前に行われた、第三次の答申というのは地方統一選挙の直前に行われた、こういうことは何と弁解しようとも、やはり中曽根首相の政治戦略というものに臨教審が乗って答申をしたと言っても言い過ぎではない、私はこういうぐあいに思いますし、歴史的な答申であればまだたくさんの歴史的な評価をしなければならぬわけですけれども、時間がありませんので要点だけ私の評価をさせていただきたいと思います。
 そこで、質問に入るわけでございます。
 今の評価とかかわるわけですけれども、何といっても今問題なのは、学歴社会というものがある、さらにその学歴社会と同等に、あるいはそれ以上に学校歴社会というものがあるわけです。学歴社会、学校歴社会というものがあって、それに向かって受験戦争、入学試験地獄というのがあるというのは、これはもうだれが見ても当然のことでございます。だから、問題は、この学歴社会だとか学校歴社会というものをどう改革するかということなしには、それに向かって怒濤のごとく押し寄せておる受験戦争とか入学試験地獄を解消することはできないと私は思うのです。
 ところが、今度の臨教審というのは文部省だけではなしに内閣直属で行われておるわけでございますから、この学歴社会というのは皆さん方の答申によってはすべての官公庁あるいはすべての企業にも影響するはずであるわけですから、例えばこういうことはできなかったのか。学校でいいますと、受けさせる学校、例えば大学とか高校とか、そういうものに試験でランクづけをする、こういうことをやめるというようなことはできなかったのか。あるいは内申書を出すという、こういう学校のもう神聖にして侵すべからざる固有の権限だと今までしておったもの、ここにメスを入れることはできなかったのか。あるいは大学でいいますと大学の学校格差があるから競争も熾烈になるわけですから、大学の学校格差、高校の学校格差というものをなくすことがどうしてできないのか。さらに言いますと、大学で卒業証書なんかを出さないようにしたならば、学校ごとの卒業証書を出さないようにしたならば、学歴社会というものはなくなるはずでございます。こういうことはできなかったのか。さらに、出た場合には免許制度とか資格制度とかまた昇進制度だとか、いろいろ社会にはありますね、こういうものにメスを入れる。こういうことによって、社会と学校の共同の改革で学歴社会、学校歴社会というのはなくせるはずだ、そういうことこそ議論すべきではなかったか、答申すべきでなかったかと私は思うのですが、この点についてはどうですか。
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岡本道雄#16
○岡本参考人 学歴社会というものが本当に入試の過熱を招いておるということでございますので、その認識に立ちまして特に生涯学習というものを持ってきたわけです。
 それで、この入学試験の過熱、学歴社会というその学歴は、人生の初めのときの学校だけで、どこの学校に入るかということでほとんど一生が決まるというところに問題があるものですから、したがって過熱をするということで、生涯学習、いつでも、どこで学んでも、それが正当に評価されるという社会をつくることが基本的には入試の過熱を防ぐものである。最前から申しておりますように、入試の問題とかいじめの問題はなかなか特効薬はないけれども、これには相当基盤の広く、長い対策が必要でございますので、それの改革に対して、この生涯学習というものを打ち出したのはそういう点でございます。したがって、今おっしゃいますように、そのときにはこれが正しく評価されるということが大事でございますので、資格というものにつきましては、資格試験に学歴をできるだけ排除するというような工夫もいたしております。
 その他、今おっしゃいましたようなことで私が特によく申しておりましたのは、入りやすく出にくい大学をつくるということが大事じゃないか。規模は小さくてもそういうトライアルをやろうというようなことで調査したこともございます。さらに採用の問題ですね。これも大きゅうございまして、企業の採用、それから官庁の採用というものにつきましても注目いたしまして、注文もいたしております。また、実際にそれに対しての手も打っておるという次第でございます。
 いずれにしましても、この学歴社会というものを打破いたしますと申しますか、入試の改革というものにつきましては、そういう生涯学習というようなものを大きく挙げること、それから大学の学歴社会というものに関しましては、どこを出たということでなしに、大学で何をしっかり学んだかということが大事であるというので、学校の教育をしっかりすること、それから採用に関してはそういうことということで、いずれにしましても、この話が即効的でないということについての焦燥感というか不満があるわけですけれども、これは繰り返して申しておりますように社会のいろいろなところに関連のあるものでございまして、長い改革の歴史をもってしても抜本的な改革は言うべくしてなかなか難しいのでありまして、今後、臨教審が挙げましたような方向に向かって長い努力が必要である、そういうふうに考えておる次第でございます。
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馬場昇#17
○馬場委員 生涯学習というようなことを答申に書いてある、そうすると学歴社会というのはなくなるんだ、学校歴社会というのはなくなるんだ、理念的にそうおっしゃるのですけれども、国民から聞いた場合には全然つながっていませんよ。ああ、それで本当に学歴社会、学校歴社会がなくなるのか、生涯学習でなくなるのですよとおっしゃるけれども、全然そう感じておりません。そこが国民から遊離していると私はさっきも言ったのですけれども、議論をするわけじゃありませんが、少なくとも大学ごとの卒業証書ぐらい出さぬようにする、それ一つやっても大したものですよ。そういうことぐらいやはり言うべきじゃなかったかということをまず思います。時間が非常にないものですから議論できなくて残念ですけれども……。
 次に、個性重視の教育というのはどういうことだろうということが、これまた国民にははっきりわかりません。そこで、私は具体的に聞きますけれども、臨教審が華々しく発足しましたときに、学校の教育の自由化論争が行われましたね。この自由化という主張をした人の意見というのはある程度私たちも知っておりますが、この自由化論というのは個性重視の教育でなくなったのかというのが一つ。もう一つは、個性重視の教育というのは、教育基本法に言う人格の完成というものとこの個性重視の教育というものとの関連はどうなっているのか。こういうことについてちょっと説明してください。
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岡本道雄#18
○岡本参考人 個性重視でございますが、御承知のように、この臨教審の初めに、自由化論争といいまして華々しく注目を浴びたわけでございますが、あの自由化そのものも、実はあれは相当臨調や行革では熟してきたものかもしれませんのですけれども、我々としましては初めて接する言葉でもございまして、そこに相当習熟した人と初めての人との間に落差があったかと思いますが、あれが御承知の第一部会と第三部会で論争になったわけです。あの論争そのものは、実は教育の改革というものが経済や行政とは違うのだということをシンボリックにあらわしていると私は思いまして、その点あの自由化論争というものをいつまでも観念だけで審議しておってはだめなので、具体的問題に入ればこれだけの二十五人の委員の合意が得られると思って、論争をそこそこにしたわけでございますけれども、あれを個性重視というものの方向へ持っていったということにつきましては、これは大変賢明な方向であったと私は思っております。
 それで、個性重視ということと自由化の問題には大変共通な部分がございまして、自由、自律、自己責任というようなものは両方に共通しておりましたので、その点は両者の間に関係はないということはございません。あれによって自由化がなくなったのではないのであって、教育の場においての自由化は、個性尊重という言葉で一番適当でないかというふうに思っております。
 それから、教育基本法の人格の完成と個性重視、これはまたさらに密接な関係がございまして、あの答申の中に方々に出てまいりますように、教育基本法の人格の完成というものが十分意識されなかったのは、こういう個性重視ということが行われておらないわけだ、したがって教育基本法の人格の完成をというものを実行するためには個性尊重というものをしっかりやろう、そういうことでございます。
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馬場昇#19
○馬場委員 よくわからないのですけれども、時間が余りありませんので、ではさらに具体的にお聞きしたいのです。
 例えば、個性重視というものはこういう間違いを犯しはしないかという点をちょっと心配するのですが、個性、特定の側面においてすぐれた能力を積極的に評価する、こういうことになりますと、エリート教育ということに結びつきはしないか、エリート養成になってしまうのではないか、あるいはできの悪い子は捨ててしまって効率のいい子だけに金をつぎ込んで、個性重視という格好で教育をやってしまう、こういうことに個性重視というのが走ってはいけないと思うのですが、そういう心配はないのか。
 さらに積極的に言いますと、難しいことを言わぬでも、個性重視というのは、一人一人の子供の納得するまで教育をしてやるというのが一番個性重視だ、私はこう思うのです。そういう意味からいいますと、四十五人学級ではだめですよね。例えばそれを三十五人、二十人学級にする、学級の人数を減らして、一人一人に行き届いた納得する教育を根気強くやっていく、これが個性重視ではないか、こういうぐあいに思いますし、これは教育基本法にも言っており、憲法でもありますように、とにかくできる子供もできない子供も、どの子供も先生も親も大切にするのだ、子供は一人として大切でないものはないわけですから、こういう教育こそ個性重視の教育でないかと私は思うのですが、これについて、過ちを犯す危険性があるというのと、私が言った納得のいく教育を根気強くやる、それが個性教育の具体的実践じゃないかと思うのですが、どう考えておられますか。
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岡本道雄#20
○岡本参考人 個性重視ということにつきましては、むしろもっと問題になりましたのは、悪い個性も伸ばすのかという話がしょっちゅう出ますけれども、これは常識としていい個性を育てることだということでございます。先生がおっしゃいましたエリート、私ども、エリートというものは育てるものだと思っておるのです。それと同時に、劣った者というか、そういう者もしっかりお育てになる。この点は何もエリートだけを育てて劣った者を切り捨てるということではございませんで、個性でございますから、一人一人のそれを大事にするということでございます。
 ただ、先生がおっしゃる中で、子供が納得するまでということなのですけれども、私は、今度の四次の答申で、子供は教えられねばならないということをはっきり書いておるのですけれども、子供の納得を待つということ以外に、教育にはやはり納得させるという面がありますので、特に基礎、基本というものにはそういうものがあっていいと思っておりますので、この点、納得するまでということには、なかなかそこまでは、それ以上に、納得させるというものも要ると思っております。
 それから、おっしゃいますように、学級のサイズとかそういうものは、やはり先生がおっしゃいますようにできるだけの努力をして、一人一人の生徒に目がきくように、教師もそういう環境で教育ができるように、これは大事なことだと思っておりますので、その努力は今後も続けられるものと希望しております。
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馬場昇#21
○馬場委員 石川会長代理にも御意見があったらぜひ質問にお答えいただきたいとも思います。
 ちょっとよくわからないのです、私には。しかし、非常に時間がないものですから。——どの子供も大切ですから、そういうことを中心にして個性重視ということを考えていただきたい。少なくとも個性、エリート的なものを重視、そういうことにならぬように、これはそういう考えだろうと思いますので、その辺は今後の文部省なんかの実践にかかっておると思いますが、ぜひ私の意見を申し上げておきたいと思います。
 次に、教育財政の問題について、何かわからぬようなことを書いてありますね。答申で読んでみましたら、「教育改革を真に実効あるものとするためには、政府は、今後、内外の情勢の変化に対応しつつこといろいろありまして、教育改革をするために適切な措置を講ずる必要がある。これはどんなに頭のいい者が読んでも、教育財政をどうせいというのか、さっぱり私はわからない。国民ももちろんわからないと思うのです。そういう中で、あなた方が議論されましたときにこういうことじゃなかったかと思うのですが、中曽根総理の政治戦略というのが「戦後政治の総決算」、その中で行財政改革とか教育改革とか税制改革とかいろいろ言っておられますね。そういう中からこの臨教審も発足したわけでございます。しかし、中曽根さんの言う行財政改革というのとこの教育改革というのは二律背反する課題だと思っているのです。これはちょっと二律背反ですよね。
 例えば、あなた方の委員の中でもこういうことを言っておられる人がおる。金はかけずに大改革せよと無理を押しつけられた、その分、動かすものも動かせなかった、ということをある委員がきちんと報道機関に言っておられます。またある委員は、予算が大幅に増額する具体的提言は困ると大蔵省が注文をつけてきた、こういうこともある委員は報道機関に言っておられます。こういうことでは私はあの教育改革はできないと思う。もう御存じのとおり、とにかく日本の子供一人当たりの教育費の父母負担なんかというのは世界一ですよね。そうして今、教育費貧乏だとか教育費地獄だという言葉が流行しておるわけでございます。そういう点について、本当にこの教育財政について何を言おうとされたのか、これを説明してください。
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石川忠雄#22
○石川参考人 お答え申し上げます。
 臨教審でこの財政の問題を討議したときに、確かにいろいろな意見がございましたし、またいろいろな意見も聞かされたことも事実であります。しかし、臨教審全体の考え方としては、やはりこういった時代の転換期に当たって、新しい時代を我々がこれから迎えなければならない、そのために、過去の教育を見直すと同時に、将来こういうことをやっていかなければ恐らく二十一世紀には対応できないだろう、そういった意味でやはり、教育あるいは研究というような、ハードではなくてむしろソフトの側面に、これからは日本はお金を大きく投じていく必要があるのだ、これは皆さんが一致した意見だったろうというふうに私は思います。
 ただしかし、その反面、それならば今までの教育財政の中に見直すべき点が一体ないのかということになりますと、それはそれでやはり考えてみなければいけないということもありまして、その意見もかなり強くあったわけであります。
 結局、そういった状況の中で、基本的にはこういった研究・教育の側面にこれからは政府は大きく力を入れて財政措置を講ずべきであるということで、ここに書いてございますように、積極的な意図も幾つかのところでちゃんと示してありますし、最終的には、そのために適切な財政措置を講じろということも言っているというのが、お答えになるかどうかわかりませんが、お答えであります。
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馬場昇#23
○馬場委員 では、具体的に例えば教育予算についていいますと、ずっと国家予算の一一%から一〇%ぐらいに下がってきまして九%台、今八%台になりますね。だから、国家予算が五十五、六兆ありますと一%というのでも大分違うわけですが、中曽根さんになりましてから、例えばこの五年間で教育予算は一千億しか上がっていない。その教育予算の中で人件費は六千億伸びているのです。だから、ほかを食っちゃっているわけです。そういうような中で、聖域という言葉を使っていいかどうかは別として、例えば国家予算の一〇%以上はどんなことがあっても教育予算に使うべきだとか、あるいはGNP比の何%かはやはり、よその国は七、八%使っておる、日本は四、五%ですよ、諸外国のようにGNP比の何%ぐらいは教育に使うべきだとか、ゼロシーリングを今やっていますけれども、少なくともこういうものから教育費は別枠にするのだとか、今軍事費を聖域、聖域と言っておりますけれども、そういう意味で教育こそそういう手だてを講ずべきだ、こういう提言をなされれば、臨教審は尊重しなければならぬということになって設置されているのですから、教育財政は物すごくよくなるし、そこから教育の改革ができていけると私は思うのです。
 それからもう一つは、皆さん方の答申を見てみた場合に、教育の条件整備というのは余り出ていない。これも金がかかるから出ていないのかどうか知りませんけれども、具体的にそういう国家予算の何%とかGNPの何%とかゼロシーリングの別枠にするとか、そういう教育費をふやすという議論はなかったか、その辺についてのお考えはどうですか。
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岡本道雄#24
○岡本参考人 先生の今のお話でございますけれども、まさにその議論が大変ございまして、私が今石川先生にお勧めしましたのも、実は石川先生は、教育は大事なんだから、せっかく臨教審をつくったのだから、とにかく教育に関してはなにを考えないで、できるだけの主張をどんどんすべきだという主張をおっしゃったのです、今は大変つつましいお話をされましたですけれども。やはり国の審議会でございますので、行政改革ということに関連しましても、それを無視するというわけにはいかないだろうという一般的な気持ちが皆にあったのでございます。ですけれども、私自身もその点はもう少し強いと申しますか、財政というもののサイクルと教育のサイクルは違うのだから、やはり教育に関しては独自に国としては十分なプライオリティー、優先性というものを持つべきであるというようなことは絶えず主張してまいりましたので、おっしゃるような議論は中で十分いたしておりますが、全体として政府の審議会としてこういうところに落ちついたわけでございます。特に基礎研究、高等教育というような項目を挙げまして、これに対しては思い切った重点配分をやれというようなところに落ちついたわけでございます。
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馬場昇#25
○馬場委員 私はやはり、いろいろ議論されたということでございますが、勇気を持ってもう少し抜本的な、これこそ教育改革の目玉だといって、財政問題なんかでも立派な提言をしていただきたかったわけでございます。
 次に、大学審議会についてお尋ねしておきたいと思うのですが、これは私どもも、この答申をなさいました直後に飯島部会長に来ていただいて、相当突っ込んだ議論を実はやったことがございます。ところが、この間出ました文部省の大学審議会の法律並びにその説明では、私どもが臨教審の飯島部会長と話したのと大分違うような感じもしましたので、臨教審の意図を大学審議会について聞いておきたいと思います。
 まず、これは大したことないといえば大したことないのですが、考えようによっては非常に大したことなんですが、こういう大学審議会の構成と委員の選任のやり方を中心に申し上げたいのです。
 中央教育審議会には、委員にはこういう人をやると書いてあるのですね。例えば、中央教育審議会の委員は人格が高潔で、教育、学術、文化に関し広くかつ高い識見を有する者、こういう人を任命するんだと書いてあるんですが、今度の大学審議会には人格が高潔でというのは外してある。——お笑いになるけれども、これはまた文章面だけで考えると、物すごい悪らつな意図が含まれているような気がするのですよ。そういう意味で、例えばどう書いてあるかというと、人格高潔でというのは外して、その後は同じですよ、「大学に関し広くかつ高い識見を有する者」、こうなっているのですから、何で中教審に人格高潔を入れておいて、大学審議会で外すのかということも私考えました。
 そこで、また後で質問するのですけれども、臨教審の答申にこういうことが書いてあります、その委員についてですよ。「大学人をはじめ、広く社会の各方面の学識経験者の英知を結集する」、「大学人をはじめ」というぐあいにして冒頭に書いてあるのですね。私はこのことを飯島さんにも話を聞いたのですが、このときの説明で飯島さんは、委員の構成は、委員の多くの基本的部分を大学関係者及び学術関係者で構成する、それだけでは社会的視野が不十分であるので、各界の学識経験者を入れる、こういうことで私たちは議論をして答申をしたんですとおっしゃっております。このことは、やはり大学人、学術関係者、これが主軸であって、その周囲に各界各層の人が集まって英知を出し合う、こういうことに聞いておるわけですけれども、臨教審においてはそのような考え方で答申をなさったのかどうかということをお聞きしておきたいと思います。
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石川忠雄#26
○石川参考人 実は先日、参議院の文教委員会にこの大学審議会の参考人ということで呼ばれまして、その際にもお答えをしたのですけれども、これは大学人が主軸にならなければいけないのであります。しかし、大学人というのは非常に見識豊かであっても、社会全般の問題について十分な認識がないかもしれない、したがって社会の各方面の有識者に集まってもらって、大学の将来のあり方、特に時代の変化に対応する大学のあり方を討議して、それを行政に反映する形をとりたいのだということを申し上げました。恐らく飯島さんが言われたこともそういうことであって、余り違いはないと思います。
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馬場昇#27
○馬場委員 私も大学人が主軸になるということに理解しておったのですが、今そのとおりの答弁でした。
 そこで、これも飯島さんと、それでは委員の選任に当たっては大学関係者から意見の具申は求めるのですかどうですかというようなお話をいたしましたときに、いわゆる基本的部分を大学人にするのだということでしたが、そのときの飯島さんの話では、基本的部分、主軸の大学人については国大協とか大学基準協会その他、大学の自主的団体とコミュニケーションを持つことが必要であろう、こういうことをおっしゃったわけでございます。この辺について一つ。
 時間がありませんのであわせて質問をしますが、もう一つは、これも多分参議院で議論になったかと思うのですけれども、大学審議会というのは個々の大学あるいは大学一般に対して直接助言とか援助ができるのかどうか。私はそういうことができないと理解しておるのですけれども、そのことについてお聞きしておきたいと思います。
 今度は逆に、大学側がこの審議会に意見を持ってきて、それを審議会が文部大臣に勧告するということはどうなのかという点についてお聞きしておきたいと思います。
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石川忠雄#28
○石川参考人 委員の選任の問題について私どもが考えましたことは、選任をする場合に、特に大学関係者については、先ほど申されました国大協とか基準協会とかいろいろ団体がございますが、そういうところとよく相談しながら文部大臣が決めて内閣の承認を得る、そういう形になるのだろうというふうに私は考えております。
 それから、個々の大学に対して大学審議会が、おまえの大学はこうせよとかああせよとかというようなことを言うのではないということであります。これは先ほど申しましたように、大学をめぐる環境は今非常に激変をしつつある。例えば学問の研究分野一つをとっても非常に大きな変化がある。そういうときに、そこで審議されて、大学に対して、こういう考え方がありますよということを言うことはあるけれども、それは別に個々の大学に対してこうせよ、ああせよということではない。つまり大学の自治は当然前提としてあるのだ、大学の改革を行うのは主体的なその大学自身の努力である、そういうふうに考えられていると思います。
 それから、大学審議会には委員のほかに専門委員とかいろいろな委員が多分出るだろうと思います。しかし、その方々は、何かの問題を議するときに、いろいろな大学の意見を聞くということは私はあると思います。個々の大学から出された意見がそのまま文部大臣への勧告になるわけでは決してありませんけれども、やはり大学審議会の中で討議をされてこういうふうにしたいということになれば、それが文部大臣への勧告ということになるのだろう、私はそう思っております。
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馬場昇#29
○馬場委員 次に、今度の答申の中で、内容は別といたしまして、私はよかったなと思いました点が一つあります。今まで中央教育審議会とかいろいろな教育を改革する審議会があった中で、文部省自体を教育改革の論議の対象にしたことは私は聞いていない。臨教審が文部省を改革の論議の対象になさった。このことは私は非常によかったのじゃないかというぐあいに思いますが、問題はその内容その他でございます。
 この答申を読んでみますと、文部行政は形式的な法律解釈論や通達に流れ、瑣末にわたっていた、こういうぐあいに書いてありますし、岡本会長も談話で、国や文部省にも教育荒廃の責任があるという立場で文部省にも反省を求めた、こういうことを言っておられるわけでございます。
 ここで聞きたいのは、瑣末とは何だ、文部省のどういう点の自己変革を求めたのかということも聞きたいのですが、時間がございませんので、例えば具体的に聞きますと、文部省は学習指導要領なんかを、これは法的拘束力を持つのだといって法律を解釈して、そして学習指導要領を法的拘束力だといって押しつけておるわけですし、あるいは従来なかった都道府県教育長を文部大臣の承認制に合しておる、こういうような問題、教育委員も元公選制であったのを任命制にしておるわけでございますが、こういうことについて、これを議論されて、その法的解釈がどうだとかいって瑣末だということになったのかどうか、こういうことも疑問に思っておるわけでございます。
 あわせてまた、次のことを申し上げたいと思います。ある委員が、答申をされた後、文部省の改革が教育改革のすべてだということを言われました。私も一部当たっておると思います。それで今後いよいよ、あなた方が答申をされたわけですから、教育改革の方途を検討して実行するのが再び文部省の仕事になってきたわけでございますから、文部省が例えば、あなた方の答申の中で、これは文部省にとって都合がいいというものだけ取り上げてそれを実行して、都合の悪いものは手を抜いてやらない、都合の悪いものの一つに文部省の改革がある、こういうぐあいになったら私は大変なことだろうと思いますし、今まで私が見てきた場合に、一次、二次、三次答申がありまして、文部省が取り上げたのは、例えば初任者研修の問題とか大学審議会の問題、学校教育を管理するとか統制するというようなものだけをつまみ上げて今文部省はやっている、そのほかのことを余りやっていない、こういう面もありますから、最終答申をそんなつまみ食いされたら大変なことになるわけでございます。そういう意味で、文部省改革の議論の内容と、文部省に今後こうあってもらいたいという点についてのお考えをお聞かせいただきたいと思います。
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